戦場のあちこち。
イブー部隊隊長テンクウには、戦況がさっぱり分からなかった。
魔法師団が前線に向かったと思ったら、次はとんでもない化け物みたいな何かが続いて、その後魔法師団が後退した。
これ、勝ってんの?それともピンチ?
もちろん、たかが部隊長でしかないテンクウに大層な指揮権はない。何がどうであろうが、命令に従うのみ。
幸い、剣闘軍団は数を減らしながらも、まだまだ盾として機能してくれている。怖い奴らだが、頼りになる。
敵砲撃開始を皮切りに、その大砲へ突撃する。さすれば、もはや敵に戦力は無い。
ドカンッ!
「!?」
大砲の音じゃない。剣闘が人間に、力づくで弾き飛ばされる音。
敵エリート部隊だ!
「くそっ!上手い事生き残ってやがった・・・」
どうする。おれらがぶつかっても・・・。
テンクウは、もしも敵方にカネやヒポリ級の戦力が居た場合、即逃げる。絶対に勝てん。
だが、後衛は魔法師団。彼らの後退に意味があるのなら・・・。
ここで働いておかないと、後で殺されるかも・・・!
「ぐっ・・・!」
テンクウは押し殺したような声を上げて、脳を振り絞った。
どうする。強いのをカネさんに押し付けて、敵の弱いとこだけに突っ込んでるのが見られてるんじゃないのか、ひょっとして。
ゴオッ!
考えていると、鎧騎士が空を飛んで行った。いや飛ばされた。
い、いかん。どっちにせよ、このままじっとしてたら、死んじまう!!
「カネさん!!」
「カネ様は既に突撃しています!テンクウさんは敵右翼で突出している者を蹴散らすようにと!」
「えっ!?」
指示を仰ごうと後方を振り返ったが、上位者はもう居なかった。
慌てて左前方を見てみると、敵エリート部隊とぶつかってる化け物の姿が。敵はかなりヤバいはずなのに、カネの動きは全く止まらない。
「あんにゃろう・・・」
ちっとばかし強いからって。
「・・・部隊を分ける!10番隊から20番隊はカネさんのフォローに回れ!カネさんの撤退に応じて援護に入るんだ!・・・残りはおれに続けえっ!!」
オオ!!!!
ここまで無傷で侵攻して来たイブー部隊の士気は高い。味方幹部が率先して最前線で戦っている姿を見れば、なおの事。
テンクウを先頭に、鎧騎士軍団の後方から駆け抜けて来るイブー部隊は、その勇猛さと突進力で、敵エリート部隊の足を完全に止める事に成功。今まで無傷で通して来た奴らの中にも、凶鳥の爪を食らいリタイアする者が出て来た。
「止まるなあっ!!!止まったら死ぬぞおっ!!」
テンクウはイブーを指揮しつつも、敵を倒そうなどとは決して考えなかった。とにかく、敵の前進を止める。そのために敵前衛をかすめるように部隊を動かし、戦場を横切る。足を止めさえすれば、剣闘軍団と凶鳥軍団の天地同時攻撃が、敵を蹴散らしてくれる。
おれ達はただ、敵を足止めする。
だから、強い奴の相手は、頼んだぞ!おれ達以外の誰か!
実に都合の良い考えだが。その「誰か」は、主に頼まれた仕事を嬉々として引き受け、実行していた。
「フッ!」
素手で大地を掘り起こし、土砂をそのまま敵にぶつける!
ガン!!
カネを包囲していた幾人かの内、1人は避け損ね、足に穴を穿たれた。そして。
ブオン!
足の止まったその1人を敵の群れに向かって、投げる。
2人がその人間を救出しようとしてくれたので、3人まとめて殺す。
ズ ゴ
人間3体をブチ抜いた右手の爪を引き抜き、引っ込める。常時出していては、引っかかって危険だ。
これで残り10人。彼らを皆殺しにしたら、敵砲撃部隊の間合いに入る。
魔王様の奇襲に合い、混乱の極地にあるであろう敵陣。白旗を上げやすくしてやるには、どうすれば良いのか?
