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魔界猿雄伝  作者: にわとり・イエーガー
過ぎ去りし夢。さらば愛しき人。
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勇者の故郷。

 伝説にある。


 勇者はジャウルの山を流れる川から生まれた。たまたま流れていた赤子を、ジャウルのおじいさんとおばあさんがすくい上げたのが始まり。


 おじいさんおばあさんへの恩返しのため、ジャウルを襲っていた魔軍を撃退。


 それが勇者の物語の始まりであった。


 勇者とは血統ではない。人のきずなはぐくむ、命の奇跡。



 勇者レインはジャウル王国を訪れていた。久々の里帰りだ。



「勇者殿。此度こたびのご活躍、まことにお見事。ジャウルの民は、貴殿を誇らしく思うあまり、夜も眠れぬ有り様で」


「夜は寝て下さい」


 そう言って、レインは目の前の老爺。ジャウル国王の徹夜明けの眠たそうな顔を見て、笑った。


 血縁関係はない。レインはジャウルの一般市民の家系。


 だが、ここジャウルでは、それで普通。王位にある者が、父なる王。ならば、臣民とは子も同然。


 レインもまた王を、親に近い存在として敬っている。



 雨と森。強い雨が大地を肥やし、そして多くの生命が育まれる。テルンナ海峡から東の領域を国土とするジャウルは肥沃ひよくな領土に恵まれた古豪こごうである。一時的にだが、現在のラアブレイ帝国にも迫る勢力を形成し、世界支配にもう少しと言った所まで近付いた事もある。


 しかしジャウル王国は強大な国であったが、人の世の常として、王らしい王のみが現れるものでもない。代々築き上げた資産を食い潰した王、戦争に負け続けた王、国民を顧みなかった王。それらの王を連続して出してしまったジャウルは、笑ってしまうほどあっけなく、滅亡した。


 今のジャウル王国は、ラアブレイ帝国が生まれて後再建された、いわば歴史遺産。皇帝の配慮により存在を許されている、箱庭のようなものだ。


 人口1万ほど。帝国で言えば市の規模にも満たない、テラジア王国内部に存在する独立国。それがジャウル。


 形式上、式典上の意味しか持たない、ミニチュアの国だ。



 レインはそんな世界で生まれ育ち、成長した。


 勇者としての資質を見込まれ、ラアブレイ本国に渡り、そして。


 「勇者」が生まれたのだ。



「我々にもまだ骨が残っていたなら、レイン殿をお助けして、魔界に攻め込みましたものを」


「無茶を言わないで下さい。私が10人も居ればともかく。1人では、とても皆を守りきれません」


 悔しげにつぶやくジャウルの感情をむレイン。



 レインもトステンほどではないが、死者に対して後ろめたい気持ちを抱えていた。


 勇者として魔法を無効化し、超常の体力を持ち合わせた己が、自分1人だけを生き残らせた。



 何も意味がない。



 それだけなら、常人で良い。


 勇者である私には、私なら、やれたはずなのに。


 私が、誰も殺させない、本当の勇者だったなら!!



 レインも、ないものねだりからは逃れられていなかった。


 勇者であっても人間の身。そこから心の痛みを取り除く事は、出来なかった。


 ディルの笑顔。アルムの力強さ。バロンの明るさ。サイモンの優しさ。全て、忘れる事が出来ない。



 ジャウル王と共に食卓を囲んだレインは、ジャウルの妻、娘、息子ら、そして孫達とよく話しよく食べ、良い気持ちで実家に帰った。


 王城を出たレインは、夕暮れの街をゆっくり歩いた。


 ここに帰るのは一年ぶり。


 犯罪も少なく魔物も居ない。何の刺激もない退屈な街。



 夜闇の中でさえ、悪事の気配はない。商業地区でもないので泥棒も寺院など文化施設に入るしかない。しかし警備員付き。


トッ


 なのでレインは5メートルほど跳躍して、とある施設に侵入した。


 レインが勇者の剣を得た場所だ。


 「カルナの試し」。岩場に無造作に突き立てられた聖剣を抜き放った者が勇者。ただそれだけの場所なのだが、レインが抜く前も大盛況の観光スポットだった。周辺は綺麗に整備され建物に囲まれているのに、ここだけは手付かずのまま。


 伝説にある最古の勇者、カルナ。彼(彼女?)がジャウルの地に勇者の剣を置いたその時から、ジャウルは勇者生誕の地となった。代々の勇者と呼ばれる者は必ず聖剣を引き抜きにここに来る。そしてその者の戦いが終わると、聖剣は自らここに帰って来る。まるで、カルナの意思に導かれるように。ゆえに、カルナの試し。


 見学者の入場時間はとっくに過ぎているので、今はレインだけ。レインは1人で、己の腰に下げている剣の元あった場所を眺めた。


 私が死んでも、ちゃんとこの子はここへ帰る。カルナの導きは生きている。


 岩肌、聖剣をずっと抱き続けて来た母体にそっと手を当て、レインは考える。



 魔界に単独で突入する作戦を。



 魔界に攻め込んで死ぬのは、致命的失策では、ない。聖剣は魔の手には絶対に落ちない。


 だが1人では・・・。


 せめて戦士団が全員生き残っていれば、この無謀な試みも、無意味なだけではなかったはずだ。


 1人では、スタミナが持たない。補給が出来ない。休息出来ない。


 いくらなんでも、一日で魔都を落として、とは行かない以上、魔王を倒しきれない以上、魔界に攻め込むのは現状、ただ無意味。


 せめて自分に不死の肉体でもあれば、話は別だが。


 そんなものはない。神話の英雄じゃあるまいし。



 寒い。帰ろう。


 レインは思案を打ち切り、今度こそ家に帰る。


 父さんは心配しているだろうな。

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