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女ノ影伝説

作者: ミスター

実際の伝説を元にして書いてみました。


地元に昔から伝わる伝説です。

源頼朝が天下を取った。


でも、それが何?


私は悲しい。


父様も兄様も、戦で死んだ。


知ったのは昨日。


女ノ影ヶ(めのかげがはらで、一昨日戦があった。


父様も兄様も、私達の大切な土地を守る為に戦った。


頼朝が、私たちから土地を奪おうとしなければ父様も兄様も…。


母様は私が三つの時に死んだ。


今からもう10年も前だし、私は母様の顔も覚えてない。



確実に言えるのは…いや、言えてしまうのは…。


私は…独りぼっち。


最愛の家族を失った。


だから、独りぼっち。


こんな苦しみ堪えられない。


私は大声で泣いた。


泣いて泣いて泣いて…。


でも、忘れられなくて…。



だから…。


「今、会いに行きます。父様…兄様……母様…」


満月の映る深い淀んだ池。


私は波を立てぬよう、冷たい秋の池に裸足を浸しそして…。


「今、行きますから…」


身を投げた。








「う~…釣れねー…」


夏休み。昼過ぎ。

8月の夏真っ盛り。


最近日課となってきた近所の池での魚釣り。


池の名前は「千丈ヶ(せんじょがいけ」。


森の中にひっそりとある池で、昼間でも薄暗い。


言い換えれば涼しいってことなわけで。


数年前に池の水をとっかえる工事をしてから魚が減った気がする。


その時に、古い人骨が見つかったらしい。


そんなわけで、ここに来る奴は肝試し連中くらい。


俺は特殊な例。


そもそも霊なんて信じてない。


確かに薄気味悪い場所だが、夏の昼間。


霊なんて…。



そう思い濁った池を覗いた。


そこには、はっきりと、確かにどこにもいないはずの少女の顔が池に反射していたのだった。




ドキッとした瞬間、俺の体は既に水の中だった。


肝を冷やした俺は、ぬかるんだ地面に足を取られて池に落ちた。


底に堆積した植物遺体のせいで、どこまでも深く体が沈んで行く。


…ああ、終わりだ。


そう思ってからの記憶は…無い。




「……ですか?大丈夫ですか?あの…死なないでください!」


そんな声に目を開けると、そこは先ほどまでいた池のほとり。


ぬかるみの上に寝かされていた。


おかげさまで全身ドロドロ。



そんなことより、さっきから横にいる女の子は…?


俺を助けてくれた子かな…?


「あの…」


声を掛けようとしてハッとした。


さっき水面に写った顔がそこにあった。


思わず言葉が詰まった俺。


「あの…。ごめんなさい。やっぱり私の所為ですよね…」


そんな俺に、申し訳なさそうに言った女の子。


歳は中学生くらいだろうか?


長めの黒い髪が揺れている。


服装は…バスローブ?


