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魔界猿雄伝  作者: にわとり・イエーガー
過ぎ去りし夢。さらば愛しき人。
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シャアルネルラの周遊。皇帝と軍師。

 尻尾の長い者、短い者。模様の綺麗な者、荒い者。同じローン族でも、細やかに見ていけば、それなりに違いがある。


「では・・・ありがたく頂戴ちょうだいします」


「うむ」


 魔法師団上位メンバー手ずから贈り物を捧げ、無事にローン族の長に受け取ってもらえた。


 シャアルネルラは、内心少しほっとしていた。


 魔王は現在、魔都を離れ、諸国漫遊。の名の下に、遺族の慰労に訪れていた。


 ここはローン族の治める土地。名はそのまま、ローン。ラインから複数の都市を挟んだ距離にある。


 空気の乾燥を感じられ、雨が欲しくなる。シャアルネルラは情動のままに、配下の入れた水を飲んだ。


「ラオローンに次ぐ者は、まだおりませぬ。申し訳ない」


「構わん。ラオローンの勇姿は、いまだに私の目に焼き付いている。ローン族の繁栄に期待しているぞ」


 ローン族の長、シャオローンはシャアルネルラの杯に水を満たしながら、謝罪した。シャアルネルラもそれを受け入れる。


 今回の目的はスカウトでない。一族の中で最も優れた若者を魔軍に差し出した挙句あげく、死なれた者達への慰めが、目的。


 魔族は誇り高い。相手が魔王であっても、無体な扱いをする者には反逆もあり得る。ゆえに配慮する。


 雑兵ならともかく、ラオローンやジャーホといったエリートクラスを戦力として計算出来るかどうかは、密接に魔軍の質に関わる。いくらなんでも、魔法師団だけでは、魔王だけでは、人間には勝てない。



 戦闘ごっこをして遊んでいるローン族の子供達を見物し、魔王はローンを離れた。次はジャーホの故郷、ビイロ族の住むビイロに向かう。


 魔軍のために死んだ者達を、魔王が蔑ろにする事はない。


 建前としてそれを喧伝けんでんしておかなければならないし、シャアルネルラは本心としてもそう思っていた。


 魔に連なる者。魔軍にある者。



 つまりは、私の所有物。


 大切に使うに決まっているだろう。



 一見冷酷な発想だが、シャアルネルラに面と向かって文句を言った者は居ない。これは力量差によるものだけではなく、魔族のあり方として、全く正しい事だからだ。


 魔界にも人間界と同じくルールが存在する。ただしそれは魔王の胸先三寸でどうとでもなる。


 強者こそがルールだからだ。


 だから魔王が定めた、魔王が守っているルールを、全ての魔族も守る。


 気に入らないなら、魔王を倒すしかない。あたかも勇者のように。


 ゆえにシャアルネルラは、その芽をなるべく増やさないように、魔界全土から招集したエリートの一族、大被害を受けた一族らを見舞っているのだ。


 実力としては、シャアルネルラにとっては仮に魔族の半数が反逆しようと、脅威にならない。無傷で殲滅出来る。


 だがそれをやれば、人の侵攻を防ぎきれなくなる。


 魔王が魔族を殺すというのは、壁が消滅するという意味になる。己を取り囲む守護壁を自ら打ち壊す羽目になる。


 なんとなれば、シャアルネルラには、全魔族を強制的にコントロールするすべもあるが。これも、半数以上が使い物にならなくなるので、出来ればやりたくない。



 真に自由気ままに振る舞うには。


 王でさえ、力が足りぬ。



「不安と恐怖。夜も眠れない」


「ご冗談を」


 顔を上げもせずに主の言葉を軽く受け流し、帝国軍師サンゾウは再度の書類見直しに入った。


 計略は全て順調に進行中。だがそれゆえ、防備が手薄の感はある。型落ち品を流して、少しは防衛力を上げておかなくては。


「怖いのは本当だ。上手く行く保証がない」


 主の言葉が続いて、流石にサンゾウも顔を上げ、書類から意識を離した。


 珍しい。集中力がもう切れた?


