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魔界猿雄伝  作者: にわとり・イエーガー
群雄割拠。
60/103

戦後の日々。

 時は午前。皆で朝食を取った後のリラックスした雰囲気の中、大広間に2人の声が響いた。


「魔軍大将軍ヒポリ、確かに署名致しました」


「ラアブレイ帝国皇帝、ラアブレイ・トリキア・ギウ、確かに署名した」


 双方の握手・・・はサイズが違い過ぎて出来ないから、2人は片手を差し出し、軽く触れ合わせた。


 トリキアはその感触に、温かさ以外を感じなかった。目の前の明らかな怪物に、このような細やかな力量コントロールがある。それは単なる怪力より、遥かに恐ろしい事だった。


「ヒポリ殿。今夜の歓迎の宴には出席して頂けるだろうか」


 これは半ば断られる事を前提としての提案。世が世なら、毒のみを酒盃しゅはいに注いで差し出すところだ。それにトリキアにその気がなくとも、部下の暴走はあり得る。そこまでは制御しきれない。実際に魔族に家族を奪われた者の怒りなど、抑制出来るものではない。


 だが抑制させなければ、人類にも未来はない。今度こそ、絶滅まで行く。


 ゆえに平和を作る。


「ありがたく楽しませて頂きます」


 ああして柔和にゅうわな笑み(だろうと思う。牙が見えてるけど)を浮かべられると、少なくともヒポリ将軍は同意してくれているようだ。


 場所は帝国本土。帝都ラアブレイの主城、ラアブレイ城。


 ラアブレイ帝国は誠意を見せた。自陣営本拠地であり、最高権力者の住まう城に、敵軍大将であり最強各の戦士を招き入れた。もちろん場には親衛隊も同席しているが、ヒポリの前では何の抵抗にもならないだろう。


「こちらの不備でヒポリ殿に不快な思いをさせた場合は、私の名において補償させてもらいたい。よろしいか」


 今回の歓迎式典が行われると決まった時点で、ヒポリの身体に合わせた席やテーブル、全ての食器に至るまで新造されていた。魔族側から持ち込むとの提案もあったが、これからの世界ではこうしたやり取りも幾度いくどもあると答え、人間側で用意した。


「補償などとんでもない。シャアルラ様からお叱りを受けます。お気になさらず」


 丁寧な言葉遣いだが。


「そうか。助かる。ついでに、私の事はトリキアと呼んでくれ。将軍から丁寧な物言いを頂くと、こそばゆい」


 トリキアは安全を図った。トリキアは気付いていた。


 ヒポリは主であるシャアルラ以外へ敬称を使わない。


 それはトリキア個人にとっては砂の一粒よりどうでもいい事だが、部下の手前、人々の手前、あってはならない。皇帝が軽んじられるのであれば、帝国など何の意味もない。ゆえにあらかじめ、釘を差しておいた。


 ここまでして魔族の機嫌をうかがうなどと、先日までのトリキアには考えられなかった。


 だが仕方ない。


 天の怒りに触れた以上は。



 ラアブレイ帝国はその領土の10分の1を消し飛ばされていた。当然、その範囲に生きていた人も動物も建物も資源も財産も、全て。何も残らず。


 魔族の襲撃、逆撃でない事はすぐに分かった。炎や斬撃など、物理攻撃の痕跡が存在しない。爆発の跡も魔法の跡も、何も。


 これは天雷。ジャウル王国の所有する文献によれば、かつて人類と魔族の全面戦争が起きた際にも、同じ現象が起きたようだ。魔法によらぬ超常的な攻撃。それを当時の人々は、天雷と称した。


 自然現象の雷と同じく、避けられないし防げない。しかも避雷針が意味をなさない。そして天雷の降った箇所は完全な空白地帯となる。土も草も石も消滅した、半径1キロ、深さ100メートルほどのすり鉢地形が生まれていた。


 ラアブレイ全土に降り注いだその雷は、帝都にまで届いていた。狙われたのかどうか、それは兜車の生産工場を直撃。技術士、工員、輸送班など、軍民を問わず死んだ。その死者総数は、今回の人族と魔族の戦争で発生した数より、二桁ふたけた多かった。


