プロローグ(7)
とりあえず、グレフィル学園はとにかく広大である。迷ってしまって食堂一つ探すのにかなり手間がかかってしまった。
授業も入学式当日ということもあって授業は昼過ぎにはもう終わっていた。交流のためだろうか、広い食堂のいたるところでパーティが開かれている。案の定俺はそんな中に入っていくほどの社交スキルは持ち合わせていない。
正直、飯食ったらさっさと出ていこう。俺は適当なものを頼むと空いている所に座る。
「ちょっといいか?」
目の前の丼に目を移していたら前から男性の声がやってきた。俺が何の用だろうかと顔を上げたら火の玉を弾き飛ばした黒髪の男がいた。頬には至る所に絆創膏や包帯が巻かれている。今の俺より重症に見えるのだが、何があったんだ。
「……あのだな、足は大丈夫なのか」
気まずいのか俺から目線を外し、頬を掻いて聞いてきた。
「ああ、もう大丈夫だ」
「足引きずってなかったか?」
正直よく見ているなと思った。
「精霊治療を受けたからな。少し痺れているだけだから何ともないよ」
黒髪の男は事情を知らないだろうが、俺は自分からこうなることを選んだ。だから黒髪が加害者でない限り俺が彼を攻める理由はない。
「その、すまなかった!」
大きく頭を下げてきた。
見た目通り、竹を割ったような性格をしている。こういうのは印象は悪くない。しかし、謝るのは俺ではなく……。
「僕の方からもお願いします」
黒髪の男の後ろから小柄な男が出てきた。髪は金色で男にしては長い髪をしている。腕や足はとても細く、華奢だ。そして中性的である。
首から大きな箱型の物をぶら下げている。そして肩には精霊であろう小さなオレンジ色のイタチがいる。
「僕もだいぶ謝ってもらいましたし」
俺が精霊の力を使わなければ顔に大やけどを負うはずだった少年。かすり傷を負ったということだがもう何ともないのは明らかだった。
「被害者がそういうんだから許すしかないだろ、それに俺より怪我してるしな」
俺は微笑んでから言った。
「僕達の先生に厳しい折檻を受けたんだよ。『入学初日に問題を起こしてくれたな』ってね」
「『僕達』ってことは俺の担任でもあるのか?」
「うん、僕たち三人同じクラスさ」
自分の教室に一度も足を踏み入れてないので、担任が分からないのも当然である。
怖そうだ。気を付けておこう。
「別に怒ってもいないから、もう頭を上げてくれないか」
俺は黒髪の男に言ったが、頭を上げてくれなかった。
「それじゃあ、俺の気が済まない。気が済むまで殴ってくれ」
俺が苦笑いして少年のほうへと向くと彼も同じような表情をした。こういう性格の奴は嫌いではないが。
「そしたら、貸しってことでここは収めてくれ。今度何か奢ってくれ」
そういうと黒髪の男が頭を上げた。
「ああ、わかった。困ったことがあれば何でも言ってくれ」
そして男はぱんと手をたたいて続ける。
「気になってて、昼飯が食えなかったんだ。お前も昼だろ、一緒に食っていいか」
頭を掻きながらばつが悪そうに笑う黒髪の男。
「ああ、別にかまわない」
「ちなみに、俺はトウジ・サマーウィンっていうんだ。トウジって呼んでくれ。よろしくな、えーと……」
「セルファ・サイリファス。こっちもセルファでいい」
「了解。セルファ。じゃあ、ちょっくら、メシ買ってくるわ」
そういうとトウジは食堂のカウンターへ走って行った。
「ちょっかいかけられてた女の子を助けようとしてたし、悪い人じゃないよ」
少年が微笑みながらそう言った。
「ちょっと暑苦しいけどな」
俺も笑って言う。
「僕はトゥルゥ・ミラージュビィ。僕もトゥルゥでいいよ」
わかったと答えると、トゥルゥも俺の机にあった椅子に座る。そして、数分間他愛もない話をしているとトウジが帰ってきた。