違った。

白い着物だった。


まるで死に装束のような…。


「いや、君の所為ってことは…。ここあんまり人が来ないからビックリしただけだよ」


「あの…私…。幽霊なんです。ずっと昔、鎌倉の時代にここに身を投げました」


「…はい?」


「信じろって言う方が無理ですよね…」


そう言って少女はうつむいた。


「いや、信じるよ!」


元気付けるために、とっさに言った。


…けど、本気で信じてる訳じゃない。


「嘘でも嬉しいです。私、せんって言います。この池の名前の由来は私なんです」


「ここ?千丈ヶ池?」


「はい。この池の伝説は聞いたことありますか?」


「あるよ?」


この千丈ヶ池には、確かに昔から言い伝えられた伝説がある。



昔、若い女が身を投げた。


理由は分からない。


だが、「女之影正史(めのかげせいし」という鎌倉時代に完成したと伝わる、地元について書かれている古文書。


それに出てくるエピソードだ。


女が身を投げた後、池の水面をみるといつも女の顔が写って見える。


身投げした女の名前は確か…「せん」。


「その『せん』が私です。昔は宿場として栄えた女ノ影も、今はただの田舎になりましたが…」


「そうなんだ…」


何か、本当に幽霊と思ったら怖くなってきた。


「あの…やっぱり怖いですよね…」


また俯いてしまったせん。


「ねぇ、何で俺の前に出てきたの?ホントはあのまま殺すつもりだったとか?」


「い、いえ!そんなこと絶対ありません!人が来るのが珍しいので、いっつも池の中から様子をうかがうんです」


千丈ヶ池の伝説が今全て分かったきがする。


「でも、今回は驚かせてしまったみたいで…。助けなきゃって…」


「うん。本当に助かったよ!ありがとう!」


「い、いえ!ごめんなさいでした」


そう言ってせんは頭を下げた。



「ねぇ、前にこの池で見つかった骨ってせんの?」


「ああ、水が無くなっちゃったときのですか?そうですよ!ほら、あれが私のお墓です。作ってくれてありがとうございます」


せんが指差した先には、小さな道端に置かれた馬頭観音みたいなものがあった。


「作ったの俺じゃないけどね。でも、何で身投げなんて…」


理由を聞こうとして気付いた。


よほど辛い理由があるに違いない。


それを本人に聞くなんて…思い出させるだけだ…。


「ああ、気にしないでください!えっと、鎌倉時代にこの近くで戦があったの知ってますか?」


地元民なら小学校でほんの少し習う。


恐らく「女ノ影ヶ原の戦い」のことだろう。


その所為で、女ノ影は幽霊が出るという噂がある。


「その戦いで、父様と兄様が死にました。それに耐えられなかったんです…。私、母様居なくて…。今では2人のお墓も場所がわかりません。それだけが心残りなんです…。会いたいなぁ…父様、兄様…」


そう言うせんの顔は、とても悲しそうだった。


「わかった。なら、見つけてやるよ!俺が会わせてやる!」


「え…?」


きょとんとするせん。


「俺がせんの家族の墓を見つけてやる!命助けてくれた恩返しな!」


「はいっ!ありがとうございます!」


深々と頭を下げた彼女の瞳は、潤みながらも輝いていた。


「んじゃ、そろそろ帰るわ。服もドロドロだし…。また明日来るよ!」


「はい!お待ちしてます!」


そう言って、俺はせんと別れた。



夜、ネットで調べてみた。


女ノ影は昔、鎌倉街道が通っていて賑やかな街だったらしい。


女ノ影宿場という宿屋が立ち並ぶ、人の集まる場所だった。


今でこそただの田舎の端くれだが、鎌倉時代には栄えていたことが分かった。


女ノ影ヶ原の戦いについても調べた。


源頼朝が起こした侵略戦争。


女ノ影の人々が一方的に攻められた。


女ノ影の土豪はことごとくやられたらしい。


そして鎌倉時代、 女ノ影は幕府の占領下にあった。



敗れた人々がどこに葬られたのかは分からなかった。


とりあえず、女ノ影にある神社と寺を巡ってみよう。


古い神社や寺なら、何か手掛かりがあるかもしれない。


そう思い、調べたのだが、古い寺は女ノ影には無く、神社はひとつだけ。


霞野神社。


なんでも、女ノ影の神社を統合してできた神社らしい。


女ノ影ヶ原古戦場の石碑も建っているらしい。


池からは大して離れていない。


今はここしかあてが無いし、明日行ってみるとしよう。




翌日。


昨日は遅くまで調べものをしたためか、起床したのは10時半。


取り敢えず着替え、自転車で千丈ヶ池へと向かった。




「おーい、せん!いる?」


池に向かって呼びかけた。


「はーい!来てくれてありがとうございます。えと…お名前は…?」


ここにきて、名前を伝えていないことに気付かされた。


「ああ、ごめん。忘れてた。俺は野々宮昴(ののみやすばる。女ノ影中一年」


「はい。よろしくお願いしますね。昴さん!」


「昨日少し調べたんだけど、この近くに霞野神社って神社あるでしょ?」


「ありますよ。すぐ近くです」


まぁ、神社の存在自体は俺も前から知ってたんだけど。


一応地元民だし。


「そこに行ってみたいんだ。一番古い神社だし、行けば何か…」


「あの…私、池から離れられないんです。それに、あの神社が建っている場所は…」


あ…。


そうだ。

古戦場…。


つまりはせんの父親とお兄さんが…。


俺はまた図らずもせんを傷つけた。


悲しそうな顔をするせんをこれ以上見たくなかった。


だから、わざと大声を出した。


「おっしゃ!なら、俺が行って調べてくるよ!待ってろよー!」


「は、はい!お願いします」


ビックリしたような顔をして、せんは俺を見ていた。




自転車を飛ばして、霞野神社。


境内に人は無く、セミの鳴く声だけが響く。


境内の正面には特に何も見当たらない。


そこで、裏に回ってみると、調べたように石碑があった。


女ノ影ヶ原古戦場…と刻まれたそれは、腰ほどの大きさの石で出来ていた。


石碑に向かい手を合わせて、その場を立ち去った。


昔、ここでどんな戦が行われたのか?


