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魔界猿雄伝  作者: にわとり・イエーガー
過ぎ去りし夢。さらば愛しき人。
30/103

勇者の居ない戦場。

「勇者は来ます。そのつもりで」


「はっ、はい!」


 そんなに緊張しなくても。リラックスさせるつもりで叩いた肩は、ガチガチにこわばっていた。


 魔獣軍団軍団長副官カネは、配下のイブー部隊隊長テンクウを心配した。


「勇者には、私やヒポリ様が当たります。テンクウさんはそれ以外の雑兵を蹴散らして下さい。今回の戦には、魔王様もお出でになられています。何も心配は要りませんよ」


「そ、そうっすよね!おい、聞いたかお前ら!楽勝だぜ!」


 そう言って、テンクウは部下のイブーチームの面々を見渡し、大笑してみせた。


 それなりに、リーダーシップがある。カネはテンクウの評価を再上昇させた。やはり使える男だ。


 こと戦場において、理屈の上での強さなど意味はない。


 要は、動けるか否か。テンクウはこうして動いている。前回の敗北を覚えていながら、恐怖に身をすくめていない。


 資質がある。


 死するべきではない。


 カネは自身の生還確率を限りなくゼロに近いものと考えながらも、配下の生存策を練った。


 具体的には、彼らが勇者と出会わない幸運を祈った。


 主であるヒポリは、今も魔法師団の方々や、あるいは魔王様と作戦を詰めている。


 自分の役目は単純至極。


 勇者以外を殲滅し、勇者を足止めする。


 全ては、ヒポリ様のために。


 カネは主のために戦える陶酔感に酔いしれ、常時は抑えられている闘争心を解放し始めた。



 始まりの鐘の余韻よいんが鳴り止む前に、人間は動いていた。その様を御輿みこしの上で感じていたシャアルネルラは、まず安堵していた。


 計略けいりゃく通り。勇者は「ここ」には居ない。


 なんとまあ、愉快な生き物だ。


 自分達の切り札を、自らかなぐり捨てるとは。


 しかしシャアルネルラは、そこで思考を戦場に引き戻した。ここが肝心かんじん


 勝ち過ぎてはいけない。敵戦力が充実しきっていない、勇者の参加していない戦場で、我々はほどほどの勝ちを収めなければならない。


 演技のお時間だ。



 だから、頼む。ヒポリ。


 こんなお遊戯ゆうぎで、死んでくれるなよ。


 お前には、まだ使い道がある。



 人族への嘲笑を抑えもせず。


 魔王は、いかにも、魔の王であった。




「敵本陣、動かず!」


 トステンは、若き戦士団の報告に眉をひそめた。


 これまでに蓄積された領土決定戦のデータ。それによると、魔軍本陣たる魔法師団が動かなかったケースでは、おおよそ魔王本人が参戦している。ゆえに彼らは魔王の露払つゆはらいを先行させる場合が多い。勇者以外の雑兵を蹴散らし、魔王に有利な戦場を形成するために。


 だが裏を返せば、敵は勇者の存在を恐れているという事でもある。勇者不在の報告は、まだ魔王には届いていないと考えられる。


 しかし。レインが居ない今、魔王に引っ込んでいられては、こちらも困る。敵陣に単独で切り込み疲れ切った体で相対しては、一瞬で殺られる。


 単純に言って、魔法師団100人と、魔王個人は、同等の戦力である。戦略的にも、戦術的にも。


 トステンがどちらかにかかりきりになっては、どちらかはフリー。10年前のトステン並みに今の戦士団が育っていると仮定しても、10年前のトステンでは魔法師団には手も足も出なかった。


 歯を噛み締め、トステンは形成の不利を悟った。


 どれほど鍛錬を積んでも。おれは、レインに、届いていない・・・。


 レインなら単独で突っ込んで、涼しい顔で生還するだろう。魔王の首を手土産に。


 しかし、レインは居ない。


「伝令!戦士団は自由行動を許す!との事です!」


 と。最前線に居たトステンらに、後方のドンス(この時点で、およそ1キロは離れていた)から伝令が来た。


「将軍・・・」


 ドンスもまた、敵の動きの鈍さから、敵本陣に総大将が存在する事を察知。作戦を変更する。


 次々に本陣に迫る敵を迎撃するのではなく、次々に敵陣に討ち入り、蹴散らす!


