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魔界猿雄伝  作者: にわとり・イエーガー
群雄割拠。
38/103

船出。

 目玉焼きには、しょうゆをかける。だが妻はケチャップをかけていた。子供は何もかけない。


「お前は、ソースだったか」


「へえ?」


「卵料理だよ。何、かける?」


「あー。えーと。塩コショウ?」


「ふうん」


 なんだ?大海賊ジャン・ロードの下、副長を務めているリギングは、まーた大将の気まぐれかと思った。そして少し安心した。


 こんな時でも、大将はいつも通りなんだ。



 魔海への出港準備を整え終えた、朝の会話である。



「・・・人類未踏の海!だがそれは人がたどり着けぬ海ではない!今までずっと、我らを待ち受けていた海だ!!この威容いようを見よ!ラアブレイの底力を見よ!大海を制するは誰か!」


ラアブレイ!ラアブレイ!ラアブレイ!


 海上にある民間船、砂浜にあるゲスト席、そして海辺の大観衆から声が聞こえて来る。ラアブレイを代表して戦場に向かう者達へ、声が届く。


「ラアブレイ帝国第3艦隊!出陣する!!」


オオオオオオオオオオオオ!!!!!


 居並ぶ兵からの鯨波ときだけではない。海上にある船の上からも勇ましい咆哮ほうこうが上がり続ける。


 リューガ型の最新艦である旗艦リューユー。それに両翼のサブ脳として機能する、前期守護母艦リューガ型リューガが1隻ずつ。補給艦としてバリューガ型ガバウが10隻。護衛艦としてダイリュー型ダンスリューが36隻。レックス王の御座船として、新造艦レキシオン。そして先導役、麗しのリュッケ号。


 艦隊司令ダッガット・リムスの号令により、3万の船員を積んだ51隻の船が出航準備に取り掛かる。


 いよいよ、10年の準備期間を経た、魔海進出である。



 食料。燃料。火薬。運び込まれた物資を再確認して、船長ジャンは「麗しのリュッケ号」を離れ、艦隊旗艦リューユーに向かった。


「良い天気だな」


「今夜は嵐だぞ」


 司令室では、少し年をとった、白髪のダッガット・リムスが出迎えた。


「穏やかな魔海なんて、ゾッとするだろ?」


「違いない」


 相変わらず、にこりともしないが、ずっと前から刺々しさはない。


 ジャンらが、帝国海軍の正規外部部隊に取り立てられてからは。


 現在のジャン・ロード一味の身分は、帝国海軍第3艦隊特務水兵。そして今回の任務が終われば、その任は解かれ、帝国市民として普通に生きられるようになる。これまでの海賊業の罪は、おとがめ無し。


 魔海へ出航するために、海のへそを渡る。その艦隊運動をずっと練習して来た。そのモチベーションを保たせるためにも、エサは必要だった。


「・・・演習は飽きるほどやらせた。実際、おれらの腕さえ上がっちまったぐらいだ」


「ああ」


 今回、酒はない。当然だが。ダッガットの副官が入れてくれたコーヒーを飲みながら、2人は最後の会話を交わす。


「全滅しても、恨むなよ」


「・・・ふん」


 初めて、ダッガットが笑った。


「この戦力で。この兵力で。この陣容で負けるなら、人類は今日まで生きていない。我々は、勝つ」


 傲慢ごうまんにも聞こえる発言だが、ダッガットの今日までの訓練がなさせる発言に、自信以外は含まれていなかった。


「なら、良いがな。負けそうになったら、おれらは逃げるからな」


「最後までやる。そういう事だな」


「相変わらず、耳の悪いやつだ」


 席を立ったジャンは、ダッガットに握手を求めた。


「お前のおかげで、助かった。結果的にだが」


 10年を生きた。自分も仲間もリュッケも。本来なら死罪。それを帝国に掛け合ったのは、ダッガット。利用価値をアピールし、使い捨てる条件で、10年間も時間を稼いだ。


 それはダッガット自身の目的のため、だが。


 ジャンの一党がダッガットに救われたのも事実。


「逃げたなら、撃つ」


 最後まで、ダッガットは堅い軍人だった。やはりにこりともしない。


 2人は堅い握手を交わして別れた。これから出航までのわずかな時間で、最後の晩餐ばんさんを楽しむ。魔海へと侵入したなら、落ち着いて食事を楽しむのは難しい。


 風が吹く。波が荒れゆく。


 夜が来た。


「艦長」


「はっ」


 旗艦リューユー艦長、レイゾン・ミンスタはダッガットの指示に従い、船を出す。


「海のへそ付近まで、速力平常。陣形は防御陣」


「速力平常。防御陣」


 艦長の指示により、機関部員が石炭投入量をコントロール。操舵輪そうだりんが回転し、監視員がマスト上部で目を光らせる。そして指示は信号旗しんごうきにより、全艦艇にリレー方式で伝達される。


 真っ暗な海の中、ホタルと化した51隻は、船そのものが意思を持っているかのような見事な連携で、人類の版図はんとを広げんと行進する。


 いまだかつてない、人類の最大海上戦力、初の船出であった。


 シウレリア半島の見送りの人々は、彼らの旅立ちを見えなくなるまで見送った。楽団が悲しげな面持ちの家族らを慰め、クアのリゾート地は戦争に向かう人々を明るく送り出した。早く帰って来い。無事に帰って遊びに来い、と言わんばかりに。


