ミキメとカリナ。
とは言え、水中にて海獣の調教をするためには、どうしても覚えなければならない事がある。
それはつまり、かの魔法師団がたどった道、水中適応の訓練。
そうしてテンクウが毎日のトレーニングに励んでいる頃。
ミキメは空中にて困難に出くわしていた。
「・・・・行こう」
「・・・は、はい」
「ええー?もう行っちゃうのおお?」
ミキメの上司、飛竜軍団出張所勤務カリナに促され、ミキメがカリナの後を追おうとした所、そのルートを塞がれた。
凶鳥軍団に。
相手はミキメよりも鋭い翼を持った、日常的に空を飛んでいるタイプの魔族。間違いなく、ミキメより速く長く飛べる。ミキメとしては、あんまり長く顔を合わせていたくない。
「なー、なー。ちょっと遊ぶだけじゃん」
「・・・」
黙って訓練飛行ルートを飛ぶカリナ、追従するミキメ。そして2人を追いかける凶鳥。
注意をして聞くような相手でもないため、カリナは目的地への到着を優先した。流石に他軍団の敷地内にまでは入って来ない。今回は魔獣軍団本部跡地まで。ヒポリやカネを刺激する度胸は、まさかないだろう。
「あーっそ。無視するんだー。つまんねー」
カリナがちらりと振り返ると、凶鳥軍団の者は飛行進路を変更、どうやら帰るようだ。
あっという間に視界から消えた鳥にホッとしつつ、ミキメはカリナに話しかけた。
「・・・めっちゃ怖かったっすね」
「ああ。やり合えば、問題になる。私も上司に怒られるかと思い、怖かったよ」
「そうっすね」
ミキメの恐怖はそれだけではなかったのだが。カリナの強さに安心感を覚えてもいたので、言及はしなかった。
翼を並べた2人は、それからは訓練コースを平常通りに飛行。ミキメの筋肉痛も、少しはマシになって来た。
魔都の空は広く狭い。ラインの上方に雲がかかると途端に狭く感じるが、今日のような遥か彼方まで見渡せる天気では、こここそが果てのない世界そのものなのだと思わされる。
「少しは慣れたかな?」
カリナの問いかけは風にかき消されなかった。それなりの速度で飛んでいるにも関わらず、隣のミキメにちゃんと届いていた。
「魔獣軍団に居た頃は、ここまでっていうか、めったに飛ぶ事もなかったんで。飛竜軍団さんには頭が上がらないっすよ」
答えるミキメの方は少し声のボリュームを上げている。
「それが我々の存在意義の全てだからね。戦闘に直接参加しない以上、伝令を早く確実にこなす必要がある。ミキメ君も十分にその素質があると思うよ」
「ありがとうございます」
そう、だな。
ミキメはなんとなく、ここで暮らして行っても良いかなと思い始めていた。
飛竜軍団とは体の出来が違う。彼らのようなタフな肉体は持っていない。それでも自分は訓練飛行について行けている。
それに、空を自由に飛ぶのは、気持ち良かった。
思わぬ事であった。
メガッカ種は飛行を得手とはしていない。逆に飛ばなくても健康を害したりはしないので、魔獣軍団でチラシ配りをするには持って来いの人材であったのだが。
自分の翼で空を飛ぶ、ってのは、こんなに気持ちが良いのか。
生まれて初めて知った。
「おれも、ここに誘ってもらって、良かったですよ。こんなに飛んだのは初めてで」
「そうなのかい?そんなに良い体してるのに」
「いやいや。カリナさんに言われたら嫌味っすよ」
笑い話も出来るようになり。先輩後輩の仲は、決して悪くなかった。
そしてミキメの言う通り、カリナの体躯は立派なものだった。飛竜軍団の中では小型に入るが、それでも頭部からシッポの先まで10メートル、翼長8メートルの立派な飛竜だ。
「流石に私もタクシードラゴンらのようには行かないよ。乗せられるのもせいぜい数人。竜の中じゃ、落ちこぼれも良い所だよ」
