子猿、シャアルラと出会う。
挿絵は柴田洋さんによります。
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柴田さんのマイページです。
テンクウやミキメと一緒に朝食を取った子猿は、朝のエサやりを終えてから獣舎にて人を待っていた。いつものイブーの獣舎だ。
客は2人。それほど待たずとも来た。
「ご息女。あまり近寄られませんように。イブーが、ご息女の魔力にあてられて、死んでしまうやも知れません」
「そんなか弱き生命は、要らぬのではないか?」
「そのような事はございません。ありとしあれるもの全てに存在価値はございます。ご息女はそれをも学ばねばなりますまい」
「ふん・・・」
子猿はその光景を、ぽーっと眺めていた。普段の仕事は一時中断。今日はこの2人を案内せよ、とテンクウから仰せつかっている。
果たしてそれはテンクウのサボりなのか、遠回しな自殺なのか、判断はつかなかった。
なにせ。
「子猿。次の案内を頼む」
「はい」
自分と直接話すのは、巨大な2本角をそびえさせる魔族。
魔王指揮下最精鋭部隊、魔法師団ナンバー2、パアルカラッソその人である。
子猿は彼の事を全く知らなかったが、ただ者ではないとは、一目で分かった。圧迫感というのか、すさまじい迫力があった。
体格はノウマに比べれば小さいが、威圧感は今までに子猿が見た者とは比較にならなかった。
こんな大物の対応を、自分に任せるとは。
子猿は子猿なりに、テンクウという男と一緒にやって行くつもりだったが。対応を誤れば、自分もテンクウも、魔獣軍団に居られなくなるのではないか。
なんとなく、子猿はそんな気配を察し、緊張してみた。
上辺だけ。
「ほう」
それは威圧的な声ではなかった。なめらかで甘い、無邪気そのものの響き。
にも関わらず、子猿は今度こそ、本物の緊張感に襲われた。
心意を見透かされた。
「パアル。この者は?」
「カネ殿の言葉によると、最近入った従者だそうで。名はまだ無いそうです」
「ほほう」
パアルカラッソは、この後の展開を予想出来た。が、主君に逆らう気は毛頭なかったので、そのまま。
「ふうむ」
「・・・・」
子猿は、そう言ったきり黙ってこちらをじっと見て来る少女を、やはり黙って見返していた。
世間的評価で言えば美少女。全身から魔力があふれんばかりに充実している、魔法師団ナンバー1の地位にある、そして魔王の娘である。それらの点を考慮しなければ、彼女は少女モデルでも務まっただろう。
ツヤのある髪は豊かな緑。上半身は魔法師団の象徴、金の魔法陣の刺繍をほどこしたマントに包み、下半身は同じく魔法陣を編み込んだスカート。ブーツは魔界最硬金属であるディナライトを埋め込んだ特製品。
個人で軍団数個分の戦力に相当する、若き俊才である。
だが、今のところは、子猿と同じ頭の高さにある、ちびっ子に過ぎなかった。
ここに来たのも、教育役パアルカラッソの教練過程の1つ。将来己が掌握する組織、軍団の構成を、実地で知っておけ、の一環。
指揮下に入った者共の出来る事、出来ない事を知らないままでは指揮官には、絶対になれない。
ゆえの英才教育。
今回は、先の大戦で多大な戦果を上げ、戦勝に大きく貢献した、魔獣軍団の視察。護衛も付けず、たった2人で訪れた。
そんな彼女の口から出た言葉は、子猿には到底推し量れぬ深謀遠慮の至りであった。
「子猿・・・。お前は今日から、サルタと名乗るが良い」
「はあ」
分からぬから、はいともいいえとも、言い切れなかった。ただ追従するのみ。
「ご息女。サルタ殿は今、感激の極みにあります。ご返事の無きは、無礼ではなく、激賞の表れ。どうかお分かりになりますよう」
パアルカラッソのこの取り成しは、決してサルタを重んじての言葉ではない。
将来の魔界を統べる者が、小物を一々消していては、みっともない。あまりにも見栄えがよろしくない。