平成の世の中で生きている俺には想像がつかない。


神社の正面側に戻り、改めて見渡すがやはり何もない。


人が常にいるような神社ではないため、聞くひともいない。


唯一のあてを外した形となった。


一旦池に戻ってせんに報告しよう。


そう思い、再び自転車に跨った。



千丈ヶ池付近で自転車を止め、森の中を進み池を目指した。


「霞野神社には手掛かりなかったわ…」


「そうですか…。ありがとうございました」


せんに報告すると、少々残念そうではあったが、ガックリ落ち込むことはなかった。


「俺、もっと調べてみるからさ!頑張るから!」


「本当にありがとうございます!」


今日はこれで別れた。


帰ってからも調べてはみたが、有力な情報はない。


…いや、調べる手段はネットだけじゃない。


市立図書館にも行ってみよう。




翌日から、朝はせんと会い、午後は図書館で地元の史料を読む生活が始まった。


せんの骨が見つかった時の新聞記事。


地元の伝説を集めた本など、思いの他種類が豊富で、図書館に通い出してからもう一週間。


ついに全ての関連本を読み終えたが、ここでも有力情報は手に入らなかった。


「なんか…ごめん。何もわからないや…」


「いえ!あの…私なんかのためにこんなに頑張ってくれるだけで、本当に嬉しいです!」


「でも…結果が出なきゃ…」


「結果なんて…。私、今までずっと独りぼっちでした。でも、今は昴さんが居てくれます!それだけで大きな進歩なんです!」


「…そっか。ありがとう。でも、俺は諦めないぜ!せんを家族に会わせるまで!」


「はいっ!」


そんな会話をしたのは、久しぶりに午前からせんに会いに行った日だった。



もうあと3日でこの夏も終わる。


夏が終わる前に…。


せめて、手掛かりだけでも欲しい。


でも図書館もネットもダメ。


もう頼れるものは…。



いや、一つだけあるぞ。


女ノ影郷土資料館。


女ノ影に関する古文書などを納める半ば地域密着型の博物館。


入館料300円なり。


今まで行かなかった理由はこれである。


行った所でせんは着いて来れない。


…そういえば仮にせんの家族が眠る墓が見つかったとこで、せんは来れないのでは?


まぁ、その心配は後でするとして。


まずは行ってみるかな。



「明日、郷土資料館に行ってみる。もしこれで分からなかったら本当に…」


「いえ。見つかりますよ!きっと!それに、仮に見つからなかったとしても…。私はずっと昴さんと一緒に居られるのですから、どちらにしてもハッピーエンドなんです!」


笑顔を向けてくれたせん。


この言葉。


言い換えれば、俺がせんの家族の墓を見つけたら、せんはここから居なくなってしまう…。


考えてみれば当たり前だ。


せんがこの世に残っている理由は、家族と一緒になるため。


その目的が果たせれば、せんは…。


いや、それがせんの望みなら、俺は叶えるのみだ!


「絶対見つける!約束だ!」


「…はいっ!」


俺は千丈ヶ池から帰る途中、霞野神社に寄った。


「神様…。どうかハッピーエンドへと導いてください。せんの望む方へと…。家族のもとへと…」


二礼二拍手一礼。


もう後は神頼み。



家に帰って、俺はすぐに残っていた宿題を片付けた。


せんとの時間を多く取りたい。


せんの為と思ったら、不思議とすぐに片付いた。


翌日。


他に見物人のいない郷土資料館へと一番乗りした。


300円を払い、真っ先に向かったのは鎌倉時代の史料が置かれたコーナー。


出土した兜だとか、錆びた刀。


合戦の絵などの横に「女ノ影正史」は置いてあった。


「ちっ…。やはり読めないか…」


適当なページを開いた状態で展示してあるのだが、達筆過ぎて読めない。


仕方がないので、近くにいた資料館のスタッフさんに聞くことにした。


「これについて詳しく知りたいのですが」


そう言うと、スタッフさんの顔が明るくなった。


胸の名札を見て知った。


この人館長だ。


60代くらいのおじいさんだった。


「君は女ノ影の歴史に興味があるのかね?」


「まぁ、はい」


本当は特に興味があるわけじゃない。


「そうか。それは嬉しいね。で、何を調べてるんだい?」


そう聞かれた。


もう、率直に聞いてしまおう。


「女ノ影ヶ原の戦いで、敗れた人々が眠る場所を知りたいんです」


一瞬、館長は驚いた顔をした。


そりゃそうだろう。


自分でも少々不気味なことを聞いていることは理解している。


でも、館長は真面目に答えてくれた。


「それは女ノ影正史には出てないと思うな。あれは幕府側の史料だから。出てるとしたら女ノ影日記の方かな?女乃影っていう鎌倉時代にここを治めてた人の日記だよ。ちょっと待ってて」


そう言うと、館長はスタッフオンリーゾーンへと消えていった。


数分後、写真を片手に戻ってきた。


写真には、古い本が写されていた。


「直接持ち出せないから写真で…。ここに書いてあるんだけど…。読める?」


この本もやはり達筆過ぎて読めない。


昔の本はどうしてこうも達筆で書く?


