海竜対ラアブレイ海軍。
明け方の魔城。光差す手前の時刻に、魔王が1人、空をたゆたっていた。
「・・・・動いた」
瞳を閉じ、空を感じる。数百キロ先の海域に確かに発生した存在感。その圧倒的な波動を感じながら、シャアルネルラの唇は弧を描いていた。
「・・・釣られおって。愚か者が」
やはり時代は、私を選ぶか。
そして。
「シャアルラ。この宿題は、歯ごたえがあるぞ」
思わず口をついたのは、娘への期待。
シャアルネルラは、少し驚いた。
そして、もう一つの懸念も。
「・・・早く、来い」
少しばかりの緊張。その感情の揺らぎは、ここ数千年のシャアルネルラには見られなかったもの。
この時を1万年の間、ずっと待っていた。
「ネビキュアの準備!ダンセイ隊長からのメッセージです!そしてミリアステリオ様の出撃要請も!敵は海竜!」
飛竜カリナからの伝言を聞いたミリアステリオは即座に全海魔を呼び戻し、ネビキュアの発動を命じた。魔都防衛を第一に。
そしてその前に、自分が出る。
相手が海竜では、魔法師団は使い物にならない。彼らには海竜を倒した後の人族の処理をお願いしよう。
そして飛竜の知らせより数十分後。
「ミリアステリオ様!」
「カンドゥナサス。無事でしたか」
魔都に近い第二防衛ラインに位置していたカンドゥナサスが、ダンセイらより早く戻って来た。無傷で。良かった。
「イロリウムらが奮闘した結果です。・・・それより」
無傷のはずのカンドゥナサスの顔色は、悪かった。
「戦う時が来ました。私が出ます」
戦の前の不安感はどこにもなかった。静かなミリアステリオは、すでにイカツボから出ていた。
「で、では」
「全軍団員を呼び戻しました。私と入れ違いで戻るでしょうから、ちゃんと確認をしてあげてください」
「はい。・・・ご武運を」
「無論。・・・まだ、死にたくありません。私も」
微笑んで、ミリアステリオは海魔軍団海中司令部を飛び出した。
敵は海竜。生きて帰れる見込みは少ない。
だが、時が来たのだ。
己の全てを振り絞る時が。
「キ オ オ オ オン」
ゴ ア!!!!
竜が鳴いた。と思ったら、海が輝いた。幾千の雷が海から吹き荒れる。天を逆巻く光のシャワー。だがそれは、触れ次第死を招く雷火である。
ドカン!!
救助者を引き上げていて逃げ遅れた3番艦、19番艦が、燃え上がるより早く爆発。雷は装甲を貫いて船の反対側まで飛び出ていた。
「・・・魚雷装填!」
「魚雷装填!」
リュッケ号。そしてリューユー、リューガ。それに周囲を固める全ダンスリュー。全ての攻撃艦が、対水中攻撃を準備した。
ジャンとダッガットは、ほぼ同時に判断した。逃げるためには、味方を見殺しにするしかない。要救助者を無数に抱える海に向けて、彼らは魚雷を発射する決断を下した。
でなければ、全滅だ。
「ガバウを先頭に逃げろ!海魔など気にするな!」
補給艦ガバウ全10隻に退避命令を出しつつ、残存するダンスリューによる一斉攻撃で隙を作る。倒せるとまでは思わないが、ひるんでくれれば、それで良い。
「魚雷発射後、散開陣を取りつつ、機雷投下」
ダッガットはさらに命令を出す。魚雷による一斉攻撃が終わった後は、逃走の邪魔をされぬよう、敵の進路をふさぐ。
「散開陣形成出来ました!」
「魚雷発射!」
「魚雷発射!」
艦隊旗艦リューユーは周囲のダンスリューの動きを確認後、一番始めに魚雷を発射した。これはリューユーが艦隊中央に位置しており、味方全ての動きを最も確認しやすいからだ。
リューユー艦長レイゾンは、敵の動きが本格化する前に魚雷を発射出来た事に安堵しつつ。同時に致命的なミスを犯したという本能的感覚にも襲われていた。
これで魚雷は直撃する。動物というものは、追い詰められれば抵抗もするが、逃げられる状況ならば逃げる。ここは魔海のど真ん中。海竜は好きに逃げられるはずだ。
しかし。軍人としてのレイゾンの勘は、別の捉え方をしていた。
もし、寝た子を起こしたのなら。
この魚雷がダメージになっていれば、それで構わない。が、痛打を与えられていなければ。
それはただ、怒りを買うだけの結果となる。
レイゾンは全く根拠のない不安感に囚われながらも、役目を全うした。
「機雷用意!」
「了解!」
この場合、機雷は時間経過によって爆発させ、こちらの退路を追わせないようにする。時限式に設定した機雷が船が十分に離れた段階で起爆し、完全に敵の進路を絶つ。
と。
ザア
船体を叩く雨音。
「今頃になって・・・」
レイゾンは副官の愚痴を咎めなかった。雨が降って来た。これは嵐になる。
しかし第3艦隊の目論見では、この嵐の中、魔都を強襲する予定だったのだ。嵐の海では、海魔であろうと、常時の力は出せない。なにせ姿勢制御のために余計なエネルギーを使うのは、常に海中にあるあちらの方だ。
なのに、海魔が逃げてから、嵐になるとは。
ジャンであろうと読み損ねた。魔海の気候は、まだ人間の知るところではなかった。
そして海竜の真価など、今を生きる人類の誰も知らなかった。
ドオオオオオオ!!!
