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魔界猿雄伝  作者: にわとり・イエーガー
群雄割拠。
41/103

マリーとサンゾウ。

 1ヶ月と少し前。


 領土決定戦に挑みピリピリしたダンの街を離れる汽車に、1人の女性が乗っていた。


 名をマリー。元親衛隊候補にして、勇者のボディガードだった女性だ。


 彼女は今、密命の下に仕事先のダンから、帝都に戻る最中だ。その秘密は彼女の荷物のトランクの中の封書。


 勇者レインから預かったこの手紙こそが現状を打破しうるのだとマリーは考える。


 サンゾウに届けられれば、勇者レインの保護とその家族の安全が保証される。ついでに自分も。


 問題点はたった一つ。皇母の息のかかった兵に止められたら、自分では突破出来ない。それだけが心配だが、正面突破なら。とにかくラアブレイ城に着きさえすれば、あとはサンゾウに直通で渡せる、はず。



 五分五分の賭けだったが、ラアブレイ城では検問が無かった。マリーの身分証を出しても、城門で捕縛されなかった。


 そして関係者用の出入り口でも止められない。拘束されぬまま、マリーが守備兵に渡したレインからの封書は、サンゾウの下へ。通常ならサンゾウへの連絡は精査された上で届くのだが、マリーの現任務の性質上、マリーからの連絡は最優先で届くようになっている。


 しかし。


 城の守衛がサンゾウに届けに行く途中、2階廊下にて、ふいに赤い装束の女性に呼び止められた。たまたま通りがかったようだが。


「もしやそれは、勇者殿からの指令では?良ければ私がサンゾウ殿へお届けしよう」


 それは親切な申し出か、それとも命令か。どちらにせよ、雲の上の存在である親衛隊、更にその上である紅の護衛に歯向かう気はない。守衛は大人しく、マリーから預かった封書を渡そうとした。


 が。


「それには及ばぬ。私が預かろう」


「・・・!」


 場に、もう1人。守衛はおろか、紅ですら、その登場に気付かなかった。


 身にまとうは青。この城内でたった10名しか身に着けていない青の親衛隊服。任務は皇帝の護衛。


 すなわち、最強のあお。名を蒼色狼あおいろおおかみ


 ラアブレイ全兵の中から資質を見出され選出される親衛隊。さらにその親衛隊の中から選りすぐった、言わばラアブレイ最強の10名である。


 そしてこの者は。


「ルフ殿」


 にし紅蛇あかへびですら、その男の前では、丁稚でっちになる。


 ルフ・ヴァニッシュ。トステン・ミニッツからの指導を受け、レイン・トーカーから薫陶くんとうを受けた天才児。いまだ15の若きにありながら、ラアブレイ帝国の武を背負って立つ。


「タントー殿。ご親切のほど、痛み入る。・・・が。紅の方が、なぜここに?」


 声変わりもまだの、女子のような声色。だがその発言には、柔らかさは欠片かけらも含まれていなかった。


「たまたま所用でこちらに来ていましたので。勇者殿の伝言とあらば、私も何かお力添えを、と思い」


「なるほど。そうでしたか・・・ガーツ。リドラ」


「はっ」


「ここに」


 また。紅も守衛も気付かぬ間に、2人の人間が現れていた。


 長身のガーツ。背の低いリドラ。どちらも蒼。


 蒼の護衛の任務は、陛下の守護。そしてその守備範囲は、ラアブレイ城全域に至る。紅のタントーは、秘密裏に城内に進入した瞬間からマークされていたのだ。


「タントー殿をおもてなしして差し上げろ。・・・守衛、君は持ち場に戻ってくれ。それと、マリー殿に、直接議会室に来られるようお伝えして欲しい。場所は4階だ」


「はっ」


 少しばかり冷や汗をかいていた守衛は、これ幸いと場を離れた。


 逃げられなかったタントーは、自害を選択肢に入れた。が。


「自害したら報告しろ。紅は陛下の許可を取り次第、全員処刑する」


「・・・」


 その選択は消滅した。


「タントー殿。あなたに出来る事は、もはや素直に従う事のみ」


 ルフは現在、別の蒼に確認を取らせている。タントーの所用とやらを。それが城内に無かった場合、完全に黒だ。


 そもそもルフは、紅のタントーがここに居る事自体に不信感を抱いていた。護衛対象から離れる親衛隊など、考えられぬ。そして言い訳はあやふや。皇母様の命という切り札も出さない。