すると俺とトゥルゥはトウジの手に持っている物に驚く。
「多すぎだろ!」「多いよぉ!」
トウジの持っているお盆の上にはごはんが乗っている丼が五つ、他にもおかずが三皿。そのどれもが大きな山を築いている。見ているだけで胸焼けがしてきた。トゥルゥは呆気にとられている。
「そうか、たいしたことないだろ」
「たいしたことあるわ!」「たいしたことあるよぉ!」
またも揃って突っ込みを入れる。
「いや~、精霊の力を使ったら結構腹減る性分なんだわ」
そういうとトウジも同じ机の椅子に座る。
トウジの言葉からわかったことがある。彼の後ろにいる筋肉ムキムキの魔人のような精霊の対価だ。対価はおそらく『食欲』。力を使えば使うほど腹が減るというものだろう。なんとお金が減る対価だ。
しかし、まだ金で解決できる対価と考えれば可愛いものか。
「精霊の力は何なんだ?」
俺は率直に聞いてみた。
「強化型だ。身体を鋼以上に硬化させることができる。まぁ、戦闘に特化してる」
予測通りだった。そうじゃないと火の玉を弾くことなどできなかっただろう。しかし、あくまで硬化であって筋力までは強化されないということだろう。ということは相当鍛えているのだろう。トウジのガタイの良さがそれを物語っている。
「そしたら将来は軍人か」
精霊を使える軍人となるとエリートコースを約束されるだろう。それも正義感の強そうなトウジにはピッタリかもしれない。
「ああ、タダメシが食えるしな」
目の前の丼を掻き込みながら言った。市民の血税でこいつの腹が満たされるのか。ますます、税金を払いたくなくなるな。それを聞いたトゥルゥも笑っている。
「気になってたんだが、トゥルゥの首にぶら下げているその箱は何だ?」
ちょっとは口の中の物をなくしてからしゃべろトウジ。
とはいうものの俺も気になっていた。箱は手のひらから少しはみ出る程度の大きさで長方形の金属の箱だ。広い面の中央部分に筒状のものがついている。
「ああ、これね。説明より見てもらう方が早いかな」
そういうと箱の筒状を俺とトウジに向けて、トゥルゥは自分の顔に箱を近づけて片目を閉じる。何をしているのだろうか。
「ハイ、ポーズ!」
その掛け声の後に箱についていた丸いボタンを押すトゥルゥ。すると水が弾けたような音がその箱から聞こえてくる。そして、箱から一枚の紙が排出される。
「これ見て」
トゥルゥはその紙を手に取ると俺とトウジにそれを見せてきた。俺とトウジはその紙をのぞき込む。
「すごいな」「すげぇ」
俺とトウジは純粋に驚いた。その紙には白黒であったが俺とトウジの顔が写っていた。二人の称賛の声に恥ずかしそうに頬を掻く。
「これが僕の精霊の力は特殊型。この箱でさまざまなものを写すことができるんだ」
トゥルゥ肩に乗っているイタチの精霊はそんな変わった力が使えるのか。まあ、箱の筒を向けた物を髪に写すだけだから、それほどたいした対価も払っていないだろう。
でも、特に精霊の力は軍用に転換されることが多いが、トゥルゥの精霊の力はさまざまなことに応用ができそうだ。
「セルファはどんな精霊の力を使うの?」
「いや、言わなくてもわかるぞ、俺と同じ強化型だろ」
もう丼を三杯完食しているトウジが言ってきた。
おそらく、今日の騒動を見て言っているのだろう。そう判断しても仕方ないだろう。かといって本当のことを言っても信じてもらえない可能性のほうが高い。
「ああ、俺も強化型だ。トウジと違うのはちょっと応用が利くところだな」
そういうにとどまっておく。もし後で何かあった時にごまかしがきくからだ。
「それはいいな。俺のは至極単純だからな」
「そうでもないぞ、応用が利く分制御が難しい。今日みたいに失敗もして気絶もする」
