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スフィアズドラゴン

 そうして自信たっぷりにダンジョンへと駆け出した《カムイ》だったのだが――

 己の戦闘スタイルの関係上、軽装備で貫こうと覚悟を決めていたカムイは、既にこのダンジョンに足を踏み入れてしまったことを後悔し始めていた。


氷血の蒼洞ブラッディクリア


 墓場いらずのこの不気味な洞窟は、モンスターの死骸が標本のように氷漬けになっている。

 氷柱のように洞窟の上下に出っ張りのある岩が、ランダムな強風の唸り声を生み出し、データだけの

伝説級のハイレベルモンスター《豪炎鱗のドラゴン》の咆吼にも類似していて慄きを抑制できない。


「……一度街に戻って装備を整えた方がいいな」


 臓腑の底まで冷やすような強力な寒風によって、強制的に閉じられていた瞼をなんとか見開く。ダンジョンを踏破できなかった未練を残しながら、渋々踵を返そうとすると――


 キィェェェン。


 庇護欲を煽るような、モンスターの落涙するかのような声が微かに鼓膜を揺らす。システム通りの挙動しか起こさない筈のモンスターの、こんな心臓を切り裂くような哀しい啼き声は初めて聴く。罠の可能性も示唆できなくはないが、耳の奥にこびり付いた声がどうしても拭えない。


 意を決してカムイは全身を容赦なく叩きつけるような風を受けながら、一歩一歩踏みごたえを確かめるように徐々に前進していく。両腕に装備している装甲の厚い篭手で双眸を覆いながら、一筋の光に向かって進む。


「……あっ」


 視界の開けた場所に出ると、途端に寒冷の影響下から脱する。

 夜のように闇に閉ざされたいた場所から、一転して淡い光が眼球にあたり呻くがすぐに慣れる。

 恐らくはこのダンジョンで唯一無二のバトルフィールド外であり、休養できる中間地点。それなのに、なぜか二人の男性ロールが小型のモンスターをいたぶっている。


 しかも、そのモンスターは中堅モンスターで珍種である《氷炎燐のスフィアズドラゴン》だ。丸型の可愛らしい黒い瞳からは、湿った水滴がポロポロと流れている。


「やめろおおおお! そいつ、啼いてんだろ!」


 弱者を虐げ、愉悦に滲んだ笑みをしていた男たちがこちらに冷徹な視線を向ける。


「なんだあ、こいつ? もしかして、このモンスターを庇ってるのか? そんなわけねえよな、このゲームはレベルを上げてナンボだからなあ」


「もしかしてこいつ、ウラワザしらねぇんじゃねぇの? もしくは経験値の横取りを企んでいるようなコスイ考え持ってるやつじゃね?」


 怪訝な表情で、視線を見交わしながら相談を始める二人。

 目立つわけにはいけない重大な事情があるカムイは、内心でジリジリする焦りを感じながら、相手の戦力分析を怠らなかった。モンスターと違ってロールのレベルは相手の許可なしでは視認不可能。相手の装備を見極めることが、戦闘やパーティーメンバー勧誘の重要なファクターになり得るからだ。


 目に見える範囲の装備品だけでも、遥かにこの洞窟のモンスターの軒並み一撃で倒せるほどの実力者であることは明白。もっと高位のダンジョンに潜った方が、よっぽど効率的に所持金もレベルも上がる筈。

 相手も脆弱な武装を確認して、カムイを見くびったような饒舌な語り口になる。


「いいこと教えといやるよ、新人。このフィールドはなあ、モンスターが抵抗できない場所なんだよ」


「そうそう。ってことは、こっちが攻撃し放題ってわけだ。だから、汗水流さないで、ラクショーで経験値獲得できるってわけ、これがどれだけ凄いことが分かるだろ?」


 確かに、それが真実だとするならば、レベル上げに驚くべき短縮作業に繋がるかも知れない。このフィールド限定かも知れないが、生き埋めのように凍りついてるモンスターを、何らかのアイテムでわざと蘇生させて、この場所にまで引き込むことが可能ならば、それは夢のようなレベルの上昇率だ。


 でも、だからといって、


「こんな非道なことをしていい理由にはならないだろ」


「はあ、非道? ……なんで? このゲームは楽しくモンスターを殺戮するためのゲームだろ? お前だって、好きでモンスターを今まで手にかけてきたんじゃねぇのかよ? なんでお前にそんな謂れのない中傷受けないといけないんだよ」


「ハハハ。まさにその通りだろ。なんだよ、お前? たかだがモンスターごときにそこまで熱くなるなんておかしいぞ? いいから、どっか行けよ。どうせテガラが欲しくてごねているだけだろ? 失せろよ」


 確かに何度もモンスターを倒してこの手を血に染めてきた。だけど、眠っているモンスターをわざわざ生き返らえさせて、それでもう一度闇に葬るなんて非人道的過ぎる。それに――


「なんだよ、そいつの後ろにいる大きなヤツは?」


 もう光の粒子の残滓しか中空に浮いていないが、その光量から察するに巨大なモンスターのものとしか思えない。スフィアズドラゴンが中堅モンスターと評される理由は、氷原フィールドと炎熱フィールドの両方に滞在できるからじゃない。牝のドラゴンが、常に子どもを守るように連れ添っていて、本来は戦闘を嫌うモンスターだからだ。


 自分からは決してバトルを仕掛けることはなく、ただ自分の子どもを守るだけのモンスターで、たとえどんなに経験値を貰えるとしても、ロール達の間の暗黙の了解として、誰も手を出さなかった。

 ――それなのに。


「……ふざけるなよお前ら。必死で子どもを守っていた母親を、スフィアズドラゴンを、抵抗しないことをいいことに嬲ったな……」


 胃が捩じ切れそうなぐらい蔑視の感情が、魂の根底から湧いていくる。

 身震いするほどの憤りは、武者震いと共に、敢えてそのまま脈打つ鼓動と呼応するかのように高鳴らせる。

 そして、奥歯を噛み締めながら、敵を射竦めるように両目の照準を二人に合わせる。

 唯一の装甲だといってもいい両の手の手甲をガギン、と金属音を響かせると攻守共に対応できるスタンダードな構えを作る。

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