「聞けっ!」


 トステンが号令を出す。


「敵が集中する前に、左翼を叩く!そして敵の集結前に撤退!行くぞ!!」


ゴ!!!


 走る!!


 エリート戦力30名で構成された戦士団は、一丸となって突撃を開始した。一人一人をトステンが選別し鍛え上げた精鋭。かつての自分達に決して劣らない。


 しかし。そんな精兵せいびょうぞろいの徒党を従えて、トステンは左に向いた。右ではなく。


 この場合、敵が一時に集結する危険性の高い中央以外であれば、どちらが正解という事はない。


 それでもトステンは明確に、左を選んだ。


 かつての、絶対的な敗北の記憶が、無意識に右を遠ざけた。



 右に行くと、死ぬ。


 あの化け物に、出会ってしまう。



 現在、そのような根拠はない。意味のない記憶だ、が。


 トステンの肉体は、まだ忘れていなかった。


 頼れる仲間達を失った、あの時を。




 突出したトステンら戦士団の報告を受けた魔王シャアルネルラは、指示を出す。


「ジョウゴ前進せよ。各部隊、足並みをそろえ、我が覇道を作れ!!」


 全部隊前進。巨大巨石族ジョウゴを先頭に、魔獣、凶鳥、魔法師団が完璧な陣形を形成。圧倒的な威圧感をかもし出しながら、ゆっくりと決定戦場を踏み進んで行く。



 そして魔獣軍団は、人間から見て右方。10年前と同じ位置に付いていた。


「前進せよ!ジョウゴを追い越すなよ!」


 指揮を取るのは馬乗したカネ。ヒポリは専用の馬車に乗りながら、最奥に位置。


 8千頭からのイブーを操る、テンクウ率いるイブー部隊が魔獣軍団の中核を成す。


 よく訓練されたイブーは、ジョウゴの歩みの響きも恐れず、上空を舞う凶鳥にも驚かない。


「ゆっくりで良い!突っ込みすぎるんじゃねえぞ!ジョウゴからは剣闘が降りて来るんだからな!」


 馬に乗ってイブーを統率するテンクウが、周囲の部下に警告を出す。


 最前線。一番早くに敵と当たるのは剣闘軍団。今はジョウゴの中に収容されている彼らが展開して、初めて本格的に戦闘が始まる。


 だから隊列を崩すと、イブーがジョウゴや剣闘に巻き込まれて、陣がメチャクチャになってしまう。


 こちら側の作戦としては、剣闘を足がかりに、ジョウゴを盾にしつつ、イブーと凶鳥軍団で道を切り開き、ヒポリやカネ、そして魔法師団で片を付ける。


 いかにエリート戦力を無傷で敵本陣に到達させられるかが勝負。


 そのために敵砲撃および敵の盾となる雑兵を引き付けるのが、イブー部隊の役目。



 魔軍の進行が始まって10分。敵は最高速でやって来た。


「アレには触るな!!私とヒポリ様で処理する!イブー部隊は本隊に従え!」


「了解!!」


 カネの指示に従い、テンクウはイブー部隊をそのまま進める。テンクウのそばには、必ず旗持ちの従者が居るので、彼の旗を目印にして他の飼育員も隊列を崩さず、訓練通りの陣で突き進む。


 そして彼らとは別方向、味方右翼に突進して来る砂埃すなぼこりに合わせて、カネとヒポリの馬車は進行方向を変える。


 あれは、エリートでなければ止められない。




・・・・ッゴォ!!!


