サルタとシャアルラの授業。その2。
夜明け前。いつもの出勤時間に、サルタはいつも通り起きていた。眠れないなー、と考えている内にいつの間にか眠っていたのでオーケー。
妖樹軍団敷地内で寝起きしているサルタだが、おはようと言う相手はまだ起きていない。ヒワダも実は朝は遅い方で、サルタの仕事が一段落してからでなければ姿を見せない。
ちゅんちゅんと鳴く小鳥を見ると、ああ今日も大丈夫だ、と確認出来る。
もしも誰かの部屋から花粉や種子が漏れ出していたなら、小鳥もサルタもただでは済まない。小鳥こそは天然の警報機なのだ。
いつものマスクを付けて入室。土をほぐし、水の確認。シングリィ、ネット、バレス、パピー。4種それぞれの趣味に合わせて調整。少しは慣れて来た所だったが。
朝のお勤めを終え、出て来たヒワダに早引けを伝えると、サルタは宿舎へと戻る。
朝食は昨日持って帰ったパンと、部屋に置いておいたリンゴ1個。果物類は妖樹軍団から調達出来るので、タダみたいなものだ。
そして風呂に入って身を清めてからでなければ、魔王城には参上出来ない。
風呂上がりのサルタが今日身にまとうのは、魔獣軍団を抜ける時にもらった正装。子供用のサイズを着込み、ヒポリを象った金の刺繍の入ったマントを留めて、完成。本来妖樹軍団のものをまとうべきなのだろうが、そんなものは持ってない。そもそも魔獣軍団のこれも記念に作ってもらったもので、サルタのような小者が用意してもらえるのは何かの式典の時だけだ。
これしか持ってないからこれで行くしかない。
そしてこれで十分だ。
宿舎を出て、駐車場そばにある馬屋から自分の馬を連れて来る。駐車場に停めてある盾車を馬に引かせて、発進。
あるいは盾車は要らず、馬に乗れば良いのだろうが。魔王城駐車場に停めるために、車体が必要だったりする。もちろん魔王城にも馬屋はあるのだが、駐車場の方が楽なのだ。馬屋は城勤めの魔族がよく利用しているので、かち合うのもあれだし。
雲ひとつない快晴。空の高さを知る陽気に、サルタは死と対面しようとしていた。
これで二度目か三度目か。おれの悪運はどこまで続く?
「珍しいな、連日か」
「はい。お世話になります」
守衛さんとも挨拶を交わし、昨日と同じルートで空中庭園に到着。
シャアルラはまだ来ていない。
暇つぶしがてらの周遊。
散歩をすればすぐに終わる距離。シャアルラによって作られたこの庭園には泉が湧いている。原理も教えてもらったのだが、魔力のないサルタには結局イメージが掴めなかった。とにかく水が枯れる事はないそうだ。冬ともなれば凍るかも知れないが。
主にパアルカラッソの魔力で精製されるこの泉の水。売ればいくらかの値が付くのではなかろうか。そんな事も思ったりしたが、流石に口には出さない。魔法師団ナンバー2の名前を安売りするのは不味い。それぐらいは、まあ分からんではない。
足元は雲。見た目はふわふわに思えるが、その実は硬い。多分、レンガなんかより遥かに硬質に出来ている。それもそのはずで、ここにはシャアルラの使う椅子と机を設置せねばならない。万が一にも落下するなど有ってはならない。ゆえにパアルカラッソは丁寧に構築したはず。
とどのつまりが、空中簡易秘密基地。誰もが知っている秘密ではあるが。
ここにシャアルラの新しいオモチャが来る事は、ご息女に関係のある人物は誰もが知っている。
魔王でも。
「パアル。再度聞くが、賊ではないのだな?」
「はい。賊にしては、前に出過ぎています。シャアルラ様にああも強く出る器量のある人族が、賊で満足出来るとは思えません。賊なら賊で、使い手の手を噛む男です」
「・・・・それって、こっちにもって事じゃ・・・」
「考え過ぎです」
そうかなあ?と悩みつつ、魔王シャアルネルラは眼下の子猿を見つめた。
娘のお気に入りの玩具。手放そうかどうしようか考え中らしいが。
「洗脳しないのかな」
「それはご息女の意向には沿いますまい」
シャアルラ級の魔力量なら、魔法師団ナンバー4以下なら誰でもモノに出来る。その後の維持魔力も必要なため、ずっと洗脳しっぱなし、というのは難しいが、ちょこっと意識をいじるだけなら簡単に出来る。
