ギリィとガンズ。
「ひっ・・・」
「あああああ・・・・」
ラアブレイ帝国陸軍第1大隊はお飾りの軍隊である。現在の陸軍の中で最も実戦経験が少なく、最も被害人員が少ない。
にも関わらず、最も多くの訓練時間と最先端の戦術を叩き込ませた、最強の軍でもある。
そして指揮官は、ラアブレイ帝国皇帝、その人が主軸。
最大火力を最高の士気で用いる。
ゆえに最強。
「逃げろっ!・・・」
人族の間では。
膠着状態。こちらの損失はゼロ。だが、敵を追い払えていない。前線が崩れたと思ったら、次から次へと後続が無限に湧いてくる。つまり、敵本隊の士気は依然高い。魔法師団がフル稼働していても。
「一時後退する!飛竜軍団と交代だ!」
ポワッ
パアルカラッソの放った光によって、魔法師団は次々と後退していった。
「どうしたの?まだ早かったような気がするけど」
最後尾に位置していたパアルカラッソに、オゥルネイアが追いついた。
「早くて良い。早く戻って、早くここに舞い戻る。それだけさ」
既に太陽は高い。早朝から始まった戦闘に、まだケリがついていない。相手が勇者ならともかく、雑兵相手にこの有様か。
敵装甲車100台以上、歩兵3千人以上を抹殺しながら、パアルカラッソは目的を見失っていなかった。
速やかな敵の全滅。それが達成されていない以上、魔法師団にとっては敗北にも等しい。
パアルカラッソは心の中で自嘲しながら魔法師団宿舎に帰還した。魔力全回復まで、早くて30分。ただし体力と集中力を取り戻すには、3時間。
それまでの間、人族を押し止めるのは。
「我々はただの時間稼ぎ。無駄死にするなよ!!」
全兵が選り抜きの精兵。飛竜軍団である。
人間の苦難は、まだまだ続く。
所変わって、ニア・ラインを抜けて各ラインに拡散した翠鳩。彼らは探していた。魔王の本拠地を。
人類側の知識としては、魔都ライン。そこに魔城がある、そこまでは知っている。各ラインがそれぞれ多種多様な種族を抱え、魔王の秩序を目に見える形で配置している。ラインは巨大産業構造であると同時、それを支配する魔王の権威誇示装置でもあるのだ。
そのラインの根本を探して翠鳩は飛び立った。そして翠鳩には、もう一つの目的がある。
「・・・占領しやすく、取引材料として使えそうなラインを発見し、その情報を持ち帰る。現在は軍師サンゾウ殿の指揮下にあるが、サンゾウ殿が皇帝陛下の懐刀である以上、親衛隊の性質から離れた任ではないと認識している。領土決定戦場に運び込まれる兜車の総量はサンゾウ殿と輸送班しか知らない。情報が漏れないように前線の兵には情報共有はされていない。こちらの最終目標は魔王打倒だが、今回はとにかく、足がかりを作る。それが第一目標。そのためにラインを一つでも切り取り、戦争は引き分け、調停の形に持ち込む。そして領土決定戦場をなし崩しにこちらの領土とし、次からの領土決定戦の負担を魔界側に負わせる。まずは一つ、魔族に勝ち、人類の勝率を上げる。これが我々の目的だ」
べらべらと。拷問にかけられているわけでもない、拘束されているわけでもない。人類側最エリート集団の一員が、己の知る限りの情報を何の葛藤もなく喋り続けていた。
魔城のそばにある牢獄。貴賓室まで存在する歴史ある建造物で、かつては魔王の血族さえ収容されていた事もある。
だが、現在は全く使用されていない。魔王の代替わりとそれに伴うトラブルを解消するための一時的な留置所(であり実質的な保護施設でもある)としての使用が主であり、一般的な犯罪者を収容する場所ではない(そちらにはちゃんと一般的な警察と牢屋が存在する)。運営も、魔城から派遣された警備兵に頼っている。
ここの1階取調室で、翠鳩は話を聞かれていた。凶鳥軍団長ギリィに知虫軍団長ガンズといった豪華なゲストも居る。
部屋はギリィの大柄な体格でも狭さを感じない。魔獣などの収監も考慮されているため、例えばヒポリでも頑張れば入れる。グランダ並み(体長約30メートル)になると、流石に外に拘束するしかないが。
「記憶したか?」
「うむ。速記も終わったようじゃの」
取調室ではガンズ配下にある知虫族が、捕虜の答弁を全て記録し終えていた。
「じゃ、どうする?」
「ふむ・・・。それは魔王様のお考え次第。とりあえず牢獄で待たせましょうぞ」
「おう。連れてけ」
凶鳥軍団長ギリィの許可により、翠鳩の一員は個室に連れて行かれた。これもまた居心地の悪くない、ちょっとしたゲストルームだ。ただ窓がなく室内にトイレがあり、外に出る手段がないだけの、普通の部屋だ。
「おれが見つけた奴以外は殺しちまったからな」
「構いませぬ。というより、そちらの方が面倒がなくて良いですじゃ」
知虫軍団が謀将、ガンズ。今は取調室を出て、ギリィの肩に乗っている。
