謎の竜。
ゴゴ・・・
「地震だ」
「大きいぞ」
前線に配備された蒼色狼の代わりに皇帝の周囲を守っている親衛隊は、領土決定戦場に薄く広く散らばっていた。間者を防ぐ意味合いもあるし、魔族の奇襲による一撃での全滅を防ぐ意味もある。
しかしそんな彼らもこの大地の揺れには一時的に陛下の下に集結した。天災を防ぐ手段は持っていないにせよ、倒れてくるテントなどを支える必要がある。親衛隊級の腕力があれば、1トン程度ならなんとかなる。
ゴゴゴ・・・
「長い・・・。倒壊に気をつけるよう勧告するのがよろしいかと」
サンゾウの意見を受けた皇帝の命により、地震注意の伝令が走った。
「まさか、これは魔族の」
「まさか。被害が出ない戦術は考えにくいと思います」
皇帝の疑問を、サンゾウは軽く受け流す。
もちろんサンゾウにも確信はないが、こんな遠回りな手段は取らないだろう。多分。
それこそ本当に、魔王の身に何か異変が起きていて、何も出来ない状態にある、とかでなければ。
・・・・・・あり得るのか?もしかして、本当に。
魔法師団が出るのも遅かった。飛竜も積極的な攻めとは言えない。あちらは空が飛べるのに、陛下のおられるこの作戦本拠地には来ない。常に防衛に回っている。
何か魔王が動けない事情があるのは、確かなようだ。
サンゾウはそこまでは想像出来た。
もう少しだった。
もう少しで、この事態を予見出来たかも知れない。
ゴ !!!!
帝都から輸送され領土決定戦場に到着した兜車部隊が、一瞬で吹っ飛んだ。20トンの兜車数百台が、一瞬で。
オ オ オ オ オ オ オ オ ン
ひどい轟音だった。仮設指揮所の一部は兜車の落下に伴い、中に居た人間ごと潰れていた。
皇帝トリキアと将軍トリーク、そして軍師サンゾウはなんとか親衛隊に守られていたが、せっかく集めた人員と物資が使い物にならなくなりかけていた。
「・・・くっ。無事な者は救助に向かえ!倒れている者達を助けろ!」
皇帝自らが声を上げて、兵に呼びかけた。今無事な兵も、半ばパニック状態だろう。だから皇帝が命令を下す事で一時的に思考力を奪い、単一目的のために集中させる。後は時間が解決してくれる。
「・・・サンゾウ。こんな地震を知っているか?」
「いえ、全く。ですが、古今東西の渓谷や海峡は地震が作り出したものだという説もあります。今回起きたのは、まさにそれだったのかも知れません」
「なるほど。奇妙な運勢だ」
いつもよりわずかに早口での説明。さしものサンゾウにも狼狽の色が見えていた。
それでも皇帝、ラアブレイ・トリキア・ギウに慌てた様子はない。もちろん心臓はドキドキしていたのだが。それを表に出さないのは、やはり皇帝として生まれ育った人間だった。
そしてサンゾウは、今の地震でも死ななかったトリキアの天運を敬愛した。やはり、皇帝。自分達の支配者として相応しい器。
それからしばらく人類側本拠地及び要塞は、敵方の襲撃の必要もなく、てんてこ舞いであった。
だからこれは、泣きっ面に蜂。
ア オ オ オ
今度こそ、トリキアの表情が固まった。サンゾウも二の句を継げない。
先の轟音に負けない音量の、竜の鳴き声。
飛竜・・・じゃない。
地竜?
