パエルソーンとパアルカラッソ。グラスとサルタとエルジ。静かに鼓動する世界。
「修行。か」
「目論見が見えん。断るべきでは?」
魔界議会は新たな議題を迎えていた。
魔王シャアルラから降りてきた策謀で、つまり普通に考えれば無条件に通すはずだが、ここは魔界議会。
本気で魔王がやるべきと決めている事柄であれば、持ち込まれるはずもない。逆説的に、魔王の提案を拒否しても許される場である。
ゆえに議員は知恵を持ち寄り、真剣に話し合っていた。
魔城5階。魔界通常議会に持ち込まれた提案は、人族からの研修生。名をラアブレイ・ガルタ・ボセッシ。ルフ・ヴァニッシュ。そしてマリー。
ラアブレイという名前と肩書は無意味ではない。が。
「こちらのメリットが全くないな」
パエルソーンはそう評した。魔法師団ナンバー1のパアルカラッソを息子に持つパエルソーンは見事な二本角をそびやかし、見極めた。
「私は受け入れる」
「おいおい」
今さっき、メリットが全くないと言い切ったその口で、受け入れるとは。パエルソーンの仲間からまずツッコミが入った。
「無意味で無価値だからこそ、その人族に興味が湧いた。その3人こそが、こちらへのメリットだろう」
魔王支配下の魔界を直接運営する魔界議会。その議員らはたった3名の人族を受け入れても受け入れずとも、まるで影響はないと考えていた。仮に暗殺者だとしても、何も出来ない。せいぜい、一般魔族を殺害するのが関の山。
もし。「それ」が目的だとしたら。
火種を作り出し、魔界と人界の再度の戦争が目的だったなら。
・・・・絶対にあり得ん。
ラアブレイ皇帝が口に出すのも恐ろしいような無能でなければ、絶対に。
最高の結果で、共倒れにしかならないのだから。
結果、人界からの留学生問題は、なんとなくオーケー。積極的賛成はパエルソーンのみだが、反対意見が存在しなかったため、受け入れ決定。
「人族にも見上げた者が居るものですね。わざわざ魔界に修行に来るとは」
「全くだ」
パエルソーンは久しぶりに息子との語らいの場を設けていた。と言っても、そこは家ではない。
魔法師団訓練場。2人はそこで、模擬戦を行いながら親子の会話を楽しんでいた。
ヴォ オ
空間に砕戯を「置いて」移動。この操作によって時間差での全方位攻撃が可能。敵は全方位への警戒を強要され、魔力結界を厚くせざるを得ない。結果、防御が主眼となり攻撃の手が薄れ、そのまま無力化される。
父の得意な戦術。パアルカラッソは必要最小限にまで結界を薄くしながら、反撃の機会をうかがっていた。
息子はやはり、強い。血が良いのだろうな。
パエルソーンは自画自賛しながら、パアルカラッソの柔軟な魔力結界を褒めた。
砕戯を受けた瞬間、その箇所のみを強化している。この操作は半ば以上、反射的に無意識で行われる。
ガン
しかも砕戯をきっちり撃ち返してくる。魔法結界に接触した感触では囮か本気か判断が付かない。
そういう力加減を意図的に行い、こちらを惑わせる。若年ながら。
防御は無意識に任せ、攻撃に意識を集中。それが最善。
その最高効率の選択肢を想定通り、思考の中でなく現実の世界で実践出来ている。
ガ ア
このように。
パエルソーンは自らの防御を全開にして全力で命を守った。
砕界。しかも全方位から。
砕界はパアルカラッソ級の魔力量でも、絶対に連発出来ない。そんな無茶苦茶な真似が出来るのは、魔王以上。
だからこれは。
「決まり、です」
「参った」
パエルソーンは息子の放った砕の嵐を砕界と誤解した。が、それもそのはず。
直前に砕戯を撃ち込まれ、結界が反射的に全方位に向けて厚くなっていた。その結界に触る、先より大きな範囲魔法。
それは砕界に他ならない。
優秀な魔法使いだからこそ、瞬間的に判断し、全力ガード。
そしてその停止時間。攻撃不能時間こそ、パアルカラッソにとって絶好の好機。
砕を薄く撃ち込んでいる間に練り上げた、最大収束の砕戯を待機状態で眼前にセット。効果範囲は全く違うが、威力だけなら砕界に引けを取らない。
パエルソーンは敗北を認めた。
引っ掛けも見事だったし、最後の砕戯の威力も十分。
魔法師団は、意外な事にあまり戦わない。魔王の懐刀として、実力を発揮する場面を待つ時間が多い。
ゆえにその性質上、魔獣や凶鳥の実戦経験に遅れをとる、実戦知らずのエリートになる危険性がある。
