夢、そして出立
『……おに……い……ちゃん?なんで、泣いて、るの?泣いたら、私が……つらい、よ』
体がひどく冷たくなった少女の上体を少年は抱き上げている。そして顔色はひどく青白い。しかし、その表情は自分の兄である少年を心配させまいと暖かな笑顔を作る。
『それに、ごめん……ね、家族に、心配、させないとか、おにいちゃ、んを、養って、あげるとか、言ったのに、約束、やぶちゃ、って』
少年は声を上げることができなかった。目の前の受け入れられない現実を目の当たりにして。
『お父、さんお母、さんのことよろ……しくね。おにいちゃんに、しか、頼めない、から』
新雪の雪のように軽く持ち上げると水となり指からすり抜けていくような感覚。今にも目の前にある命の灯火が消えるように思えてならない。
どうしようもない恐怖が少年を襲ってくる。
すると少年の頬に少女の手のひらが触れる。
『ほら、最期、だから、さ、おにい、ちゃん……の、笑顔、見せて、よ』
妹の最期の願いを聞いて、兄である少年は笑顔を作る。しかし、それを数秒も保つことができずにその顔は悲しみに染まる。
しかし、妹はそれを咎めることはしない。
彼女も笑顔を作り、そして兄の頬をつたう涙を細い冷たい指で拭う。
『おに、ちゃん、私ね……おに、いちゃん、の……妹に、生まれて……よか、った……』
眠るように目がとじられる。
それはあっという間だった。
少年は何が起こったのか、理解することはできなかった。
でも気づいたときには慟哭を上げていた。息が付きようとも息を強引に吸い込んでからまた慟哭を上げる。悲しみ、怒りすべてが混ざり合った叫びだった。
自分の妹を失った悲しみ。
妹をこのような運命に導いた精霊への怒り。
それまで気づいてあげられなかった自分への怒り。
強がって自分へ相談しなかった妹への怒り。
こんな結末を導いた誰かわからない者への怒り。
それらはどんな狂った叫びをあげようと、声が涸れようと解消されることはなかった。
そして叫んでいると、奴がやってきた。
少年はそれに話しかける。その声にそのモノは振り返り、驚いた顔をした。
『あれ、あなた私が見えるの?』
そのモノはこの場の雰囲気に似つかわしくない格好と、表情をする。
少年は空中に浮かぶその姿を見て直感する。そのモノの正体を。
すかさず、少年は言葉を発する
『俺と契約してくれぇ!』
その声を聴いてそのモノは笑う。そして答えを示した。
『キミ、面白そうだから、いいわよ』
俺は目を覚ました。
そして目の前には、胸。
「どわぁぁああぁ!」
俺はびっくりした。そりゃ、目の前に起きたら大きな胸があったら誰でもびっくりするだろう。人間なら喜べたんだが。
『おはよう。セルファ~。良い目覚めだったかしら』
「心臓に悪いから頼むからやめてくれ」
俺は嫌な夢を見ていたが、もうこの一件でどうでもよくなった。
『それより、いよいよ今日よ』
カシィアが言うように今日があの黒の鎧の精霊ウォーリィと契約を交わしている約束の日だ。
今日までやれることの限りをやってきた。あとは夜に行われる決闘だ。
俺の計画通りに行けば、問題なくミリア会長の日常を取り戻せるはずだ。
「それよりも対価量は十分に足りているな」
『大丈夫よ。心配いらないわ』
この十日間、できる限りの手を尽くして決闘に必要な対価をかき集めていた。
あとはぶっつけ本番だけだ。
俺は約束の時間が近づくまで部屋でじっとしていては落ち着かないと思えたので、しばらく外を歩いておこうと思った。
俺はベッドから立ち上がり、簡単に準備してから部屋から出ていく。




