シャアルラ対海竜。
「前線に出た部隊は、ことごとく消滅しています!敵、魔法師団が出てきました!」
領土決定戦場にある臨時司令部に知らされたのは、純粋な絶望であった。
魔法師団。魔族の中でも最エリートのみを集めた、いわばこちら側の戦士団に相当する部隊。ただしあちらは100人単位。戦士団は10人集めるのもやっとなのに。
「出ます」
「ならん」
蒼のルフの申し出は、皇帝の一言によって否定された。
「しかし、陛下。我らでなければ、対抗出来ません」
蒼の部隊は、陛下の言葉全てに頷きを返すデクではない。より意味のある働き方があれば、そちらを提示する。
ルフの出撃の真意は、敵の魔力を削る事。魔法の的となり、少しでも多く、無駄に魔法を使わせ続ける。そうして魔法師団を後退させる。勝てずとも。全滅しても。
だが皇帝トリキアは、その意を知りつつ、拒否した。
蒼にはもっと有効な使い方がある。
ゆえにここは、こうする。
「残存兵力は」
「いまだ8割は全力で動かせます」
サンゾウから即座に返答が返ってくる。
「ならばこのままで良い。魔法師団を削る引き換えに出来るのなら、一般兵力の損耗などどうという事はない」
ここに一般人は居ない。が、それでも危うい言葉であった。皇帝が放って良い言葉か否か。無論、親衛隊に否はない。サンゾウにもない。
そうして他の者が王器に感じ入っていた時、この場ではトリーク大将のみが、口に出せぬ思いを抱えていた。
「魔法師団の後退とともに紅、そして蒼。両隊を同時に出す」
トリキアはエリート戦力を無駄遣いするつもりはなかった。使い捨てるにしても、最大限に活用してからだ。
己の指示に絶対忠実な、有能な部下を。トリキアは顔色一つ変えずに、使い捨てなければならない。
でなければ、魔族には勝てない。
勝たなければならない。
母を切り捨てた以上は。
輝く朝日が全てを照らし出す中。
皇母の密葬を終えたラアブレイ・トリキア・ギウの覚悟は、固まっていた。
風はますます強く吹きつけ、大粒の雨がグランダを濡らす。背甲上でレインコートを着ているサルタとシャアルラもそれなりに蒸している。
「シャアルラ様!間もなく朝です!日の出に目を潰されないよう、お気をつけください!」
「分かった!!」
今現在、雲が全面に出ているが、グランダには気象予報の資質はない。ゆえに注意をうながした。
飛竜であるグランダは陽光を一切苦にしない。自身、光熱を放つ生き物なので、視覚上の問題は全くない。
しかしシャアルラとサルタにはそうした特徴はない。いきなり光を浴びれば、目をやられる。
そして戦場では一瞬の隙が死につながる。まあ・・・隙などなくとも死ぬ時は死ぬのだが。
それでも守れる命なら、守った方が良いだろう。
「・・・」
そんな注意を聞きながら、サルタは意気揚々としたシャアルラを横目で見やった。足元で元気良く飛行するグランダを感じた。
これから、人を殺しに行くんだ。
おれは、人の敵になるんだ。
おれは。
サルタとして、母の仇を討つ。
シャアルラは、サルタの心の揺れ、引き締めを敏感に察知していた。この至近距離なら意識せずとも読み取れる。
元人族。今魔族。
だが、重要なのは、そこではない。
私と並び立つ。その気は、あるのだな?
シャアルラは、他者の変化、意識の変容には敏感だったが、自身のそれには、全く無頓着であった。
そして3人は、この世で最も強い敵の一体に出会った。
「・・・オオオオッ!!!」
意識して剣を握っていなければ、取り落としてしまう。レックスの腕力は、そこまで弱っていた。
ゴバ!!!
