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魔界猿雄伝  作者: にわとり・イエーガー
過ぎ去りし夢。さらば愛しき人。
22/103

ラアブレイ・ヨルギ・ギウ。

 流れる水の音が聞こえない。水道工事の際に、この場でお過ごし遊ばれる方々の邪魔にならぬよう、技術の粋を集めたため。


 帝都上部。皇帝の座するラアブレイ城からつながる小城。名を水林みずばやし城。名の通り、城上部に吸い上げた水が天井から床に流れ落ちる様は、まさに水の林。


 ラアブレイ皇帝の母、ラアブレイ・ヨルギ・ギウの住居である。


「それで?」


 まだ30を過ぎて間もない。それを考慮に入れても、なお若々しい。


 先代皇帝が見初みそめた美貌びぼう。先代の突然の崩御ほうぎょにも全く動揺せず、帝国の中心であり続けた気骨。自身は皇帝にならなかった深い知性。今なお心酔する配下は数え切れぬ。


晩餐会ばんさんかいとどこおりなく進み、勇者殿の婚約発表というめでたい知らせも。陛下は終始楽しげで・・・」


 答える配下も、き。現役の親衛隊をやるには体力に劣るが、業前はそれを超える、超一流。


「「お前の見た所」を、伝えなさい」


「・・・少しばかり気落ちした表情も見受けられなくも。ですが、多感な時期。時がいやしてくれましょう」


「馬鹿者」


 この場に控える事を許された側近であっても、その一言に、背筋を震わせた。


「世界の頂点に位置する者は、誰か」


「皇帝陛下であらせられます」


「その顔に曇りがあって良いか」


「臣下一同、取り除きたく、一命を賭してかかります」


「では、やれ」


「は・・・」


 ・・・女をあてがう・・・?いや、多分違う。


 陛下を心から楽しませるにはどうすれば良いのか。それを探れば良いのか?


「いかなる手段を用いてでも、勇者をひざまずかせなさい」


「・・・・・」


 無理という返答を許されるほど、軽い立場ではない。


 だが、勇者に膝を付かせるのは、皇帝本人でもなければ不可能。


 サントは、困っていた。


「それは、しかし、陛下のお心にはそぐわぬかと。陛下は勇者殿を重用しておられます。その実力を皇帝陛下として確実に見抜いておられます。その勇者殿に第三者から手出しをされては、快くはないでしょう」


 サントは、なんとか断りの文言を作り上げた。


 どこぞの流れ者の女ならともかく。


 勇者に手を出すのは、絶対に不味い。いかにヨルギ様でも反感はまぬがれない。


 特にサンゾウを敵に回すのは、避けた方が良い。


 「チョウオウの狂剣きょうけん」サンゾウ。チョウオウ国とナト国の決戦の際、チョウオウ王族を犠牲にしながら、ナトを壊滅させた、狂い軍師。戦力比1対8で勝利した手腕を買われ、ラアブレイ本国に勧誘される。その後、トントン拍子に軍内部から帝国の根幹である皇帝直参にまで登り詰めた、成り上がり者。


 ただ、その実力は、本物。


 犠牲を全くいとわぬ代わりに、最大の成果を必ずもたらす、大火たいかの如き男。


 果たして、あの男の犠牲にして良いリストの中に、ヨルギ様はいらっしゃるのか否か。それが分からぬ以上、触れるべきではない。


 サンゾウが陛下のお側を離れるまで、手を出すべきではない。


 勇者レインは確実に、サンゾウの戦力リストに入っている。邪魔だてするべきではない。


 敵ともくされては、かなわん。


 自身、戦士団クラスの実力者、元親衛隊のサントだから、サンゾウを恐れていた。



 母堂様に反逆も出来ず、頷いて帰って来たサントは、宿舎で答えを出した。


 何もしないのが正解。力不足を言い訳にして。


 そうと決まれば楽しい夕食。親衛隊を退しりぞいてからは、量より質、味にもこだわり始めた。若い頃は大量に摂取して体重を増やす必要があったが、今は逆に取りすぎないよう気を付けている。美容とは大変なものだ。


 二児の母、サントは職員用食堂へ向かう。


 ホタルの光を楽しみながら。



 ラアブレイ帝国始め、世界はこれからの歳月をにぎやかに、穏やかに過ごした。


 レックス王国とタルン王国による王族同士の婚姻こんいん。それに続く、シュター海洋国家連合との融合による、レシュタル国家連合の誕生。


 この動きに、帝国は帝国第3艦隊を貸与。レシュタル国家連合を後押しし、皇帝自らがレシュタル国家連合の盟主めいしゅ、レックス・ラギアルスが一子いっし、レックス・ネウルギウムの名付け親となる。


 帝国議員リオック・エルメを主導者とする陸戦部隊もまた、その戦力を進化させる。皇帝からの公認、援助を受け、強力な部隊を育て上げていた。



 そして勇者は、子育ての真っ最中であった。

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