勇者の家庭。
「1万の人間と1万の魔族がぶつかります。勝つのはどっち?」
「魔族。1万の人間には子供やおじいさん、それ以外にも戦えない人が多く含まれる。けど、魔族は魔族というだけで強いから」
「正解。我々と彼らでは、存在の根幹からが違う。畏れを忘れ、敵を侮ってはいけません」
「うん」
我が子の聞き分けの良さに、レイン・トーカーは微笑んだ。
起き上がれぬ身でなければ、抱きしめて褒めてやれたのに。それだけが口惜しかった。
勇者レインは、その戦力の9割を喪失。一般人以下の体力で毎日を過ごしていた。
帝国本国に住居を用意され、護衛付きの生活を送っていたが、その実用的価値は既に無かった。帝国からの報償として、今後の人生の全てのサポートが約束されているため、不自由ではあっても、不足はない。今も定期的に医者に診てもらっている。
戦えない体。聖剣ももう、何年も握っていない。
戦い以外を知らないので、子供にも戦術や戦略しか教えられない。その過程で言葉の勉強も出来ているはずだから、まあ良いとしてもらおう。
こんな体になってしまって。戦うしか取り柄のない私が。
そんな自責の念も、飽きた。
今は子供の教育が忙しくて、それだけを考えて生きていられる。
惜しむらくは、我が子には戦士としての才はなかった。トステンの子という事で、周囲からはかなりの期待をされたものだが、残念ながら常人並み。
勇者の能力は血統によって受け継がれるものではないので、そこは最初から考えられていない。
だが我が子は、私の言う事をよく聞いてくれる。昔話も講義も、飽きずに聞いてくれる。
幸せ。
「帝国図書館を総当りしました。ですが、やはり文献にも勇者特有の病というものは、発見出来ませんでした」
「・・・だろうな。有るのなら、それは伝説化され、我々の耳にも届いているはず。ご苦労だった」
軍師サンゾウは図書館館員らを労い、最後の希望が絶たれたのを実感した。
人類最大戦力が、計算に入れられない。
たった1人のために、サンゾウは魔界侵攻作戦を中断するべきかどうかまで迷っていた。
子を産んでからの、レインの体調不良。産褥ではないらしい。帝国随一の名医まで付けて、なお原因不明。
勇者の戦力だけを計算しているはずのサンゾウですら、その輝きなくして魔族と戦う事の恐怖を思うと震えが来る。
勇者レイン。本来なら、あと20年は全盛期のまま使える戦力が・・・。
次の勇者が出るまで待つか。それもアリだが。
一度、自分で聞いてみるか。サンゾウはトステンの在宅時間を聞き、家庭訪問を行なう事にした。
30才を過ぎたトステンは、戦士団団長としてその力量を完全に開花させていた。
防御都市ダンにある修練場。その一角を専用スペースとして使っている戦士団。トステンはそこで、いつも通りの修練を積んでいた。
コッ
小石を1つ、中空に投げる。
フッ!
投げた石に追いつき、空中で真っ二つに切り裂く。
ダン!
更に切り捨てた小石を足場に飛ぶ。
その後、空中で数千回の斬撃をこなした後、着地。
言わずもがな、対魔法師団用の戦法だ。
妻、レインが体調を崩し始めてから、トステンの成長速度は爆発的に加速した。最愛の妻を失いかねない恐怖。最強の勇者を失いかねない悔しさ。得物を握るたびトステンの集中力は深まり、その器を最大化させていた。
端的に言って、今の人類では、おそらく最強。
若い戦士団らも、順調に成長。かつてのトステンらに追い付こうとしている。
「団長!サンゾウ殿からの使者の方が来られました」
「おう」
ダン兵舎の事務員が呼びに来てくれた。
サンゾウ殿。皇帝陛下の懐刀。おれ達にとっての恩人。
だが何用だ?今時分に。
帯刀したまま本舎の応接室に向かい、サンゾウの使者と話し合う。
「サンゾウ殿自らが・・・」
「はい。こちらまで、機関車も開通しました。わずか1日です」
「レインはまだ、起き上がれないのですが」
「そのままで構いません。レイン殿のお体に障りなければ、お伺いしたいと申しております」
「人と喋るぐらい、大丈夫です。こちらはいつでも構いません。おれがダンを離れる用事は、めったにありませんし」
「承知致しました。確かにサンゾウに伝えます」
深く頭を下げ、サンゾウの使者は帰って行った。護衛とお付き、10名ほどを引き連れ。護衛は間違いなく親衛隊見習い、しかも顔見知り。つまり、本物のサンゾウの使者だった。
