9話 野良狼、拾いました
題名からわかる通りやっと拾いました。個人的には第一部的なのが終わった感じがします。軽い賢者タイムにはいるエクスタシーっぷりです。エクスタシーと言えばリトバス早く見たいですね。
「便利だよね〜」
「うんうん、大いに同意する」
渓と波涼が帰り道(といってもまだ校門にすらたどり着いていない)の会話に盛り上がりを見せる。
「このような物があるとは…世は不思議ばかりだな…」
「確かに驚きだよね。」
皆一様に腕にはめられた腕輪を見ている。変わりに行きにはあった筈の大きな荷物の類いが消えており、学生鞄だけを持った平凡な学生へと身を転じている。
「全く学校さまさまだな」
それは着替えも終わり、帰りのホームルームでのこと…
「初めての授業どうだったかな?感想を聴きたいけどみんな疲れてるだろうから、とりあえず大事な事だけ話そうかな」
そういって何かを取り出す盾衣先生。どうやら配布物のようである。
「この腕輪をみんなに配りますね」
「?」
全員が頭に疑問を浮かべる。いきなり腕輪を配ると言われて訳が分からないといった様子だ。
「えーとね。この腕輪は国の最新技術で作られた指輪で、登録した物を量子化して収納できるアイテム…だったかな」
マジで?え、どゆこと?
何人かの生徒は理解に苦しんでいるのか、いまいち腑に落ちないようだ。
「……実際にやってみた方が早いかな……はいっ」
そう言ったとたんに先生の腕輪が光り出す。次の瞬間、先生の手には授業でも使ったあの杖が握られていた。
生徒から歓声が上がる。まるでマジックの舞台のようである。そして舞台上のマジシャンは再びの光と共に杖を消し去る。
「とまあこんな感じかな。一応登録できる数に限りがあるから、基本的にはみんなの装備とかを登録して欲しいかな」
皆、手元に配られた腕輪に夢中で半分うわの空である。波涼なんか新しいオモチャをもらった子供のように騒いでいる。それを先生が咳払いで中断させる。
「えーと、それと中のものを今みたいに自分の任意の場所に出すことも出来るの。服とかを変える場合は既に着ている服を登録しとけば、自動的に入れ替わるから。ただ、登録しとかないと…」
妙な間が生まれる。心なしか先生の表情も苦い。
「まだ、この腕輪も出来たばかりで色々と、バグ、みたいなのが多くて、つまり、その………脱げたりするかな…あ、勿論、そういう話があるだけで別に先生が試験的に使って職員室で下着だけになったりとかしたわけじゃなくて、だからこれは可能性の話だから…」
皆の憐憫の眼差しがテンパる担任に降り注ぐ。それに気付かず果てしない墓穴を掘り続ける先生。
「と、とりあえず使い方自体は簡単だから大丈夫かな?設定さえすれば後は念じるだけだしね」
先生の言う通り既に生徒の大半はあちこち弄って登録したりしている。しかし
「望…」
「はいはい」
予想通り恋が助けを求めるような眼差しを向けてきたので、全て分かってましたと言わんばかりに手際よくレクチャーする。無駄に阿吽の呼吸である。
…という経緯を経て、荷物の類いを登録し終えた望たちは身軽な出で立ちで帰宅している次第である。
「しかし、未だに信じられないな…この中に私の刀が入っているなんて…」
神妙な顔で腕輪を見つめる恋。
「大丈夫、僕もだから。でもここまで来ると科学というよりまさしく魔法だよね」
「だな〜それを使ってる俺たちがいうセリフじゃないがな」
望の言葉に軽快に笑う渓。
「そういやさ、お前らどうすんの?あれ?」
「あれ?……ああ、ペアのこと?」
「それ以外に目下の議題があるかってーの。先生言ってたじゃねーか今月中には決めろって」
そう、先ほどのホームルームでは他にも重要な連絡事項があったのだ。
曰く、今年一年間実習のペアとなる相手をクラス内で見つけて組め、と。
「ま、いきなり言われてもな…普通は困るよな」
「確かにね…半年は変更がきかないようだし、慎重にならざるをえないよね」
何でも、国内や世界の現場で活躍する能力者は基本的に二人のペアを組むことが多いらしい。フリーで仕事をして毎回違う人と組む者もいないわけではないが、普通は固定のペアでずっと仕事をこなすらしい。また、男女のペアであればそのまま生涯のパートナーになるという話もままあるとのこと。そういったことを見越してペアでの行動に慣れることや、相手を慎重に選ぶことを求めているのだろう。
