子猿、カネと出会う。
挿絵は柴田洋さんによります。
https://mypage.syosetu.com/863026/
柴田さんのマイページです。
翌日。朝食をとってすぐ。
魔獣軍団魔都本部。その一室にて、ミキメは上司に直談判していた。
「テンクウの奴に言ってやってくださいよお~。あいつ絶対、ここの仕事舐めてますって!」
「そうですか?テンクウさんはよくやっていると思いますよ?」
執務室。最高管理責任者の座するデスクから、ミキメを座らせたソファへと移動した、理知の光あふれる瞳と鍛え抜かれた肉体を合わせ持つメイラ族。彼こそは、栄えある魔獣軍団の中でも最エリートである、カネ。ミキメやテンクウの上司である。
「カネさんの前だけ、張り切ってるだけっすよ!良いとこ見せよ、って。このままじゃ、新入りが潰れちまうんすよ!」
「ああ。報告にあった子猿」
「そうっす!」
ミキメの前日の戦果である、新入り従者。
「1人だけスカウト出来た」
「うっ・・・・・そ、そうです」
「まあ、分かりましたよ。テンクウさんには話を聞いておきます」
カネはそう言って、ミキメの状況報告を聞き終えた。
「言ってやってください!あいつ、カネさんでもなけりゃ、言う事聞かないんすよ!」
「はいはい」
これは案外、大変な仕事だぞ。と、魔獣軍団魔都本部責任者、カネは思った。
軍団長指揮下の最上級幹部の1人であるカネだが、こうして部下の進言を聞き入れるのは初めてではない。
それこそ、テンクウやこのミキメの忠言は何度も受け入れて来た。
それはつまり、両者の間の利害調整も何度も行って来た、という事。
はっきり言って、戦場で暴れている方が、何十倍も楽だった。
これが軍団長直々の指令でなければ、とうに投げ出しているだろう。
まあ・・・。
「あなたにしか出来ない。お願いします」。
あの言葉を胸に大事に抱えているから。この仕事も、誇りを伴って遂行出来るのだが。
「ブギイイイィィッ!!」
ゴオン!!
死ぬかと思った。
それは誇張表現ではなかった。
子猿の掃除していた檻の中、イブーの突進を受けた壁面はへこんでいた。子猿の耐久力では、跡形も残らなかっただろう。
昨日はかすめただけで骨折したからな。
これは戦争でも大活躍するわけだ。
得心の行った子猿は、気を取り直して黙々と掃除を続ける。糞尿を掃き清め、水洗いし、エサ箱を満杯にする。それから水飲み場の水を増やしていると。
来客があった。
「初めまして。あなたがこちらの新入りでしょうか?」
「はい」
現れたのは、ミキメでもノウマでもない。メガッカやオリンキーとは明らかに別種。伸びやかな手足、つるつるした皮膚。それでいて、毛無し猿たる自分とも全くの異種族。
「私はカネ。あなたがお会いしたミキメの、まあ上司です」
「はい」
分かっているのかどうなのか。はいはい、と答える子猿を目にしたカネは、この子、大丈夫なのかなと思った。
ひ弱だ。肉体が小さすぎる。皮膚も人間のそれに近く、防御性能など欠片もなさそうだ。これではケガをするのも当たり前だろう。
確かにテンクウも小さいが、それでもこの獣舎を切り盛り出来るだけの体力はある。
だが、この子には。
「どうですか、ここの仕事は?まだ慣れなくて大変でしょう」
が、直接には言わない。カネの主観より、聞き取りの方が大事だ。
もしかしたら、巨石族の血でも混じっているのかも知れないし。
「はい。でもミキメさんが良くしてくれて。なんとかやっていきたいと思います」
「なるほど」
おや。
率直に言って、カネは驚いた。
こんな学も知識もなさそうな子供から、こんな言葉遣いが。
「あなた、もし良ければ医局へ行きませんか?」
「昨日ノウマさんにも、そう言ってもらいました。でもおれ、医局じゃ何も出来ないです」
「慣れれば大丈夫ですよ。どの仕事も変わりはありません」
「そうなんですか?」
「それとも、獣舎の方が好きですか?」
「特に好きとかは。雇ってもらえるなら、どこでも」
「ああ・・」
やっと、カネは納得が行った。
この子は、運が悪かったんだ。
魔族、人族の今回の戦争は魔軍大勝利に終わった。
運の良い我らは勝利の祝杯を傾けるに忙しいが、運の悪い彼らは、重たい棺桶を担いで帰らなければならなかった。
戦争で死んだのなら、所属軍から慰労金が支払われるはずだ。この子に親が居たのなら。
だが、居なかった。
前の戦争で死んだのだろうな。
前の戦争は、負けたから。金銭の報酬はわずかだった。カネも仲間の死骸の重さしか、覚えていない。
「テンクウは今どこに居るか、分かりますか?」
「事務所に居ると思います」
「分かりました、ありがとう。お仕事、頑張って下さいね」
「はい。ありがとうございました」
子猿は、自分にも丁寧な物言いをしたメイラ種の後ろ姿を目に焼き付けていた。そして自分の体が、わずかに汗をかいているのに気づいた。
仕事の汗じゃない。嫌な汗。
あんなに優しい人に、おれは何を?
