魔海の攻防。
「一時後退!ホロンまで戻って休め!!」
辛うじて数隻を沈めてから、イロリウムは部隊を後退させた。ここまで運んできてくれたホロンで一度休憩を取らないと、体力が持たない。たかが人族に、こうまで手こずるか。
出撃時から数えて数十名の準エリート級の海魔を失ったイロリウムは、忸怩たる思いで、応援に来てくれたダンセイに合わせる顔がなかった。
丸一日戦い続けたイロリウムだが、肉体的な疲労より、精神的な徒労感が強かった。ただただ堅い壁を削り続けるだけの戦。敵を直接減らしている実感がないために、高揚感も薄く、士気が上がりにくい。それでいて、味方が減るさまはすぐそばで見えるのだ。
敵水中部隊を削っていた者達はなんとか覇気を保っていたが、それ以外の面々は、皆イロリウムと似た感覚だった。
強すぎるほどの相手ではない。だが、辛い。
ダンセイ隊長が流れを変えてくれると良いが。
そして増援のホロンからは、1人の海魔が飛び出てきた。頭部だけが冗談のようにデカい海魔。頭部の後ろには申し訳程度に体がついている。化け物魚と言えば分かりやすいか。
「イロリウム!すまん!待たせた!」
「いえ!力及ばず、人族どもは未だ健在です。敵の火力はこちらを容易く撃ち抜くほどで、かつ攻撃範囲も広い。船体直下に入るまで、浮上は禁物です」
「分かった。よく持ちこたえてくれた。お前達は少し休め。・・・おれが敵を全滅させるまで、な」
ニヤッと笑った。それでダンセイは1人で敵に突っ込んでいった。
イロリウムはその光景を安心感とともに見送った。
あれが、海魔突撃部隊隊長。
軍団長ミリアステリオを除けば、最強の海魔。
ミリアステリオと同じく、単独でなければ戦えないほど強い。
「・・・敵影下がります!」
4番艦マストの監視が気付いた。敵は一斉に海中を逃げて行く。
4番艦からの信号旗を受け取った左翼リューガは、この機会に左翼の立て直しを図る。沈んだ12番艦、8番艦、14番艦の救助をなんとかしなければ。この真っ暗な海では、厳しいが・・・。
「サーチライトは敵方向一つを除き、味方落水者を探せ!!」
敵は逃げた。そう判断するしかない。今を逃せば、味方を見殺しにする事になる。潜水部隊リューゴも索敵任務から味方救助へと移行させる。それなりに危険な判断だが。
その判断は多数の救助者によって報われた。
「監視、周囲を警戒しろ!巨大な海獣に注意だ!」
「了解!」
艦隊中央、麗しのリュッケ号とリューユーは、味方護衛艦に守られつつ、さらなる敵増援に備えていた。
先の敵は明らかに統制が取れた集団。すなわち、魔軍に属する者達。それに飛竜もひんぱんに飛んでいるのを確認している。軍が動いている。
絶対に増援が来る。この後退は、それとの交代。次は体力満タンの敵との戦いになる。今の内に体勢を整えなければ。
「右翼、襲われています!」
「接近する!こちらはサーチライトで敵影を捉える!」
リューユーへの新たな信号旗。そして監視が望遠鏡で捉えた光景は、悪夢のようなものだった。
「総員退避!!急げ!」
22番艦、23番艦、24番艦。右翼の端を固めていたダンスリューが、おもちゃの船のように沈んでいく。あれでは避難指示が間に合うかどうか。
「なんだ・・・。何が来た」
リュッケ号艦長ジャンは、あまりにも敵の火力が高すぎる事に違和感を覚えていた。一隻、二隻の船が沈むぐらいならどうということはない。巨大海獣が来たのだ。魚雷をありったけ食らわせれば勝てる。
しかし、そんな敵影は見えない。これだけの船が監視しながら。しかも巨大な体積を持つ存在が動いたにしては、波も変わりがない。
変化が少なすぎる。
それがダンセイであった。
カチリ
「うん?もうお腹が空いたのか?すぐに次に行くからな」
ガチガチ
「あはは、元気だなあ」
体長10メートル。海魔突撃部隊の中でも大型に入るダンセイの肉体。その内、半分は彼のものではなかった。
ガパア
次の船の下方に到着したダンセイは、自らの下腹部を開いた。そして「子供達」を放出した。
「頑張れよー。食べ放題だぞー」
ダンセイはにっこり笑って送り出した。数千の我が子らを。
ガチガチガチガチ!!