「勿論、ここで決めたペアがそのまま続くとは限らないが…」
「戦闘や性格が合わなかったら厄介だもんね…」
戦闘スタイルや性格が合わなかったらチームワークなどもっての他である。例え授業といえど疎かにはできないのだ。
「渓はどうするの?」
「ん?俺は…」
渓が答えようとした時、今まで静かにしていた小動物が割って入ってきた。
「そりゃあ渓に付き合えるのはあたしぐらいでしょ」
「バカ、それは俺のセリフだ」
まあそうだろう。これ程息のあった二人であれば、大抵のことはこなせるだろう。
「ここにゴールデンコンビ完成だよ!世界を制すよ!」
「お前は何を目指してるんだ一体」
「お笑い世界一?」
「何故に疑問系?つか一人でやってろ!」
明らかに漫才コンビである。
「望、これがよく聞く夫婦漫才というやつか?」
「うん、その解釈は大体あってるよ。でも本人の前では言わないようにね」
「そこ聴こえとるわ!誰が夫婦漫才やねん!」
いけない、突っ込みすぎて渓が大阪弁の三流芸人みたいなことに。
「……ぶー、そんな必死に否定しなくたっていーじゃん」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ寂しそうな顔を見せた波涼だったが、すぐにふてくされたようなふりをして抗議する。
「うっせえ…まあとりあえず俺たちはこんな感じだ。お互いの性格や能力も熟知してるしな。で、結局お前らどうするんだ?組むのか?」
話を戻した渓が問いかける。
「いや、そんなすぐには…」
「望でいい」
「え?」
「望がいいなら私は望でいい。というより出来るなら望と組みたいと願う」
きっぱりと迷いなく望の目を見据えて言い切る。
「えっちょっあのっ…」
「れんれん。どうして?」
しどろもどろする望を置いて問いかける波涼。目が猫のように爛々としている。
「む?理由か?」
「そうそう、なんでなんで?」
しばし考え込む。やがてまとまったのか口を開く。
「まあ、今日あっただけの間柄ではあるが、クラスの他の者よりは早かったしな。それに色々と借りがあるからそれを返す必要もあるしな」
述べられた理由に少し落胆する。
あれ?今なんでがっかりした?
そんな望の疑問は無視して質問は続く。
「それだけ?」
「他か?そうだな…直感だが、会った瞬間他人とは思えない何かを感じてな…」
「運命感じちゃったんですね〜れんれん可愛い〜」
「運命?なんのことだ?……まああとはだな何と言うべきか…」
歯切りの良い恋にしては煮え切らない。
「ズバリ!好きだから!」
煮えきるどころか蒸発させかねない勢いで爆弾を投下した。
「ぶっ!ちょ波涼!そういう言い方は…」
「ああ成る程」
急に立ち止まる恋。
「「へ?」」
本当は冗談のつもりだったのか以外な反応に波涼もつられて立ち止まる。
「そうか、私は望が好きなのだな。成る程成る程」
1人納得する恋。勿論周りは全くついていけない。
「えっとれんれん…どゆこと?」
「まあなんというかそのままだな…勿論渓や波涼も好ましく思うが、望が一番好きだ」
「あ、成る程、そういう好きね…あたしゃ焦っちゃったよ」
望も一応納得する。しかし…
「望、そういうわけだ。だからペアを組まないか?理由は今いった通りだ」
こう、なんというか真っ正面から告白のように言われると、かなり恥ずかしい。顔が赤くなるのが実感できる。
「えっとその…まだ一月あるしもっとゆっくり考えても…」
「望は、私のことが嫌いなのか?」
なんでそういう言い方するかな…しかも不安そうな目で
恋のリアクションに思考回路はショート寸前。しかしまさしくミラクルロマンスが始まりそうなこの雰囲気を打破すべく、言い訳を考える。
「いやね…まだお互いのことよく知らないのに早合点はいけないよ…渓らはお互いをよく知ってるからいいけど、僕たちは今日会ったばかりだし、ね?」
別に嫌いとかじゃないが、流石に今の段階で決められるほど望は決断力旺盛じゃない。
「…ふん…そうか、それもそうだな」
少し機嫌を損ねたのか、ちょっとふて腐れたような態度を取る。
「ごめんね」
「何を謝る。君は私のことを全然知らないのだろう。言ってることは正しいからな…私も君のことは知らないしな。いいんじゃないかそれで」
突き放すような口調でそっぽを向く恋。そのまま無言で歩き始める。
