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どこかより  作者: 国子
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1:ツェガイラより


 砂丘を越えると噂の墓所が見えてきた。

整然と、まるで巨人が耕した畑のように、黒くて細長い墓標が列をなして立ち並んでいるのだ。墓標は横で五列に区切られていて、遠目には、長さのまちまちな長方形が間隔をあけて地べたに並んでいるように見える。少し近づいてよく見てみると、長方形の形に収まっているものもあれば、二つか三つはみ出ているものもあることがわかった。


 私が訪れたツェガイラという地方は、見渡す限りの荒原と砂に覆われていて、そんな中にほんの少し、乾燥に耐え得る植物が点在するような、いわゆる枯れ果てた土地だった。人々はみなカイと呼ばれる家畜を飼い、小さな街に定住する生活を送っている。

 当初の予定ではここに立ち寄るつもりはなかったのだが、一風変わった墓地があるという話を聞いて砂漠を越えやって来た次第である。


 墓標は私の背丈よりも大きかった。表面にはツェガイラの民が用いる引っ掻き傷のような文字が幾行も刻まれていて、その隙間には長い年月吹きさらしにされていたせいか砂とも埃とも知れぬものが詰まっていた。

 町の住人は皆、質素で慎ましやかな生活を送っていた。私が道を通ると、手を口にあてて息を吹きぶー、という音を出す。この地方では挨拶を意味するらしいその仕草に包まれながら、私は宿を探し訊ねた。やがて屋根に煙突の生えた小さな民家が見つかった。そこに住む夫婦と二人の兄弟とは私を温かく出迎えてくれた。


「立派な墓でしたな」

 私は、食卓について豆のスープを啜りながら言った。夫婦はにこにこしている。


「あれは町の皆のものなのです」頭皮の薄い、猿のような顔をした夫が続けた。「家族ごとに墓を区切って使っているのです。年寄りの順に、一、二、三…って具合です」


 夫の説明は要領を得なかった。旅人などめったに訪れないのだから当然なのかもしれない。それでも話を聞いていると、墓について大よそ次のようなことがわかってきた。


 ひとつの長方形が一家族のものとして区切られていて、生まれの早い者から順に左端から墓標が建てられる。五列が埋まれば上に付けたす。そういう風にして長方形が出来上がっていくのだ。


「驚いたなあ。じゃああの墓標の下には、代々の先祖たちが生まれた順に埋められているわけですか」

「そうです」太った妻が言った。


 食事中に気付いたことだが、テーブルには夫、妻、二人の兄弟、私を合わせた分よりもひとつ多く、六つの椅子が並んでいた。一つだけ空の椅子があるのである。何となく気持ちが悪くて、私は訊ねてみた。


「時に、あの椅子は誰のものなのですか」


 一瞬食卓が静まり返ってからすぐに、夫が口を開いた。

「次男のものです」


 天井から垂れ下がった明かりが揺れた。窓の隙間から忍び込んできたのか、小さな羽虫が明かりの周りをぐるぐると回っている。


 まずいことを聞いてしまったか、と思い弁解しようと口を開きかけたところ、それを遮るようにして夫がぽつりと言った。

「死んだのです」


 夫は続けた。「次男はそこです」夫が指差す先、床の上には、細長い大きな箱が闇の中にその身を横たえていた。私は思わず、歳の離れた兄弟の方を見やった。ふたりは千切ったパンを頬張っている。


 私は何ともいえない寒気のようなものを感じて、慌ててスープを口に運んだ。スープは冷えてぬるかった。




 寝床についてからも、あの箱のことが気になってよく眠れなかった。翌朝家族に礼を言って家を出た時も、正直なところ早く立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。夫婦は気のいい人だったし、ふたりの子供も優しい子だったけれども、私はどうしても、その笑顔の裏にある何かを邪推せずにはいられなかった。


 その後いくつかの民家を訪ねてみてわかったことだが、あの石造りの箱はどの家にもあるようだった。大抵は玄関や居間など家族の目に触れやすい場所にでんと置かれており、中には五つもの箱が部屋を占拠している例もあった。

 

 その足で墓所に向かう。物言わぬ黒い墓標の群れは、町を守る番人のように行く手に立ちふさがっていた。五かける八の、比較的小さな長方形、その一番新しいはみ出した一つ目の墓標の前に、だれたマントを羽織った老人が立っているのが見えた。

 興味を誘われて、私は近付いてみた。老人は花束を墓にそなえていた。


「もし」私が声をかけると、老人は亀のように首を動かしてこちらを見た。


「ちょっと伺いたいことがあるのですが」私はそう続けて、老人の隣に立った。老人は伏し目がちに私を見ている。

「墓に死人を埋める順番は絶対、なのですよね」

 老人は頷いた。

「だから、家族の中で一番年老いた者が死なない限り、もしそれより若い者が死んでも埋葬することができない。棺桶に入れて、いつでも家族の目に触れるような場所に置いておく。そうなのですね」

 老人は何も言わなかった。私はさらに続けた。


「なぜこの町の人々はこんな奇妙なことを続けているのでしょう」


「誰かがそう決めたから、だ」


 老人はそっけなく言った。

それで、どこかへすぐに立ち去ってしまった。


 私も、多少の旅情のようなものをこの墓石群の森に覚えながら、町を出た。砂漠の昼は熱い。これでは、あの棺桶の中の死体はすぐに腐ってふやけてしまうだろう。




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