身体のおよそ半分が口で出来ているダンセイは、残り半分である保育器から育ち盛りの子供達を自由に出し入れ出来る。その子供達もダンセイと同じく、身体のほとんどが口。捕食器官である。その歯は鋼鉄を容易く食いちぎり、毒物の有無を問わず、全てを食い荒らす。
いかに海魔を想定して補強されたダンスリューであろうと、その海魔をさえ全滅させうるダンセイが相手では、厳しかった。
そしてダンセイは子供達に混ざって、落水した人間を捕食していく。栄養を補給して、次の子供達を作らなければ。
ダンセイの「子供」。攻撃能力で言えば、今すぐ海魔突撃部隊に属せるレベルだが、その生存能力は驚くほど低い。胃腸などの生存に必要な部位すら削りきって、攻撃部位である口部を発達させているため、永遠に食い続けるしか生き残る術はない。そしてその捕食範囲は、全ての海獣に適用される。よくも海魔軍団に居られる、と言われる事もある。
だが、一度出撃したダンセイが敵を生き残らせた事は、一度もない。
今回もそうなる。
はずだった。
ドゴオオン
その轟音は海魔、人族を問わず、震わせ、驚かせていた。船が沈むたび爆発が起こり、その近くで人間を食い漁っていたダンセイの子らも死んでいく。
そこまでは想定内。ダンセイはいつもこうやって戦っている。
だが。
ピリ
しびれ・・・?
ダンセイは身を走る電流のような何かに気が付いた。ライドウイルカ?血に誘われて来たか?それとも人族の新兵器?
・・・いや。もっと、深い。
ピリ
ゴ!
なんだか分からないが、ダンセイは逃げた。今までに戦った海獣どもとは比べ物にもならないプレッシャーが来る!!
「逃げろおおおおおお!!!」
ダンセイは出せるだけの速度で泳ぎ、味方ホロンに呼びかけた!
「隊長!?」
「イロリウム!味方を拾って逃げろ!魔都へ!」
「は、はい!!」
逃げて良いのか?そんな疑問を封じて、イロリウムは上司の命に従った。
「全軍撤退!ホロンに乗り込め!」
キオン
海の底から、鳴き声が聞こえた。今やその声を知る者も少ない。
「う・・・・」
右翼の味方を襲っている者を発見するためにそちらを注視していたジャンは見た。船長室からでも、その姿ははっきりと見えた。浮上する何か。
「船長・・・あ、れは」
「見えてる・・・」
監視からの声にも、ちゃんとは答えられなかった。だが、やるべき事は分かっていた。
「信号旗!味方を救助したら、逃げるぞ!一時撤退だ!この海域から離れる!」
我を取り戻したジャンは言うべき事を全力で喋った。が。
その後の言葉は言わなかった。それを伝える信号旗がないから。
それの出現は、考慮されていなかった。
コ オン
真っ暗な海が、青く輝く。とてつもなくデカい何かが、その場の誰の目にも映る。
「バカな・・・」
艦隊司令ダッガットは、救助命令を出しながらも、呆然としていた。
アレが出ては。全ての作戦が崩れる。
オ オ オ オ
海竜、グランエルス。身の丈、数十キロ。体重不明。
かつての魔王と五分に渡り合った、本物の怪物である。
この場の海魔も人間も、誰も生き残れない程度の。
だが。
この戦場でたった1人、意気を失っていない男が居た。
「出番かな?」
「ええー・・・」
恐ろしい敵に身震いする。そんな自分の素直な肉体を頼もしく思いながら、竜殺しのレックス・ラギアルスが立つ。浮き輪を付けて逃げる用意を完了していた直属の部下、タンカイと共に。