ゆえにパアルカラッソは、魔王の娘、シャアルラの心情をコントロールしようとした。
が。
「パアル。この者に、そのような複雑な神経は無い。ただ、私を疎んじてるのみ」
シャアルラはそう言って、黒い瞳を燃やした。
「サルタ。私に並び立つか?」
「??」
もし。
ここで、ひざまずけと言われていれば、サルタは素直に従っていた。テンクウの上司の上司の上司筋。一切の抵抗を見せず、なんでも言う事を聞いただろう。
だがこんな物言いをされても、何を言っているのか分からず、何も出来なかった。
並ぶのが不快なら、少し離れた方が良いか。それぐらいしか考えていなかった。
「離れるな」
と。サルタがそんな事を考えていると、シャアルラから釘を差された。
「はい」
ガイドはまあ、声の届く距離が良いか。そりゃそうだ。
サルタは素直に頷き、シャアルラにほど近い距離を保った。
シャアルラもまた、何の意味か、頷きを返した。
そしてパアルカラッソは、シャアルラ様報告ノートに記すべき事項を、心に刻んでいた。
「これが馬の獣舎です。イブーのものに比べれば小さいですけど、今は馬の方が数が多いです。先の戦争で、馬は数百の喪失でしかないですけど、イブーは8千弱。次の戦争には間に合わないそうです。もちろん、馬も指揮系統を維持するので精一杯で、魔獣軍団としての活躍はとても望めません・・・・ってテンクウさんが言ってました」
「ほほー。これだけ居れば十分に思えるが、やはり足りぬか」
「らしいです」
馬を飼っている馬屋は、40頭が入れる建物が合計50棟存在する。今は数棟が空いている。
ここの馬は各軍団で共同所有されていて、魔法師団でも下位にある魔法使いなどはここの馬を使っている。通常なら管理は魔獣軍団が行っているのだが、イブー部隊が壊滅した際、それに付き添っていたここの従者らも同時に全滅。使える下っ端が、サルタしか居ない。ゆえに剣闘軍団から下っ端を回してもらい、手伝ってもらっているのが現状だ。
そんな状況をふむふむと聞いているシャアルラは気付かないが、パアルカラッソは気付いた。
この子猿。どこで教育を受けた。
テンクウの受け売りをそのまま喋っているにしても、シャアルラと会話が成り立っているのは、こやつの頭が働いているから。
そういえば。カネが「医局に回したいと考えた事もあった」と言っていたのをパアルカラッソは思い出した。
案外。うちのご息女は、人を見る目があるのかも。
失礼ながら、教育係はシャアルラを見直した。
そんな胸中を知りつつ、シャアルラはサルタとの会話に夢中になっていた。
必死でもない。頑張りすぎてもいない。ゆるやかな川の流れのような男だ。
それがシャアルラのサルタ評だった。
特に、畏れが無いのが気に入った。
幼さ、ではない。幼ければ幼いほど、シャアルラに本能的な恐怖心を抱くはず。おかげでシャアルラには同世代の友人も居ない。
「・・・では馬がそろえば。イブーはどう操る?」
「・・・突撃部隊に回されるイブーは、飼育員の操作によって移動するよう調教されます。なのでイブーに追い付ける足として、馬乗する必要があります。飼育の際にも同じように馬乗して慣れさせ、エサやり、掃除などで指令を出し、命令での移動を覚えさせます。馬の補充とイブーの生育。それは両輪でつながっている、のです」
以上全て、テンクウとミキメの会話の節々を拾った情報だ。
相変わらずサルタは受け売りを喋っているに過ぎない。
それでもシャアルラには、新鮮な情報だった。真新しい知識だった。
「次。次の機会、お前ならどう戦う?」
「・・・・突撃させません。ジョウゴらの進軍より早く迂回させ、敵をかき回します」
「今回敵方がやった事をそのままやるのか」
「はい。「あれ」と同じ事をイブー1頭では出来なくても、8千頭居れば、別の事は出来ます。100人の飼育員で80頭ずつ。突破力は10頭ですら十分に確保可能。そうして敵陣突入後、ジョウゴが追い付いたなら、おれ達も生き残れます。シャアルラ様が助けてくれれば」