だが、海竜の電撃は弱まらない。たかが数時間。それでレックスはヘロヘロになっているのに。
キ オ
海竜は今も元気に鳴いている。レックスの斬撃を受ける前よりも。
ドン
一度レックスはタグボートに飛び移った。
「はあっ、はあっ、はあっ・・・」
「どうぞ!」
舵を握っている船頭から、携帯飲料を渡された。毎日、船で作っているお茶だ。受け取ったレックスは大急ぎで飲み干し、一息つくと、命じた。
「総員撤退。この場を離れろ」
「は・・・?」
「おそらく、他の艦隊は十分に距離を取れた。お前達はレキシオンに戻れ」
「了解です!・・・王?」
船頭は、レックスがまたも剣を握るのを見て、疑問の声を上げた。
「レキシオンの撤退まで。時間稼ぎが必要だろ?」
さわやかな笑みを浮かべ。レックスは飛んだ。
「総員撤退!生きて帰れ!!」
それだけを明るい大声で伝えて。
ゴオン
あの海竜と、まだ殴り合うか。海魔軍団長ミリアステリオは、半ば呆れ、半ば尊敬しながら、レックスの戦いっぷりを見ていた。
まだ動いている。とは言え、あの人間の芯にまで響くダメージは、もはや隠しようもない。かろうじて、海竜と「戦っているフリ」をしている。そこが限界。
それでも他の人間を逃がすために、一人、死地に残った。
なんという武人。まるで魔獣軍団のようだ。
ミリアステリオは歴史に残る魔獣らの逸話を、そして今を生きるヒポリを、眼前の人間の勇姿から思い起こしていた。
そして無意識の内にミリアステリオは、あの人間以外の人族を生かして帰す判断を下していた。
武人には、応えなければならない。
憧れであった。いつも想っていた。
戦う機会のない海魔として、いつも魔獣軍団を羨んでいた。
そして今、実戦に震えている身として、心底から百戦錬磨の魔獣に敬服していた。
こんな場所で常に魔王様にお仕えしていたのか。
キ オ オ
海竜の鳴き声に変化が生じている。それは海魔としてのミリアステリオにしか知覚出来ないものだったかも知れない。
勝利を前にして、喜んでいる。
その意味に、ミリアステリオはますます、あの人間を好きになった。
海竜をして、そこまで苦戦させたのか。
よくぞ戦った。
褒美に、お前と海竜、もろとも魔海に散らせてやろう。そしてこの海は、お前達を永遠に憶えるだろう。
余裕であり、増長でもあったが、それは間違いなく自負であった。ミリアステリオは初めての実戦にもよらず、完全に殺意に満たされた自分を認識していた。
あの人間が倒れたなら、私が飛び出し、海竜を討つ。
強者に相応しい墓標を作らねばな。
この時。
悦に入り、強者ぶった思考にかぶれていた自身の余裕が、一瞬であっけなく崩れるとは、ミリアステリオは全く思っていなかった。
「ミリアステリオ!!敵は海竜!行くぞ!」
「・・・??」
呼びかけられたミリアステリオが上空を見上げてみれば、特大の飛竜が敵目掛けて突っ込んでいった。しかも声の主は。
「シャアルラ様!!!???」
隠密行動も忘れて先ほどまでのもったいぶった態度も忘れて、ミリアステリオは10本の手足を慌てさせ、全身で狼狽した。
さ、作戦・・・。それに海竜は体力を消耗していても、おそらくダメージらしいダメージは入っていない。あの人間もよく頑張ったが、人の限界というものだろう。
しかし主の娘の突撃をただ黙って見ていては・・・。
困惑し、混乱したミリアステリオは、とにもかくにも作戦を捨てて、シャアルラに付き合う。出遅れを気にしながら必死で海面を泳ぐ。
「今行きますー!!待ってくださーい!!」
まるで三下であった。
それはともかく、空中のシャアルラは敵を正確に見極めていた。
逃げる人族の船は後回し。もはや剣を振るう力も失いかけている剣士も後回し。
この場で最も脅威なる存在。
海竜を殺す。
「グランダ!離れていろ!!」
ドン!!