自らの肉体を不審がる子猿であった。
「カネさん!今お茶用意します!」
「いいえ。お構いなく」
獣舎管理事務室。昼前の突然の上司の来訪に、テンクウは猿族特有のワイルドな体毛を逆立てながら、懸命に対応しようとしていた。
穏やかな物言いのカネを前に、しかしテンクウは身を引き締め、緊張を隠せなかった。
カネは無駄な動きをしない。ここに来たという事は、必ず何かある。
それは何か。
まさか、ミキメの野郎が勧誘した新入りが、何かヘマを・・・。
「あの新入りさんについてなんですが」
「ああ!はい!カネさんに何か失礼な真似を・・・!」
「いえいえ。あ、頂きますね」
ミルクと砂糖を入れて、テンクウの出してくれたコーヒーを一口飲み、カネは話し始めた。
「ミキメさんからお話を頂いたんですよ。テンクウさんが新人さんをいじめてるんじゃないかって」
「!?・・・ち、違いますよ!ミキメは何も分かってないのに口だけ出すんですよ!」
「なるほど?」
「そりゃあ・・・優しいやり方じゃあなかったですけど。いじめてはないっすよ」
向かい合う2人。カネの落ち着いた口調に、テンクウもなんとか落ち着きを取り戻した。
「分かってますよ。テンクウさんがそんな男じゃないって事は」
相変わらず、カネの声は優しい。
「え。はあ」
「でも、ミキメさんはいじめてるんじゃないかな、と思ってしまった。それはなぜか」
「なんでか?」
何故?
「夜の食堂で、ミキメさんは腕の折れた子猿さんに出会ったそうです。腕が折れたまま食事をしていたとか」
「え」
その驚き。その表情を見て、カネはテンクウを改めて評価した。
やはり、裏表のない男だ。
「お知りでは、なかった?」
「は、はい」
「なぜです」
静かな、怒気を全く感じさせない詰問であるが、テンクウはまるで生きた心地がしなかった。
「それは」
「管理をされていなかった。からですね?」
「・・・はい」
その声の響きに。穏やかながらも真剣味を増したその声に、テンクウは己の命の灯火が消えかけているのを感じていた。チンツー種でもさらに弱者に分類されるであろう自分では、一切の抵抗も出来ず、ここで死ぬ。
「大丈夫。恐れないで」
恐れを表に出す前に、カネからテンクウへ優しい声が飛んだ。
「は、はい」
びくっと。身を震わせながらも、テンクウはまだカネの目を見れた。
「あなたも。私も。そしてイブーも、あの子猿さんも。全ては魔獣軍団の財産です。全てはヒポリ様の持ち物なのです。あなたはその一部を任された責任者。どうか、その自覚を持って下さい。あなたなら、出来る。だから任されているのですから」
「は、はい!」
なんだか分からないが、認めてくれている。それだけは理解出来たテンクウは、力強く応えた。
「そして私はここ、魔都本部の管理責任者。魔獣軍団を損なう者があれば、処理しなければならない者です」
「・・・・・は、ははははははっ、い」
今度こそ、テンクウは恐怖をこらえきれなかった。その身の震えが伝わり、椅子までが音を立てて揺れている。
カネの言葉の意味を理解出来たがゆえに。
次は無い、と。
「もしあなたを切れば、私もその責任を負う。あなたに獣舎管理を任せたのは、私ですからね。どうか、私のためにも、お願いしますね。まだ弱い子猿さんですが、将来はあなたと共に、広くなった獣舎を監督せねばならないのですから」
「はいっ!!我が命に代えましても!!」
椅子を倒して立ち上がり、テンクウは誓った。
己を買ってくれる者に。
か弱い子猿だった己に。誓った。
「ミキメさん」
「!」
獣舎事務室から出て来たカネは、すぐそばにある公衆トイレに向かって声をかけた。
すると、中からは確かにミキメが出て来た。
「お気付きでしたか」
「たかが亀が、ですか?」
「いえいえいいえいえいえいえいえいえいいえいえ!!?」
ミキメもテンクウと同じく、カネに睨まれては生きては行かれない。全力で否定した。
「冗談です。すみません」
「心臓が3回は止まりましたよ・・・。勘弁して下さい」
「おや」
たった3回か。カネは冗談でなく、そう思った。
その意外そうな表情を見て、このままでは死ぬと感じたミキメは、とっとと己の用事を済ませる。
「ありがとうございました」
ぺこり、と。まるで件の子猿のように、ミキメは頭を下げた。
「これも私の仕事です。スカウト、頑張って下さいね」
「はいっ!」