やたらとチキンをねだってくる精霊だっているし。
「でも、その精霊の力を見込まれて自治生徒会に入ったのはすごいよね。学校中で噂になってるよ」
なん……だと……。
「ちょっと、トゥルゥその話詳しく」
俺は噂になっている件に関して詳しく話を聞いた。
どうやら、あの騒動で俺が気絶している間にいろいろあったらしい。どうやら近くにいたミリア会長が混沌とするその場を収めたらしい。そして俺はミリア会長にお姫様抱っこされて医務室に運ばれたらしい。
学園の内外や男女の境なく有名なミリア会長だ。そんなことがあれば恨みや嫉妬の念を向けられるのは間違いない。
そもそもこの学園は精霊が使える、もしくは使う才覚がある者達の集まりだ。自尊心の高い者が必然的にも多くなる。そして、ミリア会長のそばに仕えるとなれば結果は火を見るより明らか。
俺はただ普通に美少女とイチャイチャラブラブな青春を送りたいだけなのに……。
「セルファ、大丈夫? まだ体調悪いの? 医務室までついていこうか?」
俺が落ち込んでいるとトゥルゥは俺を心配してくれた。なんか彼が天使に見えた。
「大丈夫だろ、飯でも食ってればすぐよくなる」
トウジ、それは貴様だけだ。
「とりあえず今日は授業もないし自治会の活動もないから寮に帰る予定だ。お前たちはどうするんだ?」
「俺は食費を稼がないといけないからな。この後一人で学園や下の街を回る予定」
この学園は少し小高い丘の上に立っている。と言っても敷地はかなり広大だが。
でその丘の下には町が広がっている。学園が建った時には周りに田園しかなかったと言うが、やはり国中の将来有望な学生が集まるということで街が発展した。
今では国で有数の発展した街にまでなっている。だから、仕事を探そうと思えばいくらでも探せるであろう。
「僕は少し疲れたから寮に帰って休むよ」
「お前等はその方がいいかもな。いろいろあったし」
そういうとトウジは最後の器を平らげる。気持ちいいぐらいの大食漢だな。米粒一つもないぞ。
「じゃあ、いったん俺はここで別れるとしようかな」
トウジがそういうと俺の丼も持って立ち上がる。俺が立ち上がるとトウジは俺を制止する。これぐらいはやらせてくれと言ってきた。返却口へとトウジが歩いていく。
「また、明日な」
振り返らずに片手だけを振って去っていく。漢気のある奴だったな。
「良い友達になりそうだね」
どうやらトゥルゥも同じことを思っていたようだった。
「僕達も帰ろうか」
そういうと俺は返事をして一緒に椅子から立ち上がった。
「セルファって地方から来たの?」
「ああ、そうだな」
俺とトゥルゥは寮まで続く一本道を歩いていた。
このグレフィル学園には国中の若者が入ってくる。だからこそ地方出身の者は学園の寮へと入る者がほとんどだ。地方出身でも入学を機に下の街に移住してくる者もいる。だけど俺は地方出身でも多少事情が違っている。
「僕は隣町出身だけど、いろいろあって」
隣町であれば少し遠いが通うことは不可能ではないな。それでも寮に入っているということは何かしらの事情があるのかもしれない。他人のプライベートに入っていくのも野暮というものである。
「そうか」
だからそういうにとどまっておく。
「セルファって何号室?」
「707だ」
「あ、僕は703だから結構近いね。今度遊びに行ってもいい?」
「来てもいいが、何にもないぞ」
「遊び道具ならいっぱい持ってきてるんだ。今度トウジも呼んでやろうよ」
「別にかまわないぞ」
「やった!約束だよ」
俺とトゥルゥはとりとめのない話をしながら寮へと向かった。
美少女たちとハーレムな日常を送る予定であったが、男友達と帰る日常もそう悪くない。
それからも俺達は何気ない会話をして寮へと帰って行った。