シャアルラは竜の背甲を蹴って海竜に接近した。恐るべき事に、グランダは自分の体重の1パーセントにも満たないその少女の動きで、衝撃を受けていた。はっきりと、グラリと揺れる自身の肉体を感知していた。これが魔王の血統。
グランダは忠誠心をますます高め、しっかりと距離を取りシャアルラの戦いを見守る。
「なんだ・・・?」
海竜の頭の上でフラフラになっていたレックス・ラギアルスは、それでもまだ判断力を残していた。
ザバン!!
剣を放り捨てて、海に飛び込んだ。
超高速で突っ込んでくる、小さな小さな可愛らしい女の子の顔を見た瞬間、逃げた。
あれは、戦って良い相手ではない。あれが魔王か。
レックスのこの考えは勘違いだが、間違いではない。
魔王の娘シャアルラは、この世で最も魔王シャアルネルラに近い存在。
勇者以外が挑んで良い相手では、ない。
レックス・ラギアルスの本能は、海竜と見えた後でも、鈍ってはいなかった。
コ オ !!!!!
シャアルラは海竜の頭部に手を触れるやいなや、ここに来るまでにチャージし終えていた魔力を解放した。
フルチャージ砕界。魔法師団級の魔法障壁を容易く貫き、人族の戦艦程度なら紙切れ同然に崩壊させる。
言ってみれば、勇者か魔王以外には受け止めきれない、絶対攻撃である。
しかし。
キ オ
海竜には何の痛痒も与えられていなかった。
そして今海竜が上げた鳴き声は、歓びの声。
会うべき者に出会えた、祝いの声。
ヴァ オ !!!!!!
最大出力での放電。先ほどまでレックスにぶつけていたものとは、本気の度合いが違う。仮に魔王城に直撃したなら、一撃で地上最硬の城が崩壊しただろう。
が。
「・・・」
少女はまばたきもせず、雷を受け止めていた。
取器。現象の全てを魔力化し、自身の魔法力へと吸収する魔法。使いこなせるなら無敵にも近い魔法だが、使用者は術中に自身の魔法障壁を解く必要がある。タイミングを間違えると、全くの無防備で敵の攻撃を食らう事になりかねない。魔法使用時には周囲の魔力コントロールと同時、感覚を全てそちらに注ぎ込む事になり、やはり敵の動きについて行けなくなる可能性が高い。現実的に考えれば敵との交戦時にはほぼ使用不能な、休息のタイミングで用いるべき魔法である。
だが、シャアルラは油断も躊躇もなく、使った。
使わなければ、死んでいた。
「・・・」
雷を操るヘビ?サルタは眼下でのたうつ大海蛇を非現実的な感覚で見ていた。それも仕方あるまい。
海竜は全長数十キロ。グランダに乗って空を飛んでなお、全身が見えていない。言わば街や山といった概念と戦うようなものだ。
「グランダさん・・・。あれって、どんな生き物か分かりますか?」
「グランダとお呼びください。それとあれは多分、海竜だと思います。シャアルラ様と五分に戦っている以上」
「海竜。飛竜の亜種なんですか?魔獣と海魔みたいな違いですか?」
「いいえ、全然違います。あれは、魔王様と共に行かないと決めた竜」
サルタは自分など比較にもならないような巨大な生物が、自分よりもはるかに思慮深く言葉をつむいでいるのを感じて、初めての劣等感を覚えていた。
自分より強い。それだけならともかく。自分より強くて賢いのでは、手がつけられない。勝てない。
飛竜グランダ。
サルタは今乗せてもらっている竜の名を、強く覚えた。
「サルタ様は竜の歴史を知らないのですか?」
「あ、はい。浅学ゆえ、学ぶ事しか出来ない身です」
「あはは。それじゃ、おれと同じだ」
グランダの優しさ、柔らかさは確かにサルタに安心感を与えた。
「海竜と地竜。その二種は我々飛竜と同じ先祖を持つ種族なんです。サルタ様も先祖をたどれば、全ての魔獣と同じ先祖にたどり着きますよね」
「はい」
そうなの?サルタは完全に適当に相槌を打った。
先祖?どこかの貴族とか領主とかじゃなく、種族?そういうものなの?
