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魔界猿雄伝  作者: にわとり・イエーガー
過ぎ去りし夢。さらば愛しき人。
17/103

決戦反省会。魔王とギリィ。

 戦後1週間が経過。街角を彩る国旗のはためきも落ち着き、戦勝ムードも少しは和らいだ頃。


「兵器工場の新設」


「そう。大規模な予算編成を必要とするが、それだけの価値はある」


 この日、ドンス将軍は相談を受けていた。


 相手は帝国議会の一員、リオック・エルメ。まだ40代の若造だが、家柄、本人の資質も相まって 父祖から受け継いだ分厚い勢力を維持している、政界の俊英である。ドンスとは士官学校の先輩後輩の関係であった事もあり、今でも交際がある。


「分かった。議会では、おれも賛同する。レイン達、エリートを働かせるのも限界がある。魔族を足止めする兵器は、絶対に必要だ。大砲ほどの威力はなくても構わない。大砲より撃ちやすいものが要る」


「なるほど・・・」


 リオックの頭の中では、連射可能な新砲台をイメージしていたのだが。言われてみれば、ドンスの提案には価値がある。


「それもチャオと相談してみよう」


 砲兵隊長チャオは、リオックの家に連なる武門であり、平時においてはドンスよりむしろリオックと親しい。


「それでな、ドンス」


「なんだ」


 手の汗を服で拭い。リオックは、覚悟を決めて、言った。


「・・・我々は、勇者に頼りすぎている」


「?」


 それは分かる。ドンスも全く同感だ。


 だが、なぜ今。今は実利的な話をしているのではなかったか。


「勇者を・・・・。戦列から外すべきではないか」


 ドンスの頑固な反対をイメージしながら、リオックは喋っていた。


「・・・・・・気でも狂ったのか?レインが居なければ、我々決戦部隊は皆殺しに合っていたんだぞ・・・!!」


 少しばかり怒り狂いながら、ドンスはわけの分からぬ世迷い言を喋る後輩を叱り付けた。


「それは分かっている」


 対するリオックは、決して事を焦らぬよう、説得につとめる。


「何も今すぐに、というのではない。準備が整い終わってからだ」


「準備?まさか砲の?」


「ああ」


 ドンスは、リオックを買いかぶり過ぎていたのかとガッカリした。


 ここまでモノの見えない男だったとは。


「勇者の代わりは、100万の砲台を用意でもしなければ、どうにもならん」


「・・・用意出来たら?」


「何・・・?」


 有り得ん・・・はず、だが。


「10年。10年があれば、1万の砲台を製造出来る」


「1万か・・・」


 すごい数だ。あるいはそこらの魔族になら無敵かも知れん。


 しかし。


「射程距離は?」


「命中を期待出来るのは2キロまで。そして厚さ20センチの鉄板をグシャグシャにする」


 この場合の命中とは、対象の半径50メートル以内を狙えるか、という意味だ。間違っても的中の意味ではない。


「クレー射撃の結果は?」


 つまり飛行物体への命中精度。これが悪ければ話にならない。


 敵は凶鳥に魔法師団。普通に飛んで来るのだから。


「時速80キロの物体に、80パーセントの命中率。・・・まあ、実戦なら20パーセントと言ったところか」


 当たり前だが、本物の敵は飛行ルートを教えてくれない。それを換算すると、だいたい4分の1ほどになる。


「20パーセント。・・・すごい精度だな」


 ものすごく簡単な考え方をすると、1万の砲の内の2割、つまり2千台からの的中が期待出来るという事。


 かなりとんでもない数字だ。


 リオックの説明に誇張が無いのなら、本当に勇者なしでも勝てるかも知れない。


「大砲の量産速度を引き上げ、お前の意見を参考にした新兵器を作る。・・・10年では足りないかも知れないが、必ずやる。そのあかつきには、勇者の看板を下ろして欲しい」


「・・・実現すればな。砲の新調は元より、足止めを可能とする強化ボウガンに類するものが絶対に必要だ。そこまで用意出来たなら、確かにレインを「守り刀」にしても良いかも知れない」