落ち着かせ、戦力差を思い知らせてやれば良い。
「シュウウウウウ・・・・」
奇っ怪な息吹き。人間味を帯びない声を発する眼の前の化け物に、戦士団は怯えを隠せなかった。
仲間の返り血に染まる、速くて固い、ひょろ長い亀。
「・・・踏ん張れっ!!団長ほど強いわけじゃあないっ!四方を取り囲んで、踏み込むな!攻撃はこっちがやる!」
「お、おお!!」
カナンの指示に従い、残存戦士団7名が亀を囲んだ。カナン含む弓兵3名が牽制のために射撃を繰り返す。
陣形を用いる敵の戦術に、カネは快いものを感じ、微笑んだ。
・・・幼獣をすり潰す罪悪感。感じずに済みそうだ。
ちなみに、眼前の戦士達への警戒心は、最初から存在しない。
ズ ボッ
貫き、抜き取る。鎧の強度はさほどでもない。が、肉体強度はそれなり。魔獣の中でもこれだけ鍛え込んでいる者は少ない。
敵方であるのが惜しい。
「・・・・あ」
カネの伸びる爪を身体から抜かれた戦士は、人形のように崩れた。最後の言葉を発しながら。
「生きてる!ルースはまだ生きてるぞ!」
瀕死の重傷を負った仲間を助けに入った2人は、まとめてカネの追撃を食らい、死んだ。
もちろん、カネはルースと呼ばれた戦士を、わざと肺だけブチ抜いて、即死はさせなかった。
攻撃したカネにはもはや助ける術はないと分かっているが、あちらはまだ助かるという希望を捨て切れない。
結果、被害は拡大する。
・・・勝てない。硬度が、違いすぎる。
カナンは矢を撃ち尽くしてしまった事に気付かず、矢筒を手探りしながら、ひどすぎる戦力差を認識していた。
こちらの攻撃が全て躱されているとか、そこまで超常的な相手ではない。流石に目への的中は叶わないが、何十発と身体に直撃している。
そしてその全てが、体表面で弾かれている。
一体、何で出来ているというのだ。あんな柔軟な体のくせに。
ボゴオッ!!
と。カナンは、もう悩まなくてもすむようになった。
3人の弓兵は、足元から生えて来た亀の腕に貫かれ、絶命した。
「・・・この野郎っ!!」
逃げた方が良い。逃げたい。死にたくない。
生き物として当然の臆病風に吹かれながらも、ゴーエンは突進してしまった。
相手の腕は大地を掘り抜き、仲間を貫いている。こちらは無視だ。
今なら殺れる。
・・・そんな甘い相手ではないと仲間の死をもって熟知しながら、ゴーエンは撤退の選択肢を選べなかった。
あまりにも、若かった。
仲間の死を無駄に出来ないという意思の下、亀の魔獣に突っ込み。
ギョア
地面に突き刺さっている腕を足場とした亀の足の動きに惑わされ、死んだ。
右足の伸び来る蹴りは、見てから反応出来た。それ以前に腕が伸びるのを見ていたため、反射が間に合った。剣を合わせ、軌道をそらし、そしてその真後ろから来た左足の蹴りで頭蓋骨を砕かれた。
1人では、荷が重かった。
見た者は皆死ぬがゆえに、カネの戦法は全く知られていない。
身体が伸縮自在で、その力はヒポリ以外の魔獣を圧倒する。その場に突っ立ったまま、周囲20メートルほどは無差別に殺傷出来る。
ヒポリと並んで生き残っているのは、ヒポリに守られて来たからではない。
ヒポリの次に強いからだ。
そしてその男は、エリート戦士団の半数を全滅させて、なお止まらない。
「次は逆サイドに向かいます。皆さんは、こちらを抜けそうな歩兵の足止めをよろしくお願いしますね」
「はい!!」
血まみれのまま優しい笑みを浮かべたカネに、残留部隊は背筋を伸ばして全力で返事をした。
そしてカネは走った。疲れを知らぬ男であった。
しかし、戦場は生き物である。いかにカネが百戦錬磨であろうと、未来予知までは出来ない。
敵エリート戦士団を壊滅したために、その領域には砲撃が雨あられと降り注ぎ、イブー部隊を含む剣闘軍団を散り散りに蹴散らした。
魔軍はこの戦力差でも、まだ完全に勝ったわけではなかった。
「・・・敵は勝った気でいる?」
デキシーは左翼に別れた戦士団を任され、指揮を取っていた。
そしてその最中に、敵の動きを把握した。
当たりが、あまりにも弱い。剣闘軍団の裏に居る野獣どもは確かに速いし怖いが、全くぶつかってこない。
そしてデキシーは更に思考する。
味方本陣にある白旗。そこに生存部隊が全力で走って、最短で1キロメートルを10分か。全身鎧に凶鳥への警戒を込みで。降伏の条件を満たすためには、白旗を上げた上で笛を鳴らす必要がある。そして笛はドンス将軍が所持していた。
本陣の全滅・・・。その死体の中から、将軍の居た場所を特定し、将軍の衣服を発見し、笛を手に入れる。これも早くて10分はかかる。
一体、団長と離れて、どれくらいの時間がたったのだろう。
鎖時計をちらりと見ると、5分。
まだ15分もある。
「おおい!」
声をかけて注意を促しながら、ナチャホゥがデキシーに突っ込んで来ていた凶鳥を斬り飛ばす。
「いくら分隊リーダーだからって、ぼうっと突っ立ってんなよ!」
