5:リューンより
リューンの町は、霧に覆われていた。
霧の合間からは、町のそこここに点在する畑が垣間見えていて、ぴょこんと土から飛び出た芽にはみんな霜が積もっていた。
私は登って来た丘の上から霧に包まれた畑を見下ろした。霧は凍った土の臭いがする。
と、前方から何かが道をやって来た。細長い顔にひょろひょろとした体つき。背丈は私の半分ほどしかないそいつは、私に気付くと一目散に駆け寄ってきた。
「はじめてですか?」
「はあ」
「この町に来るのははじめてですか?」
舌っ足らずで早口で、やけに聞き取りにくい声だった。困惑して黙っていると、畳み掛けるようにして勢いよく喋り出した。
「宿を案内しましょうか?」
そいつは返事も聞かず、丘とは反対側へずんずんと歩き出した。私も、特に行く宛があるというわけでもなく、彼のあとについて歩き出した。
そいつは頭を重そうに振りながら歩いていた。
その内に、霧の中からそいつと瓜二つの奴が現れ出た。私はしばしぎょっとして両方を見やった。
「旅のお方ですか?」
もう一人のそいつが聞いてきた。最初に会った方のそいつはむっとしたようにそっぽを向き、私の手を引いて急ぎ足に歩き出した。
「お、おい」
もう一人のそいつは、丘の上に立って顔だけこちらに向けじっと私たちを見つめている。
何だか気味が悪くなってきた。背の低い、子供のようなそいつは行く先々至るところに現れ、多少語句こそ違っているものの皆一様に今晩の宿の案内を申し出るのだった。それでも、最初に会ったそいつが不機嫌そうに突き放して先を急ごうとするので皆無視されてしまう形となった。
そいつが紹介してくれた宿は、可も不可もなく凡といったところのものであった。住み込みで働いてでもいるのか、私を客間に通すやいなやすぐに屋敷の掃除を始めていた。ほんとうによく働くもので、ろくに休みもせずに精を出している。
そいつのがりがりに痩せて肋骨の浮き出た胸を見ていると、何だか胸の奥に針が刺し込まれたような、哀しさを私は感じるのだった。
リューンに一週間ほど滞在している間、私は色々な噂を聞いた。ゴルドの国で竜が暴れているという話や、シクリフを覆うようにして広がっている飢饉の話だとか、胸のすれるような厭な話ばかりだった。私が内心顔を顰めて話に加わっている間、あいつは、まるでそれ以外にすることが無いとでもいうように掃除に精を出しているか、どこかに座りこんでぼんやりと外の景色を眺めているかしていた。
まるで召使いのように、私の身の回りのことを何でもしてくれるそいつは、宿の主人とその妻から、たまねぎと呼ばれていた。ろくに給与も貰わずにこき使われているというのに、たまねぎは嫌な顔一つしなかった。
その内に、リューンを出ることになった。
出発の朝、目覚めると、たまねぎはいなかった。どこを探しても、あのばたばたという足音は聞こえなかったし、魚のような赤い顔も見当たらなかった。主人にたまねぎのことを聞くと、あれはいなくなったのです、とだけ答えてくれた。
外に出ると霧は晴れていた。
家の横手に広がる畑には、槍のように尖ったたまねぎの葉がたくさん聳えたっていた。