ただ当然ながら、その時に持っていた自我、意識などは失われる可能性もある。シャアルネルラの実験によれば、500人の魔族に洗脳を施して使い物になったのは100人まで。結果400人以上のガラクタを生んでしまった。もちろん、実験しなければ分からなかった事なので、このデータは魔法師団に大事に保管されている。
子猿、子供ほどの年齢なら、今の記憶が失われようと、さほどの影響は無かろう。シャアルラの好きなように育成してやれば良い。オモチャなのだから。
ま。趣味でないなら、仕方ないが。
「もう1分もすればシャアルラ様が参りますが。そのままで?」
「んーん。帰るね」
ばいばーい、と手を振り振り、魔王は帰って行った。
シャアルラが父、シャアルネルラ。
シャアルラと同じ緑色の髪をショートカットにして、美少女のシャアルラとは違い、スポーティーな大人の女性の印象を与える。特殊な魔法陣を無数に編み込んだ上下も、動きやすさを優先したスポーツブランドの特注品。あまつさえ靴はランニングシューズ。
間違いのない魔界最強でありながら、全魔族中、最も軽いであろう人物である。
手塩にかけて育てている愛娘、シャアルラも、とどのつまりは気まぐれに作った娘。
魔王が真に固執しているものなど、あるのか。腹心の部下にも分からない。
それほどにこの王は、王らしくなかった。
さほど待つ事もなくパアルカラッソが来て、続いてシャアルラも来た。
「待たせた」
「はい」
本当に、こいつは怖いもの知らずだな。はたから見ているパアルカラッソは、シャアルラに普通に受け答えするサルタに、敬意すら持ち始めた。
恐れを知らぬわけではあるまいに。
「パアル。今日の授業はなんだ」
「・・・よろしいので?」
パアルカラッソは普通に驚いた。とりあえず、サルタを尋問するのだと思っていた。
「昨日も座学の後だったろう。今日も同じだ」
顔色1つ変えない。流石に器が違う。サルタもパアルカラッソも同じ事を思った。
今日のお題は領土問題。
「魔界の現在の領土面積は、およそ人界の3分の1。もっとも、未開拓地帯の正確な面積は分かっていません。が、これは人族側も同じ条件です。その上で魔族側領土は、少ないと言って良いでしょう。ではこの問題点は?」
「増やせない」
「減らせない」
「両者正解」
増やせない、と述べたのはシャアルラ。言うまでもなく領地に応じた人口しか養えない。いかに効率化が進んだ魔界であっても、農業漁業が順調だからこそ飢饉も起きていないのだ。魔族を増やすにも、その魔族が食べるメシを作るのも、まず土地が無ければ話にならない。
そして減らせない、と述べたのはサルタ。あくまで人族に比べれば、ではあっても、領土面積が少ないのは事実。これ以上は、減らせないのだ。
それはつまり、領土決定戦で負けられない、という意味であり、海からの侵攻も絶対に防がなければならないという事。削られるのは痛い。
そのプレッシャーを十分に感じているのはこちらで、人族にはまだ余裕がある。
「次は、攻撃のお話です。人界への攻略拠点は間違いなく領土決定戦場になるでしょう。ですが、そこから一挙に・・・とは不可能です。いくらなんでも待ち受けられ撃破され続けるでしょう。そこで、第一陣はどのような軍勢を投入しますか?」
「先発は魔法師団。一挙に人界を焼き尽くし、後詰めに巨石軍団からなる大軍勢を投入。1年もかけて人間界を綺麗にすれば良かろう」
「先陣は巨石軍団に切らせます。こちらにもあるように、あちらにも万が一の防衛策があるはずです。その罠のことごとくを巨石族に踏み潰してもらってから全軍団による陣地防衛網を築き上げ、落ち着いた所で第二陣、妖樹軍団を投入します。徐々にテリトリーを広げながら、人族を圧迫し続け、人界の魔界化を推進。制圧と占領を同時に進めましょう」
「両者正解。敵の罠でなければ、シャアルラ様の速攻策はこちらの被害を最小限に抑える特効薬と言えましょう。逆に罠が前提のサルタの策は遅いながら確実。被害と効果が目に見えて計算出来る分、味方の士気の向上も期待出来る。良い策だ」
パアルカラッソの話を聞いているのかどうか、とさえ言えるシャアルラの策だが、実はそんなに間違っていない。敵の防衛網は無論築かれているだろうが、それは領土決定戦の戦力を超えるものでは決してない。その時点で余力が生じているのなら、突破も容易。それが理屈というものだ。
