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終焉の始まり

「なんだ、なんだあ。やる気になってんじゃねぇーよ、雑魚が」


「いいじゃねぇか、いい金づるだろ? コイツは」


 互いの合意さえあれば、ロールの間での戦闘は禁止されていない。敗北すれば、モンスターとの戦闘同様に、一部の経験値没収と最後に行ったセーブポイントへの強制転移がある。相違点としては、敗者は勝者へと所持金の譲渡が自動設定にされている点と、ステータス画面にロールとの戦闘記録が刻まれるぐらいだ。


 ウインドウが虚空に表示され、ふと浮かんだ瞬刻の憂いを打ち消すかのように、素早くクイックダブルドローを行う。


 すると、バトル開始の合図のBGMが脳内に直接鳴り響くように沸き起こる。

 男二人は即座に二列に隊列を組む。どうやらあっちも基本に忠実なタイプらしい。言動に粗野がありながら、冷静に対処するところをみると、流石に研鑽を積んでいる相手といったところだろうか。


「いつも通り、俺が後衛やっておくからお前はそいつを痛めつけおけ! 俺の分は残しておけよ。こういう、偽善ぶった奴が一番許せねえ」


「はいはい。分かってるって! コイツが弱過ぎて瞬殺しちまったらカンベンだけどな!」


 瞬間的に距離を縮める歩法で、一気に肉迫する前衛。

 持っていた鈍い光を放つ剣は双刃刀で、一撃で二撃分のダメージを被ってしまう刀武器。予想以上の素早さに面食らいながら、なんとか装甲で受け止めることに成功する。


『地獄に堕ちる炎精よ 我が魂を代償に眷属となれ 契約は炎獄の輪の中』


 後衛の男は時間のかかる詠唱呪文を唱えている。

 なるほど、前衛が詠唱の時間を稼ぎながら、後衛が威力のある中の下レベルの魔法を浴びせる。理にかなっている戦法に感心しながら、こちらは受けきるので精一杯だ。


『彼の大陸を灼き斬れ 真空焦がすは陵辱の幻炎 指弾灯るは怨嗟の雄叫び』


 後衛の男が、口元を歪ませながら咆哮する。呪文詠唱法コードも熟知しているのか、魔力放出ゲージの溜まり方が異常。このままじゃあ、前衛に気を取られて直撃を喰らってしまう。


「どうしたァ? さっきあでの威勢は……? コレで終わりか?」


 相手が武器を振り回す度に目に映るほどの火花が散り、腕に激痛が走る。受け損なった瞬間、鎧などの装備を怠った、カムイの柔らかい身体には抵抗なく肉に刺さっていくだろう。

 防御の注意を逸らさながら、攻撃を誘った挑発とは分かっていながらも手元が狂いそうになる。

 そして次第に後衛の周囲には、この距離からも肌を灼くような燃え盛る火炎が舞い上がる。バチバチととぐろを巻く蛇のように、炎のエフェクトは地面を這う。


『大敵の四肢を引き千切りて其の名を示せ 紅龍尾の体現より指し示すは――――』


 …………やるしかないのか…………。

 正体が明らかになれば、後でどれだけ叱責と罵倒を受けるかは分からないが、このまま仇を討てないで終わってしまうのだけは回避したい。

 ――だからカムイは、一つ目のリミッターを外した。


「…………は?」


 呆然と独りごちる腑抜けた声は、木っ端微塵に砕け散った刀を手にしている前衛の発したもの。

 そのまま信じられないものを見るかのように、破砕した刀の柄を握りしめている敵の顔面を抉るように殴打する。昏倒した前衛にまだ体力ゲージ残量を確かめる間もなく、初心者ロールにとっては絶望的な熱エネルギーを持った魔法が、カムイに向けて放たれる。


『――――“豪龍炎の穿撃(ジンガ・ゼアロウム”――――』


 貫通力のある炎の帯が大気を加速度的に伝いながら、一直線にカムイの胸元へと迸る。攻撃で態勢を崩していて回避のしようがない。ないのなら――回避しなければいい。


『――――“爆石腕バクセキワン”――――』


 螺旋を描きながら渦巻く炎を、拳術士のハイレベル技を耳を聾するほどの轟音と共に炸裂させて霧消させる。人一人の体躯をすっぽり覆えるほどの大きさを誇った炎は、弾幕代わりになっていたようで、あちらから油断してわざわざ近づいてきてくれた。

 

 視界の大半を占めるほどの魔法だったので、こちらの様子を咄嗟には知り得なかったようだ。ハイレベル技の挙動も見ることもできずに油断するのも無理がないほどの、実力者だったがそれは距離があったまでの話だ。


