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精霊のソロバン勘定  作者: 十参乃竜雨
第一章 その背は凛々しい
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生徒自治自警団、入団テスト(2)

「ミリアはんの付き人さんやな~」

 声をする方を向くと先ほどまでミリア会長と戦っていたミツギさんだった。聞くと会長に俺のとこで待機するように言われたようだった。

「隣よろしい?」

 俺は別にかまわないと答えた。そして彼女は俺の肩にがっつりとぶつかる所に座る。

 …………いやいや、隣って言っても近づきすぎですよね。

 俺は少し横へとずれる。しかし彼女も同じ距離だけ近づいてくる。

 もう一回ずれる。しかし、彼女も同じ動作をする。

 女の人の甘い汗の匂いが俺の鼻をくすぐる。

「いやいやいや、ミツギさんなにしてるんですか!」

「『さん』なんて他人行儀な。ミツギって呼んでなぁ」

「いやいやいや、そういうことじゃな、ヒヤァ!」

 ミツギさんが俺の太ももに触れてくる。

 まさか……。

「戦った後は人のぬくもりがほしくなるねん」

 この人の対価ってこれかい。対価でその感情が高ぶるのかもしれない。まぁ、妙にすりすりされるだけで、それ以上の事はないからべつに大丈夫なんだが、なんかなま殺しだぁ。

「おーい、ミツギー。私が先にツバつけてるから食べるなよ」

「大丈夫、うち食べるより食べられる方がすきやから」

 あーもう、頭痛くなってきた。誰か自治会室からレイミィ呼んできて。もう俺には手が付けられない。

「ミツギさ、ミツギって東の国の出身ですか?」

 年上だからってうちには敬語はせんでええよ~といってからそうだよとミツギは答える。

「精霊はその刀に宿っているんですか?」

 いきなり上級生にタメ口も無理なので現状維持にしておく。それにきりがないので無理矢理話題を変えることにした。

「まぁな、うちのお家の家宝やきん、大切なものや~」

「他の人とは少し違うのでびっくりしました。見るのが初めてで」

「あんさん、変わったこと言うんやな」

 俺は少しびっくりしてミツギを見る。

「なんでウチと他の人が違ってるんや? 精霊なんて見えへんのに、まるで見えているような言いようやね」

 俺は脂汗を掻く。油断していた。

 普通であれば、精霊は見えないものである。だからミツギの精霊は刀という物に宿っているだけで、ここいらのカシィアやウィニィのような鷹の精霊のように精霊自身が姿をなしているわけではない。

