3:ラギザードより
感動し涙を流せるほどに美しいものを見たい、という気持ちは私の中で日増しに強くなっていった。最早美術品や景色といったありふれたものでは我慢がならなくなってきていたのだ。常に気を研ぎ澄ませ、自然が、人々が形作る気持ちのいいバランス、つり合いを追い求め続ける。不思議なもので、こうして意識して探してみると、そういうものは中々目に留まらなかった。
美の都と呼ばれるラギザードを訪れたのは、そういう訳があったからだ。
ラギザードは、絵画、演芸、音楽など様々な芸術の源として知られている。世にはばかる全ての芸術はラギザードから始まったのであって、世界中からこれらを志す若き才能が集まってくるのだという。
都を訪れた私をまず待ち受けているのは、古シクリフ様式の大門だった。大理石を切り出して造った大きな門は、お世辞にも煌びやかとは言えない質素な様相を呈していたが、まるで葉を茂らせた大樹を見上げているようでもあって、私は不思議な温かさのようなものを感じた。
ラギザードでは、どこの通りを歩いていても、どの店に寄っていても、必ずと言っていいほど楽の音を聴いた。それはただやかましく喧騒のように鳴り響く、といった代物ではなく、その場の空気、温度、果ては人々の微妙な心の動きといったものを見事に捉えて音に乗せていたのだ。
けれどもそれは、余りにも綺麗すぎた。私の心に熱を伴って迫ってくるような、そんな気迫は含まれていなかった。
私は、絵画を学ぶ学生たちが集まるロークロ学院を訪れた。
教師に案内されて日のさす中庭に出てくると、黒いローブを羽織った生徒たちが草原に寝転がりぼんやりと所在なさげに視線を漂わせているのが目に映った。私は、日がな牧場であくびを噛み殺す羊を連想した。
「あれは何をしているのです」
「世界を見させているのです」
若い教師が答えた。
生徒たちは皆、絵筆も、キャンバスも持たずただそこに横になっていた。眠っているものさえ見られたのには驚いた。
「絵は描かせないのですか」
「描きたいものが見つかったなら、その内に描かせます。うちは急がせないのが方針ですから」
「しかし、これでは」私は軽い憤りのようなものを覚えた。自分はあんなに苦労して美を追い求めていたというのに、彼らはただそれが天から降ってくるのを口を開けて待ち受けているだけなんて、不公平だとさえ思った。
「ほんとうに描きたいものが見つからなかったなら、その生徒はそこまでだったということです。真に才覚のある者なら、おのずと自分が歩むべき道を見出せるはずです」
私は中庭を出たのち、ロークロ学院を見学に回ったが、ほとんどの生徒はそうして「世界を見て」いるのだった。私の心には次第に焦りのようなものが浮かび始めた。
「旅のお方、あなたはせっかちすぎるんですよ」
夕食をあずかっていた時、私の真向かいに座っていた若い教師がそう言った。私はスープをすくうのをやめ、次の言葉を待ったが、教師はそれっきり何も言わなかった。私は礼をいってロークロ学院を出た。
私の旅は、急ぎ過ぎだったのだろうか。思えばこうして世界を放浪する身になってからは、不安から逃れようと、急いて結論を出したがることが多かったようにも感じる。
ラギザードの街並みは、しんとした夜の闇の底に沈んでいた。