「うむ」


 ドンスとリオックは握手を交わした。



 帝国議会。ラアブレイ帝国における最上級議会である。ここで行われるのは、年に一度の定例議会、そして10年に一度の決戦反省会。


「勇者の威力をもってしても敵軍を打ち砕くには至らなかった。むしろ、千人の兵を用いる事で敵移動要塞を打ち倒す事に成功したと報告書にはありますが」


「それは事実です。ですが、勇者が敵兵を削っていたからこそ、兵の突出の余裕が生まれていたのです。そのまま移動要塞に当っていたなら、兵全員が危険にさらされていた事でしょう」


 一番活躍したレインの功績について、が最初の議題だった。


 が。少々、雲行きが怪しい。


 言いがかりにも近い流れになっている。


 専門家であり当事者としても招かれたドンスは、困惑していた。この場にレインが居ない事にほっとするほど、勇者への批判は激しかった。


「聞く所によれば、勇者はたった100人の兵をも壊滅させられなかったとか」


「相手は魔界最強のエリート部隊です。勇者でなければ、何も出来ません。勇者だから生き延びれたのです」


「では、勇者と言えど、切り札にはなり得ない。そういう事ですね?」


「・・・神ではないのです。たった1人で何もかも上手く行くとは限りません」


 なんだ。この流れ。こいつは、何を喋っているんだ。


 答えながら、ドンスは発言者を見つめた。


 タルン王国国王、タルン・ボレー。ふくよかな肉体を詰めたスーツにはゆとりがあり、地味ながらも極上の生地で作られている。一言で言って金持ちだ。


 領土では工場生産が期待され、帝国からも補助金が出ている。


 だからとて、リオックの派閥でもない。むしろ敵対していると言っても良い。完全な帝国本国育ちのリオックと、自国の勢力を拡大したいタルン側では、交渉の余地すらない。完璧な競争相手だった。


 しかし。


 いかにドンスがタルンの態度に疑問を抱いていようと、今はドンスが質問に答える時間だった。この場では、勝手な発言は許されていない。


 皇帝が見守る場なのだから。


「ありがとうございました、ドンス将軍。私の質問はこれで終わりたいと思います」


 ぺこりと頭を下げ、タルンは着席した。



 その後もドンスに対する領土決定戦の内容への質問は続き、およそ3時間の後、休憩時間に入った。



「・・・タルン王は、西側の勢力だったな」


「は。レックス王国、シュター海洋国家連合と歩調を合わせる、生産三国同盟を結んでおります」


 休憩時間。控え室にて茶を飲んでいたドンスは、副官からタルンの情報を得ていた。


「レインを下げる事が奴らの得になるのか?リオックらと協調出来るのならともかく、今のまま勇者を退かせても、どうにもなるまい」


「そうですね・・・」


 もし帝国にリオックという男が居なければ、タルン王のやりようの意味は分かる。自国生産品の売りつけだ。


 だが、今ならリオックの一人勝ちを招きかねない。リオックの派閥は、帝国本国にあるのだ。影響力の度合いはまるで違う。しかもタルン王は、現皇帝に近い血筋というわけでもない。帝国に100以上ある小国の内、生産拠点として栄えているのだから、手腕はある。


 だがそこまで。


 それ以上の情報は、ドンスにも上がって来ていない。


 

「いや~・・・。本物の将軍と対峙するのは怖いもんですな!」


「でもでもかっこよかったっすよ!タルン王様の貫禄も見えましたわ~!」


「そうでしたか?いやはっはっはっは!!」


 こちらの控え室はかなり明るかった。タルン王国、レックス王国、シュター海洋国家連合の合同部屋だ。


 タルン王をナチュラルにヨイショしているのは、レックス王国国王、レックス・ラギアルス。凡庸な見た目で、着ている服もタルン王とは違い、本当に地味で素朴な着物だ。


 王と言っても、かなり若い。20代にもなっていない。


 父王の死去によって国を継ぎ、その後生産三国同盟を繁栄させる一助となっている。


「でもでも。ダイジョブなんですか~?あからさま過ぎませんでした~?」


 質問を出したのは、シュター代表、スミレ・レブラン。20代後半で、こちらも代表職としてはかなり若いが、知性と交渉能力の両方を持った稀有けうな人材。連合のバックアップを受けている事からも、それは証明されている。