ダンの守護将軍、リグの話によれば、使者はきっちり全兵装のチェックをして帰って行ったそうな。
年に一度の演習の時期はまだ。この唐突な訪問に、リグ将軍も驚いていた。
3日後。朝もやの残るダンに、特別列車がやって来た。皇帝専用車の次に重要な車両。帝国軍高位武官用車両である。
「良い気構えだねえ」
駅まで迎えに来ていた馬車に乗り、入門。お付きと護衛を引き連れたサンゾウは、ダンに入るなり、そうつぶやいた。
魔族の奇襲を警戒する城門の見張り塔。そこに居る兵と目があったのだ。
ちゃんと見ている。訓練は行き届いているようだ。
気を良くしたサンゾウは、そのままダン防衛隊本舎に。
守将リグとの面会。トステンも交えながら、魔族の「雰囲気」について話を聞く。
その後、訓練風景を見学。リグからの要望、希望などを実地で聴取し、帝都に持ち帰る情報を入手。
そして夕刻。
市街地から馬車で20分。ダンの中でも高台に位置した見晴らしの良い一等地。勇者自身の望みと、帝国側の要望とが合わさった結果、ここに勇者の住居が用意された。
「遠路はるばる、ようこそおいで下さいました」
「いえいえ。こちらの視察も出来て、一石二鳥ですよ」
サンゾウとレインは、何度か顔を合わせている。作戦製作畑と実践畑で分かれてはいるが、時折の会合でちゃんとコミュニケーションを取っていた。
トステンはまだ帰らない。一緒に行くつもりだったが、トステンは買い物に向かった。先に行って待っていてくれ、と言われたので、その通りに。
通されたレインの部屋は風通しが良い。ゆるい風が流れる。
「マリーはちゃんとやっていますか?」
「私の生活は、マリーのおかげで成り立っています。彼女がどれだけ献身的に支えてくれている事か」
マリーとは。現在、この家の台所で夕食の支度をしている、勇者の家の家政婦である。
元皇帝親衛隊見習い。レイン付きのボディガードを探していたサンゾウが軍部から引き抜いた、一般家庭の娘だ。家事一通りをこなせ、武力も十分。親衛隊への憧れも強かったが、そこは勇者の名前で押し通した。常時警備と家事手伝いの勤務で、親衛隊基準の報酬。軍を完全に抜けるわけではないので、ご家族への説明も不要(身分は特殊警備員となる)。マリーも、最後には折れてくれた。
家の外には、そもそもダン守備部隊による軽い警備網が敷かれており、勇者をわずらわせる可能性のある存在は、近寄れもしない。
そこを突破する者があれば、マリーが止める。そのための存在だ。
コンコン
「失礼します」
軽いノック音と共に、噂のマリーがやって来た。客人用のお茶を持って。
「マリーさん。レイン殿から褒められていましたよ。あなたを推薦して良かった」
「どうも」
少しニヤけながら、マリーは頭を下げ去った。
・・・若い子の気持ちは、結局よく分からないな・・・。サンゾウは三十路を過ぎた己の年齢を改めて感じた。
「お待たせしました」
茶を飲み干す前に、トステンも帰って来た。買い物袋を抱え、小さな子供も一緒だ。
「トレイン。ご挨拶なさい」
レインに促され、子供がお辞儀をする。
「初めまして、お客様。トレイン・ミニッツと申します」
「初めまして、トレインさん。私はサンゾウ。あなたのお父様、お母様に大変お世話になっている者です」
サンゾウは実はトレインとは既に会っていたりする。と言っても、赤ん坊の頃の話。トレイン自身は全く覚えていないだろう。
昔、帝都にて出産を終えたレインのお見舞いに行った時、皇帝と共に見たのだ。
戦士としての資質は無いらしいが、この子ならそれなりの官僚になれるのでは。頭脳と押し出しは悪くない。ちゃんと励めば、職に困る事もなかろう。その気があるのなら、私の下に来ても構わない。
サンゾウのトレイン評価は、決して低くなかった。
夕食の席は穏やかに進んだ。年齢を重ねたトステンは落ち着きを得て大人の男になっていたし、トレインもお喋りな方ではなかった。そして誰より食が進んでいるマリーを見て、マリーは確かにこの家に受け入れられているのだろうな、と悟ったサンゾウであった。
「あれれ?じゃあ仕方ないですね!」
3人の目をちっとも気にしないマリーは、流石親衛隊見習い、と言い切りたいほど大物だった。