2人は本能的な衝動に突き動かされ、親衛隊を引き連れて指揮所を飛び出し、鳴き声の正体を目撃した。兜車が噴火したかのように飛び散った原因を発見した。
オ オ
大地が、動いている。
人間の目からはそうとしか見えないほど巨大な地竜が、そこに居た。
体長・・・何キロだというのだ。領土決定戦場をはみ出し、シャダンの森を踏み潰して、竜はゆったりと座り込んでいた。
距離にして100メートル。至近距離と言って過言ではない位置で見る竜は、断崖絶壁の様相すら見せていた。あまりにも大きすぎて。
「サンゾウ」
「はい」
「勝てるか?」
「・・・・」
竜の吐息が聞こえる場所で、2人の雑談はあまりにも穏やかであった。
そしてサンゾウが即答出来ぬ質問は、ここ10年でこれが初めてだった。
皇帝と軍師はそのまま3秒間ほど棒立ちのままだった。
「陛下。お逃げください」
だが親衛隊は既に動いていた。周囲を固めていた部隊の幾人かが馬車を用意。ひとまずダンの街まで脱出する準備を整えていた。
「・・・」
しかしトリキアは即答出来なかった。
逃げた場合、自分が居なくなった後の軍はどうなる。撤退命令を出してからでなければ、逃げられない。皇帝の威信に関わる。それはつまり、「ラアブレイ」に響く。
だがサンゾウは判断した。
「陛下。今はお下がりください。この竜は、私が処理しておきます。蒼と紅を呼び戻せ!」
「サンゾウ」
この独断を、トリキアは咎めなかった。黙って馬車に乗り、そして言った。
「サンゾウ!竜を倒せ!」
親衛隊に周囲を守られた馬車は真っ直ぐに領土決定戦場を走り抜け、ダンの街に入った。
前線の要塞に向かったトリーク将軍と入れ替わりで、蒼と紅はすぐさま帰還した。およそ10キロメートルを1分で走破した彼らは息の上がった者も多かったが、戦力は十分に残していた。
「皇帝陛下の名代として指揮は私が取る!陛下の覇道の妨げとなるトカゲ、処理出来ぬ諸君ではないはずだ!その実力を存分に発揮してもらいたい!!」
「承知」
代表としてルフ・ヴァニッシュが返答した。
謎の竜対人類最精鋭。ここに始まる。
敵は巨大。だが動きは遅い。その巨体から察するに瞬発力は大層なものだろうが、持久力はない。か?
「紅は敵の背部を狙え。尻尾を避けて、背を攻撃しろ。蒼はバラバラに散って、敵の正面を取る。攻撃ではなく、場を維持する事を意識せよ。残りの親衛隊はサンゾウ殿をお守りしろ」
蒼のルフの命により、数十名の人類最エリートが散らばった。
「兜車部隊、砲撃準備!」
そしてサンゾウの指示により、無事な兜車へと命令が出された。先の突発地震で半数が修理待ちになったが、人類の底力はそこで終わりではない。
帝都にはここの5倍以上の数が控えている。まだ戦える。敵地に築いた要塞は、トリーク将軍になんとか頑張ってもらうしかないが。トリークの力量なら、踏ん張れる。
オ!
飛び出した蒼らは、目にも留まらぬ速度で竜の殺傷範囲に踏み込み、斬った。
パキン
ルフは一瞬、自分の目を疑った。最大加速させた状態なら兜車をも両断する愛刀が、竜に触れた瞬間にへし折れた。しかも竜の皮膚に、かすり傷も付いていない。
ゴ!
だがルフは尋常な剣士ではない。剣が効かぬのなら、と素手で竜の顔面を狙う。頭部高100メートル以上の竜を登り始める。
オ ン
周囲に小さな敵がうろついているというのに、竜は目もくれない。小さく鳴いただけで、人間を追い払うどころか微動だにせず。結局、動きを見せたのはこの地上に出現した時だけ。
なんだ。何者なんだ。
それは背を登っている紅蛇一同の思いでもあった。
ルフの一撃は見れていない彼女ら(皇母護衛のため、全員女性で構成されている)だが、足裏の感触のみで、自分達では歯が立たないとすぐに分かった。この辺は流石の経験量。
一応、念の為、毒を塗り込めたナイフで斬ってみるが、どうやっても斬れない。一振りで刃がへし折れた。それにこのサイズでは例え効いたとして、毒薬を何十リットルと注入する必要があるだろう。
結論。紅蛇は時間稼ぎに徹する。
