決闘
「…………セルファ約束通り来てやったぞ」
大きな月が夜空の天辺で日篝輝く夜空の下、俺はミリア会長の前に立っていた。
向こうは戸惑いの色を隠せないようであった。
「…………何をするというんだ」
「ミリア会長。精霊はどの程度感じ取れるんですか?」
「いきなりなんだ?」
「答えてください!」
語尾を強めて言うと躊躇しながら話し始める。
「なんとなくしか感じ取れない。なんとなく後ろにいるなといった感じだ。今も私の背後にいるだろうとしか分からない」
精霊と接触できる者や会話できる者など天文学的な確率だ。結びつきが強いほど精霊の力は強くなる。以上を考えてもそれだけでもかなりの実力があるのは分かる。
「信じられないかもしれませんけど、俺は精霊の姿を見ることもできますし、会話することだってできます」
「いきなり、何の冗談だ。いくら私でも怒るぞ」
そう言うのも無理ない。一種の理から外れている人間なのかもしれない。
「俺の言っていることが真実かどうかは、あとで証明します」
そうだ。今問題なのはそれではない。
「精霊は対価を要求し、人間がその対価を支払うことで精霊の力を借りる。それが精霊契約の実態です。ミリア会長ならわかるでしょう」
先輩は答えることもなく黙っていた。沈黙の肯定だろう。
精霊の力を使うたびに体調を崩していると気づいているからだ。
「対価は人それぞれですが、会長は自分自身の生命力です。支払う対価は対価の価値が高ければ高いほど強力な力になります。だから、会長は強力な力を使うことができた」
「だからそれがなんだっていうんだ」
「ミリア会長を救う一つの手段として、大元を断ち切る必要があります。つまり、結果的に精霊の力が使えなくなります。それでもいいですか?」
その俺の質問に数秒もかかることなくミリア会長は答える。
「そんなの出来るわけがないだろ。私のこの力は皆のいるこの学園を守るために使う物。自分の命のためだけに捨ててたまるか」
さすがミリア会長だ。はっきりとそう簡単に言い切れる人間などそうはいない。
「わかりました。では次です。もし、先輩の今まで払った対価を取り戻し、その力を失わずに入れるとしたら、どうしますか」
「そんな都合のいいことなんてできるわけがない」
「それができるんですよ、カシィア!」
俺がそういうと、空気が固まる。周りの木々の揺らめきは止まり、空に散っていた木の葉は空中で固定される。薄い雲で揺らいでいた月の光は完全に止まった。
【精霊空間】だった。
そのような空間に初めて入ったミリア会長は驚きの表情を見せている。
本来であれば【精霊空間】、精霊を知覚できるものしか入れないはずである。ミリア会長が入れたのは俺が対価を支払い入れるようにした為だった。
「ここは【精霊空間】。精霊が世界から分離して独自に作った空間。これから起こることが他の人に知られて困りますので」
これから戦うのだ。普通に夜に暴れていたら自警団の者が駆けつけてくるだろう。
「それと、コイツが俺の精霊カシィア、強化型ではなく特殊型の精霊です」
『よろしくね~』
カシィアが宙に浮いた状態でミリア会長へ手を振っている。
それをみたミリア会長は一度肺の中にある空気を抜いて新鮮な空気を入れてからしゃべり始める。
「ここまで見せられれば信じるしかないのか。君の言っていることを。信じたくはないが」
今の彼女の心境は異世界に飛ばされた気分なのかもしれない。
「私の後ろにいるのが、私の精霊ということか。こんな事態に陥っている元凶といえるな」
冷静さをすぐに取り戻しているところはさすがといったところだろうか。
「カッコいい私向きの鎧だが、女の子向きではないな」
そんな軽口を言うまでに落ち着いている。
「で、これからどうするんだ?」
そして精霊とは契約が絶対という前提を説明したうえで俺は口を開く。
「俺はその精霊が最強と称す、あなたを倒すという決闘を申込み、俺が勝てば今までに支払った対価を全てあなたに返し、それ以降はあなたが死ぬまで無償で契約を履行するという契約を結びました」
俺は真実の一部を隠していた。俺の負けた時の条件を言わなかった。それを言ってしまうと会長は確実に手を抜くだろう。
そうなってしまえば途中で鎧の精霊が契約の無効を言いだしてくるかもしれない。
「勝負の条件としてミリア会長は全力で戦ってください。そうでなければあなたの精霊が納得しませんのでね」
「……まったくわけのわからないことになっているな。難しいことはレイミィにいつもまかしているんだがな」
自嘲気味に笑う。
「だが、一度君とも手合わせをしてみたいと思っていたんだよ」
そういうとミリア会長は拳を握る。
「それにこっちは一度した覚悟を簡単に覆すわけにはいかないんだよ」
顔は真剣だった。
俺もその思いに答えなければならなかった。俺は足元に置いてあった得物を取り出す。
俺が取り出したのは一本の金属製の棒だった。
俺が得物で心得があるのはこれだけだった。
「棒術か珍しいな、確か鍛錬の時にレイミィも使っていたな」
ああ、それは昔から知っている。
「鎧の精霊、今から決闘するけど、何か言うことはあるか」
『…………今ハマダ何モナイ』
その返事を聞いて改めてミリア会長の方へと向く。
「ではお願いします」
「ああ、こちらこそ」
そして命を懸けた決闘がはじまった。