グ、ラ


「離れろ!!」


 その声に応じて、戦士団は倒れ込む巨石人形から距離を取った。


 トステンの大金槌に胸部を打ち抜かれたジョウゴは、ゆっくりと後方に倒れる。味方魔族を巻き添えにしながら。


 視界の中に認識出来ているジョウゴは、合わせて6体。右方にも同じ間隔で存在するなら、20体ほどがこの戦場に存在する事になる。


「凶鳥に気を付けながら、中から出て来る剣闘を殲滅しろ!ジョウゴを後ろに行かせるな!!」


 トステンは指示を出しながら、次のジョウゴに向かっていた。移動城塞ジョウゴさえ潰してしまえば、敵歩兵部隊は砲撃ですり減らせる。味方本陣にたどり着く前に、敵の数を減らす。そうすれば、勝てる。


 トステン以外の戦士団も、トステンのやり方を見て真似始めた。単独で同じ事が出来ずとも、複数で膝裏を打ち、胸部、肩などの上半身に追撃を加え、倒れさせていた。


 戦士団は完全に機能し、まずは人族のリードで戦は始まりを告げた。



ズウウウ・・・ン


「偶数部隊は歩兵を。奇数部隊は上空を。それぞれ狙え」


 ドンスの指示は即座に伝令によって、各砲兵部隊に伝わった。


 ドンスはジョウゴの脅威を、警戒対象から消した。親衛隊候補からさえ引き抜いた30人のエリート戦士団は、その能力を遺憾なく発揮している。敵巨兵が倒れる音が、こちらまで何度も聞こえている。


 やはり、魔王が居る戦場では、魔軍の動きは鈍い。前回なら、既に凶鳥の群れがこちらを襲っていた時間だ。


 が。だから簡単な戦、というわけでは、もちろんない。


 時間が経つごとに、魔王はこちらに接近している。その圧迫感たるや、歴戦のドンスですら、意識的に呼吸を深めなければならなかった。



 次から次へと、手駒が蹴散らされる。ジョウゴが中身の剣闘軍団ごと。


 そんな様子を見ていても、なお魔王シャアルネルラに焦りは無かった。


「1人?」


「はい。ハンマーを振り回している奴が突出しています。それ以外も30人ほどは出来る奴らですが、手強そうのはハンマー持ちだけでした」


 シャアルネルラの御輿に最接近しているのは、魔王への報告を任務とする最上級飛竜の1人、グランダである。


 体長28メートル、体重140トン。飛竜軍団の中でも戦力として考えるなら、最強の存在。フェーン・ダ種の良血ばかりを集めたような実力で、なんなら彼1人だけでも、この戦場を制するのは容易い。


 ただし、まだ若い。やっと生後8年を経過したところだ。実戦経験を積む必要もないほど強いのだが、今は魔王の命にて下積みをやっている。


「ヒポリ様との接触まで・・・あと8分です」


 考え考え、グランダは魔王へ報告した。


 その言葉を聞いて、シャアルネルラはにっこり笑った。


「お前も良い飛竜に育った。こらからも励め」


「はい!ありがとうございます!」


 顔を上気させて照れたグランダは、上空高くに舞い戻った。戦況把握の再開だ。


「さてさて」


 倒れ伏すジョウゴは、計4体。敵もそれなりに、やる。おっと。また、一つ落ちたか。


オ・・・・


 シャアルネルラが一つ念じると、それで全ジョウゴが足を止めた。そしてかがみ込み、腹部、胸部が開き、剣闘軍団が出撃し始める。


「リジェ」


「はっ」


 魔王の一声に、周囲を飛行していた魔法師団の1人が近寄る。


「ヒポリと敵の接触を確認後、敵本陣をおびやかせ。半分までなら殺して構わん」


「承知致しました。・・・続けっ!奴らに身の程を教えてやる時間だ!!」


 魔法師団ナンバー4、リジェ。いかなる状況においても魔王の指示に従ってしまう頭の固い魔族だが、それゆえ魔王の信は厚い。


 彼女の指揮の下、魔法師団60余名が飛び立った。


 これで魔王を守るものは、残存魔法師団10名に、伝令役の飛竜5体のみ。


 もしもこの戦場に勇者が居たなら、心もとない戦力だ。


 居ないのだが。



 もう、勇者はどこにも居なかった。

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