 被害報告はダンに退避していた皇帝に届き、トリキアは決断した。


 魔族と調停を結び戦争を終わらせる。


 でなければ、天雷が続く。


 一週間。一週間で戦争は終わった。人間でも魔族でもない者の手によって。



 歓迎会の準備が整うまで、2人の魔獣。一人は今回の主賓しゅひん。もう一人はその副官。彼らは人族の世界を観察していた。


「人族も大したものですね。この繁栄は生半なまなかな事ではない」


 カネの目の前にはカネでも、いや全魔族を呼び寄せても倒しきれるかどうか分からないほど巨大な都市が存在した。


 カネはこの光景を初めて見る。知識としては現在の人族人口程度は知っていたが、自分の目で見ると全く現実感が違う。


 魔都ほど整然としているわけではない。雑多な建物が雑多に配置され、まるで好き勝手に建てられたようにも見える。だがかえってそれが、原始的なエネルギーを感じる由来でもある。まるで魔獣の里をそのまま巨大化したような。


「ええ。戦争で失った人的被害、それに加えて天雷に各所を消されて、なお国がびくともしていない。勇者が居なくとも、人族は強い。それが分かったのは収穫でした。きっとシャアルラ様もお喜びでしょう」


 主従の会話はラアブレイ城から街を見下ろすテラスで行われていた。2人のそばには魔族はおらず、人間のメイドと2人を守る親衛隊。この親衛隊は、人間がヒポリらを襲って魔族との平和条約が決裂するのを防ぐための処置だ。そこいらの人間がヒポリを傷付けられるわけもないが、敵意は理解される。そうなれば、また天雷が・・・。


 双方の都合により、世界には平和が訪れた。



 それはここ、魔都にも。


「・・・っ!!!!!!!」


 全力で撃ち込んだ砕界カンターテアが魔法師団訓練場に穴を穿うがつ。半径150メートル、深さ100メートルのすり鉢が出来た。


「くっ・・・オオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」


 シャアルラは更に己の魔力を振り絞る。取器チョコを使い魔力を増幅、先の砕界に劣らぬ威力で射出。


 しかし結果は同じ。天雷の威力には勝てない。


 シャアルラは父が帰って来なかった日から、ずっと同じ事を繰り返していた。



 魔都ラインにも仮初かりそめの平和は訪れていた。人族は既に撤収。各軍団も自分達のラインに戻り、元の生活に戻っている。戻らなかった一部以外は。


「グランダはまだ、成熟していない。空竜の新たな器とするには、最低でも千年は欲しい」


 知虫軍団長ガンズは飛竜軍団長エウギルから話を聞いていた。


 前飛竜軍団長ダロンが、シャアルネルラ様と共に戦場のつゆと消えた今、新たな空竜を、新たな軍団長を決定しなければならない。


 しかしグランダには、いくらなんでも早すぎる。いかにシャアルラ様がお選びになったとは言え。


「伝令役に欠員が生じていないのは不幸中の幸い。じゃが、飛竜軍団の損耗は激しいようじゃの」


「ああ。あの時、里に居たベテランが・・・。言っても仕方ない事だ。どこの軍団もそうなのだから」


「うむ・・・」


 ガンズもエウギルも、しばし黙りこくった。エウギルの言う通り。どこの軍団にも、いやどこのラインにも平等に天雷は降り注いだ。結果、主力を失った軍団さえある。


 妖樹軍団というのだが。



 天雷は火災や爆発を巻き起こさなかった。二次災害が出なかっただけマシ。それは言えるのかも知れない。


「ひどい、被害です。中心と奥に配置されていたタルナキア様、ヒガナシ様、カウリッツ様。彼女ら妖樹軍団の主力部隊以下、80名以上が消滅しました」


「・・・そうか。復活は出来るか?」


「各妖樹の故郷に行けば、あるいは。ここには種子を保管してありませんから」


 魔法師団ナンバー1、パアルカラッソ自らが妖樹軍団をたずね、被害報告を聞いていた。あまりにも被害が大きすぎて、一週間という時間が経過しなければ、どれだけの妖樹が消滅したのか掴めなかったのだ。