 沖合いにあるワハフ島でも、泊り客や住人らが大勢外に出て、見送ってくれていた。


 そして艦隊は、シウレリア半島とワハフ島の間、シウレリア海峡を超え、海のへそに近付く。およそ24時間をかけて移動と休憩を行い、海上にてへそを渡る時間を待った。


 そして海のへその渦潮は、ジャンの目の前で弱まっていった。


うずが完全に消える前に突っ込む。万が一、いつもより早く渦潮うずしおが戻っても敵わん。伝令は「遅れず付いて来い」」


「伝令!本船に追走されたし!」


 元大海賊ジャン・ロードは命令を出しながら、最後の確認を行っていた。観測、潮位、風向き。全てのデータを再確認しつつ、自分の勘にも何も引っかかっていないのを認識。速力を上げる。


 麗しのリュッケ号は艦隊中央かつ先頭を陣取り、周囲の護衛艦ダンスリューに守られながら、時間よりわずかに早く海のへそに突っ込んで行った。


ギイイ


 もはや帆船の時代ではない。にも関わらず、渦潮のエネルギーはかつての大帆船時代のように、人の科学の結晶である蒸気船をたやすく揺り動かした。


「・・・良し」


 突入前より揺れが少なくなっている。最も揺れがキツかったのは、渦潮の突入時最大半径地点だった。徐々にしぼんでいる証拠だ。


 このままなら、全艦合わせて20分足らずで抜ける。


ゴオン!ゴオン!


 しかし、周囲を観察していた監視員のみならず、ジャンや操舵士、それに副長リギングらも気付いた。警戒警報の鐘が鳴っている事に。


 発生源は左舷の護衛艦ダンスリュー。敵を見つけたのだ。


「親分!?」


「・・・違う」


 リギングの慌てふためく声は、魔軍の襲撃を恐れたもの。


 しかし、ジャンはこれは違うと感じた。


 海のへそで仕掛けるのは、いくら海魔でも厳しい。


 ならばこれは遭遇戦。たまたま魚をあさっていた海獣と出くわしたに過ぎない。組織だった戦闘にはなるまい。


「戦闘用意!散弾込め!」


「戦闘用意!散弾準備!」


 伝声管を通じて、ジャンの命令は砲術室に伝えられた。


 長時間、長距離戦闘にはならない。短時間、短距離戦闘でケリが着く。


「敵影補足!ウキザメ4頭!敵発見!ウキザメ4頭!」


「やっぱりな」


 マスト上部、監視塔からの伝声にジャンは、不敵な笑みを浮かべていた。


 ウキザメ。大型海獣だが、警戒度はかなり低い。サンマやマグロなどの回遊魚を主食とする体長20メートルほどの巨大魚。なんなら人間も食べるが、それは海中に存在する全ての浮遊物を食しているからであって、人間や動物を意識して食べ分けているのではない。


 だからたまに小舟などが襲われる事態も発生するが、砲門を備えた船で恐れる理由はない。


「監視は周辺を注意しろ。ウキザメを捕食するデカブツにな」


「了解!」


 監視員の返事を聞くと同時、次の命令を発する。


「ウキザメの群れに寄せる。距離100を維持しながら、平行航行。信号旗は本艦一隻の単独航行を表示しろ!」


 ウキザメの警戒度は低。釣り船など小型船ならば脅威の対象となるが、今回の航海に出ている大型艦船なら、運が良ければ体当たりだけで倒せる。


 ゆえにジャンはこれを利用する。


「後続艦は装填そうてん無用!見物に当たられたし!」


 信号員に伝令を発すると同時、司令室の士気も引き上げておく。魔海だからとて、無意味に緊張する必要はない。


 速力平常のまま、麗しのリュッケ号は左方に向かう。左舷さげんに位置していた護衛艦も、わずかに左にかじを取り、リュッケ号の進路を確保する。


「ウキザメの真横に着いた!」


「了解。左舷砲術班は、見え次第撃て」


「了解!見え次第撃つ!


 監視からジャンへ、ジャンから砲術室へ。連携は途切れる事なく続き、船は一個の生命としてウキザメと相対していた。


 船上4箇所に設置された強力なサーチライトが敵の姿をくっきりと海上に照らし出す。人類は夜の海を越えて行く。


 ここでジャンは、大砲の数を絞らない。本来、ウキザメ程度にこんな真似をしても全くの無意味。だが。


ドン!!ドン!!ドン!!


 大砲の音はウキザメを粉々にしてなお鳴り止まなかった。


「全弾直撃!」


「了解。信号旗、我勝利せり。進路開放、前進せよ」


 信号員へ命令を伝えた後、砲術班へ大砲のメンテナンスと休憩を伝え、リュッケ号は元の進路に戻った。上昇した士気とともに。



 信号旗のリレーが到着した艦隊中央に位置するリューユーでは、司令ダッガット・リムスが、リュッケ号が消耗したであろう弾薬量をメモしていた。無論、あちらでもこんな事はしているだろうが、ダッガットは自身でも知っておきたかった。リュッケ号の左舷から放出されたであろう散弾の砲音。最低でも数十発。


 リュッケ号はそもそも、戦闘に積極的に加わせるつもりはなかった。いざという時の命綱として、あらゆる海の専門家として招いている(あちらがどう考えていようと、ダッガット自身はそのつもりだ)。


 今回の弾薬消費量で、リュッケ号の戦闘可能時間は2割減と見るか。全く。


 だが、ダッガットの胸の内に、苦いものはカケラもなかった。むしろ感謝していた。


 全乗組員にとって、初めての魔海。初めての魔軍との本格的な戦闘。


 この状況で普段どおりの動きが出来る自信は、ダッガットにもなかった。


 だから、その硬さをほぐしてくれたジャンには、感謝の気持ちしかなかった。


 魔海であろうと、同じ海の上。海軍は通用する!


 初戦闘を見事な勝利で飾った事実は、他の艦船にも容易に影響する。熱狂的な勢いを駆って、本当の戦いに挑める。


 ラアブレイ帝国第3艦隊の進出は、まずは順調な船出となった。

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