ではサルタの策はどうか。これもパアルカラッソの言葉通り、間違ってはいない。人族の迎撃準備が整うのが玉に瑕ではあるが、こちらも戦力を丁寧に投入可能。100パーセントの能力を発揮しさえすれば、勇者の居ない人族など容易く蹴散らせる。時間をかけるのも悪くない。
問題点はたった1つ。勇者はどこに居るのか。そして勇者と対峙した時のこちらの被害総量。
それらを考慮していない先ほどまでの景気の良い話は、全て戯言と断言しても良い。
勇者を倒し後顧の憂いを断ち、そこから初めて魔軍の覇道が始まる。
だがその時、魔軍はどうなっているのか。
パアルカラッソですら、その時点での命の保証は無いのだ。
考えて答えの出る問題ではない。
だが、それでも考える。
勝つまで考える。考えて勝つ。
生き残れるまで考える。考えて生き残る。
魔族、人族を問わず、生態系の頂点に立つ種に共通するものは、たった1つ。考える頭だけなのだから。
磨き上げるしかない。研ぎ澄ませるしかない。
鍛錬し続けるしかない。
いつかのために。
「次は前回の続きです。魔獣軍団の後の新軍団を考えてみましょう」
ちなみに前回は、ヒポリ級の軍団長を用意出来ない以上それは小型機動部隊とならざるを得ない。それが2人そろっての答えであった。
だがそれでも魔獣軍団の代わりは必要。ならば、それは既存のどれを当てはめるべきか。それが今回のお題だ。
「凶鳥軍団に飛竜軍団の偵察部隊を付けて送り出すしかあるまい。巨石族ではどうしても遅れる。他の軍団では当たりが弱いからな」
「おれも同じです。魔獣軍団を象徴するスピードと体力、迅速に戦場を制圧出来る支配力。もしも代行出来るのなら、それは凶鳥軍団しかありません」
この場合、魔法師団は勘定に入っていない。それ以外の軍団からの選出だ。
そして凶鳥軍団が推されている理由は、その能力と気性にある。
魔獣をしのぐ移動速度に加え、魔獣を上回る気性の荒さ。敵が浮足立っていたなら、一方的に蹂躙出来るだろう。
ただ、鳥は鳥だ。魔獣の肉体強度には遠く及ばず、耐久力もない。もしも敵方が堅固な陣をしいていたなら、すり潰されてしまう。それに夜間戦闘などもってのほか。
ただし、夜間は人族も視力は弱まっているはず。飛竜軍団でも被害を出さず抑えられるかも知れない。
ちなみに飛竜軍団が基本的に戦闘に加えられないのは、その希少性によるものだ。一度の産卵によって生まれる子供が1体。そして成年になるまで10年以上かかる。こんな増えにくい生物を戦場に駆り出すわけには行かない。ゆえに魔法師団に次ぐほどの高度な戦闘能力を持ちながら、飛竜軍団は伝令専門なのだ。
魔獣の代わりは魔獣にしか務まらない。同じ事を再確認しただけであったが、それはそれで良い。
例えば、魔都以外の各地に散らばる魔獣族を呼び寄せるという策もある。ヒポリやカネの同族も故郷には居るだろう。現在、軍に属していない彼らをその気にさせるのは骨が折れるだろうが、それだけの価値のあるスカウトだ。
次は人界における支配体制。占領政策。それに人間界の魔界化、その影響範囲の考察。
最後は魔界への侵略の防御体制。ジョウゴによって壁面を成すのが最善の一手。だがそれを良い事に、その壁の向こうに拠点を築き上げられる恐れもある。果たしてジョウゴだけで良いのか。そもそも、ジョウゴ単独で突破されないと言い切って良いのか。敵の破城能力は向上しているのではないか。
考える事は山ほどあった。
だが、一日は一日。今日という日の刻限は、いつものように来た。
シャアルラはカフェオレ、サルタはミックスジュース、パアルカラッソはミルク。飲み物で乾いたのどを潤し。
時が来た。
「サルタ。改めて聞こう。お前は人族か?」
「はい。生まれた時はそうだったと思います」
素直な。見物に回ったパアルカラッソは、ミルクを味わいながら2人の会話を観察していた。
それに時間を置いたのも結果的に良かった。ご息女の感情の変動が穏やかだ。いきなりキレない。
「では人界の生まれか」
「おそらく」
やはり。会話が続く。隣り合わせの2人は和やかに話を進めて行く。
「どうやってこちらに来た?」
「盾車に忍び込みました」
