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魔界猿雄伝  作者: にわとり・イエーガー
過ぎ去りし夢。さらば愛しき人。
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名医ズイキ。

 帝国一の名医ズイキなどと呼ばれて舞い上がり、皇母様の主治医をおおせつかり、人生も安泰。


 それが、どうしてこうなる。


「・・・は?」


「勇者レインにお前を付ける。殺せ」


 いつものように水林城にて母堂様の健康診断を終えると、いきなり告げられた。自分の耳を疑うような内容を。


「・・・・・・勇者、レインとは・・・・その、どの・・・」


「馬鹿者。勇者とは今代のただ1人よ」


「は・・・」


 ご冗談を。とは言えない。皇母様は冗談を言わないし好まない。


「方法は任せる。最悪、露呈したとして、お前は逃がそう」


「・・・・・・・」


 勇者レイン。誇張なく人類の守護神。最近、出産を無事に終えて、赤ん坊も元気と聞く。それを何故。それにどうやって。


 勇者ともなれば、ダン、ジャウルからも医者が来る。我が名をもってしても複数の医者のチェックは免れない。バレたらその瞬間に終わる。母堂様は救って下さると言うが、その場で斬られる可能性すらある。


 知名度の少ない毒を使わねば・・・。



 この時、ズイキに、母堂に対する反抗の意は全く無い。もっと言えば、ラアブレイ帝国の重鎮に向かってものを言える人間の方が、希少なのだ。


 やれと命ぜられれば、やる。それが普通の人間だった。



 しかし。ズイキは医者であって学者ではない。一般的な治療に用いられる薬物・・・分量次第で毒ともなりうる・・・ならいくらでも入手出来るが、それでは簡単に判明してしまう。勇者の死因。必ず判明するまで調査されるだろう。ジャウルなどは、国王自ら圧力をかけて来るはずだ。その時、皇母様は出張らないはずだから、自分を守ってくれる者は居ない。おそらく、死刑になりかけた段階で逃してくれるか、恩赦おんしゃを頂けるのだろうが。


 どうする。


 ズイキは数日に渡って悩み続けた。


 しかし、これを天啓てんけいと言うのか。名案は、思わぬ所にあった。


「・・・?」


 帝国本国内の緑豊かな住宅街。森林の全てに手入れがなされている人工の自然環境の中に、ズイキの家もある。


 その広い裏庭で、ズイキは信じられぬモノを見た。


 大急ぎで部屋に戻り、図鑑を漁る。植物図鑑・・・違う。古生物図鑑・・・近い。魔界図鑑・・・これだ!


 古生物図鑑と魔界図鑑の両方を持って、再度裏庭に。そしてそこに生えている、ある植物と見比べる。


「・・・本物だ・・・」


 マカイインゲン。文字通り魔界原産種であり、現在の人間界では絶滅しているはずの植物だ。普通のインゲン豆と違うのは、その豆の全てが毒性を持ち、食した相手を宿主として増殖していく点。つまり、マカイインゲンは、自ら相手を殺して増えて行く、動物にも似た性質を持っているのだ。


 ただし現在では消え失せている事実からも察せられるように、避けるのは難しくない。通常の豆とは明らかに違う大きさと色合い、それに風味。こうして見ていても、すぐに分かる。ゆえに古代人らは頑張って、マカイインゲンを根絶やしにしたのだろう。


 だが目の前にこうして存在する。ならば、話は一気に簡単になる。


 これを使えば、絶対に「毒薬」の足取りは掴めない。なにせ私自身、自分の家の裏庭に生えていると、今知ったのだからな。これからは他人に見付けられぬよう厳重に育成する必要があるが、それも難しくはない。薬草を栽培さいばいしている、など言い訳はいくらでも作れる。そもそも家の裏庭には、来客もめったに来ない。家族だけの場所だ。


 きょろきょろと周囲をうかがい、再確認。やはり誰も見ていない。注目する人間はおろか、ウサギやリスさえ。


 しかし。このマカイインゲンはどうやって生き延びたのだろう。それとも、人界の原種ではなく、魔界から流れて来たのだろうか。クオツ森林に入植している者達の馬車にでもくっついて。


「・・・・」


 そして。手段を手に入れてしまったズイキは、自らの罪悪感にフタをしようと努力していた。


 勇者レインに恨みは全くない。尊敬さえしている。


 だが我が主は、母堂様で。


 私は、こうやってしか、生きていけんのだ。



 マカイインゲンをすり潰す。こうすると体内での繁殖能力は失われつつ、毒性のみが残る。これならマカイインゲンの最大の特徴である、人への寄生がなくなり、バレにくくなる。


 母堂様のはからいで、勇者への接触は難しくない。産後の様子を見るとか、理由はいくらでも作れる。


 そして、これを飲ませる。



 このご時世。たった1人殺あやめる事は、大罪か?


 人類に対する裏切り。そこまで分かっていたから、ズイキは自分への言い訳を繰り返していた。


 ・・・私の意思ではない。母堂様の命令なのだ。仕方ない。



 ある意味。ズイキのこの、誰から見ても愚かしい判断を支えていたものは、人そのものの繁栄であった。


 貴人につかえて生きて来たズイキは、軍部の進歩もよく知っている。ラアブレイ帝国の誕生により、人同士の戦争も少なく、世界は穏やかになった。


 そしてなにより、魔族との大規模戦争が全く起きていない現代。


 勇者の価値を本当の意味で知っていたのは、領土決定戦参加者に限られていたのかも知れない。



 こうして勇者は、人の手で葬り去られる事となる。


 ただ。


 人の歴史の内で毒殺など、珍しい出来事でもない。


 言わば、勇者は実に人間らしい死を迎えようとしていた。



 それが無数の魔族を滅して来た者に相応しいか否かはともかく。

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