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魔界猿雄伝  作者: にわとり・イエーガー
群雄割拠。
44/103

シャアルラとサルタ。今の魔界。

 敵襲の報を受けて三日が経過した朝。


「父上。私にお任せ下されれば、本日中に人族を消滅させてみせます」


「ふむ」


 魔城最上階。王の間。ガンズから情報を受けていたシャアルネルラは、突然部屋に現れた娘の態度に、その目を見つめた。


 シャアルラは顔を動かさず、目を合わせたまま、魔力を解放した。


ゴ・・・


 魔城が、揺れる。


「父上の深謀遠慮を邪魔するつもりはありません。ですが、敵を目の前にしてあぐらをかく魔王の娘など、ゴミも同然ではありませんか」


「くくく・・・」


 あまりにもあまりな発言に、シャアルネルラは心地よさについ笑ってしまった。その声色にガンズは驚いた。これは、魔王の本心。シャアルネルラ様が素の感情でお笑いになるとは。いかに血縁とは言え、そこまでの傑物けつぶつか。シャアルラ様は。


「パアルカラッソの授業はちゃんと受けていたか?」


「はい」


 合格点をもらえたかどうかはともかく。全て受けていたのは確かだ。


「なら、私からも宿題を出そう。パアルには今、魔法師団を任せている。お前にはまだ指揮は早いと判断したからだ」


「はい」


 それは分かる。個人の魔力ならともかく、シャアルラが魔法師団を率いた経験は10回を超えない。練度が全く足りていないと言われても仕方ない。


「シャアルラ。お前の軍団を持ってみよ。配下は自由に選んで良い。もちろん、ヒポリやパアルを引き抜かれては困るがな」


 微笑みながら、シャアルネルラはシャアルラに宿題を出した。


「軍団に属していない魔族なら、良いのですか?」


「まあ、そういう事だ。各軍団の機能を損ねないなら、引き抜いても構わん」


「例えば、カネの引き抜きはダメ」


「正しい」


 2人は笑いあった。現時点でカネが必要な事態になるとは思えない。もはや魔獣軍団ではないのだ。魔軍全体の指揮をとるヒポリの副官は、極端な話、文官ですら務まる。だがそれでもカネは必要。ヒポリへの忠誠心と頭脳、そして各軍団への信用。全てを持つのはカネのみ。


 それを理解しているなら、問題ない。


 シャアルネルラは思った以上の成長を見せた我が娘に、深い笑みを見せた。横に控えていたガンズなどは背筋を凍らせていたが、2人とも気にしていなかった。


「心当たりが1人。そやつが妖樹軍団に必要な人材でなければ、引き抜いて副官にします」


「ほう」


 かすかに驚いて見せたシャアルネルラだが、無論知っている。そしてシャアルラも知られていると知っている。


 サルタなる小僧。


 そしてシャアルラは、ここで父が「驚いて見せた」意味も了解していた。


 この戦争の直前に魔界に現れた人族。もしサルタがシャアルラの知己でなければ、シャアルネルラはすでにサルタを消している。純粋に不安要素でしかない。


 ただ。


 これはガンズもパアルカラッソも知らぬ事だが。


 大昔のシャアルネルラに比べれば、今の魔王は穏やかすぎ、優しすぎた。昔なら、サルタはそれを招いた魔獣軍団ごと消滅している。責任を取らせ、ヒポリごと。


 だが現在。


 この時点でまだ手を出していない以上、このまま黙認する可能性が高かった。


 驚いて見せたのは、自分の預かり知らぬ事ゆえ好きにしろ、という意味なのだから。



 まずは妖樹軍団!