 主の能力を高く評価しているサンゾウとしては、この現象に、主の体調不良を疑った。


「サンゾウ。お前はこんな時、どうしていた?」


「私ですか?本を読んでいました。あまり見回りに行っても、暇だなと思われちゃいますし」


 こんな時。作戦の成り行きを、ただ見ている段階の時。


 ラアブレイ帝国皇帝、第25代ラアブレイは初めての戦略の中、成長していた。


 ラアブレイ・トリキア・ギウ。御年15。家庭教師6名を付けた高等教育が徐々に芽を出し始めた頃。


 彼は魔界侵略作戦を発動していた。


 軍師サンゾウを始めとした帝国頭脳100余名。将軍ドンスを始めとした帝国武官100余名。合わせて200名からの「ラヴァをこぼす」作戦は順調に推移していた。


 実に初代皇帝から続く命題。魔族の根絶。


 それを忠実に実行するのが、皇帝の存在意義。


 そのためには勇者の協力を取り付けるのも重要な使命。


「サンゾウ。・・・レイン殿は、決定戦の疲労も抜けた頃だろうか」


「レイン殿に疲労の概念があるかどうかは疑わしいものですが。式典の類も終わり、今はジャウルに里帰りをしているようです。実家で精神的疲労もやされたと思って良いでしょう」


「そうか」


 ラアブレイは少しうつむいた。


 戦勝会として、内々で食事会でも開こうかと考えていたのだ。ドンスやトステンなど、レインに近い人間だけを呼んで。


 だがまたも気疲れさせるのも。


「レイン殿には、ドンス将軍の方から伝えられます。将軍から見て疲れが溜まっているようでしたら、無理に参加させる事もないでしょう。お呼びしましょうか」


「・・・う、うむ。そうだな」


 それきり、ラアブレイは何も言わず、職務に戻った。



 ・・・これは、母堂ぼどう様には内緒だな。サンゾウは主の心情を、皇帝の母には伝えぬ事にした。いささか子をかまいすぎる嫌いのある母堂様は、レイン殿を毛嫌いするやもしれぬ。


 下らぬ事で、勇者の調子を落とされたくない。こちらの計略とは関係のない所で、勇者の能力は絶対に必要なのだから。


 まかり間違っても、勇者レインの反乱など、もってのほか。


 それを招くぐらいなら、母堂様を殺した方が早い。


 涼しげな顔でサンゾウは、ある程度自由に使える手持ち戦力を思案していた。殺した後なら、陛下も納得して下さるだろう。


 サンゾウにとって大事なのは皇帝であり帝国であり、母君であろうと皇帝「関係者」には、一切の価値を認めていなかった。



 関係者を招いての食事会をエサに、サンゾウはラアブレイの集中力を持たせ、この日の仕事はいつになくはかどった。


 主従の静かな仕事場に、静かな虫の音が届く。


リーン、リーン


「陛下。そろそろ夕食の時間です」


「そうか」


 今年の夏のイベントには、レイン殿を呼んだ方が良いのか?


 主について執務室を後にしたサンゾウは悩んだ。夏の夜会。勇者を招く事に全く問題はないが。


リーン、リーン


 綺麗な音色だ。そうだな。


 陛下との仲がどうなるかはともかく。レイン殿の意向を聞いてから、で構うまい。


 サンゾウはそう結論づけた。




リーン、リーン


「ふむ」


 部下からの連絡を受け取った知虫軍団が謀将ガンズは、魔王にお伝えするべく、内容を整理し始めた。


 相変わらず、全く警戒されていない。こちらからの工作活動を一切行っていないのだから、そうでなくては困るのだが。


 本当に、それだけか?泳がされているのではないか?


 ガンズは自前の猜疑心さいぎしんを、自らの属する軍団や、それを操る自らの能力にまで浸透させ、何十回もの確認を繰り返し行い、ようやく魔王に見せられる文面を用意出来た。


 後は魔王の帰りを待つだけだ。

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