EP.1 蒼い乙女-1
[2017/12/20 都内某所]
"怪奇!!都心に潜む狼!?"
雑誌の、その見出しがつけられたページを無表情で読む男がいた。
「どうした?ドリア冷めるぞ」
しばらくその状態が続いたため、隣に座っていたその男の友人が声をかけた。男はその声に反応して一口ドリアを食べると、読んでいた雑誌を友人に見せた。
「今度は狼男だと」
男が言った。
「ああ。その手の記事か。この雑誌じゃ珍しいな。これ確か政治やらゴシップが中心だろ?」
「ネットにも目撃情報がゴロゴロとあるってさ…世も末だな」
「こういう都市伝説なんていつの時代も一つや二つはあるんだから世も末ってことは無いだろ」
「それもそうだけど」
友人と話しながらもドリアを口に運んでいた男は、友人が食事の手を止めてスマートフォンを操作しているのに気が付いてそちらを見た。
「彼女でも出来たのか?クリスマス直前に」
食事中にいきなりスマートフォンを使い始めた事にやや驚きながら男は友人に尋ねた。
「それは想像上の存在だ。そんな事より都市伝説で思い出したんだよ…あったこれだ」
と言って友人は男に画面を見せた。
「『怪人類。それは進化した人類であり、文字通り怪人へと変貌する力を持つ。…』何だこれ?」
男が困惑した表情でそう言った。
「近頃話題の都市伝説というか噂。聞いた話じゃ八割方デマだけど一部は妙に真実味があるというか信憑性が高いらしい」
「ふーん。ちなみにお前の見解は?」
「十割創作。だな。まあ話のネタになればどうでも良いだろこんな物 」
「違いない」
「そういや彼女が出来たのか聞いてきたけどお前の方はどうなんだ?五輪メダリストの馬先耀サン?」
友人は半ばにやつきながら馬先に聞いた。馬先はため息をつき
「全然」
と首を横に振りながら言った。それを聞いた友人は周りの迷惑にならない程度に笑いながらも馬先を慰めた。
[同日 馬先耀の自宅]
"警察には怪人類等が引き起こす事件を専門に調査する部署が存在する"
友人と別れた馬先はストレートのマッカランをシングルで2杯飲んでから帰宅すると友人から聞いて気になっていたため、怪人類について調べていた。無論友人の言っていた通り胡散臭いものが殆どだったが、端から作り話だと思っている馬先には関係無い。
そうしている内に玄関で物音がしたが、馬先は酔いが回ったためか気に止めなかった。
[2017/12/21 同所]
朝、目を覚ました馬先が新聞を取りに玄関へ向かうと郵便受けに封筒が入っていた。
封筒はA4程のサイズでそれほど厚みは無い。馬先が中身を確認するとそこには大きさの異なる2枚の紙とバッジ状のものが入っていた。
「地図と…通行証?それから…『12月21日午前10時に同封の地図にて指定した場所に来てください。詳しい話はそこで』?」
用件も何も書かれていない怪しげな文書だったがどうにも気になるので馬先は行くことにした。
[同日 港区]
現在時刻午前10時。馬先はあるビルの前に居る。
中に入ると、そこはエントランスホールであった。受付と書かれたカウンターへ向かいそこに居た無愛想な男に封筒に入っていた書類一式を提示した。
「すいません、この地図の印が付けられてる所ってここで合ってますか」
「はい。その住所はここで間違いありません」
「住所?…あっ書いてあった。ところで用件は一体何ですか?何も書いてありませんけど」
「担当の者が来ますので座って待っていて下さい」
と、にべもなく言って男は馬先の背後のベンチを指した。馬先は反抗する理由も無いので大人しくそれに従った。
馬先の前に女性が現れたのはベンチに腰を下ろして間もなくのことであった。時間にして3分程。
「馬先耀選手ですね?昨年のオリンピック射撃代表の」
「はい」
「今日お呼びした用件について話をするので付いてきて下さい」
と続け、そのまま建物奥へと向かった。馬先は急いでその後に続く。
女性に連れられて行った先は5階の一室であった。
そこに置いてあった椅子に机を挟んで向かい合わせに座った馬先と女性。
「さて、何故貴方をここに呼んだかというと…」
女性は座った途端話し出した。
「一言で言えばスカウトです」
「は?スカウトって…何ですか?」
「射撃能力を見込んでの事です」
「いやいや、そもそも貴女方は一体…」
「封筒や入り口に書いてあったの見てませんでしたか?私達は"特定犯罪特装捜査局"、一応警察です」
その言葉を受けて、馬先は持ってきた封筒を見た。そこには特定犯罪特装捜査局と文字がはっきり入っていた。
「何か問題が?」
馬先が考え込んでいるのを見て女性が尋ねた。
「その捜査局って聞いた事無いんですけど」
「2年前-2015年に出来た組織ですからね…大々的に設立を公表した訳でもないですし…ホームページは有りますけど…」
「それから、特定犯罪って具体的には何なんですか?」
と馬先が言うと、女性は頭に手を当てながら
「特定。と付いている割に範囲が広すぎるんですよね…殺人とか交通とか…まあ一言で言うと現代の常識を超えた犯罪です」
と答えた。
「まあそれは良いとして、何故僕なんですか?」
「先程言った通り貴方にずば抜けた射撃能力があるからですが?50mライフル伏射銅メダル、同じく3姿勢金メダル、ダブル…」
「いや、射撃には自信は有りますけど、それだけじゃないですよね?警官に必要な能力って。僕にはそれは有りませんよ」
「大丈夫です………多分」
女性は首を傾げながら言った。
「多分って…」
「民間からスカウトされたメンバーは既に何人か居ますから」
そう言うと女性は足元からアタッシュケースを取り出して、その蓋を開くと馬先の方へ向けた。そこには、拳銃と手錠が納められていた。
「それに、例え射撃だけだったとしても貴方の力が必要なんです。市民を守るために」
その言葉は馬先の1年程止まっていた胸のエンジンに火を着けた。
「分かりました。その話、受けましょう」
と言うと、それまで真顔だった女性は驚いたような表情を浮かべた。
「えっ!?あっはい」
「どうしたんですか?いきなり」
「あまりにもあっさり決まったので、つい。説得に2時間以上掛かると想定してましたから……そうそう、自己紹介がまだでしたね」
女性はチョコレート色の警察手帳を取り出し、開いて馬先に見せる。
「早乙女葵。21歳警部です」
早乙女は僅かに微笑みながら言った。
「ところでこの拳銃と手錠は?」
「貴方に配備された物ですよ。と言っても今のところ持ち出し不可ですけど」