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魔界猿雄伝  作者: にわとり・イエーガー
大山鳴動して子供2人。
68/103

ヤルドとリジェ。ガルブレイとガルタ。暑中見舞い。

 カイブ地方森林地帯。年間平均気温、実に28度。そして今は夏の真っ盛り。


 よく育った草木の葉っぱを食べる丸々と太った虫を食べていた小さな獣が、足元を逃げる。魔獣ではない。魔獣なら、私を無視出来ない。


 小型の角猫の一種。この暑いのに毛皮とはな。


「・・・・・・」


 ポタポタと汗を垂らしながら、角猫を見送るリジェは済ました顔のままだった。


 暑い。暑い。だが、飛竜の吐炎に比べれば、どうということはない。


 魔法師団のクールビューティー、リジェは、ちょっとヘンな魔族だった。



 妖樹軍団との合同編成で、飛竜軍団のバックアップをもらっての今回の遠征。本来であれば魔王シャアルネルラが出張る事態。


 その重みを感じているリジェは、全てに全力で当たっていた。


「くくくくっ。ドボルのジジイはまだ生きているのか?」


「まだまだ現役ですよ。ヤルド様の事も聞いています。最も刺激的な妖樹だったって」


「くくく」


 陽気な笑い声。標準的な身長の魔族を模した妖樹と、高さ数百メートルの妖樹が会話している。巨木・・・ドリュー・・・はその身震いのような振動で、己の身に触れているヤルドと楽しくお喋りしていた。


「ではな。また会いに来るよ」


「はい。ヤルド様もお元気で」


 やっと終わった。それがリジェの素直な思いだった。


 職務上、延々ヤルドに付き合い、この付近の有力者であるドボルを訪ね、さらにドボルの親族、知人をひたすらに訪問していた。


 これでやっと半分。全行程の。


「待たせた。お喋りに付き合わせて悪いな」


「構わん。地方の魔族とこうして親交を深めておくのは、悪い事ではない」


 汗だくで平然と応えるリジェは、それなりに滑稽こっけいだったが、大真面目だった。


 流石に魔力量が多いだけ、ではない。一個の魔族としての器量からが違う。


 これが魔法師団のナンバー3。いかなる環境であろうが、強い。


 それに結果も出ている。およそ8割は無駄話に消費されている時間だが、ヤルドは各地方の妖樹と話をまとめ、種子の回収を成功させている。


 ならば無駄ではない。ヤルドのお喋りもリジェの我慢も。


 全ては魔界のために。




 南方諸国には線路はまだ届いていない。途中の国まで列車で運ばれ、そこからは馬車。まだまだ開発の途上。ラアブレイ支配下になって間もない。


 だから報告が届くのも、遅かった。


「・・・全軍で、敗れた?」


「はい。第1大隊を全力投入し続け、敗北し続けました」


 酷暑の太陽の下、少しでも過ごしやすさを維持するための軍用テント。その中にあって、なお熱さを感じさせる男。


 報告を受けるは、ラアブレイ・ガルブレイ・ボセッシ。ラアブレイ帝国第6大隊大将にして、自身もエリート級の戦力を維持する知勇そろった偉丈夫いじょうぶ


 そのガルブレイには理解不能な文言が続いた。ラアブレイ帝国陸軍第1大隊は、本国で最精鋭の最大火力集団。


 例え相手が魔軍でも五分にやり合える、はず。


「相手も魔法師団を投入してきました。緒戦しょせんで魔獣の奇襲を食らい、石人形の壁にはばまれ、魔界本土への進入速度は遅れに遅れ、敵の陣形が整い、魔法師団と飛竜がやってきました。そして味方本陣に、巨大な竜が現れ」