「読めません」


「えっとね。遺骸は土中に埋め、丁重に供養した。上には地蔵を建てた…って書いてある。でも、女ノ影にはそんな古い地蔵ないよ?この辺だと、隣街の影隠地蔵かな?かつて女ノ影を通っていた鎌倉街道沿いにあるから可能性はあるかも」


「ありがとうございます!」


お礼を言い、すぐに郷土資料館を出て千丈ヶ池へと向かった。


「せん?いる?」


池に向かって呼びかける。


「はい!いますよ!そんな事より!昴さん、私に何かしましたか?」


慌てながら聞くせん。


当然のように心当たりは無い。


「どした?何かあった?」


「はい!理由は分かりませんが、池から離れることが出来ました!今日は霞野神社まで行ってきました。でも、他の人には私は見えないみたいです。千丈ヶ池の水が無いとダメみたいです」


興奮気味に語るせん。


「昨日、神社で祈ったからかな?神様、ありがとう!」


「ありがとうございます!」


さて、こちらからも朗報を。


「せんの家族の居場所、わかったよ」


「本当ですか!?」


目を輝かせるせん。


「まぁ、正しくはかも知れないなんだけど…」


「全然!いいですよ!」


「隣街の影隠地蔵っていう地蔵が怪しい」


「影隠地蔵…?」


聞いたことないのだろうか。


キョトンとするせん。


「鎌倉街道沿いだってさ。それどこの道?」


「それなら、霞野神社の前の道ですね」


これで、後は行くだけとなった。


「じゃあさっそく!」


すると、せんは…。


「ちょっと待ってください!…明日、一緒に行きましょう」


せんはそう言った。


覚悟を決めるための時間が必要なのだろう。


「わかった。んじゃ、また明日!」


そう言って千丈ヶ池を去った。


明日…全ては明日。


このまませんと会えなくなる寂しさはある。


でも、せんが望むなら。


明日、この気持ちを言葉にしよう。


そう思った。


一応影隠地蔵の場所も把握しておくことにした。


隣街とのほぼ境目。


自転車で行けばさほど遠くはない。


夏の終わりと同時に、せんと会う日々も終わる。


それが明日。


明日、せんの願いが叶う。


同時に、夏が終わる。




翌日。


朝から出掛け、一直線に千丈ヶ池へ。


せんは、いつもの白い着物で、池のふちに腰掛けていた。


「せん!」


「昴さん!」


顔を見るだけで笑みが漏れる。


「俺、行く前にせんに言いたいことが!」


「わ、私もです!昴さん!」



………。


しばし無音の時を過ごす。


「俺、せんが好きだ!」


「え…?私も、同じこと言おうと思ってました」


「じゃあ…!」


「はいっ!」


ギュッと、お互いに強く手を握りあった。


「私、何でか昴さんにだけは触れられるんです。何ででしょう?」


「何でだろうね?思えば通じるってことなのかな?」


「…そうですね!」


心のしこりが一気に無くなった気がした。


「じゃあ、行こうか!」


「はいっ!」


池に縛られることの無くなったせんを、自転車の後ろに乗せた。


しかし、重さは感じない。


時々声を掛けないと、ちゃんと乗っているか心配になる。


せんに道案内してもらいながら、何とか鎌倉街道をたどることができた。


途中、せんが解説を挟んでくれたおかげもあり、結構楽しかった。


「ここの切り通しは昔のまんまです!」


「この辺は昔、大きなお屋敷が並んでたんですよ!」


とか、色々教えてくれた。


霞野神社の前を通る鎌倉街道。


しばらく行くと、目的のものは現れた。


一瞬、通り過ぎそうになるくらい、ひっそりと佇む地蔵であった。


「どう?せん」


いよいよ、別れの時。


恐る恐る、せんに聞いた。


俺には何も見えないが、せんには家族の姿が見えているのかも知れない。


「それが…」


顔を下に向けて、俯くせんの姿があった。


「ここじゃないと思います…。ここには父様も兄様もいません…」


うそ…だろ…?


何が違うんだ…?


