紫煙に煙るは
とある個人イベント参加作です。
昔から、奇襲の基本は夜討ち朝駆けと相場が決まっている。
これは寝ている時や寝起きの状態が一番無防備だからなのだが、良く考えるとおかしな話じゃないか?
だってそうだろ。“奇襲”が目的なのに“相場が決まっている”何てのは、矛盾してると思うんだ、俺はな。
さて、何でそんな事つらつら考えてるかってぇと、絶賛奇襲中なんだよ。あ、俺が受けてる方な。
いやぁ、敵ながら見事な奇襲だった。こうして無事で居るのは、半分は運だろう。これも日のろの行いか。
そんなこんなで、命からがら初激を躱して、今は身を隠している訳だが、打開策が見つからない。んで、心を落ち着けて頭を切り替えるためにも、一服しながら現状を客観的に振り返ろうってるわけだ。
俺の仕事は、用心棒ってやつだ。得物は木刀。古式ゆかしい、オールドスタイルな用心棒だって、この業界ではそこそこ有名だ。ほら、時代劇とかに出てくんだろ? アレだ、アレ。
最近じゃあ、ほとんどの奴らが銃を得物にしてやがるがな。
似た職業に、護衛がある。今はボディーガードって方が通りがいいか。
この護衛と用心棒、混同されがちだが、いい迷惑だ。雇い主を守るって目的は同じでも、方法が違う。護衛はその身を盾にしてでも雇い主を護るのが仕事だが、俺達用心棒は守りに入らず迎え撃つのが仕事。俺らは盾じゃなくて、矛だ。
昔誰かが言ってたが、最近じゃ『攻勢防御』って呼ばれる戦術なんだと。
その辺が罠ってない奴は、「自分から離れるな」だの「体を張って守れ」だの言い出しやがる。それは護衛の領分だっての。
そんな用心棒な俺だが、今の契約を結んだ事に、ちぃーとばっかり後悔してる。今回雇い主は、きちんと用心棒の扱いは心得ていた。それは良いんだが……。いや、今思えば話が美味過ぎたんだよ。
一.山奥の静かな別荘で、守護対象の美少女とお付の美人侍女と三人きりで寝泊り。|(三色昼寝付き)
二.前金で五千万。ニコニコ現金払い。
三.襲撃があった際は、生死不問。
ほら、今思えば怪しすぎだ。特に三つ目だ。何で最初に気づかなかったかな俺。まぁ、一と二に目が眩んでたんだがな。
三の何が怪しいか。別に人死が出るのは問題じゃ無ぇんだよ、俺に依頼が来る時はな。
だってそうだろ? 俺が雇われるって事は、相手は刃物やら飛び道具やらを持って殺しに来る様な奴らだ。そんな奴らの命の心配何ざしてたら、こっちの命がいくつ有っても足りゃしない。
だから、生死不問は問題じゃ無ぇんだ。問題なのは、誰の生死が不問かって事だ。
これはアレだ。今思えば無茶振りだ。タクシーの運ちゃんに、「幸せになりたい」って言うようなもんだ。これは用心棒にどうにか出来る仕事じゃ無いって事だ。
ほら、良く物語であるだろ。主役級のキャストが戦う前の前座。いわゆる“ヤラレ役”って奴。
けどこれは物語じゃ無ぇ、現実だ。たった一つの命を、そんな下らねぇ事でドブに捨てられるかってんだ。
事が起きたのは、ここに来て三日目の夜。チンピラ共が十三人、凶器片手に乗り込んできた。
この程度は、何時もの事で、カップうどんが出来る程度の時間で始末できた。そんで、邸の前で、転がる野郎共を眺めながら「さて後始末でも」って思った時だ。
東の空の色が薄くなり始めて、夜の終わりが始まる時間に、アイツは現れた。
