EP.1 蒼い乙女-2
[2018/4/2 関東特定犯罪特装捜査局(港区)]
午前8時10分。やや緊張したような面持ちでエレベーターに乗り込む男がいる。馬先耀である。
約3ヵ月の訓練を経て、本日付で正式に加わる事となったのだ。
エレベーターの扉が開く。そこには早乙女がいた。
「おはようございます。先輩」
「おはよう。5階に来るのはスカウトした日以来ですね」
「はい」
早乙女は馬先についてくるよう言って歩き出した。
「私以外の刑事と会うのは初めてでしたね」
「どんな人が居るんです?」
「私を除いて4人…あっ1人北海道に出向しているので3人ですね。で、内2人が元々民間人で残り1人が警視庁出身の課長です」
「ちなみに早乙女先輩は…」
「元交番勤務です」
「…ところでなんで敬体なんすか?自分後輩ですけど」
「あ~私の方が年下ですからね」
「1歳だけですよね?そこまで変わらない気が…」
と、無駄な話をしている内に目的の部屋に着いたようで早乙女は立ち止まり、体の向きを変えた。馬先もそれに倣う。
「新人を連れてきました」
と言いつつ早乙女は扉を開けた。しかし、誰も反応しない。そのことに僅かな違和感を馬先は覚えたが、室内を見て納得した。反応すべき人間が居ないのだ。
「あれ?涼さんと課長まで居ない?」
「私は居るわよ」
と言いながらどこからともなくカップを持った女性が現れた。
「あ、涼さん。課長はどこですか?」
「さあ。私も知らないけど、すぐに戻ってくるんじゃない?」
涼と呼ばれた女性はそう言ってカップの中身を啜ると、馬先の方に目を向け
「で、彼が今日来るって言ってた新人?」
と尋ねた。
「馬先耀です。よろしくお願いします!」
「そう。私は剣崎涼」
そして剣崎は馬先から視線を外し、巨大な机の奥にある自席に座った。
「それで早乙女先輩」
「涼さんなら24歳警視で…」
「いや、それよりこの部屋は何なんです?」
「ノリ悪いですね…特装刑事課の部屋、ミーティングルームとも呼ばれています」
「ということは…」
「私達の主な職場ですね」
「ここが…」
と言って馬先が横を見るとそこに早乙女の姿は無かった。視線を前に戻すと剣崎が手招きをしていたので馬先はそちらへ向かう。
ちょうどそのとき扉が開いた。続けて謹厳実直そうな顔つきの男が入ってくる。
男は部屋を見回して馬先を見つけると笑顔で近付きながら
「馬先耀君だったな。課長の三角、三角啓介だ。よろしく」
と言って手を差し出した。馬先はその手を取り二人は握手を交わした。
「よろしくお願いします」
と馬先が会釈をしようとすると入り口の方から鈍い衝突音がしてその直後牛皮を引きちぎったような悲鳴が室内に響いた。馬先、剣崎、三角がほぼ同時に音のした方を見ると大男が肘から小指にかけてを擦っていた。
三角と剣崎はすぐに大男に興味を無くして視線を外したが、馬先だけは何者かと思い大男を見ていた。
「彼は獅子三九郎。気にしない方がいいわよ。たまにある事だから」
馬先の持った疑問に気が付いた剣崎が目線で奥に行った三角を軽く追いながら言った。
「そうなんですか。ところで僕に何か用ですか?」
「今終わったわ。課長とライ……じゃなくて三九郎を紹介しようと思っただけだから」
「そんな事でしたか。ありがとうございます」
「いいのいいの。それはそうと葵ちゃんって160センチも無いんだけど…」
「涼さん?」
「ははん。居たの?葵ちゃん」
「居ましたよ………目の前に」
「別に悪い事吹き込むつもりじゃなかったわよ?」
「本当ですか?」
「そう、葵ちゃんとしては知られるとちょっと困る事を1つね」
そう剣崎が言ったとき早乙女は般若のような形相になりかけたが、三角から集合するよう指示が飛んできたため話も含めて中断した。
「改めまして本日付で配属されました馬先耀です。至らない点も…」
そして数分後、三角に促されて再び挨拶をする馬先の姿がそこにはあった。もっとも、唯一顔を合わせていない獅子以外はまともに聞いていないが。
挨拶を終えてバラバラな拍手が響く中、課長の机に設置されていた無線がどこかしらからの電波を受信した。
「こちら特定犯罪特装捜査局特装刑事課」
近くに居た三角が応対をする。
「………了解!」
三角は全員の居る方へ向き直り、
「港区にて変死体が発見された。獅子、早乙女、馬先の3名は現場に急行。詳しい場所は追って転送する」
と言った。
こうして馬先耀(22)の刑事(階級:諸事情により警部)としての初の仕事が始まった。
[2018/4/1 港区赤坂]
もう2時間もすれば日付も変わるだろうかという時間。島田美佐は友人と別れ、帰路についていた。
そのとき島田の後をつける足音があった。当然人通りの少ない時間ではないので島田は気にしていない、というより気が付いていなかった。
その足音は徐々に近付いていき、そして島田との距離が3メートル半程になった所でその距離を足音の主は保った。しかし、島田はまだ足音に気が付かないでいつもの道で駅へ行こうと路地へ足を踏み入れた。
しばらくして島田はようやく自分をつける足音に気が付く。だが、もう手遅れだった。島田が振り返った先には異形の者が佇んでいたのだ。そして恐怖で動けない島田に異形の者が一歩一歩近付いていき…………
[2018/4/2 港区赤坂]
午前7時過ぎ。ある近所に住む老人が日課としている神社までの散歩をしているときであった。
老人が水分補給をしている最中にふと足元に視線を落とすと女性の足のような物体が転がっていた。驚いた老人がその足に沿って視線をずらすと若い女性が建物の間で倒れているのを見つける。
老人は急いでその女性に声を掛けるが反応は無い。慌てて老人は携帯電話を取り出し、救急を呼んだ。
救急車が来るまでの間老人は、血の気の無い女性を前にただおろおろするばかりだった。