 ならば答えは見える。


 紅は任務に取り掛かっている。しかも、勇者絡みで。


 それはサンゾウの戦略に、陛下のご意思に、触っている。


 許されぬ。



 蒼の護衛は自らの本義、皇帝を守るために動き出した。



「・・・マリー」


「はい」


 4階、議会室。常時であればマリーが立ち入れるような部屋ではない。


 だからこそ、蒼を守衛として同席させても、目立たない。


「口外しましたか?」


「いいえ。ドンス将軍にもお知らせしていません。レインさんが、それを望みませんでした」


 サンゾウはずっと手紙を見つめたまま、顔を上げない。マリーに話しかけていても、その頭は別の事に使われている。



 サンゾウは既に皇母暗殺以後の景色をイメージしていた。病死に見せかけるのは容易い。ズイキに代わる医者に毒薬を持たせれば、それで終わりだ。使用人らを口封じする必要もない。


 しかし、陛下はそれをお望みになるか・・・。


 今更、皇母ごときを殺しても、戦略的に意味はない。殺しても、勇者は帰らない。


 サンゾウは己の頭脳に悩まされていた。


 殺さなくてはならない。ラアブレイ帝国の戦力を半減させた、国家の怨敵おんてきを抹殺しなければならない。


 しかし今、陛下のご心痛を得てまで、やる事・・・・・・では、ない。



 サンゾウの目には主以外のモノは全て道具に見える。そこに例外はない。自分自身すらも。


 だからこそ、道具であるサンゾウが、ラアブレイ・トリキア・ギウを悩ませてはならない。


 ラアブレイ・ヨルギ・ギウのごとき小物で、陛下の頭脳を埋めてはいけない。



 サンゾウは個人的知己でもあったラアブレイの主戦力、勇者レインの仇を討つ合理的理由を、作り上げられなかった。


 そもそも皇母に、陛下をないがしろにする思想はない。なかったはずなのだ。翠鳩みどりばとの報告にも、一切問題箇所はなかった。


 ・・・現実的には紅蛇の規模を縮小し、皇母は幽閉ゆうへい。水林城からの影響力を減らして終わり、か。


 いや。


 勇者レインの失踪を告げると同時に、皇母の処断を告げれば・・・。


 名案を生み出したサンゾウは、思考を現実に戻し、目の前でじっと待っているマリーを思い出した。



 マリー。勇者暗殺の陰謀を知っている、現在無所属の人員。帝国への不信感と理不尽への怒りを抱く、不穏分子の可能性。


 もしもサンゾウが完璧主義者であれば、ここでマリーを消していた。生かしておいても、デメリットの可能性が大きい。


 だがサンゾウは必勝をもたらす軍師。使える材料は毒薬だろうが爆弾だろうが、眉一つ動かさず使う男であった。


「・・・勇者レインを追うような真似はしません。そんな事をして、本気の怒りを買うつもりもありません。それよりマリー。あなたはしばらくの間、親衛隊候補に復帰し、ラアブレイ城での訓練に励みなさい」


 サンゾウは、この期に及んでマリーが赤蛇に狙われるとは考えていない。そこまで考えなしの集団なら、潰した方が良い。ラアブレイ獅子身中しししんちゅうむしだ。


「・・・はっ。了解しました」


 言うべき言葉がなかったわけではないが。マリーは兵としての分を全うした。命令に従った。


「事情を説明します。あなたに口外されては不味いのでね」


 そしてサンゾウはバカ正直に、マリーに対して、人族と魔族の全面戦争を伝えた。


「し、しかし・・・・!そのような・・・。レインさん無しで、本当に挑むのですか・・・?」


「本気です。魔界の勢力争いが安定しすぎている。このまま放置しては、魔王の魔力が上がり続ける。・・・無論。勇者レイン無しで挑む無謀さは承知しています。本来であれば、私も彼女を切り札に取っておきたかった」


 魔族は元来、もっと身内同士で相争うもの。魔王の代替わりが顕著けんちょだが、そうやって世代交代をし、人間側で言う勇者の新生のような実力者の交代が起きる。


 だが、魔王シャアルネルラの代になってから、いくつの時代が過ぎたのか。代替わりの起きぬまま、奴の魔力、実力は高まり続けている。


 このままでは、勇者の力でさえ、奴に及ばなくなるかも知れない。


 ゆえに人の力を結集。人類の総合力で、魔王シャアルネルラを打破する。


 魔王さえ倒してしまえば、後は烏合うごうしゅう。獣王ヒポリでさえ、理論上は火砲で倒しきれぬ存在ではないのだから。


 そして魔王打倒の時期は、ラアブレイ帝国が人類を統率出来ている現在しかあり得ない。


 次の人類の支配者交代の時期には、もう魔王シャアルネルラは、手の届かない存在、神になっているはずだ。


 取り返しのつかない事態になる前に、なんとかする。



 帝都にあるサンゾウにまで届くシャアルネルラの魔力。


 母の資質を受け継げたなら、もっと正確に知覚出来たのだろうが。

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