「・・・そんな事はないと思いますけど」
魔都で通常飛行可能なのは飛竜軍団のみ。その意味は、旅客業にも適応される。大型ファミリー向け飛竜、大型魔獣搭乗可能飛竜など。カリナの倍以上の体躯を持った竜もいくらでも居る。
魔軍伝令役は、決して端役ではない。特に忠誠心や堅実さなど、数値化しにくい人格の高さを必要とされるため、派手な活躍は出来ないまでも、魔法師団など魔軍高官からの評価は高い。
だからミキメの言っている通り、落ちこぼれなどとはとんでもない、と言い切れるのだが。
現実として、カリナのスペックは高い方ではなかった。
確かに飛竜軍団は現代の戦場では戦わない。とは言え、空を飛び目立つ存在である飛空伝令は、タフか敏捷でなければ務まらない。並み居る飛竜の中には、敵弾の的にならないよう超低空飛行を得意としている者や、砲弾を直に食らってもケロッとしている化け物じみた者まで、あらゆる戦場で確実に任務を果たせる人材を取り揃えているのだ。
その猛者どもの中にあって、飛竜軍団出張所海魔支部に置かれているカリナの特性は、堅実さ一点。命令に従い余計な真似をしない。それゆえ、絶対的な非常事態、人族の海からの侵入に備えて配備されているのだ。パニックにおちいらず、海魔の情報を迅速確実に魔都に伝える非常線の役割。それが出来ると思われている。
カリナは飛竜軍団の中で、才能の無いエリートである。上に行くには力が足りない。ここが限界・・・というラインを認識してしまったエリートである。
最近、ちょっと息苦しい。
到着。魔獣軍団魔都本部。
2人はイブー獣舎手前に下り立ち、しばし休憩。
「・・・あー!」
翼を広げ、両手を広げ、ミキメは大声を上げた。
「どうした」
そんなミキメを見ても、カリナは驚かない。ミキメの情緒が不安定、というかテンションの上がり下がりが中々に激しいのは知っていた。シッポを広げ、体を横たえ、完全休憩の姿勢に。
「いや。もうここには民間人しか居ないっていうのが、気楽で気楽で」
良い笑顔で笑うミキメに、カリナはなんと答えたものか分からなかった。ただ、その笑顔があまりにも自然だったので、つい自身も笑ってしまったが。
カリナは自らにくくり付けていた大きな袋の中から弁当を取り出し、食べ始めた。今日は串焼きをそのまま持って来た。ミキメも同様に腰に下げていた袋から、好物の植物の種の入った弁当袋を取り出した。そして食べながら、会話は進む。
「なんと言えば良いのか分からないが。魔獣軍団解散の件は、残念だったな」
2人がこの話題に触れた事は、今までなかった。デリケート過ぎる。
「そうっすか?」
が、当のミキメがへいちゃらな顔をしているので、カリナはなんだかバカらしくなってしまった。巨大な(ミキメから見て)水筒の茶を飲み、肉をかじる。
「最も古い軍団だろう。魔獣軍団は。魔法師団以前より魔王様に仕えていた歴戦の猛者。もちろん、現在もヒポリ様もカネ殿もなお健在。魔獣が失われたわけではないが、な」
「そうなんすか」
種を口に流し込みながらの、へー、とでも言わんばかりのその態度に、カリナは怒りよりも不思議を感じた。最も近くに居たんだろうに。
「・・・いや。おれは戦場には詰めてなかったんで。カネさんとかの訓練は見てたんで、ヤバいなってのは知ってますけど」
カリナの疑問の視線に、ミキメは素直に答えた。
そもそもミキメは強さを買われて魔獣軍団に誘われたのではない。軍団員養成所スキア・ライン支部を卒業後、凶鳥軍団には入りたくなかったので、魔都にて就職先を探していた所、ちょうどスカウト担当を探していた魔獣軍団を知った。そしてカネとの面接をクリアし、魔獣軍団から軍団員としての生活を始めたのだ。