 シャアルラは魔城からまっすぐ飛び出した。ラインの真ん中である魔都から伸びる枝葉、各ラインの一つ、妖樹軍団のあるダイア・ラインへと。


 が、長くはかからない。シャアルラの飛行速度なら3分。


 しかしその3分間に、見えるものもあった。


 今日は人通りが少ない。いつもの魔都ならもっと大勢の魔族が出歩いている。そして伝令の飛竜が多い。異常なほどに。魔界にはこんなにも竜が居たのか。


 そして妖樹軍団から出る馬車も多かった。ここが主戦場になる前に、生産物を各ラインに運び出しているのだ。


 戦争の匂い。市井しせいを観察し、シャアルラは今までとは違うポイントも感じ取った。


 魔城に住み最強の守兵に守られている己と違う世界。シャアルラは完全に、とはいかずとも、下々の世界を認識した。


 生まれた瞬間から役割が与えられる、と同時に守られていた己。サルタとの比較で、シャアルラはなんとなくそんな事を考えるようになった。


 ま、どうでもいい。


 つらつらと雑念を処理しているうちに、シャアルラは妖樹軍団の敷地に降り立っていた。そして迷いなく事務室を開く。ノックはしない。


「邪魔をするぞ」


「あっ!?シャアルラ様!」


 真面目に仕事をしていたヒワダは、机や椅子を蹴立てながらシャアルラを出迎えた。


 シャアルラは以前、魔獣軍団を巡ったように、他の全軍団を回っている。その時に顔見せも出来ている。


 かと言って、もちろん慣れているわけではない。ヒワダは緊張に顔を引きつらせながら、直立不動の姿勢をとった。それ以外、出来る事はなかった。


「貴様の時間を無駄遣いする気はない。サルタは、必要か」


「え?はい」


 まるで意味は分からなかったし、返答次第でどうなるかも考えられなかったが、反射的に答えた。サルタは役に立ってくれている。無用などではない。


「ふむ・・・」


 詰んだ。シャアルラはそう思った。


 一番の子分にしてやるつもりだったのに。


 しかし父とも約束した。軍団の邪魔をしないと。


「分かった。感謝するぞ」


 そう言い、シャアルラは振り返らず飛び去った。


「・・・・な・・・なに・・・」


 困惑したヒワダを置き去りに。



 次のあてのないシャアルラは、とりあえず天空にて考えにふけった。


 魔獣の里にでも行って、幼獣のスカウトでもするか。いや。使い捨てになるか。私には魔獣の育成のノウハウが全くない。それはもったいない。


「むう」


 これは思った以上に難題。今になってシャアルラは父の真意に気が付いた。


 自分は父の後釜あとがまに座っているだけ。その実は、ただの小娘に過ぎん。


 シャアルネルラから魔力を分け与えられている以上、単なる小娘などではないのは明らかだが。


 シャアルラには分かっていた。


 軍団を構築したのも、軍団員をスカウトしていたのも、魔界の秩序を維持していたのも、自分ではない。


 自分以外の誰かが今までずっとやっていたのだ。


 そこに自分が割り込むのは、中々に考えるに足る。



 面白い。



 シャアルラは、それでも魔王の期待を裏切らなかった。


 これが宿題か。


 どうクリアしてみせるか。


 シャアルラは楽しくなってきた。


 ので、友人を訪ねる事にした。



「どうだ。お前なら誰を入れる?」


「・・・・分からん。魔獣軍団と妖樹軍団以外、さっぱりだ」


 魔都の夜は外出を控えた民衆のため、静やかであった。サルタもまた大人しく妖樹軍団から出ず、宅配便によって食事を調達した。その穏やかな夜に、客人。シャアルラ。


 夜までの時間を読書に費やしてからサルタを訪ねた(サルタの仕事の終わる時間は、サルタが魔城に来る時間から推測出来ていた)。


「ヒポリとカネ以外なら、魔獣軍団でも良いらしい。お前は妖樹軍団に必要だからダメだが」


 ベッドに腰掛け、まるでこの部屋の主であるかのような振る舞いのシャアルラは、椅子に座った親友との会話を楽しんでいた。


「おれが?・・・それはヒワダさんがかばってくれたんだろう。入って一月のおれが妖樹軍団に必要な人材などと、あり得んよ。それにおれの仕事は雑用だ」


「では、私のものになるか」


 少し期待しながら、シャアルラは聞いた。


「分からん。お前は何を言っているんだ」


 ついさっき許された砕けた言葉遣い。しかしシャアルラ自身から許しを得たとは言え、全く躊躇ちゅうちょなく受け入れたサルタもアレだった。それを気にする魔族はここには居なかったが。


「私は今、新たな軍団を作ろうとしている。父上のお邪魔をしないという条件付きだがな」


「へえ。パアルカラッソさんには相談したのか?」


 サルタの頭にある魔族の名はそれしかなかった。あの只者ただものではない魔族の家庭教師。あの人の知恵を借りるのが最善だろう。


「パアルは忙しい。だからお前のように暇そうな奴に声をかけているのだ」


「なるほど」


 サルタに怒りはない。このシャアルラのセリフの意味が、現在の戦乱において、だという事ぐらいは分かっている。それに事実としてサルタは暇だ。絶対的には必要とされてはいない。し、必要とされても困る。


 そしてサルタはメシをくれるのなら、誰が主でも構わない。


「お前はいくら払う?」


「払う?」


「給料だ」


 給料。


 その言葉はシャアルラの脳みその中には、無かった。


「・・・・ちなみに、いくら欲しい?」


「金貨一枚」


 サルタはふっかけた。本来、金貨一枚もあれば一ヶ月は余裕で暮らせる。なおサルタが妖樹軍団でもらっている給与は、一ヶ月で金貨半分。軍団宿舎に住み込みで家賃ゼロで、だ。