 魔法術を行使する人間は、得てして接近戦だと弱体化する。

 一撃で葬れる自分の力を過信した末路は――これだ。

 果てしなくこの洞窟全域に響くような音を立たせた衝撃を、分散できることもできずに腹部受けた男は、大量の涎を垂らしながら膝をつく。

 

 このゲームの醍醐味の一つは、受けた攻撃の一部のフィールドバッグ。

 いくら空想の世界の架空のダメージとはいえ、肌で感じるダメージは本物そのもの。岩石すら爆砕する一撃技を防御なしに喰らえば、いくら装備を強化してもかなりの痛みを伴う筈だ。


「……バカな、拳術士だと……? そんな奴、まだいたのか?」


 苦しく呻きながら、どんより胡乱な表情で見上げてくる。魔術士や剣術士のコンビが主流となっている今、物珍しいどころか揶揄されるても文句はいえない。


 だが、このゲームに途中参加してきたカムイが今更既存の流行りスタイルを極めようと思っても、時間がかかる。だから、肉体のパラメータだけに絞って強化することによって、あまねく強敵たちと早く渡り合うだけの力を欲した。


 ――その到達点が、剣術と魔法が飛び交う戦場に場違いな、拳一本での戦いだ。

 今ではカビ臭いこのスタイルだからこそ、最初は誰もが戸惑う。どうしてもこのゲームを早急にクリアしなければいけない理由があるカムイとしては絶好の戦い方だった。

 いきなり――


「なんだ、なんだよコレェエェエエ」


 黒ずんだ影のようなモノが、倒れ附している魔術士の身体を侵食していく。一つ一つは蟻のように、意思を持っているかのように蠢く。その姿は異様で、どんどん男の肌を闇色に染めていく。


「……痛いぃ、痛いぃ。誰か、誰か助け――」


 後ろを振り返ると、剣術士にも同じ現象が起きていて口内にも影が入っていき、やがては声も聞こえなくなって完全に横たわる。本来なら光の粒子に全身を覆われて、前の街に転移する筈。それなのに、その筈なのに、この見たこともない光景に、喉がべったりと張り付く。


「まさか、もしかしてあの時俺たちがやった、あれがッ――――。嘘だ、うそ……だ……。助け、たすけてください、たすけ――」


 強力な魔力を誇示していた魔術士は、変わり果てた黒い手を縋るように中空へと伸ばす。眼前の恐怖に怯えながら、カムイが手を伸ばして男の掌を掴もうとした瞬間――燃えカスの炭のように空気中に溶けていった。


 信じがたい光景に口を閉ざす。

 呪われたマジックアイテムを持っていたのか、それともただのログアウトの演出なのか。

 ゲームを始めたばかりのカムイには知る由もなく、ただ眼前で苦痛に訴える二人を見ていることしかできなかった自分に業腹だ。


「だけど、まあ、お前を守れてよかったよ」


 スフィアドラゴンの子どもに駆けると、半分剥がれてしまった羽根を精一杯広げながら元気よく鳴いてくれた。


「キィェェン、キィェェェン!」


 それだけで救われたような気持ちになれた。

 ダメージゲージがかなり蓄積されていて、今にも致死に至りそうだ。ギリギリ間に合って良かったと安堵するが、即座に回復アイテムを取り出す。


「待ってろよ、今回復させてやるからな」


 スフィアズドラゴンの小さくて痛々しい身体を、慈しむように触ると突如としてウインドウが浮かび上がる。しかも、カムイ自身も初めて経験する、珍しいイベントウインドウだった。


 イベントウインドウは、ある一定の条件をクリアすると発動するといわれていて、聞いている限りでは、上級クエストをクリアできるレベルのロールにしか訪れないものだった。

 だが、なぜか現れたイベントウインドウの名称は――――真なる夜ナイトメア――――と記載されているだけで、その他の説明文章は省かれている。

 愛嬌のあるスフィアドラゴンと目を交わしながら逡巡するが、ふつふつと沸く好奇心と、燃え上がる挑戦心を心に滾らせながら、了承をクイックドローする。


「うわっ!」


 すると、信じられないぐらいの光の奔流が目の前から放出される。網膜を焼き尽くすかのような光線と、突然巻き上がった暴風によって後退りを余儀なくされる。全ての渦の中心にはスフィアドラゴンが居座っていて、それがカムイの記憶のある最後の光景となった。



 ――――そして、物語しゅうえんは始まった――――

 


to be continued......

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