ヒポリ参上。魔王の思惑。
魔獣軍団は、以前とは少し方向性を変えていた。
「良いぞ!良いぞ!良いぞ!」
よくあれで声が枯れないものだ。獣王ヒポリこと魔獣軍団長ヒポリは、広い修練場を駆け回る飼育員の働きを、魔獣軍団本舎から見ていた。
食用牛と比較しても引けを取らない体格のイブーを乗りこなす猿族。彼の名はテンクウ。猿族の中で中型種に位置するチンツー種。オリンキー種などの強固な肉体を持たない彼が、どうして魔獣軍団を望んだのか。
「勇者を殺れば、おれ達が英雄だ!行くぞ!」
功名心。野心。なんと健全な魔族。
テンクウはその後も一心不乱にイブーを訓練し、集団行動を覚え込ませて行った。若手もそれに懸命に付いて行っている。
満足行くまで見終わったヒポリは、その足を魔王城へと向けた。
ヒポリの乗る馬車が城門前に到着すると同時、開門。魔法師団級の衛兵らが、ヒポリの歩みを見送る。
パタ
と。階段を上るヒポリの肩に止まる者が。
「ヒポリ殿。ご一緒させて頂きたいが、よろしいかな」
「構いませんよ。ガンズ」
ヒポリの感覚では、肩に乗るガンズの重さは知覚出来ない。一応、ガンズの体重は200グラムほどはあるのだが。
2人は階層を上り続ける。長い廊下を歩き、ことごとく衛兵のついている扉をくぐる。
「無用な手間とお思いか?」
「いえ。勇者の目を眩ませるためにも、現在位置を分かりにくくさせるこの城は有用でしょう」
「その通り。魔王様は常に警戒しておられる」
ヒポリはガンズとの会話の意味を考えていた。
この男は、無駄な会話をしない。一見するとお喋りな虫だが、その実、必要な事しか話していない。とは言え、話し込むほど喋れるのも高位魔族に限られ、人前にも滅多に姿を見せない。他人に理解されにくい、魔王の懐刀。
その男からのヒント、だろうか。これを解かなければ、己の身に危険が降りかかる、など。
そこまで認識しながら、ヒポリの歩みに遅滞は全く見られなかった。
魔獣軍団が足を止めるのは、魔王の御前だけ。
恐怖に足を取られる者に、魔獣を名乗る資格は無い。
それは初代魔獣軍団から受け継がれて来た誇り。そして存在意義。
ガンズは己のしがみついている巨大な存在について、少し思いを巡らせた。
ヒポリの8メートル超の体躯は、それを包むマントも相まって、まるで拠点自体が移動しているようでもあった。
魔王様お気に入りの玩具の1つ。それだけでしかないはずの生物。
だが、なんたる存在感か。魔法師団の若造も類稀なモノを持っていたが、我々にはこちらの方が光って見える。
あるいは魔王様にも届き得る器か?
ガンズは自身の脳の生み出した思い付きを、記憶に留めた。
反乱の気配は毛筋ほども無いが、起こり得るかも知れないモノは、知っておかねばならない。
担ぎ上げる者が居ないとは、限らないのだから。
「足労だったな、ヒポリ」
「魔王様の下に馳せ参じるは、我が喜び。労など微塵もございません」
普段通り。玉座にある魔王、シャアルネルラは退屈そうであり、少しばかり、楽しそうだった。
魔王と1体1で会話する事を許されている数少ない配下の1人であるヒポリは知っている。
用が無いのであれば、それが将たるガンズでさえ、この場で消し飛ばされる。勝手は許されない。
つまり、最初から2人で一緒にこの場に呼ばれていた。
「ヒポリ。魔獣軍団はどうか」
「イブーの育成が順調に進んでおります。下位魔獣とは言え、イブーの突進力は人間相手には十分。敵戦士団クラスを我らエリートが抑えておけば、ジョウゴ、凶鳥との連携で、必勝と考えております」
魔王はヒポリの答えに、頷きを返した。当然のように、下位魔獣の知識がある。これが王器。
「ガンズ。敵に予定外の強者はあるか」
「ございません。領土決定戦に、勇者はおそらく出ませんですじゃ。よしんば出たとして、巨石族をぶつけて消耗を誘えば、それだけで終わるはずと考えておりますじゃ」
流石に知虫軍団の情報網は違う。ヒポリが一歩たりとも足を踏み入れた事のない人間界を、知り尽くしているかのようだ。
「私は今回の戦を重要視している。ヒポリ。敵も同じ考えを持っていたなら、どうなる?」
「・・・敵味方とも、死力を尽くし合う戦い。敵は、死兵となって襲い来ましょう」
「ヒポリ。お前を失うのは、惜しい。ゆえに命ずる。命を懸けて戦い、敵を打ち砕き、そして生き残れ」
「承知しました。ご命令に従います」
軽やか、と言って良いほど、ヒポリの返答はすらすらと出て来た。
その様子に、ガンズは震えた。魔王子飼いとして生きて来たガンズは、実戦経験を持たない。だから目の前での淡々とした命の勘定に、震えが来る。
魔王は配下に言葉1つで命を預けさせ、配下もそれを即座に受け入れる。
「では、帰って良い。ガンズ、お前は少し残れ」
「はっ」
ガンズとの用件とは。気にはなっても、ヒポリはそんな素振りを一切見せなかった。
ヒポリが去って、たっぷり1分間。無言の内に時は進み。
「ガンズ。予定外の動きは」
「海上勢力が若干想定を超えておるようですじゃ。どうやら「竜殺し」のレックス王が参加する様子。上陸されれば、魔法師団以外で止めるのは至難となりましょう。海上にある内に沈めるのが得策と存じますじゃ」
「ミリアステリオに伝えておこう。他には?」
「敵新兵器の威力は、お伝えするのが難しく。こればかりは、軍団の皆様に見て頂くしか」
「10年だからな・・・」
10年。前回の領土決定戦から、それだけの時間が経過している。人間も様変わりしたか。
しかし。
魔王が直接魔界全土を巡っても、魔軍戦力を強化する事は叶わなかった。
ヒポリ級とは言わない。それなりで構わないのだが・・・。それでも数はそろわなかった。
理由の1つは、魔界の繁栄。文化的にも隆盛を誇る魔都には、軍団以外にも山ほど仕事がある。戦士として魔軍に参加せずとも、生きていけるようになった。
もう1つは、純粋な不作。今まで魔軍に魔族最精鋭を取り上げ続けたため、魔界に生き残っているのは、それ以下となる。これは魔王である自分の責任。
時を稼ぐ。もしくは、今のやり方を変えなければ。
シャアルネルラの認識では、魔族は、淘汰の時を迎えていた。




