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悪役令嬢

悪役令嬢、第二の人生は好き勝手に生きることに決めました(仮)1

作者: 上条伊織

 うららかな春の陽気が降り注ぐ季節。郊外に建つ立派な屋敷の一角で、メイド服を着た少女がほとほと困り果てた様子で大きな扉を叩く。

「お嬢様、出てきてください。いい加減、妥協しましょうよ」

「絶対、嫌!」

「お嬢様、公爵家のご子息を待たせるなど、一家離散になってもおかしくないほど不敬なことなんですよ」

 侍女が諭すように言うが、部屋の主はそれを無視する。

 フィリア=シャーロット。13歳。

 ただ今、部屋にこもって籠城中です。

 理由:婚約者であるイルが「また」遊びに来ているから。

「お嬢様、いったい何が気に入らないんです?イルドレッド様と言ったら王都でも評判高い次期公爵様ですよ?玉の輿ですよ!しかも将来有望な美形ですよ、美形!お嬢様、きれいなものお好きでしょう?」

「それとこれとは無関係よ!」

 侍女と扉越しに言い合うフィリアは、大変美しい少女である。

 白妙のように美しい白銀の髪は日の光を受けて天使の輪ができているし、同じ色の睫毛で縁取られた眼は極上の宝石を連想させる深い緑色。しみ一つない白磁の肌はなめらかで、淡く色づく頬はとてもやわらかそうだ。

 桜色に色づいた唇から飛び出してくる言葉は、見た目にそぐわないほど雑言であるが。

「私、お父様に言ったわよ!?イルドレッド様とは嫌ですって。あんなキラキラした人に嫁いだら絶対やっかみ言われるに決まってるじゃない!そもそも辺境の伯爵家に公爵家が縁談持ち込むなんて裏があるに違いないじゃない!絶対嫌よ!」

「会うのも?」

「当然よ!……え?」

 扉越しに返された言葉に反射で返してしまったが、侍女の声とは明らかに違う声。聞き覚えのある声にフィリアは青ざめた。

「悲しいな。僕はこんなに君を愛しているのに、君は僕を見てくれない」

 イルドレッドはフィリアの部屋の扉前でそんなことをのたまうと、わざとらしく目元をぬぐった。

 そして傍らにいる侍女にキラキラしい笑顔を向けてこう告げる。

「ああ、君。ちょっと席を外してくれる?二人きりになりたいんだ」

「は、はいっ!」

「ちょっと!」

 聞き捨てならない言葉に扉を開けて言えば、キラキラした笑顔に出迎えられた。

「やあ、フィー。今日も会いに来たよ」

「(しまった!)」

 急いで扉を閉めようとするも、足を割り込まれては閉めようもない。これ以上抵抗するのも無駄なようで、仕方なく、仕方なくフィリアはイルドレッドを部屋に招き入れた。

「で、今日はいったい何の用ですか?勉強も魔法もお出来になる公爵家の後継者様になんの用がおありで?」

「相変わらず手厳しいな、フィー。会いたかったから会いに来た。それでは駄目かい?」

「気持ち悪いからやめてくださいませ」

 部屋に入った瞬間、我が物顔でフィリアのベッドに座るイルドレッド。同じ13歳とは思えないほどの優雅さと気品を兼ね備えているが、それは余計にフィリアを苛立たせる。

 イルドレッドはわざとらしくため息をつくと、立ったままのフィリアを引き寄せて抱きしめる。

 逃げようと暴れるも、びくともしないイルドレッドの腕。フィリアは恨みがましく腕の中からイルドレッドを見上げたが、彼の表情を見て動揺する。

 いつもキラキラへらへらしていた彼が、ひどく真剣な顔をしていたのだ。覚悟を決めたように――――。

 思わず、息をのむ。

「フィー……」

 イルドレッドは片腕でフィリアを抱きしめると、空いた片方の手をフィリアの頬へ滑らせる。そしてそのまま二人の距離はなくなり――……



は、しなかった。

『ただの人間風情が俺のフィーに触ってんじゃねえっ!』

 そんな言葉とともにイルドレッドが吹き飛ばされたからだ。

『フィー、大丈夫か?唇の純潔は守られてるか?貞操も平気だな!?』

「う、うん。ありがとう、ラズアル」

 ラズアルと呼ばれた存在――。それはフィリアの契約精霊である。屋敷の隅で怪我をしていたラズアルをフィリアが手当てをして契約を結ぶことになった、フィリア至上主義の風の精霊である。

 本来、精霊とはこのように気軽に人間相手に話しかけたりできないらしいのだが、ラズアル曰く「とーっても長生きで偉いから、そんな理には縛られない」そうだ。

「ラズアル殿。なぜここに?僕の土魔法で動きは封じていたはずですが……」

「何やってんの?」

『あんなちゃちな魔法で俺様の動きが封じられると思うなよ!?』

 部屋の隅まで吹き飛ばされたイルドレッドが地を這うような低い声で文句を言ってくるが、その内容は聞き捨てならない。何うちのかわいい契約精霊に失礼なことしてんだ、このやろう。

「狼風情が生意気な……!」

「私の趣味に文句がおありで?」

 ラズアルは風の精霊のため触れることができない。フィリアの魔力を大量に喰らえば実態化できるそうだが、それにはフィリアの魔力が少々足りないらしい。そのため、フィリアの部屋にある狼のぬいぐるみに憑依という形で憑りつき、動いているのだ。

「エルレクト様、本日のところはお引き取りください」

「フィ、フィー?」

 イルドレッドが戸惑ったように声をかけてくるが、フィリアはそれを黙殺する。

「お引き取りを、次期公爵殿」

 もはや名前すら呼ばずにたんたんと言葉を発するフィリア。顔は笑顔だが、発するオーラがツンドラ並みに冷たい。

「しばらく、顔を見せないでくださいませ。私、次期公爵様ほど魔力制御が上手くありませんの。下手したら暴走させてしまうかも……」

 そう言いながら周囲に風を集め始めているフィリア。フィリアを中心に渦を巻く風は、どんどん規模を拡大していく。

「フィー!それ以上やると屋敷まで崩壊するぞ!」

「ならさっさと出ていけ!」

 扉ごとイルドレッドを外へたたき出すフィー。嵐が通過したかのような部屋の惨状にフィーはため息をついた。

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