「もちろん、こちらの狙いなんぞは、皆様先刻承知でしょう。ですが、それで良いのですよ」


 まるで穏やかな父のように、タルン王は2人の前で喋る。先ほどまでの弁舌鋭い様子は全くなかった。


「そうそう!シナリオ通りじゃないっすか!スミレ様は心配性なんですから!」


「そうかな~」


 確かに今回のタルン王の発言内容は、この3人で頑張って作ったもの。スポンサーの依頼通りかつ、スポンサーの存在を悟られないようにするため、必死で知恵を絞ったのだ。


 しかし、スミレは会場の空気に、違和感を感じていた。


 思ったより、驚きが少ない。


 「勇者下ろし」という、神をも恐れぬ所業に対する、怒り。軽蔑。不信。そういった敵意とでも呼ぶべきものが、まるで感じ取れなかった。


 まるで、誰もが、胸の奥底ではそう思っていたかのように。


 明確に眼光をギラつかせたのは、ジャウル王国国王のみ。あそこは勇者降臨の地を誇っているから、だろうが。


 スミレはジャウル王の態度にしか、安心出来なかった。


 他の議会参加者が、何を考えているのか、全く分からなくなってしまった。


 反発の声が上がる前提で、この会議に挑んだのに・・・。



「こちらの情報が漏れているのか?」


「いえ・・・それは考えにくいかと。こちらは議会の半数を抱き込んでおります。情報漏洩じょうほうろうえいが確かなら、もっと精緻せいちな策をろうするはずです。このような見え見えの挑発じみた策では切り崩しには程遠く、何の意味もありません」


 リオック側控え室は、真剣な話をしていた。ぞろぞろと、関係にある議員のほとんどがここに来ていて、ぎゅうぎゅう詰めだった。


「では、純粋に偶然なのか・・・。確かに三国同盟は、ウチより先に兵器開発に着手していた老舗しにせ。工房を持つタルン王国。鉱山を持つレックス王国。資金調達をするシュター海洋連合。その三位一体の経済圏は、ラアブレイ帝国の一翼をになうに足る。・・・私のおごりか。私が先んじていたと考えていたのは」


 リオックは、己の不見識を認めた。


 知識としては知っていた。生産三国同盟。


 しかし、実際にこうして商売敵として見ると、本当に脅威の存在だ。帝国本土から遠いのも厄介。これがこちらの勢力圏に収まっていてくれたなら、どうとでも料理出来たのに。遠すぎて、何も出来ない。


 椅子に腰掛けたまま、天井を眺める。


 ドンスの同意を得た以上、こちらが一歩リードしていたと思っていたが。


 いや。まだそのリードは消えていない。ドンスの声色には先の会議中、タルン王への反発の音が聞こえた。


 それはそうだ。提案した自分ですら、勇者レインを前線から下げるだなんて、正気の沙汰とは思えない。


 我々の新兵器がそろうまで勇者には活躍し続けてもらわないと、もうけも何もない。死んだら、全てが終わり。


 ドンスとの線は生きているのだから。タルンがよほど高性能な兵器を持って来ない限り、勝てる。はずだ。


 リオックは再度、新工場の設置図案を見直した。休憩が終われば提出。今更やり直しは効かない。


 ・・・大丈夫。砲台本体、砲弾、移動用特殊車体。全てを隣接する工場で生産可能。ゆえにミスなく移送可能。全て官製工場ゆえ労働者も安定して雇用可能。


 予算さえ勝ち取れれば、絶対に上手く行く。




ゴウッ!!


