7:ゴルドよりー2
「こうして時々、あいつと話しにくるんだ」窟を出てから、カゲロウが言った。
「あれは何なのです」
「ずっと昔、竜が生まれるよりも太古の昔から、ああして地の底に棲んでたんだ。色々話してくれるぜ」
カゲロウは山道を登りはじめた。彼が語ったところによれば、そうして闇の一部を自分の中に取り込んでからは、世のすべての生き物を手中におさめることができるようになったという。
「あいつは竜のことも、人間のことも全部知り尽くしてる。何せずっと見てきたんだからな」
やがて私たちは小高い丘に出た。木々の合間からイーブの都の赤屋根がちらちら見え隠れしている。
「竜を呼び出してどうするおつもりなのですか」
「別に、おれは何もする気などないよ。竜の好きなようにさせてるだけだ」
樹に押し倒されるような恰好で、小さな、みすぼらしい家が近くに建っている。これがカゲロウの住む家なのだろうか。私は意を決してカゲロウに訊ねた。
「町で、あなたを知っていると思われる神父の男と会いました。ここに来るまでに、何があったのです」
カゲロウは蛙のような目で私を見た。それから色の薄い唇を開いて言った。
「何も、特別なことはない。ありふれたことだ。ただおれは、人間というものに愛想をつかしてしまったんだな」
カゲロウは続けた。
「人間味というのが染み付いた、ありとあらゆる一切のものが堪らなく汚いものに思えたわけだ。それで畜生の道に落ちた者どもと一緒に、夜の果てまで転がり落ちていこうとした。しかしなあ、あんた。もうすぐ竜が来るぜ。おれはほんとうに竜を美しいと思うよ。何故ってあいつらには、人のいう思考とか意識とかいうのがないんだ。ただ腹が減った時に羊を喰らい、糞をして、眠たくなれば翼をたたんで寝る。なんて美しいんだ」
この男は狂っている。私は思った。それだけに危険だ。恐らくこいつは、町から見放され、神父の忠告も聞かずに窟へ入っていってしまったのだ。
そのとき一陣の風が舞いあがり、木々の梢がばさばさと揺れた。丘が鯨のように呻き、山のような木立から黒々とした竜が姿を現した。
竜の背は、弓のようにしなっていた。細長い躰には一面、赤銅のような鱗が敷き詰められており、竜が翼を打つたびに燃え上がるようにきらきらと光った。頭は小さく、ぎざぎざの棘が首からとかげに似た顔まで生え茂っている。そこだけ鱗のない、白い腹からは木の幹のような脚が伸びていて、先っちょには鋭い爪がくっついている。
竜は丘を飛び越えると、夕日に照らされた町の上空に躍り上った。やがて竜は大きな鳥くらいの大きさになり、木の葉みたいに小さくなって、舞いながら今しも太陽が沈みこもうとしている地平線の彼方へと消えていった。
カゲロウは狂人のようにはしゃぎ回っていた。私はそれを見て、寂しいような切ないような、得も言われぬ感情を覚えた。
カゲロウは、驚くほどあっさりと捕まった。抵抗すらしなかったほどだ。カゲロウが処刑されてから竜も、その後を追うようにしてゴルドから姿を消した。竜の群れが棲むという最果ての群島へと飛んで行ったそうだ。
またカゲロウは竜を意のままに操っていたというわけではなく、ただゴルドにいるように仕向けていただけだった、らしい。竜が気まぐれを起こして人を襲うような真似に出なかったのは、幸運というほかない。
あのあと『畜生の窟』は取り壊され、行き場を失った麻薬中毒者たちはそのほとんどが町で行き倒れたらしい。窟の一番奥にある穴も調べられたが、石を落としてもすぐには着地音が響いてこないほどに深い穴が口を開けていただけで、何らおかしな点などはなかったという。
こうなると俄然、カゲロウの目的がわからなくなってくる。私は、ただ竜が空を飛んでいる様が見たいという子供じみた思い、私自身も抱いたそれがカゲロウの真意なのだったのではないか、などと考えている。