 妖樹軍団は各個体ごとの敷地を設け、その中で種子を増やし増殖する。そのエリアごと消し飛ばされた以上、元の種を取り戻すのは不可能だった。


 生き残ったのはシングリィ、ネット、バレスなど、比較的平穏な種族のみ。


 この際、攻撃能力は捨て置くとしても。彼女らだけでは魔都の食料庫たり得ない。栄養が偏ってしまう。


「分かった。すぐに飛竜との混成チームを作る。君は移動出来るか?」


 妖樹軍団で窓口の役割を果たしているヒワダは、各地方の妖樹にも説明役として最適。魔都に引っ越してもらう際の待遇についても、誰より分かりやすく教えてくれるだろう。


「出来ない事はありませんが、私では格下過ぎて、足手まといかも知れません。出来れば高位魔族の方に一緒に来てもらいたいのですが」


 ヒワダに攻撃能力は全くない。各軍団との交渉能力があり他種族とのコミュニケーション能力がある。それだけで十分に実用性の高いヒワダだが、そこを評価してくれるのは身内の者だけだ。外に出れば、名もない一兵卒いっぺいそつに過ぎない。


 外部で通じる看板が必要だ。かつて、魔王自らが魔獣の里を巡っていたように。


 が、この状況で魔法師団、もしくはシャアルラが魔都を空けるのも、中々勇気が要る。ただでさえ魔王を失っている今、大黒柱に次々と不在を許していては、外敵の必要もなく、魔族は内部崩壊しかねない。


 それほどに、シャアルネルラ不在の現状は、異常事態であった。


 ヒポリが大将軍の地位を得ていたのは、不幸中の幸いだったか。実力と名声が一致した、シャアルラ以外に動かせる人物。ヒポリが居なければ、外交も出来なかった。


「高位魔族か。そうだな」


 魔法師団メンバーを出しても構わない。それほどに妖樹軍団の存在価値は高い。


 しかし、ナンバー2のオゥルネイアを出しても、まだ不十分だろう。例え魔法師団の看板があっても。ヒポリに比べれば、役者が足りなさすぎる。


「私が行こう」


「ヤルド様」


 パアルカラッソとヒワダの面談に口を挟んだのは、妖樹軍団のヤルド。


 通称、動く妖樹軍団だ。


「ヤルド。名は聞いている。しかし、君に任せても良いのか?」


 実を言うと、パアルカラッソもヤルドについては詳しくない。


 戦略級の存在である事。例えるなら、ジョウゴ(移動城塞型巨石族)よりも慎重な扱いが必要な、飼い殺しにされている妖樹。それぐらいしか知らない。


「名前がびついていなければ、ね」


 ヤルドは魔法師団が相手でも、敬語を使わない。相手は圧倒的に格上なのだが。


 しかしその態度に、パアルカラッソは、ヤルドの真実を信じた。


「では、任せる。準備が出来次第、教えてくれ。最上級の飛竜便を用意する」


「はい」


「任せろ」


 話はついた。パアルカラッソは魔城へと帰還し、竜便の手配をする。


 そしてヒワダはヤルドの真意を尋ねる。


「ヤルド様・・・。動いて、良いんですか?」


 それは2つの意味を持つ質問。


「構わない・・・というより、私が動かなければいけない。流石に人手が全く足りないはずだ。そうだろう?」


「それはそうですけど・・・」


「ま。大船に乗ったつもり、とまでいかなくても、小舟ぐらいは役に立って見せる。信じてくれ、ヒワダ」


「い、いえ。信じていないわけでは」


 ヒワダは少し頬を染めて、ヤルドの言葉に応じた。


 妖樹軍団の中で、ヤルドの危険性を知らない者は居ない。だがそれは裏を返せば、危険な香りのする、危ない魅力。


 ヒワダはちょっとだけ、ヤルドの事が好きだった。


 そしてヤルドも、ここまで自分を売り込んだ以上、明確な目的があった。



 今のガタガタな妖樹軍団であれば、上手くやれば私が牛耳ぎゅうじる事も不可能ではない。これは千載一遇せんざいいちぐうの好機。


 「私」を知る者が消えてくれた今こそ、動くべき時。


 ヤルドは何の意味もなく動きを封じられていたわけではない。


 だが魔王と妖樹軍団上層部がそろって居なくなった今、誰も止める者はなかった。


 ヤルドは再び野心を燃やしていた。魔王に鎮められていた野心を。



 幸いにして被害の少なかった海魔軍団は、疲れていた。


「・・・」


 ニュウルベオリの見ている出動記録によれば、1日以上の休憩を取った海魔は居ない。この緊張状態は、いつまで続く?


