ヒポリの帰還。
挿絵は柴田洋さんによります。
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柴田さんのマイページです。
ご息女探訪事件は、魔獣軍団のメンバーに、サルタの名を焼き付けるに十分なインパクトを与えていた。
テンクウ、ミキメは、この事件を境に、サルタに厚い信頼を寄せるようになった。今後何か厄介事があればこいつに押し付けよう、と。
カネ、ノウマは、将来の魔獣軍団の中核を担う存在として本格的に教育する算段を立てていた。
そしてヒポリが帰って来た。
「お帰りなさいませ」
「ただいま。カネ」
腹に響く声。その声だけで、存在の次元の違いを理解させられる。
身長2メートル近いカネが見上げる巨体。一般的な施設、例えばカネの使っている執務室、獣舎の管理室、あるいはイブーの獣舎などには入れない巨躯。
ここ、ヒポリのために建てられた屋敷でもなければ、とても収まらない。
イブーの調練場1つ分ほどの広さの室内に、柔らかな絨毯が敷き詰められ、主の帰還を待ちわびていたように、すぐそばの室内プールも綺麗に保たれていた。
寝椅子にもたれリラックスした姿勢のヒポリは、カネの手で杯が満たされるのを待った。直径30センチの大器だが、ヒポリにはおちょこほどのサイズだ。
「無事のご帰還をお祝いして」
カネも自らの杯を掲げ、主と生還を祝い合った。
「・・・ふう」
ツヤのある吐息。ヒポリの完全な弛緩した状態を前に、カネは自らの幸福を噛み締めていた。
そして危うく次の言葉を聞きそびれそうになった。
「カネ。魔獣軍団は解散します」
「・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
カネは幻聴が聞こえたのだと解釈した。
有り得ない言葉が耳に届いた気がするが、気のせいだ。
「私もショックです。ですが」
「・・・えぃうっ!?」
幻聴が、悪夢が続いてしまって、あまりの事にカネは奇声を上げた。
「カネ。私の言葉を聞いて下さい」
「あ、ああああああ・・・」
なんとか。なんとか、カネは頷きを返した。言語はいまだ失ったままだが。
「・・・今回のイブー部隊の壊滅により、魔獣軍団はその機能を完全に喪失しています。ゆえに1人1人が、別の軍団に配属される事となります。可能な限り、皆の希望を尊重したいと考えています。カネ。相談に乗ってくれますね?」
「・・・は。は、い」
物憂げな目をラヴァのなみなみと入った器に注ぎながら。ヒポリは言葉を続ける。
「まず、私は魔王様の直参に加わる事になりました。直接には軍団は持たず、まあ近衛のようなものでしょうか。自由行動と魔法師団以外の軍団への命令権を頂いたので、より責任は重くなりましたね」
「なんと・・・・」
今度はカネは、喜びの驚きで満たされ、やっと生き返ったような気分になった。
ヒポリの現在の地位。これをヒポリは単なる直参と言ったが、実際には違う。魔王直属の魔法師団以外への指揮権。これはつまり、ヒポリこそが戦場の大将軍、すなわち魔王の代行となった。そういう意味だ。
「おめでとうございます!!!」
そこまでを理解し終えたカネは、つま先から頭部に至るまで全神経を集中し、全身全霊で祝福の意を表した。
「ありがとう。カネ。もしあなたに他の希望が無ければ、私の副官をお願いしたい。あなたの忠誠心も能力も、それ以上の配下を望めない」
「ありがとうございます!!!!」
「良かった。他の配下の行き先についても出来れば向いている方向に」
「はい。残った従者については海魔軍団に向かわせましょう。あそこなら、陸生の従者は貴重なはずです。ただ新入りについては」
「新入り」
「はい。毛無し猿の子供です。先日、魔王様のご息女よりもったいなくも名前を頂き、サルタと名乗っております。このサルタは、妖樹軍団が向いているのかも知れません。かなり頭の良い子なので、食料の増産に加われるかと。それと身体能力は決して高くないので、戦闘には参加させたくないですね」
「なるほど。あなたがそこまで買うのであれば、私からも推薦しておきましょう」
「いえ・・・。私の名前で十分でしょう。ヒポリ様のお名前を出しては、過大な評価を彼に付けてしまいます。今はまだ成長途中。ただの配置換えで通した方が良いかと考えています」
「なるほど。・・・やはり、あなたが居てくれて良かった」
「いえ。それはこちらのセリフです」
そしてカネは膝を折り、頭を垂れた。
「最後の魔獣軍団に属せた事。我が生涯の誇りと致します」
ちっぽけなカネの、意の強さのあまりに震える言葉に、ヒポリは目を細めた。
「・・・私の代で終わらせた事に、少しの悔いが無いではないのですが。そう言ってもらえると、救われます」
「ヒポリ様以上の将など、あろうはずがありません。これはきっと定めなのです。ヒポリ様がより躍進するための」
「そうでしょうか?」
「そうです!」
真剣な、大真面目な顔のカネを見て、ヒポリは少し笑った。
風変わりな主従の会話は少しの間続き。
夕刻には別の主従の話が始まっていた。
「・・・はあ・・・」
「・・・そ、そうっすか・・・」
呆然とした表情のテンクウにミキメ。カネにとっては可愛い部下2人。
しかしながら、こちらはさほどのパニックでもなく。カネは理不尽なものを感じなくもなかったが、話を進める事を優先した。
「どうします?今ならどこにでも推薦出来ますよ。テンクウさんの管理能力、飼育経験、基礎体力なら、どこの軍団でも働けます。ミキメさんの立案遂行能力、指揮経験、飛行能力はどこでも重宝されるでしょう。・・・私のオススメは海魔軍団ですが」
ちょうど夕方の休憩時間。晩御飯にはまだ早い時間。カネは現在の従者3名に転勤を告げた。
「あの。この小僧は」
名の出なかったサルタを心配したミキメに頷きを返してから、カネは答えた。
「サルタさん。あなたはこれからの人です。妖樹軍団に入って、食料計画に携わりませんか?」
「食料計画?」
黙って話を聞いていたサルタは、オウム返しに初耳の名前を聞き返した。
「ここ、魔獣軍団で使われている飼料。それに私達の食べる食料。全ての植物を生産する魔界の食料庫。あなたにもし興味があれば、オススメですよ」
「・・・行きます」
「・・お、おい。良いのか」
「はい」
ミキメの問いにも、サルタはしっかりと答えた。
食料計画。
関われば、ご飯が食べ放題。
サルタは、野心を燃やした。