 その違いが判るのは精霊が見えている者にしか分からない。

「まぁ、他国から来たとなればそう感じるのも仕方がないかもね~。付き人さん、名前は?」

 最悪の結果を回避してくれたようだった。

「セルファ・サイリファスっていいます」

「そっか、お気に入りとして覚えとくわ~」

 油断ならない人だとこちらは認識しておこう。いろんな意味で。

「お、始まるみたいや」

 ミツギさんの声で俺は広場の中心に目を向ける。ジールを先頭にして陣形を組んでいる。右後ろにトウジ、左後ろにはウィニィがいる。

「さぁ、一年達、私を楽しませてくれ」

 するとジールがミリア会長に向かって走る。十数歩進んだ後に地面に片手を付ける。

「紅蓮の壁よ。我と敵を阻む壁となりやがれぇ!」

 するとジールの足に引っ付いていた彼の帆のトカゲの精霊があわただしく動き始める。尾には大きな炎が燃え盛っている。

「火の壁などどうするつもりだ」

 するとジールは自分の手に火の玉を出す。

「だああぁぁぁぁっぁあああああぁぁぁぁぁぁあぁぁあああ」

 そしてそれを壁めがけて投げ始める。同じ動作を何度も繰り返す。火の玉が壁を通り抜ける。すると火の玉が大きな炎の塊に生まれ変わる。それがミリア会長へと殺到する。

 ミリア会長は黒の鎧から発せられるオーラをまた拳に収束し始める。そして飛んできた炎の塊をハエを落とすかのような動作で撃ち落としていく。

 そして一歩一歩火の壁へと近づいていく。

「甘いぞ」

 火の壁の近くまで来て拳で叩き破ろうとした時、火の玉の代わりに飛んできたのは……。

「どぁあぁりゅああぁぁあぁっぁぁあ!」

 トウジだった。トウジが筋肉マッチョの精霊から得たオーラで全身を硬化させて火の壁を打ち破って飛んできた。少し驚いた顔をしていたがすぐに対応するミリア会長。

 すぐさま拳をたたきおろしトウジを地面へと叩き落とす。いきなりで加減ができなかったのか、叩き落されたことによって地面にクレーターができる。もし体が硬化された体でなければ内臓が口からすべて出てきている事だろう。

「許せ、加減ができなかった」

「まだだよ」

 ミリア会長の上から声がする。その声の主はウィニィだった。鷹の精霊の風の力を借りて飛んでいた。そして、急降下する。全体重と落下の力を使ったすさまじい飛び蹴りだ。

 流れ星が地面に突き刺さるように速い。だが、会長は笑みを崩さない。

「正面から突進、上からの攻撃、ちょこまかと。まったくおもしろいィ!」

 ミリア会長はその流星のような飛び蹴りを防御することはなかった。飛んできた足首をつかむ。、自分を軸に落下の力を遠心力に変えウィニィをぶん回し始める。

 十分な威力の遠心力を付けたところでウィニィの足を離し、周りにあった木々へと放り投げる。ウィニィの体は木を数本なぎ倒したところでやっと止まる。

「やりすぎでしょ!」

 トウジは体を硬化する精霊の力だからこそ大丈夫だが、ウィニィの精霊の力はおそらく魔術型で風の力だ。だから体は生身なのだ。とてもじゃないが無事にすまない。

「大丈夫だ、即死じゃなければルヴィ教官が何とかしてくれる。だからこそルヴィ教官の方に投げたのだからな」

 そんな問題でもないと思う。とりあえず、ウィニィの無事を祈っておく。

「さて、トリオも一人になったわけだが、君はどうする?続けるのか?」

 その場に立ちすくんでいたジールにミリア会長が問う。

「あいにく引けない理由があるもんで」

「そういうの嫌いじゃないぞ」

 ミリア会長がそう言うと、ジールがミリア会長に特攻を仕掛ける。

「なかなか面白かったぞ、一年トリオ」

 オーラを収束させ溜めの姿勢に入ったミリア会長。おそらくジールをその一発で吹き飛ばし戦闘不能にするのだろう。

「まだだぁ!」

 ジールは地面に両手をつく。

「炎の壁か、その壁ごと吹き飛ばしてやる!」

 しかし、炎の壁が出現することはなかった。

 代わりにミリア会長の背後に大きな火の柱が立ち上る。

「くらええぇぇぇええええー!」

 森の方から突風が声とともに飛んできた。おそらく、ウィニィが使ったのだろう。姿が現れないのはもう力尽きたからだろう。

 突風が火の柱に当たり、突風と火の柱は火炎へと生まれ変わった。それを振り返って気づいたミリア会長は横に飛んで避けようとする。

「……逃がさねぇぜ」

 ミリア会長に一蹴ならぬ一拳で叩き潰されたトウジであったが、最後の力を振り絞りミリア会長の足首を掴む。そこから自分の手を完全に硬化させる。手を振りほどいて火炎を避けることができなくなったミリア会長。

「将来有望な奴等だな。磨けばまだまだ強くなる。楽しみだな」

 それでも、ミリア会長は笑顔を崩さなかった。

「タフガイな男、トウジ・サマーウィン、最後に言っておくことがある」

「…………なんでしょうか?」

「今から本気出す。頼むから死ぬな」

「…………え?」

 軽いノリで言われたトウジは困惑するが、それを気にすることなくミリア会長は拳を高く突き上げる。纏っていた黒いオーラが一瞬の間で爆発的に膨張する。体の何倍もある。それを火炎に被せるようにして地面に叩きつける。