 海魔軍団は依然として警戒態勢を取り、人族と謎の天雷、両方を相手取って警備していた(現在、魔族全体としては表向き人族との協調路線を選択しているが、奇襲を忘れた魔族は存在しない。魔城からの警戒解除の命令もまだ来ていない)。


 明らかに、過労寸前であった。


 それにカリナら偵察の飛竜も疲れ切っている。今は民間の竜便を借りてなんとか24時間態勢を維持出来ているが、民間の飛竜に無茶はさせられない。軍事行動の訓練を受けていない飛竜は、戦闘の連携が全く取れない。その上パニックにでもなれば、せっかくの身体能力も無駄になる。


 誰も彼も疲れている。魔法師団が来てさえくれれば・・・。


「伝令。明日より飛竜軍団から偵察の兵を回します。必要な人数をお教えください」


「ええっ!?マッジぃ?」


「は・・・?」


「い、いや、ご苦労!うむ!伝令殿、茶でもどうぞ!んで、しばし待たれよ!」


「あ、はい」


 伝令の飛竜を厚くねぎらい、ニュウルベオリはウキウキで勤務表を組み立て始めた。



 しかし安堵のためにニュウルベオリは気付けなかったが、飛竜軍団も人手が余っているわけではない。軍団長の死去。さらに飛竜の里、エア・ラインを襲った天雷による多数の死者。


 この状況で人員を他所に回しているのは当然、飛竜軍団が消失しかねない危機的状況にあるからだ。


 飛竜軍団の大義名分は、実はほとんどを空竜に頼っている。魔王シャアルネルラの代に至るまで魔族と飛竜との友誼ゆうぎが続いたのも、空竜の存在あればこそ。


 本来、魔法師団とそれに準じる高等魔族さえ居れば、飛竜による伝令も偵察も必要なかった。いや。そんなものは、そもそもなかった。


 だが空竜を扱うにあたり、その一族をどう遇するか。それは時の魔王の課題であった。片腕ともなりうる空竜の族をないがしろにするのは論外。それに竜と魔獣や海魔など他種族との距離も近付けておきたい。


 それが、竜が畏怖いふの対象であった時代の答え。


 ゆえに空竜の一族は、飛竜となり、飛竜の里を形成し、飛竜軍団となったのだ。


 新たな魔王シャアルラの騎竜、グランダ。英才だが空竜の魂に肉体が耐えられるようになるまで、あと千年。


 千年、飛竜軍団を維持するために、他軍団との連携を今まで以上に強める必要がある。


 それが新たな軍団長となったエウギルの課題である。



 そして魔城では。


「そろそろ閉めるぞ」


「はい」


 夕暮れとなった図書館を閉める警備と共に、サルタは魔城廊下を歩む。


 魔王シャアルラ付き軍師となったサルタは、まず言葉の勉強を始めていた。ガンズとのお勉強会の約束はまだ生きているが、今はガンズが大忙し。ゆえにサルタは一人でも出来る事。習字をしていた。教科書を開き、ノートに書き写し、音読。自室でも一人でも、前に進むために。そして夜中は自習した成果を見るために、子供向け絵本を図書館で借りている(魔城図書館には、なぜか児童書も完璧にそろっていた)。


 最初は魔城内をうろつく子猿も珍しく見られたが、特に何も言われなかった。そもそもサルタはシャアルラ付きの子飼いとして、門衛などとは顔見知り。意外にサルタは魔城警備員の中では知られていた。


 軍師。おれが。


 与えられた広く居心地の良い部屋。タダで腹いっぱい食べられるメシ。何不自由ない環境。



 鼻で笑ってしまう。戦場ではグランダの飾りでしかなかったおれが。


 何の役にも立たず、何もさなかったおれが。


 こんな事で、本当に母の仇を取れるのか?


 無駄ではない。そう自分に言い聞かせなければ、勉強も出来ない。


 グランダ。シャアルラ。海竜。ミリアステリオ。


 あの「怪物」どもの姿を見てから、サルタは知識や知恵というものの価値を疑い始めていた。


 おれは。何か、出来るのか?本当に?



 サルタの勉学意欲を支えているものは、現状、何も考えたくないという現実逃避。


 そして母からもらったものであるという思い入れ。


 それだけであった。


 およそ人類に到達可能な魔界最高地位につきながら、サルタの未来はそれ以前より暗くなっていた。

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