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魔界猿雄伝  作者: にわとり・イエーガー
サルタ、魔界に立つ。
2/103

子猿、ノウマと出会う。

挿絵は柴田洋さんによります。

https://mypage.syosetu.com/863026/

柴田さんのマイページです。

 日暮れの魔都。宣伝看板とチラシを片付け、獣舎に帰って来たミキメは広報用に改造された盾車たてぐるまを駐車場に停めて、やっと一息ついた。そして汗を流すより先にメシ。


「おっ。もう来てたのか」


 駐車場から徒歩5分。宿舎に隣接する最も大きな建物。その食堂に入ったミキメは、意外・・・ではない顔に出会った。


 昼の子供だ。


「はい。晩御飯、頂いてます」


「おう!食え食え!メシが体を作るんだからな!」


 メガッカには珍しい、大きな笑みを形作ったミキメは、毛無し猿の子供の隣の席につき、自分のプレートを置いた。


 ミキメが選んだ食事は、ヒマワリの種100グラム、カボチャの種100グラム、生野菜の盛り合わせ500グラムであった。


 小鉢こばちに載せたヒマワリの種をザラザラとクチバシから流し込みながら、ミキメはちらりと横の小僧の食事を見た。


 空になった小鉢3つ。大皿にはオムレツ。まあまあ食べているようだ。


 が。


「・・・腕。どうした」


「?」


 ミキメからすぐ見える位置。すなわち子猿の左腕は、折れてふくれ上がっていた。


「おめぇの、動いてねえ腕だよ」


「ちょっと」


 それだけ言って、子猿はメシの続きに入った。右腕だけを動かして。


 痛く、ねえのか?ミキメは気になった。


 理由については特に気にならない。どうせイブーかなんかにやられたんだろう。あいつらは気性が荒い上に、知らない匂いにはまるで容赦ようしゃがない。獣ってのは、怖いもんだ。


 カボチャの種を流し込み、生野菜をもりもり食べてから、ミキメは同じく食事を終えた子猿に声をかけた。


「ちょっとついて来いよ」


「?はい」


 子猿は素直に頷いた。



「おう!ノウマぁ!てめえ、怪我人ほっぽってのうのうとしてんじゃねえぞお!」


 威勢の良い怒鳴り声を上げて、ミキメは食堂に隣接する医局に殴り込んだ。子猿を引き連れて。


「ああん?」


 メガッカには平気で声をかけられた子猿でも、このにらみには後ずさった。


 医局、医務室の部屋いっぱいを占領している毛むくじゃらの医者。この時の子猿は知らなかったが、オリンキーの中では小柄に入る。それでもその威圧感は半端ではなかった。オリンキー種独特の敏捷性とタフなフレーム。それらを押し込めた白衣がはちきれそうだった。


「このガキを放ってなにしてんだてめぇ!貴重な新戦力なんだぞ!」


 ミキメはそう言って、その手に抱えていた子猿を医療ベッドの上に乗せた。


「ほう」


 じろり。ただ見つめられただけで、身がすくむ思いだった。ミキメに見られても、どうって事はなかったのに。


挿絵(By みてみん)


「知らん顔だ。スパイか?」


「ちげぇ!!スカウトしたんだよ!」


「お前さんが?」


 疑わしげな表情を隠しもしないノウマではあるが。


 お喋りしつつ、子猿の左腕を触っている。おかげで子猿は涙目だ。今まで忘れていた痛みを気付かされた。


「なあ・・・。お前の職務放棄については忘れてやるからさ。出せよカルス。今なら使い放題だろ?」


「バカ言ってんじゃねえ。こんなガキ相手にカルスなんて使えるか」


 2人が何を言っているのか、子猿には分からなかった。


 ただミキメの言葉に応じて、ノウマが戸棚に近寄り、ポケットから出した鍵で戸を開けて、何かの薬を出したのは分かった。


「なんだよ。素直だな」


「重ね重ね、バカが。戦争が終わったって、貴重な薬には違いねえんだ。ほいほい使えるなんて思い違いするんじゃねえぞ」


 言いつつ。ノウマは子猿の左腕、骨折している部位に薬を塗りつけていった。


 と。子猿の左腕が焼けるように熱くなった。


「大丈夫だ」


 体をはねさせようとする子猿を力強くも優しく押さえ込むノウマを見て、ミキメもほっとした表情を見せた。


「助かったぜ、ノウマ」


 ほっとしたような、安堵したミキメの声が響き終わる前に。


「気にするな。お前の給与から引いとくから」


 ノウマの断言がミキメをたたっ斬った。


「ば、バカ言ってんじゃねえぞ!!んな金あるかよ!」


 本気で焦りクチバシを引きつらせるミキメを見て、ノウマはにやっと笑った。


「ま。帰りの盾車で何個か割れてたしな。1つ増えただけだ」


「ずっとそう言ってたんだよおれは!!」


 ミキメとノウマのやり取りなど気にもせず。子猿は自身の左腕の変化に気付いた。


 痛く、ない。動かしても痛くない。


「どうだ?」


 ノウマの持った木の棒で、腕を軽く叩かれても。


「痛くない。全然」


「良し」


 そう言って、ノウマは2人が入って来るまで座っていたデスクに戻り、なにやら書き始めた。


「新入り。今回は運が良かった。カルスが壊れててな。だが、次はない。なるべく、ケガをするんじゃないぞ」


 ノウマは振り返らず、そう言った。


「おれからも言い聞かせとくよ。あんがとなノウマ」


 ほらお前も。そう促され、子猿もぺこりと礼をした。


「見えねえから!言え!」


「ありがとうございました」


 ミキメのツッコミを受けた子猿はやはり丁寧な物言いをした。


ギイ


 椅子をきしりさせ、ノウマが振り返った。


「獣舎に置いとくのは惜しいな。ウチに来んか」


「へっ。医局なんぞにこの若さはもったいねえよ。行こうぜ」


 堅い翼に促され。子猿とミキメは医局を出る。



「ミキメさん。ありがとうございました。なんか、腕治りました」


 ぺこり。ちっこい毛無し猿の丁重な態度に、なんだかこそばゆくなったミキメだが、言うべき事は言う。


「なんか、っつうか。カルスだな。クッソ高い薬だから毎回頼るわけにもいかねえ。ノウマは適当な奴だが、腕は確かだ。次同じケガをしたら、本当にあいつの言う通り、多分治せねえ。そうなったらここの仕事も終わっちまう。・・・テンクウはなんて教えてるんだ?」


「見て、その通りにやれ。そう教わって、やってました」


「あー・・・」


 テンクウは獣舎を切り盛りしている管理者であり、くらいとしてはミキメと同格。なので、テンクウに向かって子猿に対するような対応は出来ない。命令は出来ないのだ。


 明らかにテンクウは子猿を軽視している。このおれが、スーパースカウト・ミキメ様が勧誘した、やっと1人だけ入ってくれた人員を、軽々使い捨てにするなんて。


 許せん。


「おれがなんとかするから。あんま、ケガしないように。無茶すんなよ」


「はい」


 子猿は素直だった。


 素直ゆえ、テンクウの適当な言い方でも素直に聞き入れて、ケガをしちまったんだろう。



 ミキメは心優しい男ではない。


 どちらかと言えば功名心にはやるタイプであり、自分自身では無茶もするし、他人を蹴落とすのも抵抗なんてない。


 しかし、だからこそ、己の手柄であるスカウト対象を無駄遣いなんて、絶対にさせないと心に誓ったのだった。



 ・・・とりあえず。


 上司になんとかしてもらおう。

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