盾車に?パアルカラッソは意外な答えに驚いた。てっきり海流に流された遭難者かと思っていたのだ。戦闘能力が無い子猿に可能なルートは、そこしかない。そしてネビキュアに引っかからない運さえあれば、なんとか来れなくもない。海獣が見逃してくれれば、だが。
「その、領土決定戦の時。おれは戦場の近くに居たんです。戦いが終わるのを待って、馬車に乗り込んで、そのままこっちに来ました」
「なるほど・・・」
初めてミキメと出会ったあの時。サルタは初めて魔界の土を踏んだ所だったのだ。
しかし、シャアルラは納得したようだが、パアルカラッソは納得していない。
戦場の近く?戦場周辺は両軍そろって罠の有無を確かめたはず。少なくとも魔軍は自陣営を囲む森林に斥候を入らせた。子供1人だろうと、見逃すはずがないのだが。
ただ、まだパアルカラッソは自分の疑問をぶつけない。シャアルラの話が終わってからだ。
「なぜ、魔界に来て、魔族を名乗る」
「人間の中には居場所が無かったもので」
あっさりと言ってのけたそのふてぶてしさ。パアルカラッソはまた迷いを抱えた。スパイと判定しても良い大胆さだ。もしこんな年少の者を諜報要員として育成出来るのなら、人族はこちらが思うより遥かに優れた生物だと言わざるを得ない。
「居場所が無い?」
それは、その疑問は、シャアルラの心の底から出て来た疑問であった。
生まれた瞬間から魔王の娘という役割があり義務が発生していたシャアルラは、何も持たずに生まれ来る生命を、想像すらした事はない。
そんな魔族が居るなどと、思った事がない。
全て、弱きも強きも、魔界のために生まれ来るのだと信じていた。
存在意義とは、生まれてからずっと持っているものだと思っていた。
「父は家を出て、その後は知りません。母はおれを連れて家を逃げました。そして死にました」
「父と母が殺し合ったのか?」
「そういう感じではなかったです。多分」
シャアルラのめちゃくちゃな解釈はともかく。パアルカラッソにも詳細までは分かっていない。なにより当事者がサルタだけでは、全貌を掴めようはずもない。
そして最後の質問に入る。
「今の話を証明するものは?」
「おれです」
両者、ゆずらない。シャアルラもサルタも、どちらも目を逸らさない。
そしてシャアルラの目には、サルタの嘘が見えない。
シャアルラは、己がホッとしているのに気付いた。
その意味までは分からなかったが、それは問題ではないと判断。
そしてシャアルラは結論を下す。
サルタを消すか否か。
「面白い話であった。また聞きたい。今度はいつにしよう、パアル」
だそうだ。
「しばらくは地方視察が入っております。今度は未定ですね」
そう。シャアルラは魔王と共に魔都を離れ、魔界の地方都市、砦に視察に向かう。大量の嗜好品を積んだ補給部隊、楽団、劇団、移動遊園地などを引き連れ、地方の慰安に向かう。
年に一度の魔界巡回だ。
「サルタ。本は読めるか」
シャアルラの会話が終わったと見て、今度はパアルカラッソが話し始める。
「いえ。読み書きは出来ないです」
正確には出来る。しかし、パアルカラッソの所持している本を読めるほどではない。母に読み書きを教わったのでレストランのメニューくらいは読めるが、それ以上は無理。
パアルカラッソは、自分達の留守の間のサルタの教育を誰に任せるか、悩んだ。この子猿の才は惜しい。育てたい。なんなら、シャアルラの補佐役の一席を任せても良い。それだけの価値は見える。
で、誰に任せる。忙しいはずだが、ヒポリの隙間時間にお願いするか。それとも。
「ガンズ翁なら暇だろう。伝えておけ」
「仰せのままに」
考えている内にシャアルラからお達しが下った。パアルカラッソも瞬時に考慮、判断、承知した。
「サルタ。妖樹軍団の仕事が空いている時で良い。魔王城3階に部屋を用意されている知虫軍団が謀将、ガンズ殿を訪ねよ。我々の居ない間に成長しておけ」
「分かりました」
全然分かっていなかったが、サルタの返事は間を置かない、きりっとしたものだった。
シャアルラとパアルカラッソ、どちらにも、これは生返事だな、と見極められてはいたが。
「では帰るか」
シャアルラの一言を合図に、3人は飛んだ。内1人は椅子が。
帰り際、たまたま駐車場近くに下り立ったミキメらと出くわし、久々の立ち話なども楽しんだ。
平和な夕べであった。
そして。
シャアルラは父との晩餐の最中、敵襲の報を受けた。