この大声は事務所の中にテンクウにも聞こえていたが、まーた何かお喋りしてやがんな、としか思われなかったのでセーフであった。
昼食を終えた子猿は、朝に言われていた通り、馬の世話に来ていた。
輸送用盾車やヒポリなどの貴人用の機動の要。魔獣軍団の裏の主役。
その軍馬の世話を仰せつかっているのは、実はかなり名誉な事だが、掃除に汗を流す子猿には、いささかの関係もなかった。
「・・・やってっか」
と。珍しく、仕事中にテンクウがやって来た。
子猿は朝の挨拶時以外、テンクウには会っていない。仕事の手順などもさらっと教えてもらって以来だ。昨日も今日も。
「はい」
「・・・今日は。ケガしてねえな」
「はい」
かすり傷、軽い切り傷などはあるが。それらはケガには数えられない。それは子猿もテンクウも、言わずもがなの事。
「あー。なんだ」
「はい?」
意味の分からぬ文言をつぶやくテンクウを前に、子猿もまた手を休め、立ち止まった。
「・・・分かんねえ事があったら。聞け。危なそうだったら。その前に、おれに聞け。良いな」
「はい」
「おう。それだけだ。・・・メシもちゃんと食えよ。タダなんだから」
「はい。・・・ありがとうございます」
その言葉を聞くと、テンクウは急いで振り返り、出て行った。
部下を持ったのも、誰かにこんなに丁寧な礼を受けたのも、初めてだったから。なんだか涙が出て来て、顔を見せられなかった。
慌てて帰ったテンクウを見送る子猿は、そんな事はつゆ知らず。残りの仕事を夕暮れまでこなし、この日は無事に過ぎた。
「今回の魔獣軍団の被害報告。ご苦労様です」
深夜を回り、もうすぐ朝になろうかという時間。カネは、小柄なオリンキーの来客を迎えていた。
ノウマである。
「いえ。出撃したイブーの残りを数えるだけの仕事でした。「エリート」には怪我人のみ。良い結果でしたな」
「ふむ・・・」
とは言え。8千からのイブー突撃部隊の残りは、わずか100。
本隊を守るために使い潰した、名誉の戦果。魔王様からのお褒めの言葉も頂いている。
それでも。魔獣軍団はエリート以外の戦力をほぼ失った。次の戦争は10年後。イブーが成獣になり、戦えるようになるまで、最低でも5年はかかる。そしてどれだけ繁殖が成功しようと、頭数をそろえるためには今から2世代後を待つ必要があり、少なくとも15年の月日がかかるだろう。
つまり。
次の戦争には、参加出来ない。
「相手が相手でしたからな。私もほとんど死を想っていました」
「ああ。ノウマさんは、本隊付きでしたね。お互い、生き残れて良かったですね」
カネは最前線に居た。ノウマは魔獣軍団移動本部に。それでいてお互いに生存を喜ぶ。
敵に、ものすごく足が早くて、手がつけられないほど強いのが、居た。そいつを先頭に人族は戦場を引っかき回し、速度に劣る壁部隊はその能力を発揮しきれなかった。ゆえにヒポリが壁になった。
「ヒポリ様には?」
「お加減の様子見は必要でしょうが・・・。魔王様のお側におられるのであれば、私の診察よりはるかに確かでしょうな」
そのノウマの答えに、カネは含み笑いをこぼした。
カルスを湯水のように消費して、ヒポリの生はつながった。ほとんど胴体を両断されていたのだから、無理もないが。
その状態で、ヒポリは敵最高の戦士の剣を食い止め、魔王の攻撃機会を我が身で作り出した。
この戦果によって、魔獣軍団はこの戦争最高の栄誉を頂き、ヒポリは魔王城の賓客となっているのだ。しばらくは帰って来るまい。
先ほどのカネの問いは、その状態にあるヒポリがノウマの診察を受けられず(ノウマでは魔王城に立ち入れない)に、大丈夫なのか?という意味で。
ノウマは、魔王腹心の部下がヒポリを診ている、と答えたのだ。
そしてその上で、カネがノウマの答えを笑った理由。
ノウマの謙遜を笑ったのだ。
ノウマの医療技術は、魔都10医に数えられるレベル。オリンキー出身、つまり魔獣軍団に属していなければ、既に魔王お抱えの本隊に配置されているだろう実力。
そんな者が何を言っているのか、と。
「私もようやく眠れますわ。カネ様もご自愛下さい」
「私は体質的に眠らなくても平気ですからね・・・。ですが、ありがとうございます」
ノウマを見送り。新たな仕事に精を出していると、朝が来た。
ブラスの鳴き声が白い夜明けを告げる。
魔都の朝が来た。
子猿もミキメもテンクウもノウマも。皆がメシを食い、皆が働き、皆が生きる朝が来た。
今日も新しい一日が始まる。




