前哨戦。
ラアブレイ帝国陸軍第1大隊。常時5万人程度で構成されている帝国本国に配備されている最エリート大隊。だが、その正体は、既に実戦から遠ざかって久しいお飾りの軍隊。
だがその理由は、並み居る敵国を全て打ち倒して来たがゆえ。
全ての敵に勝利した、人類戦力の結晶。
それがために、今なお厳しい訓練が課せられ、兵の練度が保たれている。
「第1陣配置完了!要塞構築に移行します!」
「第2陣配置開始!」
全兵にとって初めての魔界。その恐怖と戦いながら、兵はよく動いている。
第1陣として突入した部隊は、既に大砲の設置を終わらせ、敵飛行部隊に備えている。その砲の前には、射線を確保しつつ魔獣部隊に対しての壁の構築が始まっていた。土のうを積み上げ、呼び子を付けたフェンスを張り巡らせて行く。これを第1陣40砲として、第2陣、第3陣・・・と拡大しながら、続いて行く。
領土決定戦場を抜けた先にたまたま、おそらく軍の練兵場と思しきだだっ広い広場があったので、かなり楽に要塞構築が出来そうだ。
「あちらは、どうやら馬の飼育場のようですね。捕虜は馬や魔獣の飼育員だと言っています」
「捕虜に乱暴な真似をしていないだろうな」
複数の理由により、魔界民間人への暴行は禁じている。捕虜へも同じだ。
「逃げようとしていたので、捕縛時に擦過傷を負わせましたが、手当てをほどこしました。重傷者は居ません」
「なら良い」
副官の言葉に胸をなでおろしながら、第1陸軍大将ラアブレイ・トリーク・ボセッシは、現状の不可解さを噛み砕こうとしていた。
こちらに都合が良すぎる。
魔界に侵攻した際、絶対にやらなくてはならない、拠点構築と維持。それが何の抵抗もなく、どころか整地された広場まで用意されていた。
魔族は確かに、人間ごときに警戒心を強く持っているとは思いにくいが・・・。特に支配者階級である魔法師団や魔王なら、人間に全くの無警戒でもおかしくない、はず。
だが、これはおかしい。
「敵移動要塞、こちらの陣地手前2キロメートルの地点で止まりました!敵方も陣地を築く模様!」
「歩哨、斥候を密に。絶対に敵の動きを見逃すな」
領土決定戦場に設置された簡易指揮所に途切れる事なく届く報告。その内容に、トリークは不安を覚えた。
敵凶鳥軍団、魔法師団、飛竜、そして魔王。敵勢が誇る優秀な飛行部隊が来ない。
この現状は、先の敵精神分析と異なる答えを示している。
すなわち、魔軍の慎重さ、冷静な戦略的思考能力を。
つまり、敵は実際には無警戒でありながら、こちらを警戒している素振りを「見せ」ている。こちらを本気で倒す気があるのなら、魔法師団を差し向ければ良いのだから。
・・・逆なら分かる。
無警戒を装って、実際には警戒を怠らず、罠にハメる。それなら理解出来るのだが。
・・・・・・これではまるで、攻め込んで欲しいような・・・・・・・。
「早急に監視塔を設置せよ」
「はっ」
とりあえず、トリークは考えられる限りの警戒策を取る。あまりに敵の考えが読めない。
娘の花道を作る絶好の機会だというのに。
ラアブレイ・トリーク・ボセッシは、その美しい顔に深いシワを作りながら、険しい表情で作戦の進行を見守っていた。
来週には陛下も来られる。それまでに要塞を用意しておかなければ。
「敵は元魔獣軍団敷地内を要塞化しています。大砲が用意され、壁が構築され、陸戦部隊では突破困難な有り様に。砲は魔獣や剣闘を狙う水平態勢のものが半数。それと角度を付けた、飛行部隊を狙うものが半数でした。そして「エリート」の姿は全く見えませんでした」
「ふむ・・・」
考え込んだヒポリに代わり、カネが飛竜テオドラを労い、再度の飛行を頼む。現在、ニア・ライン上空には常に2匹以上の飛竜を待機させ、伝える事柄が発生したなら、他の飛竜と交代でこちらの本部に向かう事になっている。なお、今は飛竜エウギルがニア・ライン上空に張り付いている。