「良いのかよ。こいつらは雑兵じゃねえぞ。捕縛するのが優先じゃねえのか?」
言いつつ、ギリィは配下には必殺を命じていた。捕縛を思考の片隅に置いてしまうと、手先が鈍る。それはシャアルネルラの命に背く結果をもたらす、致命的な遊び。
民間人の守護が第一目的。ならば、敵は皆殺しだ。現在も凶鳥と知虫は協力して魔界に侵入した異物を捜索している。どちらも探査能力に優れた種族だ。
しかし、出陣からわずか数時間。捕縛された一人を除いて、翠鳩は既に全滅していた。人族の目論見は脆くも崩れ去ったが、それはこの者達を知らなかったから。
「ギリィ殿。敵大将クラスを捕縛した際は、またお頼みしますぞ」
「構わねえ、が。パアルカラッソが全力で動いてんだろ?敵は全滅するだろ。普通に」
「それがそうでもなさそうですじゃ。敵勢は予想を遥かに超える数をそろえているようで。いかに魔法師団の実力でも、相手が雲霞では、苦戦もしようというもの」
「はっ・・・。知ってた癖に、知らなかったような顔をするんじゃねえよ」
ギリィは小さなガンズを嘲りながら、別に怒ってもいなかった。
「失礼。ですが、これがわしの仕事なのですじゃ。ご理解頂きたい」
「分かった分かった」
率直に言えば、必要以上に腰が低く常に自分の存在を過小評価させようとするガンズの性格は、ギリィとは噛み合わないものがある。だがギリィは、ガンズがシャアルネルラの役に立っている事を知っている。そもそもが、知虫軍団そのものが、魔王の玩具だ。ガンズの事も、憎からず思っている。
「しかし、マジで「奴」は何を考えてる?ロイドナイトまで出すなんて」
「・・・・」
ガンズは答えない。答える資格がないし、必要もない。
しかし動揺はしていた。実際にはヒポリに劣らぬほどに忠誠心の厚いギリィから、このような質問が来るとは。
魔王様を、「奴」と呼んだか・・・。
これは・・・どういう心理状況だ。どう応えればギリィを失わずにすむ。
叛意がないのは分かりきっている。しかも2つとない技能持ち。
・・・どうすれば・・・。
「動揺すんなよ、この程度で。やっぱりてめえは温室育ちだな。対外交渉には出ない方が良いぞ」
ギリィの言葉にはその態度とは裏腹に、感情が全く乗っていなかった。
その発言に、ガンズは凍りついた。普段の荒々しい言動がどれほど優しいものだったのか、初めて知った。
この鋭さが、凶鳥か。
「・・・よく、お気付きで」
「頭の良い奴が黙った時は、考えてる。そしてお前はロイドナイトを知っているのに、考えた。分かりやすいんだよ」
これは、もしや。
「ありがとうございます」
ガンズは常になく、素の言葉遣いで感謝の気持ちを表した。
「ヒポリは間違っても、お前を無駄に叱責したりしない。その代わり、役立たずと思われ次第、お前は外される。お前が魔王の子飼いだからって、ヒポリは手を緩めない。ガンズ。てめえに成長がない場合、ヒポリはシャアルネルラの足手まといを、容赦なく切り捨てる。成長しろ。魔王のために」
かく言うギリィには、ヒポリへの悪感情は全くない。ヒポリがやらなければ、自分がやっていた。シャアルネルラの足を引っ張る者があれば、自分が切る。残念ながら、その役割はヒポリに譲った形だが。
だからギリィはヒポリを全面的に信頼している。もう一人の自分だとさえ考えている。
全てはシャアルネルラのために。その一点において、この2人は全く同じ思想と忠誠心を持った双子のようなものだった。
この2人が同時代に存在しているという事実。それは全く奇跡に他ならなかった。
「そうだな。格下と会話して練習しとけ」
「格下。しかし」
知虫軍団の配下はガンズにプレッシャーをかけてこない。当然だが。彼らとの会話で克服出来るとは。
「ウチに来れば、もんでやるぜ」
「あっ、いえ、あの」
突然しどろもどろになったガンズに、ギリィは本当に不思議そうな表情を浮かべた。
鳥と虫。ガンズが恐れたのも無理はあるまい。
そしてギリィの疑問も、間もなく氷解する。
「・・・・来たか」
正午。魔王シャアルネルラのフォークが止まった。肉に刺さったまま虚空を差すフォークは、わずかに震えていた。
「シャアルラ様?」
もしゃもしゃと口いっぱいに頬張ったサラダを食べ終えてから、飛竜軍団長ダロンは主の背に頭をこすり付けた。飼い猫が甘えるように。
「前線の兵に撤退命令を出せ。ロイドナイトを出現させる」
甘えるダロンをそのままに、シャアルネルラは伝令の飛竜を使い、現場への指示を出した。
そして2人は、飛竜軍団が撤収し人族が陣形を整えている、戦場のど真ん中に飛んでいった。
だが。
魔王が現れる以前に、人間の地獄は出現していたのだ。