もう、万策尽きた。


ここが最後の望みだったのに…。


「ごめんなさい…」


「いや、せんは悪くないよ…。俺の方こそごめん…」



しばし沈黙が続いた。


「あの、資料館に私も連れて行ってくれませんか?」


突然せんが言った。


正直、俺もそれしかないと思っていたところ。


「わかった。なら、行こうぜ!」


せんを再び自転車の後ろに乗せて走り出す。


20分も走れば郷土資料館。


昨日と同じく相変わらず人はいない。


入館料を1人分だけ払い、やはり目指すのは鎌倉時代の展示コーナー。


昨日と展示物は変わっていない。


せんにとっては懐かしいものらしく、目を輝かせている。


そんなせんが、突然足を止めた。


それは古地図の前だった。


「せん…?」


呼びかけにも応じないくらい、真剣に地図を睨んでいる。


「えっとですね…。いいですか?昴さん」


そう言うと、せんはガラスをすり抜けて地図の前に立った。


…今までで一番幽霊らしい所を見た気がする。


「現在、影隠地蔵があったのは鎌倉街道沿いでした。でも、この地図だと街道沿いでは無く、ちょっとズレた場所にあることになってます。つまり…」


「地蔵の場所は時代と共に変化した…」


「そうです。この地図に書かれた影隠地蔵は今だと…」


たどってきた鎌倉街道が、二つに別れる手前。


霞野神社を過ぎて割とすぐを左に曲がった場所。


そこにあるのは…。


大山桜(おおやまざくらの丘?」


大山桜という、樹齢数百年の大きな桜が立つ丘がある。


唯一とも言える、市内の名所である。


「はい。ちゃんと桜の木も書いてありますよ!」


地図は、桜の下に影隠地蔵の存在を示していた。


つまり、地蔵が移る前は桜の木の下にあったのだ。


現在あるのは二代目の桜かな?


そうと分かれば…!


「せん!行こう!」


「はいっ!行きましょう!」


すぐに郷土資料館を出て、大山桜の丘へと向かった。


「はぁ…はぁ…。この坂、いつ来ても辛い…」


「頑張ってください!もう少しです!」


何とか登りきったそこには、青々と葉をたたえる桜が立っていた。


いつ見上げても大きな桜。


自転車を降りて、ゆっくりと桜の下へと歩いた。


せんは無言で幹へと近づいて行き…。


「父様…兄様…」


そう小さく呟いて、幹に手を触れた。


すると、ふっと風が吹き、先ほどまで居なかった男が2人立っていた。


「父様!兄様!」


せんが叫んで2人に走り寄った。


「せん…。おかえり」


40歳くらいの、おそらく父親と思われる男が言った。


「…父様!」


おかえり…か。


少し離れて見ていた俺も自然と笑顔になっていた。


「せん。ごめんな。寂しかったろうに…」


「…兄様!」


10代後半くらいの、おそらくせんの兄と思われる男にせんが抱きついた。


せん…。良かったな。


「でも、よくこの桜が我らの墓だとわかったな」


せんの父が言った。


「私、何もわかりませんでした。全部昴さんが…」


せんがそう言うと、みんなが俺を見た。


「君がせんをここに…。ありがとう。これで家族は天で一つになれる。本当にありがとう」


「お礼ならせんに。ここを突き止めたのはせんですから…」


そう言いながら、せんの父親が差し出してきた手を握り、しっかりと握手した。




「そろそろ行きますか。父上、せん。夏が、終わる前に」


せんの兄が言った。


行く…つまり成仏する。


…そうか。お別れか。


「せん。ありがとう!大好きだぜ!これからも!いつまでも!」


「私もですよ!昴さん!ありがとうございました!」


最後まで笑顔。


2人でギュッと抱きしめ合った。


挿絵(By みてみん)


腕の中で、せんは光となって消えた。



「…ありがとう。せん」


夕暮れに赤く染まる空を見上げ、静かに呟いた。



神様、ありがとう。

お陰様でハッピーエンドでした。


せん。またいつか、会おうね!

もととなった伝説は「せんという女が仙女ヶ池という池に飛び込んだ。それから、池にはせんの影が写るようになった」というものです。


飛び込んだ理由もせんの歳も不明。


だからとんでも無い脚色をしました。


興味がある方は「女影(おなかげ」とかでググってくださいな。


女ノ影は女影。

千丈ヶ池は仙女ヶ池の旧名。

霞野神社と影隠地蔵は実在です。


地元民ならピンとくる物でしたが、そもそも人住んでないからな~…。


郷土資料館と大山桜は架空です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何気なく地元の古戦場について調べていたらこの小説を発見しました。 某古戦場、某池の伝説もよく地元で耳にした懐かしいものでした。 いいものを読まさせて頂きました
2018/08/28 12:46 日の高い市の住人
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