およそ全ての魚雷が的中したであろう轟音。と同時に機雷が投下され、各船は予定通りに順調に退避していた。
オ オ オ オ オ ン
鍛え抜かれたラアブレイ海軍の誰もが、その声から必死に意識をそらしていた。耳に手を当て、竜の鳴き声を聞かないようにしながら、監視は竜の様子を見ていた。その場で留まるか逃げろ、追いかけてくるな、と念じながら。
ザ オ ン!!
しかし、そう上手くはいかなかった。
海竜はのたうち回るウミヘビのようにその身をくねらせ、跳ねた。それだけで大波が起こり、全ての船を転覆限界ギリギリまで追い込んだ。
「掴まれ!!!」
ジャンは伝声管にありったけ叫んだ。そして自分も手すりを掴む。
ギイイイイ
「ぐうっ」
ジャンは一瞬、体が真横になったのを感じた。片手で手すりに掴まっている間、目の前でリギングが両手でぶら下がっているのを見ていた。
ドカン
船内のどこかから、爆発音。小規模なのは、大砲の一門程度の爆発だからだろう。
そして船は揺り戻しでなんとか元の体勢を取り戻した。
「無事な者は火を消せ!!」
それだけを命じて、ジャン自身は海竜から目を離さなかった。
次。次は、何をする。どう対応する。
ここから帰るために、何をしなければならない。
ジャンは目を離さなかった。
「竜・・・・来ます!!!」
リューユー艦長レイゾンは、次の命令を出せなかった。
魚雷の全弾直撃で倒れず、機雷の海を泳ぎ切る敵への対抗手段が、全く思いつかなかった。
「サーチライト!天を照らせ!」
「サーチライト、上方へ向かせろ!」
しかしダッガットの令は途切れず、意味は分からずともライト班はダッガットの命を復唱した。
艦隊司令ダッガットは、知っていた。何も思い浮かばない時は、出来る事をやるしかない。
リューユーの8基のサーチライトが、海竜ではなく雲を照らし出した。
オ ン
竜が鳴いた。同時に前進速度がゆるんだ。
「信号旗。全艦、サーチライトで我と同方向を照らせ」
ダッガットの指令が味方に伝わっていく。
「・・・司令。これは一体?」
ぽかんとしたレイゾンは、まるで新兵のようにダッガットにたずねた。
「奴の体から光る稲妻は、間違いなく奴の武器だ。だが一部の生物は、自身の特性を用いて同族同士のコミュニケーションをとるという。私には海竜の知識など無いので、当てずっぽうだがな」
果たしてそれは上手く行った。結果論でしかないが、動いたダッガットは、生き残るチャンスを掴んだ。
海竜は光を追って、雲を見ている、ようだ。
「サーチライトで照らし出している間に距離を稼ぐ!散開陣のまま逃げろ!」
ダッガットの出した命令は、一隻でも多く逃がすため。一気に複数の船が沈むのを避け、他の船が襲われている間に逃げよ、という残酷な指示でもある。
オ オ オ オ ン!!
バ オ
竜が鳴くと同時に、またも雷が走る。
だが海竜がこちらに来る気配はない。
「・・・・?」
逃げながら、ジャンは違和感を感じていた。
あれは、わざとだ。あいつ。
気付いている。
ジャンも海竜など知らぬ。が、今の雷の進行方向はおかしすぎる。もし同族との交信を試みているのなら、それは海中に向けるはずだ。海上にある我々に見えてどうする。奴が「居ると思っている相手」は、海中なんだぞ。
しかし光は海面を舐めるように走った。まるでそうする事が目的であるかのように。
・・・もしも。
雷が奴にとって、探知の手段でもあったなら・・・・・・・!!!
「来るぞ!掴まれ!」
ジャンは敵の動きを予感した。だから何が出来るわけでもないが・・・。
ヴァ ア ア!!
竜が走った。全艦の艦長、監視、それに甲板に出ていたほとんどの船員が見ていた。右翼護衛艦ダンスリュー28番艦、30番艦、34番艦が、一瞬にして消滅するのを。
爆発も炎上も、何も起こらなかった。ただ、かき消えた。荒天の前の人間のように。
「はあっ・・・はあっ・・・」
百戦錬磨のジャン・ロードですら、その光景に言葉もなかった。
次は自分がああなる。
それしか考えられなかった。
ゆえに、この男が立つ。
「レキシオン回れ!味方が撤退するまで、抗戦する!!」
この場で唯一の対竜スペシャリスト。レックス王である。