サンゾウは竜の吐炎の範囲外まで出る事を強く勧められたが、それを断り、至近距離に滞在していた。
なにせ、この竜の推測攻撃範囲は数キロメートル。逃げたら、指示が出来ん。
それでは陛下からお預かりした蒼を使い捨てるだけ。
私が指揮を取る限り、必ず勝つ。
サンゾウはバカではなかったが、狂い軍師であった。
その目で蒼最強のルフの剣撃が通じぬのを見ていたにも関わらず、得体の知れぬ、弱点も強さも分からぬ相手に、既に勝ち筋を見出していた。
「兜車部隊は砲撃準備解除!兜車は整列したまま待機させ、全員降車!砲兵は救助活動中の工兵と交代し、救助に当たれ!」
そして親衛隊は伝令として決定戦場中を走り回らなければならなかった。
「これより竜の爆破工作を行う!!ありったけの火薬を竜を刺激する事なく準備、装着せよ!」
兜車に装填されるはずだった火薬が全て、接着テープと共に竜を駆け上っていった。
まず工兵が火薬箱を用意。不意に起爆しないよう、竜への道を完全に開放し、兜車を停止してから。そして蒼や紅が竜の動きを監視する中、ハシゴが立てられ火薬箱が引き上げられる。その箱は同じく竜に登った歩兵が運ぶ。狙いは後頭部、首の付け根、背骨。頭頂部はおそらく最も硬いので無視。顔面は竜を刺激する可能性が高いので避ける。
途中から蒼も紅も運搬役に回り、彼らは1時間をかけて、実に200トンの火薬を運び上げる事に成功した。
「総員退避!」
工兵が1キロメートルにも及ぶ導火線を用意し、その間に砲兵が出来る限り引き上げた物資と共に全員が撤退。要塞にも帰還禁止令が出され、落下物への注意が勧告された。
「点火!」
途中で消えないように大綱のようになった導火線に火が付いた。油の染み込んだ綱はよく燃え、そして引火した。
ドゴオオオオオオオオオオオオオンンンンン!!!!!!!
城塞都市ダンの手前まで退避していたのに、兵は耳を塞ぐ必要があった。事前に伝令が走っていたにも関わらず、ダンからは迎撃のための兵が出てくる。
ゴン
しかも爆発後には仮設指揮所にあった兜車、荷物、施設の部品やシャダンの森の木々の枝葉などが次々と降ってくる。
「頭上に注意!ダンの民間人には屋内への避難を徹底させろ!」
実際問題、加速して落ちてくる物質は投石や投げ槍並みの威力がある。舐めていると兵が無駄に減る。親衛隊はサンゾウを囲み迎撃態勢を取った。
そしてしばらくの間、蒼を先頭に落下物を処理し、周囲の被害を確認。ダンには自力で解決してもらうとして、こちらは竜の被害状況を見に行く必要がある。
「では、行ってきます」
「頼む」
今度ばかりはサンゾウも意地を張らなかった。蒼と紅だけの確認を許可した。
死んでいるかどうかはともかく、重傷は負わせた、と思いたいが。さて。
走りながら、ルフは一つの予感を得ていた。サンゾウとは真逆のそれは兵ゆえの実感ではなく、一個の生命体としての勘。
地形が変わるほどの爆発を起こさせた。そこに疑問の余地はない。
疑念があるのは、あの巨竜。200トンの重量を載せて平気なあのサイズに、我が剣で斬った感触を考慮に入れると。
あの火力でも、まだ不十分なのではないか。
現人類に可能な最大限の威力を行使した。それは間違いない。
つまり。人類には、あの竜に勝つ手段が、存在しない。
ルフの本能は、敏感にそう悟っていた。
そしてその真相は、ルフの目の前に居た。
キ オ オ
竜はその場を動いていなかった。竜の周辺は爆心地からのクレーターを形成し、周囲の森林をなぎ倒し、兜車と全ての仮設施設が吹き飛び、そこに人間が居たらしい形跡も残っていないというのに。
まるであくびのような鳴き声を上げて、その場に留まったまま。尻尾一つ動かしていない。
ルフは初めて勇者レインと手合わせした時を思い出していた。あの時と同じ。
絶対に敵わない存在との対峙。
蒼、そして紅。彼らは武器を構える事もせず、ただ竜を見つめていた。
人間の手では絶対に排除出来ない大山を見るかのように。
ゴ オ
そして人は、さらなる脅威にさらされる。
高い遠い空に影。いや。
城。
城が、空を飛び来る。
巨石軍団長ロイドナイト。見参。