真夏に黒いコートを着た、金髪の爽やか系イケメン。俺はそのツラを見た瞬間思ったね、「あ。コイツは敵だ。それも必滅に値する敵だ。コイツみたいのが居るから俺に女が回ってこないんだ」って悟ったね。
ただのヒガミじゃ無いぞ? そのお陰で、命拾いしたんだ。うん、俺の勘も捨てたもんじゃ無い。
金髪イケメンを睨んでたら、胸の辺りから嫌な予感がして、とっさにしゃがんだんだよ。そしたらその直後に轟音がして、背後の鉄扉に風穴が空いた。ソフトボール位の穴が。
鉄扉って言っても、材質はただの鉄じゃ無い。厚さ10cmはあるチタンとカーボンの複合装甲で、アメリカの次期主力戦車に採用予定とかって代物だ。
そんな扉に、丸腰で穴を開けるような奴相手に、木刀振り回してどうにかなる訳もない。だからこうして、邸の前の林の中に身を潜めてるんだが、聴こえてくる音から察するに、どうやらあの金髪イケメン野郎は、邸の庭でドンパチやらかしてるらしい。
相手が誰か何て、考えるまでも無い。あの美人侍女だ。今思えば、あの女もカタギの目じゃ無かったしな。
契約内容からしたら、あの金髪イケメン野郎が出張って来た時点で、俺の役目は終わりだろう。今回の報酬で、妹に楽させてやれる。
だか、俺はこのまま、ここを離れるべきだ。命あってのモノダネだからな。
そう折り合いを付けて、紫煙を吐き出して短くなったタバコを落とした。それを足で踏み付けて立ち去ろうとした。のだが、俺のその足下で「にゃ~」って鳴き声が。
見れば、真っ白な子猫が、小さな体をすり寄せて、緑色の目で見上げていた。
首には、瞳とお揃いの小さいながら天然のエメラルドを使ったチョーカーが巻かれたこの白猫は、邸の美少女が飼ってた猫だ。
先月の誕生日に買ってもらったと、この猫を抱き上げて、それは嬉しそう言っていたから、良く覚えてる。
「にゃ~!」
白猫は、ズボンの裾に噛み付いて、小さな体で引っ張ろうとしてくる。そんな事したって無駄だ。動く訳ないだろ。
ただ、何がしたいかは判る。解り過ぎる程に。この白猫が引っ張ろうとしている方向は、さっきから派手な音がしてる邸の庭だ。つまり、俺にご主人様を助けろって言ってるんだ、コイツは。
「止めろ。無駄だ」
そうだ、無駄だ。あんな化け物共の戦いに割って入ったって、無駄死にするだけだ。だから俺はこのまま帰って、妹に――。
「はぁ~……ダメだな。このまま帰ったら、妹にあわせる顔が無ぇ」
俺は白猫をだけ抱えると、破壊された鉄扉を潜って邸の敷地へと踏み入った。
▽
夜襲朝駆けが奇襲の基本だ。それは人の注意力が一番薄れる時間帯だから。
ならば、戦っていると最中の相手の場合はどうか。
どんなに楽勝な戦いの中でも、普段以上に神経を高ぶらせるもんだ。そうして高ぶった神経を、何時までも維持する事は難しい。あの時の俺の様に。
だから、狙うは今、――この時ッ!
全身血まみれで邸の壁に凭れる侍女と、それに取り縋って泣く少女。
その二人に止めを刺そうと、金髪イケメン野郎が近寄ったその瞬間に、屋根の上から一歩踏み出した。
狙うは、野郎の気に食わないサラサラな金髪が生えたドタマ。そこへこの木刀を叩き付ける。落下速度と俺の体重の豪華特典付きだ、確実に仕留められる。
当たらなかったらどうするかって? そんな心配は無用だ。
何故なら――。
「にゃー!」
「Что этот парень」
小さな白い勇者がヤツの注意を引いてくれるからなっ!