 金貨一枚とは、魔獣軍団でのテンクウやミキメの給与に近い。彼らのように専門の役職をもらって、やっと頂ける金銭。


 サルタはふっかけた。今より待遇が良くなるのでなければ、わざわざ妖樹軍団を出て行く意味はない。


「金貨一枚・・・・・・。それはいくらだ」


「・・・・・・」


 サルタはなんとなく察した。


 こいつ、自分で買い物した事ないな。その必要もなかったのだろうが。


 サルタ自身、自分の小遣い以上の金銭を持ったのは、こちらに来てから。昔は貨幣価値など知らなかった。


「お前。自分の軍団に引き入れた奴に、どうやってメシを食わせるつもりだったんだ」


「・・・・」


 何も考えていなかった。とは、シャアルラでも口に出せなかった。もしサルタに笑われたら、ここから逃げ出したかも知れない。だがサルタは笑わなかった。


「金は重要だ。それさえあればメシが食えるんだ。お前はまず、パアルカラッソさんから、買い物について学ぶべきだ」


「・・・分かった」


 意外にも熱のあるサルタの言葉に、感情を揺らさずシャアルラは応えた。


「お前が教えろ」


「おれが?」


 それは想像の外ではない。ここに居るのだから。


 しかし。その提案にはたった一つ、問題点がある。


「おれも詳しくは知らないぞ」


 シャアルラには年齢的な意味で捉えてもらうとして。サルタは魔界の金銭感覚について、同じく勉強中の身。人に教えられるレベルには、お世辞でもない。


「だが、私よりは知っている。給与に関しては心配するな。金庫を破って来る」


「・・・・ちょっと待て」


 魔王城にいかような被害が出ようが、サルタの知った事ではない。どうでもいい。


 問題は、シャアルラの動機をたずねられた時、自分の名前が出される事。おそらくシャアルラはなんのてらいもなく、おれの名を出す。隠し立てする意味を、シャアルラはまだ知らない。


 だがそうなると、サルタは不味い立場に追い込まれる。「そそのかした」と判断され次第、死ぬ。


 奴らを地獄に叩き込むまで、おれは死ねない。


「おれはお前の友人だ。おれの手持ちの知識だけで良いなら、教えよう。その代わり、お前も知っている事を教えてくれ。おれも知識が全く足りていない」


 適当なごまかしだが、その場しのぎの悪知恵とはしては悪くない。


 シャアルラ本人はともかく、その師であるパアルカラッソは間違いなく一角ひとかどの人物。サルタが一緒に学ぶようになるまでにシャアルラが教わったものがあるなら、それを教えてもらいたい。


「交換条件か!良いな」


 この提案の真意にシャアルラは気付いている。「読む」までもなく、サルタの思考回路などお見通し。


 この男は、一筋縄では行かない。


 だから、私の物にするのだ。


 ゆえにシャアルラはサルタの提案を鵜呑うのみにする。こやつの掌の上で転がされるのも一興。そうすれば、こいつは私のものになる。


「ところで、お前の軍団て、何をするんだ?」


「そうだな。とりあえずヒポリに話を通して、それから人界に攻め込む。まだ前線は攻勢に出ていないからな。海の方は、ネビキュアの関係上、面倒で行きたくない。とりあえず、陸だ。敵砦を破壊し、敵前衛を消滅させる。そこからは父上とヒポリと相談してから決めるか。正直、支配の方法も私は知らない」


 支配というか統治か。こればっかりは兵数がものを言う。ダンの街で育ったサルタにはなんとなく分かる。


 が・・・。


「・・・・」


「なんだ・・・」


 シャアルラはサルタの胸の内が、様々な感情に渦巻いているのに気付いて、少し動揺した。何か、戦略的に不味い点があっただろうか・・・。


「お、「お前の軍団」で、人間領に攻め入るのか?」


「ああ」


 サルタは何も考えられなくなった。


 シャアルラは只者ではない。そこまでは良い。


 だが、こんな小娘1人でどうにか出来るのなら、魔王が動いていないわけがない。魔王が動けば、もっと簡単にもっと楽に事は進むはずだ。


 だが今、魔王が動いているという情報はこちらに来ていない。ヒワダさんも妖樹軍団の皆も、普段通り。


 ・・・シャアルラは、先走っているのでは。


 もしくは。


「おれはお前の能力を知らない。魔族側と人族側の戦力比も、何も知らない。だから勝てるだとか負けるだとか、そんな事は何も言えない。だが、一つ、常識的な事を言うが、敵を知らないで戦いに挑むのは、無茶だ」


「ふむ」


 正論だ。シャアルラの余裕ある精神は、サルタの言葉を容易に受け入れた。


「それとも、死線をくぐり抜けろとか言われたのか」


 もしかして魔王本人から。魔族にはそういった修練があるのか?ここらへんの知識も、サルタにはないものだ。


「いや?わざと苦戦を強いられるなど、バカではないか。そんな趣味はないぞ」


「なるほど」


「だがお前の言っている事は妥当。まず敵戦力を知ろう」


 そしてサルタは連れ出された。魔軍臨時本部、魔界議会室へ。

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