紅蛇のサント。
ガサリ
わざとらしい、落ち葉を踏む足音。レインはその音を聞く前から、周囲に近付き過ぎた気配を察知していた。領土決定戦に参加している斥候かと思い、自分達は動かずやり過ごそうとしたのだが。
違うようだ。
「勇者レイン殿と拝見します」
「おっしゃる通り、私がレインです。どちら様でしょうか?」
足音を立てて、ゆっくりとレインらの座る木に近寄る1人の女。レインより年かさであろうが、かなりの腕利きと見た。
服装はゆったりとしたシルエット。つまり、隠し武器を仕込み放題。特殊部隊の者か。
「ラアブレイ帝国皇族護衛部隊、紅。部隊長、サントと申します」
「紅。紅蛇の方ですか」
レインも個人的に何人かの親衛隊とは顔見知りだが、同世代以外はあまり分からない。
しかし紅蛇の名は知っている。
皇族の中でも、皇母直属の精鋭。年齢的に引退を迎えた親衛隊、その中でも実力で最上位の者だけが招集されるという。
水林の中、音も立てずに皇族を守る、紅い蛇。それが紅の護衛。
だが。その守護部隊が、ここシャダンの森にまで出張っているという事は。
紅には、裏の顔がある。正規部隊を使えぬ、軍規に触れるような任務。帝国の影を受け持つのも、紅や蒼、碧の役割だ。
今回はその、裏の正規任務。
勇者の暗殺に来た。
「これは、お土産です」
サントが所持していた、少し大きめの箱の中からは、塩漬けの人間の生首が。レインは箱が開く前から我が子を後ろに回していたため、トレインには見せずに済んだ。
ズイキの頭部を。
「我ら一同、伏して謝罪致します。どうかお許し下さい」
そう言って生首を放り出したサントは、森の中、綺麗な土下座をした。地面に頭をこすり付けて。
いかにレインが勇者であっても。いかにレインが世界最強の実力を持っていても。
この事態に、即座には答えを出せなかった。
ゆえに考え込み、敵の策に落ちた。
「・・・・!」
レインは子を抱いてすぐさま別の木に飛び移り距離を稼ごうとした。
ドサリ
そして、木から落ちた。
サントは土下座の姿勢からゆっくりと身を起こし、レインの様子を丁寧に観察した。
四方から撒いた粉末毒。勇者の肉体にも効き目があったのは、僥倖。
人数は・・・ちゃんと2人居るな。勇者とその息子。レイン殿のマントに隠されているが、ふくらみで分かる。
サントは一切の感情を見せず、腰元の隠しポケットから短剣を取り出した。
「今」
その一声で、サント含む4名が一斉に勇者の肉体に殺到した。
サントは、この状態にあってさえ、レインへの警戒心を解いていなかった。まだ呼吸がある状態の人間に油断する精神性は、親衛隊になってからのサントは持ち合わせていなかった。
ザン!
倒れた、身動きの取れぬ状態から発せられながら、その剣閃に反応出来たのは、サントだけであった。
3人分の真っ二つになった死体を盾に、サントは木の陰に隠れた。
一ヶ月前まで死に体だったはず。しかも今は毒煙を吸っている。それで、これか。
サントは右腕の止血を施しながら、次の戦術を練っていた。
サント自身も完全には回避しきれず、短剣を握っていた右腕の手首から先を失っていた。
実戦の勘が完全に錆び付いている。今の自分は、大力を持った素人に過ぎない。レインは毒に蝕まれた体で、そう悟らされていた。
並みの人間に遅れを取るとは。
レインの体には、新たな毒が付与されていた。右足に差し込まれた短刀に塗り込められていた致死毒が。
「ご子息の命は保証しましょう。お子様には何の罪もない。どうか、トレイン君の命を、あなたの盾にされませぬよう、お願い致します」
サントは、我ながらこれに誰が騙されるのか、というセリフを吐いて、時間稼ぎをしていた。
時が経てば、勇者は勝手に死ぬ。短剣に塗っておいたのは、南方諸国で猛獣狩りに実用されている猛毒。実績のある毒だ。
サントは勇者を倒さねばならん。
「失敗した?」
「は、はい。レイン殿に察知され」
ズイキは指を完治させる前に、水林城に向かった。自らの失態を皇母様にお知らせし、我が身の進退を相談するために。
母堂様の御前にはいつも通り護衛の姿もあったが、彼女らの事は気にしなくて良い。定期検診の際にも居るのだから。
「現在の摂取量で、勇者はいつ死ぬのだ」
「・・・死にません。レイン殿に服用させていたのは、身体能力を低下させる働きのある薬物です。それをもうしばらく続けていれば、心肺機能の低下とともに死に至りました。しかし、摂取を途中で切り上げたなら、毒性が抜けるにつれ、健康体を取り戻すでしょう。もちろん、全盛期に戻るには大変な時間が必要です」
既に、常人であれば100回は死んでいるであろう量を摂取させているのだ。しかも間を置けば、勇者の肉体は治ろうとしている。
ズイキはやっと、勇者がどれだけ人類を超越しているのかを知った。
「ふむ」
1つ息をついて、皇母は考えにふけった。
結論が出るまで、そんなに時間はかからなかった。ズイキにとっては長い時間であったが。
「サント」
「は」
「やれるか」
「もちろんでございます」
返事は即座に返され、声色にも変化はなかった。サントは普段のように母堂に答えた。
名を呼ばれた時点でこう答えると決まっていた。し、それ以外の答えは、サントには無かった。
「無理はするな」
「では。策を講じてもよろしいでしょうか」
裏の手口を使っても良いか?という確認だ。
「任せる。トリキアの邪魔にならぬ限りにおいて、許す」
「はっ」
そして紅蛇は動いた。勇者に動揺を与えるためだけにズイキを殺し、勇者殺害のプランを練った。
事態がここまで進んでは、もはやサンゾウに知られず行動するは不可能。とにかく先手を打って、勇者を殺害。その後、母堂様の意を伝える。勇者が死んだ後では、サンゾウと言えど、取れる選択は限られる。皇母排除のメリットを打ち消しておけば、なんとかなるか。
全ては皇族のため。
ラアブレイ帝国に、天は2つ要らない。
皇帝の威信に陰りを生じさせる。その可能性を持つ勇者は、排除せねばならない。
勇者などという怪物は、もはや人類には必要ないのだ。
人間は、人間が守る。
勇者は、要らない。
皇母、ラアブレイ・ヨルギ・ギウの思想。それに忠実に、サントは動く。




