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精霊のソロバン勘定  作者: 十参乃竜雨
エピローグのちプロローグ
38/40

『いつもの』学園


 少し肌寒かった春が夏に向けて温かくなってくる。そんな季節を俺は教室の窓からただぼんやりと眺めていた。

 週一で開かれるクラスのホームルーム。それ以外は個人個人が授業を選択するために、クラスで集まるのはこの時間しかなかった。

 いや、正確には全員はいない。

 俺の近くにあるある一つの席が空白だった。

 その席の主はトゥルゥだった。

 見事《トゥルゥの精霊の暴走》を止めることに成功した俺達はトゥルゥの命を救うことができた。しかし、しばらくの休養が必要だと判断された。だからその席は空いていた。

 俺は《自分の精霊の力を代償として》トゥルゥを救った。でももちろんその代償として俺も数日のベッド生活を余儀なくされたわけだが。同時に《頭を強く打って、当時の記憶が数か所あいまい》になっている。

 しかし、《精霊の暴走によって失うはずだったトゥルゥの命》を救えたのだ。こんなものは安いものだ。

「…………おい、セルファ」

 俺の後ろの席のトウジが俺に話しかけてきた。俺は顔を少し向けてトウジの方を見る。

「今日は面白いことが起こるぞ」

 トウジの顔を見るとやけににやにやとしていた。正直言って気持ち悪かった。

 それに荊の軍曹が教壇にいるのによく話しかけられるな。

 おかげで先生がこっちを向く視線が痛い。ジールならもう胃に穴が開いてるぞ。

「……騒がしい奴はほっといて今日はお前たちにいい知らせがある」

 騒がしい奴とは間違いなくトウジの事だろう。

 ん? いい知らせ?

「……お前たちに改めて紹介しよう。入れ」

 教室にいた一同がそういってドアのに注目する。扉がゆっくりとあけられ、細い手足ときれいな白い足が現れる。

 その人物はゆっくりと姿を現した。その姿を見た生徒は驚きの声が上がる。それは教室一杯に。ガラスが割れるのではないかというくらいだった。

 俺は驚いたが、別に声を上げるまでではなかった。

 トウジが面白いといっていたのはこういうことだったのか。

 おそらくこのたくらみは他の奴等と一緒にしたんだろう。俺を驚かそうとするために。

「お前等、静かにしろ!」

 その一喝でその場は収まったが、いまだに火が燻っている。事情の知らないものにとってみればわけのわからないことだ。

「改めて紹介する。トゥルゥ・ミラージュビィ『くん』あらためトゥルゥ・ミラージュビィ『ちゃん』だ。たったそれだけの事だ」

 そう、今教師の横で立っている入ってきた者はトゥルゥだった。

 誰だって見ればわかるだろう。しかし、普通ではないことがあったのだ。

「深い事までは追及するな。目の前にあることを信じろ。トゥルゥにもし変な詮索をするやつがいればこの私が直々に指導してやろう」

 そういって荊の軍曹は冷徹な笑顔を皆にふりまく。

『う、うああぁあぁっぁぁあああぁぁぁ』

 ジールかわいそうに。その『指導』の内容を想像してしまったのだろう。

「よし、連絡事項はもうないからお前等解散し授業に向かえ」

 そういって荊の軍曹は教室から出ていく。

 一方トゥルゥは俺の机の隣にある机へと移動する。目線はそこに集中するが先ほどの脅しの一件もあって話しかける者はいなかった。

「…………やあ、セルファ」

「似合ってるな」

 俺はそう素直に言った。

「何言ってるんだよ、そんなことあり得ないよ! 僕なんかが」

「そんなことないよ」

 彼は制服を来ていた。

 制服は前々から着ていた。でも前着ていた制服とはまったく違っていた。

 スカートを履いていたのだった。

「ありのままの姿でいく事にしたんだな」

「正直、怖かったんだ」

 それもそうだろう。今までの自分ではない自分を大衆へと現すとき、自分が受け入れられるか怖いのは当たり前の感情だ。

「でもそれ以上に僕の大切なみんなの前で偽った姿ではもういたくなかったんだ」

 真っ直ぐな瞳を彼女はしていた。

「特にセルファには本当の僕を知っておいてほしかったんだ」

「そうか」

 俺は優しく相槌を打った。決心を無下にすることなんてできない。

「さぁ、俺達、『いつものように』一緒に授業に行こうぜ」

 そうやってトウジが笑顔で言ってきた。

 ほんとにこいつは相変わらずだな。

 トゥルゥの変わりように何とも気にする様子すら見せない。理由を聞いたらきっと……。

 親友に男も女も関係ないだろ?

 っと平然と言ってのけるんだろうな。

「それで授業が終わったらみんなで飯食いに行こうぜ、自警団のメンバーと一緒にな!」

 本当にお前は俺の親友だな。

 そう言うとトウジは先に歩いていった。気を利かせたのだろうか。

 俺は静かにトゥルゥの方を向くと彼は黙っていた。からだの前で両手を握り絞めていた。どうやら胸からあふれ出る嬉しさをかみしめていたのだろう。

「ほら、行くぞ、トゥルゥ!」

 俺は数歩進んだ後に振り返り、トゥルゥへと手を差し出す。

「うん!」

 そういってトゥルゥは俺の手を取った。

 それはとても小さかったがとても暖かな手をしていた。

 そんな時だった。


 ジャララ


 俺の耳元に何かが珠が流れる音がした。

 微かな音ではあったがなぜかクリアな音だった。そして俺の胸に何か何とも言えない感情がふっと現れる。

 それはひどく懐かしい感じだった。

 昔、音楽の中にもそんな音が含まれていなかった。それとは違う何かだ。

 すごくもやもやする。

 何か大切なものを忘れているような気がする。

「どうしたの? セルファ」

「いやなんでもない」

 そう感じただけなのかもしれない。俺はトゥルゥの手を取って歩き出す。



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