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精霊のソロバン勘定  作者: 十参乃竜雨
第二章【その膝は屈せず】
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守りたいものを持った女の歩んだ跡


 幼少時の外の記憶はほとんどない。

 それはただ時の流れで忘れてしまったのか、意図的に記憶から消し去ってしまったのか、それさえももう曖昧になってしまっている。それほどにどうでもいい思い出だった。

 学園に身を置き、精霊使いとして少し名が通るようになったとき、自分の出生について調べた。

 そして分かったのが、自分は望まれて生まれてきたのではなかったことだ。

 どうやら、ある領主と、妾の間にできた子供だったらしい。そして領主に見捨てられ、私の母は腹の中にいる私とともに正妻から送られた刺客から逃げ続け、学園のある麓の街の孤児院で私を生み、力尽きたらしい。

 そんな話を孤児院の院長に聞いた。でも私は実感がわかなかった。実の母の顔も知らないし、形見があるというわけでもなかった。実の母は生きる為に自分の身に着けている物の全てを売ったらしい。

 でも母につながりがまったくといってなかったことが、逆に吹っ切れる機会をくれた。


 私には学園があったのだ。


 孤児院で学園の関係者から精霊使いの素質を見出され、学園の寮で幼少の身でありながら過ごすこととなった。

 学園にいる人たちは皆、暖かく私を迎えてくれた。先輩たちや教師たちは厳しくもやさしくも私を導いてくれた。

 今荊の軍曹と呼ばれてしまっているフェルヴィ・バライア教諭もその中の一人だった。あの時の彼女は学生で料理がとても上手で私の部屋によく食事を作りに来てくれていた。

 そのほかにもおやつでクッキーをよく焼いてくれた。それがとてもおいしく、幼かった私はよくねだったものだった。

 彼女だけではなく、今は学園にいない人達も含め様々な人にお世話になった。卒業したお世話になった先輩たちに会うと、私はとてもうれしかった。

 私は大きくなっていく過程でその人たちに受けた恩を学園に、後輩達に返したいと思い始めていた。


 しかし、その思いを自分の病がむしばんでいることに気づいた。


 学園の為に精霊の力を使えば使うほど、病が悪化している事にも。そんな矛盾を抱え、死を恐れて、心が張り裂けそうになる。

 しかし、学園を改めて見て回ることでその気持ちは少し和らいだ。

 高等部から入学してくる者がほとんどであるが、才能を見出されて初等部や中等部から入ってくる者達も少なくない。私もそうだったように彼らも親元を離れて生活している。

 いま、そんな者達を狙った組織の襲撃が増加してきている。特に幼い者達だと洗脳もたやすく、生きる人間兵器にしようとする組織さえいる。それの襲撃も年々増加、激化してきて、警備や教師達の手に余るようになってきた。

 ならば、死を強制的にも受け入れ、力を振るいその学生達を守ることこそが、命の短い私にできる受けた恩を学園へと返す唯一の手段ではないのか。

 そこから高等部に入った直後に自治会に入り、組織の改革に取り組んだ。

 生徒の生徒による生徒のための学園自警団を作ることを目標とした。

 優秀な部下のレイミィがいてくれたことが本当に幸運だった。彼女がいてくれたおかげで、諸事に目を奪われることなく、この私の夢に集中することができた。本当に私は人に恵まれている。

 自警団にしてもミツギは掘り出し物だった。あそこまで私とわたり合える者はそうそういないだろう。それに、あの力はどこか狂気じみたものを感じるが、自警団を率いていく事によってそれはいい方向へと使うことができるだろう。

 自警団の面々も荒削りな者も多いが、時が流れ後輩ができることによって、次第に丸くなっていく事だろう。

 他に学園にとって得難い存在を見つけることができた。

 セルファという少年だ。

 入学式の事だ。挨拶を終え、自治会室に戻ろうとした時だった。新入生から騒ぎが起こり、私はその場へと急行した。

 現場に着くとジールが炎を放ったところだった。それがトウジに弾かれ、一人の生徒に向かってしまった。私は飛び出そうとするが人ごみの多さで完全に間に合わなかった。

 だが寸前でその生徒を守り、怪我をした男がいた。その男がセルファだった。

 傍観を決め込んでいる多数の集団の中で、自分だけ違う行動がとれるのは大変勇気のいることだ。それも大体の者ならあそこで飛び込んでいけば自分が怪我することなど誰でもわかることだ。

 しかし、ためらっていたら目の前の人は助からない。

 そんな状況下で彼はやってのけた。私は彼に興味を持ち、自治会に勧誘することにした。多少強引な手段だったが、なぜか渋っていた彼を自治会に入れることができた。

 結果は成功だったといえるだろう。

 レイミィの事をうまくサポートしている。彼女は少し周りが見えなく一つの事に集中しすぎるところがあるが、彼がうまくサポートしてくれる。

 それに彼は人に好かれるところがある。自然と人が寄ってきているように思える。女難の相があるとまで思ってしまうほどに。しかし、それも一つの才能だ。

 そういう者に自治会という場はあっている事だろう。


 これで私がいなくても、学園の安全は守られる。

 正直、そこに自分がいないのは寂しい。身が引き裂かれるように寂しい。

 でも仕方のないことだ。

 私の信念に基づいて行動した結果だ。

 悔いはない。

 …………いや、そう言えば嘘になる。

 ただまだある卒業の時まで見守っていたかった。卒業した後も、時々遊びに来てレイミィをいじりたかったし、セルファとも話したいし、ミツギとも訓練をしたかった。

 そして、しばらくした後にここの教員となり、いつまでも学園を見守っていたかった。

 何とも言えない感情が私の中で渦巻く。

 考えることをやめてしまえばその中に飲み込まれてしまいそうだった。


 それが死の恐怖というものだろうか。


 せめて今私を救おうと戦っているあの彼には、もうあきらめてほしい。

 無理矢理私を拘束しているあの黒の鎧から覚醒したとき、彼の姿はボロボロになっており、目の当てられない姿だった。

 どうして私なんかの為にあそこまでできるのだ。

 でも、私はあの姿を見て、心を揺さぶれる。今までに感じたことのない感情だった。

 こうして黒の意識に拘束されている間も彼の事を考えてしまう。

 彼に言わなければ言わないことがたくさんある。

 せめてその時まで、私の命がもってほしい。

 ただそれだけを願うだけしかできなかった。

 そして、私の意識は強制的に覚醒させられる。



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