トステンとサンゾウに注いだワインを2人共飲まなかったので、マリーが1人で飲み干したのだ。
そしてマリーは後片付けをする前に、酔い潰れてソファで眠りこけてしまった。
「すみませんね。私が推薦した者が」
サンゾウは苦笑いを止められなかった。
「いえ。豪胆さ、知性、共に尋常ではない。サンゾウ殿が推薦されるだけの事はありますよ」
言うまでもなく。帝国の頭脳たるサンゾウが来ている以上、この家の周囲はぎっちり固められている。
マリーがそれを考慮したのかどうかは不明だが、今、この家を襲える者は居ない。それだけは断言出来る。
トステンはゆえに、マリーとサンゾウを褒めた。
トレインをレインの横に寝かせて。そのまま、男2人が酒を飲まなかった理由、会議が始まる。
「レイン殿。正直な所をお聞かせ下さい。・・・どれぐらい戦えますか」
「・・・5秒、でしょうか」
「そうですか」
サンゾウは予想通りの答えを、あっさりと受け入れた。むしろ、その答えをさらりと出して来たレインに、感嘆していた。
「次の領土決定戦の話ですか?」
「いえ・・・」
トステンには会話の流れがまだ掴めていなかった。
サンゾウほどの男が来る理由にしては小さい。普段なら、帝都にてドンスなどの決定戦の専門家と話し合いを持つのに。
少しの間を置いて、サンゾウは一番聞きたかった事を聞いた。
「率直にお聞きします。次の勇者は、いつごろ誕生するのでしょうか?」
「分かりません」
答えたのはレイン。しかしその声色には感情の揺れは感じ取れなかった。
「次の勇者」を期待されている事に、悔しさがないではないが。
力の衰えは、自分が誰より知っている。
「ジャウル王より聞き及んだ所によると、その間隔は数年であったり、数百年であったりだとか。レイン殿にお聞きしたいのは、勇者にはその間隔は分からないのでしょうか。例えば、もうすぐ新しいのが現れそうだ・・・など」
「全く分かりません。私自身、生まれた瞬間から勇者であったかどうかすら不明なのです」
物心ついてからだ。レインに勇者の自覚が芽生えたのは。
当然、他の者の目覚めなど、分かろうはずもない。
「そうですか。分かりました。ありがとうございます」
残念ではある。残念ではあったが、聞きたい事は聞けた。サンゾウはレインとトステンに礼を言い、席を辞した。
「何名か、周囲に残して行きます。マリーの代わりに」
「ありがとうございます」
玄関まで見送りに来たトステンが礼を述べた。これは純粋なサンゾウの厚意。ありがたく甘えた。
そしてトステンは、玄関の外まで付いて来た。
サンゾウもそこで立ち止まった。
「トステン殿。次の、来年の領土決定戦。出られますか」
その声は、先ほどまでとはまるで違う、冷たい声であった。
「無論。例え魔王が居ても。いやだからこそ、おれが出なければいけない」
魔王相手に生還出来ると思えるほど、自惚れてはいない。
だが、レインが居ない今。他の者を犠牲にするより、自分が出た方が、少しでも全体の被害を減らせる。その程度の力はある。
「最前線で戦ってもらうつもりです。心残りを片付けておいて下さい。トレイン君とも、いっぱい遊んであげて下さい。私に言える事は、それだけです」
「お気遣い、ありがとうございます。レインとトレインの事、よろしくお願いします」
「もちろんです」
堅い握手をして2人は別れた。
次の決定戦に出なくとも、おそらく罰などは無かった。そして自分が死ねばレインとトレインを悲しませる。
それでも何もせず逃げる選択肢だけは、無かった。
もしもこの世に魔族がおらず、また人間同士の戦争もないのなら。
自分もお役御免。畑でも耕すか、工事にでも加わるか。違う生き方があったのだろう。
しかし、現実には魔族が存在する。人類を敵とみなす勢力が健在である。
ならば誰かが戦わなくてはならない。
おれは、滅ぶのを待つだけなんて、嫌だ。
おれ達が動物や植物を殺して生きているように。
魔族もおれ達を殺して生きている。
どちらかが正しいわけじゃない。
だがおれは人間だから。人間のために戦う。
この時代。
トステン以外の何者だろうと、戦い、相手を殺す事以上の平和への道程など、知る者は居なかった。
ラアブレイ帝国皇帝。軍師サンゾウ。魔王シャアルネルラ。謀将ガンズ。
同時代最高の知恵者らをもってして、最高のそれは、戦争であった。