この時、サルタには生物学の知識はあまりなかった。学校で学んだのは一般的な生物学、解剖学でしかなく、古生物学の知識は全くなかった。
人は人。唯一、神に選ばれた種族である。人のみが正しい生物である。
その程度の一般常識しか持っていない。
一応、母に教わった実践的な知識もあるにはあるが、この場合やはり意味はない。祖先についてはジャウルだとか、そっち系までしかたどれない、と思う。
思うより、魔族の知識体系はすごい。
サルタは素直に感心していた。
「この世界が出来てから、しばらくして。神様が自分の家族や仲間を作ったんです。それが神獣や神竜。魔族はその最後の一員だったと聞いています。神獣の末裔である魔獣。神竜の末裔である我ら竜。世界は神様の家族でいっぱいになりました」
そして争いが始まった。
「神様はいつしか居なくなって、神様の家族だけが残ったんです。そこから家督争い?が起きてしまって。今の世界につながっている。って聞きました」
グランダは幼竜ながら、領土決定戦に選出されるほどの最エリートである。当然、魔王の前に出るまでにあらゆる学習を叩き込まれている。その知性のほどは、決してサルタに劣るものではない。
サルタの劣等感は、間違ったものではなかった。
現時点でサルタがグランダに勝っているものなど、何一つとしてなかった。
「海竜は地竜と同じで、神竜の直接の血統なんです。血が濃いほど強い。一般的にはそう伝えられています」
「ああ・・・。その、始祖である神竜から近い生き物なんですね」
「そうです。神竜そのものの力は失っていますが、それに近いレベルにある。らしいです」
ここでサルタは気付いた。
神竜とやらは、どこで何をしている。「神様」が消えたのは今聞いた。
それで神竜は。神獣は。どこに。
そしてなぜ、人間の知識の中に、それら生物の名が無いのだ。
サルタは博物学者ではない。が、母から危険な生物、魔獣、魔族についてずっと聞いてきた。その中に、今知った生命の名は、全くなかった。
なぜ?人もまた神のお作りになられた生物だろうに。なぜ人はそれを伝承していない。
サルタが母から聞いたのは、ただの神話。神獣や神竜など影も形もなく、すごい昔に神様が人間を作り、土地を与え、正しい生き方を教え諭した・・・。それで終わり。魔族や魔王は、人の天敵として登場するが、これも詳細は語られない。子供向けのおとぎ話だから、当然だが。
「神獣に近い力を持っているであろうヒポリ様でさえ、血統としては完全に別物だとか。私達飛竜がダロン様を「お守り」しているのも、そのためなんです」
お守り。サルタはダロンの名を聞いた事がない。だが、様付けで呼んでいる以上、高位者。そして魔族にとっての高位とは、強大の意。一体、どういう。
「空竜の魂を受け継ぐ器であるダロン様。そのダロン様を騎竜とするシャアルネルラ様。そのために私達は飛竜の名を頂いて、海竜や地竜とは全く別の生き方を選んだんです」
「へええ」
最後の部分。そこにだけサルタはグランダの強い感情を感じた。こだわりか。それが飛竜の意地か。
空竜とやらの意味も何も分からなかったが、それは後でシャアルラか、それとも図書館でも当たってみるか。いい加減、勉強もしなくてはならない。元の学校の教科書を捨てたのも痛い。給料が入ったら、本を買おう。子供向けのものと辞書を。
無意識にサルタの学習意欲は高まっていた。明らかに自分より知的な(自分より年少!)の者と出会い、刺激を受けていた。無論、グランダの年齢などサルタの知るところではなかったが、グランダのあまりに丁寧な物言いに無意識に目下の者として見てしまい、その目下の者以下か自分は、と感じたのだ。
サルタは幸運だった。同年代で競争の出来る相手に出会えて。
そして魔王の娘と伝説の竜との戦いは、激化する。