だが杞憂だった。ちゃんと骨身に染み込ませるトレーニングを積んでいる。武闘派のオゥルネイアが一緒に居てくれるのも心強い。
今の息子は、現役当時の自分より、強い。
「どうだ?シャアルネルラ様亡き今、魔王の座を狙ってみるか?」
「・・・ははは」
おや?パエルソーンは、冷静なツッコミが返ってくるのを期待していたのだが。発されたのは自嘲気味の乾いた笑い。
「先日・・・」
息子の話は興味深かった。
魔王シャアルラは無論、全盛期の自分であっても足元にも及ばない化け物。齢10かそこらで、すでに魔王の名に恥じぬ怪物。
その魔王を圧倒する魔獣だと。
担ぐ者が出ないのが不思議なぐらいだ。
歴史上、魔王を追い落とした者は無数に存在する。というか、そうやって魔王は代替わりしてきた。
シャアルラがヒポリに倒されるのは自然な展開で全く理不尽ではない。
幼い魔王というのは、ただ単に御しやすく倒しやすい獲物だというだけだ。なんの得にもならない。
だが。その上で、シャアルラは獣王ヒポリを制御下に置いている。忠誠心を維持している。
それがシャアルネルラの威光だとしても、シャアルラにはそれがある。資質があるという事。
息子の目に狂いはない。
魔王シャアルラに歯向かえば、ヒポリをも敵に回す事になるだろう。
ならば従えば良い。そうやって生き残れるのなら、全く正しい。
命あってこその野望。死ねば大望も何もない。
そして時は進む。
魔王シャアルネルラが倒れてより1年。魔王シャアルラが就任してより1年。
消し飛ばされた妖樹軍団の敷地は完全に修復され、ヤルドらの働きによって新たな妖樹の移植が成功。海魔軍団の非常警戒は解かれ、通常警備任務に戻り、疲労も癒えた。飛竜軍団は凶鳥軍団との連携を強化。お互いを休ませ合うローテーションを構築し(当然、凶鳥軍団長の鶴の一声が効いた)、一応の復旧を見た。
その最中、新たな魔王は、新たな趣味を得た。
「シャアルネルラ様もよくお籠りになられました。精神の平穏のためには静かな時間と空間が必要ですじゃ」
魔城地下の広大な空間に、ガンズの声が静かに響く。
配下の進言を聞き入れたシャアルラは、わずかに戸惑い、わずかに楽しんだ。
父上と同じ遊び。
それはシャアルラの精神の平衡を、少々回復させた。
「・・・飛竜、凶鳥、魔法師団が使えない場合、対人族の足止めには巨石族が欠かせません。しかしジョウゴも使えない、そんな時。妖樹の力を借りましょう。彼女らは積極的に打って出る際にはどうしてもワンテンポ遅れがちで、使おうという意識が返って邪魔になり、被害を増してしまう恐れもあります。ですが、防御策となれば話は違います。彼女らの遅さこそがトラップであり困惑の味付け。防御手段としての妖樹ほど、恐ろしいものはありません。時間差、毒、増殖。あらゆる遅効能力が、敵を足止めしてくれるはずです」
戦略研究会議。魔城1階を埋める無数の会議室を用いて行われるそれは、誰でも開催でき、誰でも参加できる。数が多ければ早い者勝ちで、人気のある開催者なら廊下にまで立ち見が出るのも珍しくない。
だがここ、33番の会議室は広い部屋ががらんとしている。人数はわずか3名。発表も2人だけ。
「以上、対人トラップの研究でした・・・」
乾いた静かな声が発言を終わらせた。聞き入っていた聴衆はそれぞれ拍手などしている。
「ありがとうございます。大変、興味深いテーマでした」
場に似つかわしくない子供が言う。
次の発表者は、この子供。
「強化すべき軍団とその強化案について。私は海魔軍団について情報を集めました。軍団長ミリアステリオ様始め、強力な海魔が無数に配備されているにも関わらず、その生物的特性によって活躍の場を制限されています。しかし、豊富な海水という地形を、任意の場所に用意できればどうでしょう?海水を満載したコンテナを飛竜に運んでもらい、海魔には特製の海水スーツを着用させます。コンテナと接続したホースによって海水は順次循環され、新鮮な海水を着用しながらの戦闘が行えます。ただミリアステリオ様などが着用するのは現実的ではありません。少人数による地上特殊戦闘に限定されるはずです。具体的には海魔による潜水先行部隊到着後の奇襲作戦が活躍の舞台となりましょう。以上、海魔軍団の強化案でした」