 魔界の夜に、真の暗闇はない。月のない夜はカナメボタルの魔力光を楽しみ、ライドウイルカの照り返しをまぶしく想う。


 そんな夜だった。


「凶鳥の名が泣くぞ!!そんなザマではな!」


「ううう、るっ、せえ!!付いてこれなくて泣くんじゃねえぞ!!」


 雲を切り裂き、空に新たな姿を生み出し。


 2人の魔族が飛ぶ。


 1人は男装の麗人。1人は黒い翼をはためかせる凶相きょうそう


 魔王シャアルネルラ。そして凶鳥軍団長ギリィ。


 どちらも30音速ほどの飛行速度、両者ともに全開近いスピードを出し、夜間ドライブを楽しんでいた。


 通常飛行が許されていない凶鳥軍団員であるギリィだが、こうして誰の目にも止まらなければ問題ない。


 久方ぶりの息抜き。シャアルネルラは大いに楽しんでいた。



「はあっ、はあっ、・・・・・ば、バカが・・・・」


「はあ、はあ・・・・・楽し・・・かった・・・・なあ?」


「・・・ちっ」


 魔海上空3キロメートル。海魔軍団に連絡を入れておいて良かった、と考えながらシャアルネルラは、心底から満足していた。


 それを悔しげに、しかしどうしても笑みを禁じ得ず、ギリィは舌打ちをしていた。


 およそ30分。全力で飛び回った魔界の空は相も変わらず、2人を優しく激しく迎え入れてくれた。


「はああ・・・すっきりした」


「・・・・・・ごふっ」


 心地よい汗をかいて気力の充実した魔王とは裏腹に、ギリィは己の翼を開いたまま、き込んだ。


「疲れたフリなんぞするな。年寄りくさい」


「実際、疲れてんだよ!!!」


「怒るな怒るな」


 魔王は声を立てて笑いながら、旧友の怒りをなだめた。


 そして。


「ギリィ。私は人界をも制する」


「そうか。良かったな」


 凶鳥軍団長はクールなお人だった。


「ついては、お前に魔界の見回りを頼みたい」


「・・・・」


 ギリィは即答しなかった。


 魔界全土の巡回、警戒もまた知虫軍団の得手。そんな事は魔軍に属する者なら、誰もが知っている。


 そのシャアルネルラが、己に頼んだ内容。


 何の裏がある。


「お前にしか頼めない。裏切り者を見つけろ」


「・・・」


 魔王シャアルネルラをして尻尾しっぽを見せない者。


 見つけられるわけがないだろうが。


 そうギリィは思った。


 が。


「今の魔軍に居るという話ではない。これからの話だ」


「・・どういう事なんだ。意味が分からんぞ」


 高空にある気流に乗って翼を休めながら、ギリィは説明を要求した。


「私は今、策略の手を人界に伸ばしている。・・・逆を突かれる可能性も、ある」


「・・・人間ごときの言う事を真に受ける魔族なんぞ、おらんわ」


「今までは、な」


「どういう意味だ」


 ここで初めてギリィは、シャアルネルラの言を真剣に解釈し始めた。


「・・・・・・・勇者が表舞台から消える。この事態によって、魔族は揺れる」


「・・・??何が問題なんだ?」


 勇者が消える。素晴らしい出来事ではないか。


 ・・・その際の戦闘によるシャアルネルラの死亡を想定しているのか?なるほど。


「お前の代わりが居ないって事か」


「まあ、そういう事だ」


 空の上でベッドで寝ているかのように、横たわり両手を枕にしている魔王。


 あらゆる法則、秩序を突破しているその姿勢。正しく魔王。魔力を、この世界で最も恐ろしい力を操る、最強の存在。


 それでも死ぬのか。


 ギリィは理不尽や不可解といった感情を覚えた。


 夜空の月が一瞬にして消滅するがごとき、信じられない、あり得ない現象。


 魔王の死とは、それほどまでに大きい。


 側近中の側近、シャアルネルラの旧友、凶鳥軍団長ギリィは、考えただけで震えが来る。


「その時。何者かが、魔族にヒビを入れる」


「・・・誰?」


 ギリィに、その者の名をシャアルネルラが知らない、などという発想は無い。


 魔王が知らぬモノなど、魔界にありはしない。


 あえて言えば、複数の候補があって絞りきれない、とかだろうか。


「分からぬ。要素が多すぎる。それほどに今の魔界は・・・・・・豊かだ」


「良い事じゃねえか。お前の成果だ。誇れよ」


 皮肉でなく、ギリィは褒め称えた。このような1体1の状況でもなければ、ギリィは素直になれない。


「そうか?・・・なら良いが」


 シャアルネルラは、少しはにかんだ。



 誰にも言った事がない、秘密だが。


 ギリィは、この顔が好きだった。



 徐々に空が色を取り戻す。


 2人の時間が終わる。


「じゃーな」


「ああ」


 凶鳥は巣に帰る。魔王は城に帰る。



 2人は知らぬ顔で上と下に別れ、ケンカを繰り返す。



 魔王が大切にするモノ。そんなものはあってはならない。


 それは容易に弱点になる。


 だからギリィは己と主の関係を隠す。



 誰も知らなくても、己とシャアルネルラだけが知っていれば、それで良い。



 魔王シャアルネルラの座は、配下の強さも相まって、盤石ばんじゃくであった。

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