人族の奇襲から、3日が経過していた。その間、魔王からの攻撃命令は来ず、ヒポリの指揮による迎撃準備が整えられていた。
議会室ではヒポリやカネの他に、魔法師団ナンバー3、オゥルネイアの姿もあった。この場において、パアルカラッソの代わりに魔法師団としての判断を下すためだ。
海魔はいよいよ接近戦。ネビキュアを傷つけぬよう片付け終わったところだ。
そしてこちらは人族の要塞が出来上がるのを、じっと待っていた。
それが魔王の本意であるがゆえ。
「私が行きましょうか?」
飛竜を見送ったカネが、ぽつりとつぶやく。
現時点での敵戦力を考えるなら、はっきり言って、カネ単独でも撃滅可能。敵本部の位置を突き止め、壊滅させる。カネ1人で十分。
しかしカネも、この提案が受け入れられるとは思っていなかった。
主であるヒポリは、魔王の意を汲んでいる。
魔王は飛竜や魔法師団といった、高火力部隊に出撃を命じなかった。高空からの一方的な殲滅を禁じていた。そう言い切って良い。
魔王は、まだ待っている。何かを。
おぼろげにそう想像出来るカネだが、それでも敵方の戦力の充実を黙って見ているのは愚か過ぎて、ついヒポリに進言してしまった。
「・・・・お願い出来ますか」
「え?」
100パーセント断られると思っていた提案が受け入れられて、進言したカネが困惑してしまった。
ヒポリは静かに告げた。
「ただ、私の言う通りにお願いします」
「はっ!!」
無論。ヒポリの命に逆らうなど思考の片隅にもないカネは、嬉々として命令に従った。
「敵襲!第3陣内部に侵入して来たエリート魔獣により、第3陣は壊滅しました!」
第5防衛柵までを構築し終えた人類軍側に、初めての奇襲の知らせ。
「第2陣の散弾砲は何をしていた?」
「第2陣の防護柵に隠れられ、撃てませんでした」
領土決定戦場指揮所に入ってくる知らせは、最悪のそれだった。
「アレか。魔獣軍団のエリート」
この戦場に入るまでに敵軍の全ての情報をかき集めていたトリークには、今回の奇襲の下手人が誰か分かった。前回の領土決定戦で活躍したやつだ。
問題は、地中から襲う敵への対処が地面をコンクリートで埋め尽くすぐらいしかないので、今回のような奇襲作戦ではそんな時間のかかる真似は絶対に出来ない事だけだ。
しかもこちらが築いた壁を利用されては。
ここでトリークは、最も領土決定戦場に近い第1陣に地雷を設置するか否か思考したが、即座に取りやめた。そんな真似をすれば、まず味方が吹き飛ぶ。
「悪くないタイミングのようだ」
その声に聞き覚えのないトリークは顔を上げ、いつの間にか目の前に現れていた美少年を凝視した。
警備兵に声をかけられる事なくここまで入り込む、親衛隊の装束に青い飾り。
「早すぎる。まだお迎えする準備は出来ていないぞ」
トリークは目の前の男の出現の意味を知っていたので、さらにシワを深くした。
そして目の前の男は、第1陸軍大将の眼光にもまるでひるまなかった。
「ご心配には及びません。陛下は物見遊山に来たのではありませんから」
「蒼」の親衛隊が現れた以上、間もなく皇帝陛下も現れる。
「他に2人来ています。私達で撃退しましょう」
「・・・頼む」
わずかに逡巡しつつ。その実力を知っているトリークは男に従った。
「ダウザー!ジロット!露払いに向かうぞ!」
蒼がそう声をかけると、これまた2人の男がまたたく間に現れ、3人になった。
そして彼らはエリート魔獣が猛威を振るう最前線に、全く気負う様子もなく、速く静かに進んだ。
しかし。この展開に、トリークは意外なものを感じていた。
蒼が動いた事ではない。それはサンゾウから聞いていた。
意外なのは、あの男が陛下のお側を離れている事実。
蒼の部隊長、ルフ・ヴァニッシュ。
現在の帝国最強の男が。