「ありがとうございます・・・」
小さな子供の発表が終わった。返礼として先程のデスクワーカーも応えてくれる。
眺めていたもう一人と3人で、これからは反省会だ。
「サルタ君は若いのに、大した知見だね。発想も大胆だ」
「いえ。全て先人の模倣です。海魔軍団が魔法師団用の潜水服を開発していた、という記録を見ましたので、それを逆転させただけ。それに上陸作戦なんて、発想以前の常識です。でもグラス博士にそう言って頂けると、張り合いがあります」
実際問題、飛竜が使える戦場なら、実働部隊は魔獣でも良い。それこそカネを運べればそれだけで一騎当千。
だが、カネは一人しか居ない。カネ以外も戦力として計算できる、という点にこの案の意義がある。
小さな子供、サルタは考える。相手は、同じ猿族、同じく腕力を持たない生き物で、サルタより先に知恵を使って生きてきた者。名をグラス。サルタと同じぐらいの体格でサルタより猿族の特質を強く現し、実際に体毛の量が全く違う。
魔王配下の中でも直接の軍属ではない彼らは普段は市井の教育者をやっている。軍学校だったり歴史学だったり医者だったり。
その中でもグラスは魔界歴史学校を卒業、そのまま歴史学の専門家になった。たまに魔界議会でサポート役を務めるなど、実用性も高い。
今回のような発表会は、グラスにとってお遊びの草の根研究会。若手で暇を持て余しているような魔族を刺激するのが狙い。
妖樹軍団を用いた采配も、グラスのテーマである古典にのっとった、クラシックな戦略だ。現代では魔法師団以下、飛行可能な軍団がいくつもある中で、あえて妖樹を実戦投入する意味は薄い。完全に趣味の世界だ。
だが魔王シャアルネルラは、これら一見無意味、無価値とも思える研究にも予算を惜しまなかった。シャアルネルラの目に適う、という条件付きだが、魔界の繁栄と共に増大した資金、資源は各種教育機関、研究機関にも投入され、魔界の知の一端を担うに足る存在として成長してきた。
これが猿族などの寿命の短い種族であれば不思議もないが、永遠にも近い長さを生きる魔王が、多種族の知恵の伝承を重んじるとは。
当代の猿族の中でも傑出した逸材であるグラスだが、魔王シャアルネルラの懐の深さは、その理解の及ぶところではない。
魔王とは、正しく魔界の神。実在する伝説。
この1年間、サルタも薄っすらと感じてきた。
魔王シャアルネルラは、傑物すぎる。
超越した能力を持った一個人。それだけではない、王としての器量までが、人外のそれ。
一体、シャアルネルラとは何者だったのだ。何を考えていた。
皮肉。あまりにも飛び抜けた王ゆえ、シャアルネルラについて語れる者が居ない。魔界の、仮に魔法師団であろうと、魔王を語る事はおそらく不可能。
歴代の側近、と言ってもパアルカラッソを始め、周囲を若者で固めていた。シャアルネルラは、誰よりも世代交代を優先していた。そして入れ替わったベテランは議会や守備兵に送り、着々と魔界全体の戦力を増強させ続けた。
何に対して?
もちろん対人族では絶対にない。勇者は出現して100年も経過すれば、勝手に死ぬ。魔王の寿命ならそれで勝ち。
魔王が戦力をかき集めなければならない相手とは。
やはり、神々。
「・・・面白かった」
と、グラス、サルタの他に居たもう一人がぽつりと呟き、部屋を後にした。
「寡黙な方でしたね」
その一人は何も発表せず、2人のテーマを黙って聞いていた。
「やっぱり魔法師団は勉強熱心だ」
グラスの言う通り、彼女は魔法師団のマントを着用していた。
魔法師団だが、まだナンバーを持たない。雑兵のエルジ。無造作にただ短く切っただけの頭髪、マントの下は格安の無地シャツ。強化魔法陣など、金のかかる装備は持っていない。
魔城はエリートの集まり。その中には才能だけで生まれてきた突然変異も居る。彼ら彼女らは、生まれの遅れを取り戻すために、日夜を修練、稽古、勉強に捧げている。生まれた瞬間からエリートとしての人生を約束されていたパアルカラッソなどに追い付くためには、やるしかない。
エルジのような魔族は少なくない。とは言え、グラスの古典に付き合うのは趣味人だけだが。
強き者、これから強くなる者。多種多様な人材の中に、新たな人族が混じる。
彼らはこれからの世界に、どう立ち向かうのか。