 地面から割れるような鈍い音が聞こえたかと思うと鼓膜を破るかのような音とまともに立っていられない揺れが襲ってくる。

 目の前の光景が同時に目に焼き付く。湖が干上がってできたような大きな穴が開いてしまった。俺は慌てて穴の所へ行き、中をのぞき込む。

 中には何事もなかったかのようにたたずむミリア会長と、ぼろ雑巾のようになったトウジと衝撃で吹き飛ばされたジールがそこにいた。

「どう見ても、勝負ありやな」

 俺の背後にミツギが来て、同じく大穴の中を見て言った。

「うちの『玄武』使ってもあんなもんくらったら、ぺしゃんこやね」

「究極の強化型ですね」

 世界の内外で会長が有名である理由を改めて思い知った。決闘では誰にも負けたことがない『無敗の女王』なのだ。

 でも俺は気にかかることがある。

「よし、一年トリオは終わったぞ、他に私に挑んでくる者はいるのか?」

 最強の女王の声に外野でいた試験の受験者は我に返る。先ほどまで自分たちも転がっているトウジ達と同じ試験者であると思い出した。

 しかし、こう力の差を見せつけられては出ていこうと思う者はいないだろう。

 本当にこの会長はむちゃくちゃだ。少しは手加減をしないと。

 このままでは自警団の試験はぶち壊しだ。

「一年がこんなにも頑張ったのに、お前等は腰抜けだったのか」

 集団の何人かがその言葉に反応する。

「それぞれの理由でこの自警団に志願したはずだ。お前たちの思いはこれくらいで挫ける、ものなのか」

 ミリア会長が言葉を発し続ける。

「私の言う事が不服ならば証明して見せろ。己の拳でぇ!」

「くそぉ!やってやろうじゃねえか」「一年なんかに負けてられるかぁ」「ああ、もうどうにでもなれぇ!」

 集団の中から言葉が発生し、その者から次々と穴を駆け下りていく。

「やはり、この学園は面白いやつが多いな」

 会長がつぶやいた声が俺の耳まで届いてきた。

「うちも混ざってこようかな、不完全燃焼やったし」

 ミリア会長の言葉に感化されたのか、ミツギさんは嬉々として穴に入っていく。

 俺はため息をついた。


 穴の中が闘技場へと変わったのを見て俺は周りに誰もいないことを確認して小声で言う。

「おい、カシィア、いるんだろ?」

『ん~、いるわよ~』

 だれも相手してくれなくて暇だったのか眠気の残った声で言ってきた。

「俺が賭けに勝ったわけだが、その賭けのチキン十本を対価に聞きたいことがあるんだが」

『え、え、え?なに!』

 急に目を輝かせて俺に食いついてくる。大好物のチキンを前にしたら見境がないな。

「ミリア会長の支払っている対価って何なんだ?」

『あ~……それね~……』

 そういうと急にテンションが下がったカシィア。感情の起伏が激しいことで。

『チキン十本じゃやあ安い対価だから駄目よ。教えられない。教えてほしいのなら……』

「いや、いい」

 カシィアがソロバンを取り出して計算しようとしたが俺は止める。

 そう簡単に教えられないということだけわかればいい。それだけでもミリア会長がそれなりの対価を払っていることがわかる。

 俺は考える。

 もし彼女が大切なものを対価に支払っているのなら、俺はいったい何を会長にしてあげられるのだろうか。誰かのために振るうその拳を止めることができるだろうか。

 対価を払っていることにさえ気づいていないかもしれない。

 俺はわからない。どうすればいいのかはおおよそわかっている。でも、いざという時にその方法を実行できる勇気を持っているかわからない。

『ふふふ、迷っているみたいね』

 カシィアが悪魔の笑みでこちらを見てきた。

 精霊の中でも一番人間らしい精霊だと思う。しかし、こいつは他の精霊よりもたちが悪い。多くの物を俺はコイツに対価に支払ってきた。

「俺はお前ら精霊が大っ嫌いだ」

 意思疎通ができないことを良いことに勝手に大事なものをぶんどっていく。

『あら、私は好きよ、セルファのこと』

 俺は返事することはしなかった。

 俺は苦い想いを抱きながら、円形闘技場コロッセウムで精霊の契約者ドレイが戦い踊り続けるのただ眺めるしかなかった。




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