金髪野郎が足首に噛み付いた白猫を蹴り飛ばしている最中、俺はその金色の頭を目掛け、渾身の力を込めて木刀を振り下ろした。
俺が覚えていたのは、ぐしゃりと頭骨が砕ける感触を手に感じた直後、受身など考えていなかった俺の両脚の骨ががゴギリと嫌な音を立てて砕けたところまでだった。
▽
「で? これはどういう事かな? お兄ちゃん」
あの後病院へ担ぎ込まれた俺は今、病室のベッドの上で、妹様に事情を説明させられているのだが、正直なところ、俺も良くわかっていない。なんせ、つい今しがた目を覚ましたばかりなのだから。
ただ一つ確かな事もある。
うむ。俺の妹は、怒った顔も可愛いな。
「それは私が説明します」
そう切り出したのは、何故かぴんぴんしている例の美人侍女だ。
この女、血みどろだったよな。何なの? 不死身なの?
「そもそも、あなた達はお兄ちゃんとはどんな関係なんです? 愛人ですか? ダメです許しません肉〇器なら良いけど」
おいー! 妹様や! アカンて! まだランドセル背負ってるのに何て言葉使ってとるんや! 思わずエセ関西弁になってまうがな!
「わかりました。それでは今から私は、彼の肉〇器です」
「いやいやアンタも何言ってんの!? 説明! 今必要なのは説明だっての!」
思わず俺が叫ぶと、美人侍女の後に立って白猫を抱いてる美少女も、こくこくと真っ赤な顔で頷いてくれた。
てか、赤くなるって事は、今のやり取り理解出来てんのか。まだ中学生位だろうに、すげーな女の子って。
「では、端的に説明しましょう。私は彼に命を救われました。よって、私は彼の所有物となる事にしました」
うん。意味わからん。何だよ所有物って。え? まだ肉〇器の話してんの?
「所有物って、どういうこと?」
と問う我が妹。俺より妹の方が冷静なようで、実に頼もしい。
「実は彼女、人間では無いのですよ」
と、さっきまでとは別の方向でぶっ飛んだ事を言い出したのは、守護対象だった美少女だ。因みに名前は知らない。そういう契約だったからな。
「おいおい、お嬢ちゃん。いくら何でもそりゃ無いだろ。俺はその女が血を流してるのを確に見たんだぜ?」
何だかバカバカしくなってきた。アレか。このお嬢ちゃん、メンヘラ系ってヤツか。こんな美少女が可哀相に。
妹が持って来てくれた荷物の中からタバコを取りどし、一本咥えてライターを探すが見付からない。
「それは、彼女の本来の姿では、私を守る事が出来なかったからなのです」
「ふぉんはひほふはは?」
「これです」
やっと見つけたライターで、タバコに火をつけながら聞くと、そう告げて美人侍女は、一瞬淡い光に包まれたかと思うと、忽然と消えてしまった。
「……は?」
「……え?」
突然の事に、俺と妹が惚けていると、美人侍女の声が頭に響いてきた。
〔これが私の本来の姿です〕
「いや、本来の姿って……何これイリュージョンてヤツか? 手品師って事か?」
〔違います。私の本来の姿は、魔力を操れる者にしか見る事が出来ないのです。でも貴方なら〕
出たよ魔力とかってオカルトワード。まぁ、あの金髪イケメンクソ野郎が襲ってきた時点で、何となくお察しだったけどな? そんなモノ俺に求められても……ん?
「あれ……?」
「え! お兄ちゃん、何か見えるの!?」
「あ、ああ……多分、見え、てる」
目の錯覚かと、何度も目を擦ったりしたが、そうでは無かった。
何故か見えるのだ。タバコの紫煙に燻し出されるようにして、夕闇が迫る病室に浮かぶ一丁の透明な回転式拳銃が。
「その銃が、アンタ……なのか?」
〔そうです――〕
浮かんでいた銃が光り、美人侍女が再び現れた。
「やはり見えましたね。それでは今より私は貴男の物です。貴男が引き金を引くならば、私は何者をも確殺すると誓いましょう。ご主人様」
そう言って跪ぎ、恭しく頭を垂れる美人侍女を見ながら、俺は叫ばずにはいられなかった。
「いやいやいや! そもそも俺、銃なんて使え無ぇよ!?」