 その後、魔王が。


「なるほど」


 ガルブレイ将軍は大いに納得した。


 相手が魔王では、仮に自分が参戦していても、どうにもならん。勇者が居なければ。


 魔城でぬくぬくとしていてくれれば、奇襲にも意味はあった。だが、完全に止められた。


 種族差だけではない。戦術で負けている。サンゾウをってしても。


「では、次は私が参りましょう」


 その声は南国にあっても、冷たく透き通っていた。


 南国にあって髪を伸ばす反骨心。その髪は後ろにまとめられ、馬の尻尾しっぽにも似ているが、からかうのは父親のみ。


 ガルブレイの娘、ガルタである。


「馬鹿者。あおを用いて、どうにもならなかった相手だ。蒼にはるかに劣るお前では、数の足しにもならん。ひかえろ」


「そんな意気地いくじのない事でどうしますか。勝つ気にならなければ勝てません」


 頭の痛い娘であった。


 実力はある。望めば蒼の候補生になるのも難しくはない。


 しかし視野が狭く実力を活かしきれていない。


 悪く言えば頑迷。


 惜しみなく努力し、部隊運用のコツも諦めず習得した。決して無能ではないが・・・。


 親として、娘はもっと出来る、もっと羽ばたける、という欲目で見てしまうのを止められない。その程度の資質はある。


「それで被害は」


 伝令が落ち着いている以上、皇帝陛下の身におさわりはあるまいが。


「第1大隊の2割が消滅。投入された兜車の半数以上が壊滅的打撃を受けています」


 ほとんど敗北である。


「サンゾウ殿がしばらくの間は戦力を回復するべきでないと進言され、陛下もお受けになられました。第1大隊は人員のみ補充し、兜車は新造しないとの事です」


「なぜだ?」


「先の天雷を危惧きぐしておられます」


 天雷。こちら、南方諸国にも降り注いだそれは、圧倒的な被害をもたらした。ただし、ガルブレイ率いる第6大隊は無傷のまま。


 ゆえに実害を自分の身では知らぬガルブレイは、天雷への認識が甘い。


「前魔王は倒れたのでしょう?今こそ、ラアブレイ全軍を投入するべきでは」


「うむ・・・」


 何も考えていないようなガルタの言葉。だが真理でもある。


 魔軍、魔界において最も強い、精神的支柱でもある存在が倒れたのだ。今ここで攻めないのなら、人類に魔族へ挑む資格はない。


 ここは行くべき。


 戦士としての嗅覚きゅうかくがガルタにそう言わせていた。


 そして黙して考え込んだガルブレイ大将を見て。


 伝令に大将への進言権はない。が、つい口を挟んだ。


「確かに魔王は世代交代を行いました。ですが、例え魔軍の戦力が半減しようとも、なお人類の100倍は強い、と考えます」


「ふむ」


 この伝令は緊急時連絡役ではない。ガルブレイも顔を覚えている、高級軍人だ。その彼が分をわきまえぬ言を。


 ガルブレイはその忠言を黙殺しなかった。


「魔王を倒したのは何者なのだ?ヒポリとやらはそこを詳しく説明していたか?」


「分かりません。一般的には前魔王が倒れた仔細しさいはぼかされ、ただ魔王の交代のみが伝えられています」


 魔王。勇者以外では止められない、国家そのものに比肩ひけんする戦力。それを倒した怪物が、この世界に実在する。なるほど、公言できん。


「確かに天雷は恐ろしい威力ですが・・・。あれはもしや、敵軍にもコントロール出来ていない代物ではありませんか?」


「ううむ・・・」


 ガルタの発言。これは誰にも判断の付かない事象であった。なぜなら、ガルブレイの軍には被害が出ていないのだから。


 魔族、もしくは人間を襲いたいのであれば、まるで無意味。意図が全く見えない。


「まあ・・・。分からん事はサンゾウに考えさせれば良い。軍師はそのために存在する」


 ガルブレイは思考を放棄した。伝聞だけで真相に行き当たるのは単なるラッキーであって、そこに必然はない。


 今頃、本国のトリークらが知恵をしぼっているだろう。彼女らに任せる。


「おれ達は帰還せずとも構わぬのか」


「はい。戦力を一時的にでも集中させる事は危険だと判断されました。「何か」を刺激しないように。ですので、私は特別帰還の禁止令をお伝えに参りました。定期交代を通常通りに行う事は許されています」


「なるほど。ご苦労だった」


 この伝令は第6大隊の戦況報告を兼ねているが、今回はその時期ではない。無理して報告を上げる必要はないが、一応現時点での戦術的勝利と戦略進行到達速度を簡易にまとめ上げた報告書を、伝令が帰る前に作成。もちろん、ガルブレイの副官が。


「・・・私の交代の時期を早めて頂けませんか」


「構わんが・・・。サンゾウは動かせんぞ」


 大将以上の常識として、戦争級の軍事行動でサンゾウが関わらぬ事はあり得ない。全てサンゾウの手のひらの上。


 そのサンゾウの許しを得ず、ガルタが他の大隊を動かすなどもってのほか。


 そしてサンゾウが意見をれるのは、陛下のみ。だから皇帝付き軍師という役職に居られる。


「敵を知り己を知れば百戦危うからず。敵を知りましょう」


 ガルタは頭の痛くなる女だったが。バカではなかった。



 頭の硬い直情的な人間の答えを、すでに出していた。

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