「なるほど」
ジョウゴ。巨石軍団が誇る移動城塞型巨石族。戦闘能力はほぼ無いに等しいが、他軍団との組み合わせによる活用法は無限。なんなら寝ている間に戦場に運んでくれるので、上級魔族も重用している。およそ最も有用な巨石族だ。
ただし機動性はその外見に見合ったものしかなく、巨大な見かけにビビらなければ、先の敵にされたように、布陣をズタボロにされかねない。
実に勇敢な敵だった。
「ヒポリ様が死ねば、魔獣軍団は存在価値を失うので。それだけはさせないように考えました」
「ふうむ」
ヒポリ。シャアルラも魔城で何度か見かけた。鈍重そうな見た目で、豪奢なマントがまるで似合っていなかった。
「パアル。ヒポリとは、それほどまでの器なのか?」
突然会話に入れられたパアルカラッソだが、あたかも最初から参加していたようによどみなく合いの手を入れた。
「魔界、数十年に一度の逸材。そう言い切って過言ではない御方です。名だたる豪傑を輩出したダルス族の中でも、おそらくは白眉。肉体性能は元より、統率力、判断力、そして個人の胆力。全てを持った、将になるべくして生まれたような方ですよ」
「へー」
シャアルラから返ったのは気のない返事。
この女、大丈夫か。サルタは、知られれば即座に首が飛ぶような事を考えていた。
「大丈夫。サルタ。お前が働けばな」
「はい」
相変わらず分からないが、今度はちゃんと答えた。
働くさ。おれのために。
歩きに歩いた一行はシャアルラを先頭に、サルタを伴に連れ、パアルカラッソが後ろから付いて来ていた。
そしてシャアルラが立ち止まり、サルタも。
「帰って来てしまったな」
「これで一周しました」
夕暮れにはまだ早い。昼食を食堂で共にし(テンクウとミキメはこちらを見るなり、席を離していた)、イブーの調練場、馬車や盾車の修理場、従者の宿舎などを見て回り終えた一行は、最初のイブーの獣舎に戻っていた。
現在の魔獣軍団の主力はこれで全て。過去には無敵を誇った獣騎兵隊も居たのだが、今は無い。遠い過去のおとぎ話になってしまった。
魔獣軍団はヒポリを失えば存在価値が無くなる。それは完全な事実である。
切り立ったアルビオ山脈を駆け抜けた、精強なピオネ部隊。自らも前線に立ち自由自在に軍勢を操った、精悍なランバー将軍。最も苛烈な戦場で最も強く勇ましく戦ったヌメル兄弟。
今はもうカネしか残っていない。
パアルカラッソは教え子からしばし心を離し、歴史に残る武人達に思いを馳せていた。パアルカラッソが学んだ教科書には、いつも魔王の手足となって働く魔獣軍団の描写があった。
密かに。パアルカラッソは、魔獣軍団のファンであった。
だがそれは、今を生きる若者らには、さほどの関心を引かなかったようだ。
「夕食にはイブーの丸焼きを食べたい。サルタは作れるか」
「いえ。料理は、出来ないです」
そんな事より。お前の体格で食べ切れるのか。サルタは無礼千万な思いを抱いていたが、シャアルラは気にもしなかった。
「皆で食べるに決まっているだろう」
パアル。料理人を差配せよ。そう命じた後も、シャアルラはイブーを飽きずに見ていた。
チ
「ご息女」
「うむ。すまぬな」
サルタには分からなかった。
「なんとなく」イブーが獣舎ごと消し飛ぶような魔法を撃ち込もうとしたシャアルラを事前に食い止めたパアルカラッソの妙技など。
魔法の使えないサルタには分かろうはずもなかった。
「大丈夫ですよ。パアルカラッソさんもおれも居ますから」
だから適当な相槌を打っておいた。
「うむ。頼りにさせてもらおう」
「はい」
奇っ怪なモノを見る目でこちらを見つめるパアルカラッソは、サルタの後方に居たので、やはり分からなかった。
ただ今日。
なんとなく友達が出来た。
「なんとなくとは失礼な」
「ご息女。照れ隠しですよ」
「?」




