五話平静
昼休みに入って約束の時間より少し前に部室に来た。
なにかと言えば演劇部から大道具の依頼だ。
いつも通り、演劇部の何人かとうちとで話をして大まかな事を決めて今日はお開きとなった。
今度の演目は”ロミオとジュリエット”ということでまた大掛かりなものを作る予定で今後のスケジュールを組んでいくことになる。
その後、買ってきた昼飯を黙々と口に運んだ。
あの日以来、本多さんはこちらに顔を出さなくなった。
あんな一方的に言われて、喧嘩別れをしたみたいなモヤモヤとした感情が心の片隅にいつまでも留まったままだった。
「咲ちゃん、今度の演劇部の出演候補に選ばれたらしいですよ。しかもヒロイン枠だって」
「そうだろう、そうだろう。あんなにかわいくて演技も出来る。高校でも演劇部だったらしいからな」
「こんな大道具づくりサークルにはもったいなかったのよ」
口々にしゃべる畳の上の三人をしり目に図面とにらめっこする僕はその口を閉じたままだった。もし先日の僕の言葉を受けての行動ならばそれこそよかったんじゃないかとさえ思えた。
「こうちゃん、どこ行くの?」
昼飯を早々に食べ終え、立ち上がった僕に声を掛けた。
「倉庫。材料が足りそうか見て来る」
そういって部室を出た。こんな小さなサークルにも部室をくれる、演劇部様々である。
「やっぱり、咲ちゃんのこと気にしてるのかしら?」
「本多さんが幸助の心に開いた穴をふさいでくれると思っていたけど、結局は時間がその役目を果たすのだろうな」
「それにしてもなべ先輩は上機嫌でしたね」
「まあ、声色だけで上がった口角を想像できたわね」
「演技も脚本も出来る。すごい奴だよ、あいつは」
部室の声を聞いて、僕にないものを持つ彼が僕の中で大きくなっていくのを無理やり追い払った。思い出したくない。あんな気持ちになった自分が嫌いだ。
しかしそう言うわけにもいかない。彼を追ってここを去った彼女を僕はまた思い出すのだった。