「それなら仕方がない・・・のかな?それでもヒポリ様の重みは知っておくべきだよ」
「はあ・・・」
知らないわけではない。ミキメとて、正式に魔軍にある身だ。今度の魔王代行の任をもってしても、その存在感は推し量れる。
「もし。ヒポリ様が飛竜軍団に来たら。その瞬間に、ウチは魔獣軍団になる・・・かも知れない」
「・・・それは無いっすわ。飛竜軍団長さんに失礼っすよマジで」
「そうだね」
ミキメは気付いた。にこりと笑ったカリナの言に、己の発言の意味を認識させられた。決して直言したのではないにせよ、ヒポリを蔑ろにしたかのような返答であった。
「君が思うより、あの方は遥かに大きい。私の飛竜軍団長ダロン様への失言より、君の言一つ一つが重く見られるはずだ」
「そこまでっすか?」
いくらなんでも。それではまるで、魔王そのものではないか。
「なにせ、魔王代行という役職自体が前代未聞。魔王様には、何か感じ取られたものがあるのではないか。そう軍団上層部では噂されている。軍団と魔王様直轄魔法師団を別行動させる必要性のある事態・・・とか」
「・・・まさか」
過ごしやすい陽気と心地よい風の入り交じる、最高の天気の日に。
ミキメは背筋を震わせた。
「敵情視察は知虫軍団の領域。我々も詳しくは知らない、あくまでも噂話。それでも、毎日の訓練を怠ってはいけない理由。理解してもらえたかな?」
「・・・痛いほど」
気を引き締めたミキメを尻目に。カリナ自身、より研鑽を積む気構えを組んだ。
ミキメはまだ知らないが、ここ魔獣軍団魔都本部は、非常事態における他軍団の予備施設としても利用される。イブーの調練場や、カネらのトレーニングに用いられている訓練場が丸々集合場所になるのだ。
「「決戦場」に最も近いニア・ラインに魔獣軍団本部が置かれているのは伊達ではない。こことの行き来も、非常事態には頻繁に行われるかも知れない。そして、今聞いた事は全て忘れろ」
「ええー・・・」
「命令には絶対忠実。それが飛竜軍団のモットーだ」
「了解です・・・」
微妙な顔をしつつ頷いたミキメだが、カリナの真意は受け取っていた。
忘れろと言いつつ、カリナは忘れていない。ならミキメも忘れなくて良い。問題は部外者に軽々に口外しない事。そして己の職務を全うする事。この2つを、ミキメはしっかり噛み砕こうと努力していた。
「しかし、本当にそんな事あるんですか・・・?10年前、あいつらが勝った後なら分かりますよ。勝ち戦のはずみに乗って負けたこちらを叩こう、ってのは理屈として理解出来ます。でも、向こうは今回負けたんですよ。領土決定戦に。しかも「エリート」戦力を間違いなく失いました。ヒポリ様と魔王様の活躍で。余力なんて、無いんじゃないっすかね」
「さてな。正確な敵の思惑なんて、もちろん私にも分からないさ。けれど人族の繁殖速度はイブーに次ぐものがある。エリートですらポコポコ生まれているのかも知れんぞ」
「そんなムチャクチャな。それだったら、魔族が負けるに決まってるじゃないですか」
「だからだ。魔王様は海魔に潤沢に投資して、魔族側の時間を稼ごうとしておられる。決戦場近くには魔獣軍団を置いて、守りの要と決めた。そしてその時が来た・・・」
「・・・・超ヤバくないっすかそれ・・・?」
「ヤバい。けど魔法師団からの布告は何も無い。だから今は普通に訓練あるのみ。それだけだ」
「うす」
なんだか恐怖のみを刻み込まれたような気がするミキメだった。
食事休憩を挟んだ2人は、それから魔王城まで飛び、たまたま出会った子猿とシャアルラに挨拶など交わし、海魔に戻って行った。