ナチャホゥのもっともな意見に頷きを返しながら、デキシーはけろっとした顔で言った。
「後退しながら、右翼の部隊と中央で合流しよう。ナチャホゥ、あなた彼らに伝えてくれる?」
ここには伝令が居ない。戦士団と共に動いていては死ぬので、既に本陣に帰還している。
「え・・・?」
一瞬悩んでしまったナチャホゥの周囲を警戒しながら、デキシーは言葉を重ねた。
「砲撃ラインを割る。そして全部隊で敵を削る。敵の攻めが本気じゃないから、こっちも命を懸ける必要はない。そして団長が後退して来たら、こちらが交代で前線に向かう」
団長が帰ってこれるとは思えないけれど。
デキシーは、この場に居る人類としては、かなり正確に敵戦力を見抜いていた。
ほんのわずかに目に映っただけだが、あれが魔王なのだろう。
勝てるわけがない。明らかに砲弾より速い飛行速度を自由自在に操るような奴に、勝てるか。
デキシーは、賢すぎた。敵の最も強い奴には、砲撃はおろか、自分達の攻撃も絶対に当たらないと悟ってしまった。
とにかく、自分の指示に従ってくれたナチャホゥの無事を祈りつつ。
デキシーは息苦しい倦怠感に包まれていた。
それから3分もたっただろうか。
ドサ
空から、かなりゆっくりとした落下速度で何か大きなものが降って来た。
凶鳥軍団が投下したと思われるそれは、人の形をしていた。
ナチャホゥの死体であった。
陣形のど真ん中に落とされたそれに、戦士団の視線は一瞬釘付けになった。もちろん、ちゃんと第二撃を警戒して空を監視していた者達も居る。
ゴ ボ
だが地中からの攻撃を警戒した者は皆無であった。
奇襲の2つの爪で4人が死んだ。残念な事に、ちゃんと空襲を注意していたために、大地の動きを察知出来なかった者達だ。
「・・・逃げる!全員、脇目も振らず撤退しろ!」
デキシーは、それでも判断を誤らなかった。ここで踏ん張って頑張ろう、などと不可能な事は考えなかった。
自分達は、大地から芽生える敵への対処訓練をした事がない。
修練を積み重ねて来た年月が、デキシーに最高効率の選択を選ばせた。
すなわち、撤退を。
戦士団分隊残り10名が一斉に駆け出したのを見て、カネは腕を元に戻し、配下の動きを見守った。
「おらあっ!!テンクウ様のお通りだ!!」
何を言っているのかよく分からないが、イブー部隊は統率の取れた動きで、カネの命令通り、敵エリート部隊の後退を阻止した。
テンクウらは一度、人族方の最左翼まで突進した後、また右翼を目指そうとしていたのだが、そこでカネの指示を受けた凶鳥軍団の者から言伝を受けた。
敵エリート部隊の撤退を許すな、と。
許すな・・・。ど、どうやって。
よく分からなかったが、敵部隊が生存しているのなら、まだ砲撃は来ない。テンクウは単純に、敵後背を突き、進撃。そのまま敵右翼に向かう。
ドオオオオ!!!
「うわあああああああ!!!!????」
テンクウは馬に乗ったまま、空を駆けていた。
カネが敵右翼を壊滅させたために、敵砲が後顧の憂い無く火を吹けるようになったのだ。テンクウらはその影響をもろに受け、一気に被害を出していた。
「逃げ・・・」
馬が走ってくれているのが不思議なほどの砲弾の雨。その中にあって、テンクウは言葉を紡げる状態ではなかった。砲撃の振動が馬乗にあっても体に響き、そして弾着の轟音はテンクウから一時的に聴力を奪っていた。
周囲を固めていたイブー達も、散り散りに別々の方向に逃げてしまい、同族同士でぶつかり合ってしまっていた。
「・・・・がっ!逃げろおお!!!」
テンクウは、それでもなんとか姿勢を制御し、生存している部下を引き連れ逃走を図る。
しかし。
「あっ、ああ・・」
「腕・・・。おれの腕・・・・」
落馬し、呆然としている者。砲撃によって右肩から先を失った者。そして無数の怪我人、死人が、テンクウについて来れない。
テンクウはその様子を振り返り、確認してしまった。ほんの一瞬、視界に入っただけだが、昨日まで一緒に働いていた奴らが、死んでいる。死にかけている。
そしてテンクウは、愚かなチンツー種であった。
「!!!!!!!オオオオオオオ!!!!」
馬を回頭、生存部隊を引き連れ、敵砲撃部隊に突撃を開始した。
「魔獣軍団が突撃を開始しました」
「何?」
「・・・」
伝令の飛竜、マールは魔王の疑念を浮かべた表情に、背筋を凍りつかせた。
「指揮官はカネか?メイラ族の」
「は、はい。ですが、どうやら突撃を仕掛けているのは、イブーの御者のようです」
シャアルネルラは、マールの報告の内容の意味を考えていた。
味方に無駄な被害が出る、か。多少ならともかく、魔獣軍団の構成要素が減りすぎれば、ヒポリを留め置く口実がなくなる。
ヒポリには代わりが居ない。どうする。
シャアルネルラの思考の中には、この戦場で散り行く一兵卒の事など、全く片隅にもなかった。
ただ、致命傷を負って後退した部下の事だけを考えていた。




