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どこかより  作者: 国子
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4:ペルミトより


 ペルミトは、山の斜面に囲まれた小さな町だ。

元々この土地は山を切り開いて作ったものらしく、町の西および南側は山の影に覆われていつもじめじめと暗い。だから、私がコブウシに乗って急な山道を辿りここに辿り着いた時にも、まるで黄泉の国の縁にでも訪れたかのような不安と心細さを感じた。


 私は自分の乗って来たコブウシを杭に繋いでもらった後、上を向いてのこぎりの歯のような山肌を見回してみた。山は町にせり出すように立っていて、一番上の崖には家の屋根らしきものも見えた。


 町には私と同じ旅人がひとり滞在していて、名をヒョウツと言った。

私はヒョウツが借りている小さな宿屋に泊めてもらうことにし、彼と卓を挟んでしばし世間話に耽った。

 

「この町は、昔は交易の中継点として栄えたそうなんだが、今はこの通りだ」

「何だかよそよそしいというか……いやな感じがしますな」私は言った。真鍮の重々しい窓の外を見れば、私のコブウシも落ち着かないのかしきりにうろうろと杭の周りを回っている。


 一息置いて、ヒョウツが髭に覆われた口を開いた。

「奴ら、外から何かが入ってくるのを恐れてるのさ。例えば、ほら、あの山とかな」

「山が、外から入ってくるものを防いでいるのではなくて?」


 私がそう訊ねると、ヒョウツはやけに自信満々と言った調子で答えた。

「ああ。どうもおれたちが山からやってきたと噂しているらしい」


 それから話題は、お互いの旅についてのことに移った。

「こんな辺鄙なところを訪れるとは、旦那も酔狂だな」

「気付けばこういう、寂れた村やら町にいるのです」

「おれたちは似た者同士ってことだなあ、そういう奴らは決まって、いつも、同じところにいるもんだ」ヒョウツは親指で髭の生えた顎を擦り、そう言った。


 やがて日が落ちて、夜になった。

山の影が伸びて、町を覆い隠していった。




 夜、闇の中、突然大きな声がして私は飛び起きた。

寝惚けたままふらふらと部屋を歩き回り、その声が、階下から聞こえたことに気付いた。続いて私の名を呼ぶ声。私は何事かと驚いて、扉を開けた。続いて狭い廊下にぱっと明るい光がさして、彫像のような私の影が突き当りの壁にまざまざと映し出された。

 そのせつな、階段を駆け上がってくる音がして、闇の奥から宿屋の一人娘の姿がぬっと現れ出た。手には蝋燭と錆びた鍵束が握られており、まばゆい光を放っている。


「旅のお方、今すぐ鍵をお閉めください、早く」


 その様子は尋常なものではなかった。

何があったのですか、と私が問いかけると、娘は、答える時間すらも惜しいというように首を振ってから短く言った。

「ホケンが来ます、早く」


 何が何だかわからずに私が立ち尽くしていると、娘は鍵束を私に投げてよこしてきた。

「鍵を閉めてください」


 娘はそれだけ言うと、階段を駆け下りて行ってしまった。

気付けば、町中が大騒ぎになっていた。どたどたと廊下を走り回る足音、窓を照らす蝋燭の橙色の光。私も、急かされるようにして部屋の鍵を閉めていった。最後に、出てきた自分の部屋に戻ると、内側から鍵を閉めた。

 何かから逃げ切った、という安心感に身を包まれて、私はその場で眠り込んでしまった。意識が底に沈み込む直前、頭に浮かんだのは、隣の部屋で寝ているはずのヒョウツのことだった。




 寝覚めは悪かった。起きると、背中が痛かった。

階下におりると、昨日の娘とその母親と思しき痩せた女が食卓を囲んでいた。私が挨拶すると、二人は軽く頷いて会釈した。

 私が現れたことで、食卓には沈黙が下りてしまった。私はそれを振り払うようにして声を出した。

「時に、昨日はなぜあんなに急いで部屋の鍵を閉めたのでしょうか?」


「それは、まぁ」と娘。

「こっちの話ですから」

 痩せた女は軽く微笑むと、朝食を口に運んだ。


「なぜですか」

 もう一度聞いたが、答えは同じようなものだった。


「知らなくてもいいことですわ」

 

 私が、やるせない気持ちで朝食の硬いパンに手を伸ばしかけた時、娘が声をかけてきた。

「それより、旅のお方。連れのお方が見えませんが」

「いや、別に連れというわけでは……」


 言われて、ヒョウツの姿がないことに気付いた。私は咄嗟に、窓の外を見やった。杭に繋がれていたはずのコブウシが跡形もなく消えている。

 体の奥から冷や汗が滲み出てくるようだった。それはすぐに、してやられた、という憤りに変わった。


「あの時に逃げたんだ」

 コブウシを盗まれたことよりも、この辺境の地で巡り合った者同士、信頼のようなものを抱いていた相手に裏切られたということの方が私をひどく傷つけた。ようやくことの次第を知ったのか不運でしたね、と気のない言葉をかけてくる親子を振り切って、私は宿を出た。

 杭の近くからはコブウシのものらしい蹄のついた足跡が伸びていたが、草地に入るとともに綺麗さっぱり消え失せてしまっていた。


 やがて山肌の合間を縫って太陽が昇って来た。家々の黄色い屋根が日光に照らされて、白く光っている。




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