「のぞみん、今のは選択肢ミスだよ…好感度が下がると攻略厳しいよ〜」
「え?選択肢?好感度?攻略?」
いきなりの謎の発言に戸惑う。
「そうだよ。れんれんはあー見えて純粋で繊細だから、今の返答は傷つけちゃったんじゃないかなーと思うんだよ。これじゃペアフラグ回収出来ないよ」
よく分からないがとりあえず今の自分の受け答えは良くなかったらしい。
「じゃあ何て言えば…」
「選択肢1!僕も君が好きだ。だから一生君とはペアだ!」
「生涯の伴侶に選べと!?」
「選択肢2!僕らはお互いのことをよく知らない。だから家においで…僕の全てを見せてあげる。ベッドの上で!」
「ベッドの上のパートナー!?」
「選択肢3!正直、君のことは好きだ。でも僕じゃ君を満足させられない。僕童貞だから!」
「だからなんでそっちのパートナー!」
突っ込み疲れたのか息を荒げる。
「全く、その程度じゃ先がおもいやられるよ…」
「少なくとも今の選択肢の先よりは気楽だと思うよ!」
駄目だ…話にならない…
思わず天を仰ぐ。
「お、やっと校門に到着か。全く…広すぎるのも考えもんだぜ」
嘆息しながら渓がぼやく。確かに校門と教室の行き来が15分以上かかるというのは気が滅入る。もっとも、さらに遠方から来てる生徒がいることを考えれば贅沢な悩みと言えるだろう。しかし、そんな理性的に考えられる筈もない。
「こんな腕輪があるんだからワープ装置とか作れんじゃねえの?どこでドアとかいけるだろ」
全くもって無茶な発言である。
「はいはい、バカいってないで帰るよ。れんれんとのぞみんはお家どこなの?私たちは東座舞に住んでるんだけど…」
「私は南座舞に居を構えている」「同じく、でもこのあと駅前のスーパーに行くから。ここで」
「あっ…」
そう言って別れを告げる望。実はタイムセールの時間があるため、あまりのんびりしてはいられないのだ。校門を出て右に曲がる。
「じゃーねー!」
後方から波涼の声が聞こえる。それに軽く後ろを向いて答える。その際、どことなく不満げな表情をしている恋が見えたが、構わず今日の夕飯の材料を買いにいくのであった。
それから一時間後…
「今日も生き残ることが出来た…」
買い物袋を両手に、近所の奥様方との死闘を勝ち抜いたことを喜ぶ戦士がそこにいた。
「これで3日は大丈夫かな。買い忘れも無さそうだし、帰って夕飯の支度しなきゃ」
時刻は5時過ぎ。今から帰宅して夕飯を作り始めれば、丁度よい時間に食卓につけるだろう。
そんなことを考えていたら俄に雲が立ち込めてきた。
「ん?一雨来るかな?」
一応鞄に折り畳み傘が入っているので大丈夫だが、早く帰るに越したことはない。
その後、バスを乗り継ぎ朝にも訪れた最寄りの停留所へと辿り着く。バスの中は帰宅途中の会社員や学生が多く見受けられたが、ここの停留所で降りたのは自分だけだった。
辺りは雲もあって薄暗く、既に軽く雨が降り始めていた。鞄から傘を取りだし広げる。そして少し嵩張る荷物を庇うようにして歩き出す。
そう言えば、恋の家もこの辺りだっけ?…
朝の記憶から会話の内容を思い出す。しかし、雨足も強くなってきて周囲の住宅の表札をいちいち確認するのも億劫なので、また明日訊くことにした。
「ん?」
路地裏から何か黒い物体が飛び出してくる。素早いそれは黒猫のようだった。しかし、すぐに通りの向かい側へと消えてしまった。
「なんか不吉だなあ……っ!?」
そうぼやいた直後だった。猫が飛び出してきた側の路地に一瞬何かの影が見えた。
「え?今の?」
雨ではっきりとは見えなかったが、大きな尻尾が見えた。しかもそれはその辺の野良犬程度じゃ考えられない大きさだった。まさしく獣のそれと言うべきサイズである。
グルルルルル
「うなり声…?」
低い、地から響くような音が路地の奥から聞こえる。
「まさか…動物園から何か逃げ出してきたとか?」
このままではこの道を安心して歩けそうに無い。そう思ったのか音がする方へと向かう。
僕には対抗する術があるし、不意さえ突かれなければ…
そう自分に言い聞かせ、見えない何かへと近づく。狭い路地を微かな音を頼りに探索する。雨のせいではっきりとは聞こえないがこの音はやはり獣のうなり声に違いない。
やっぱり何かいるんだ…さっきの尻尾からして…狼、とか?でもまさか…
グルルルル
思考に捕らわれていたからか。次に音の聴こえてきた方向に硬直してしまう。
上!?
と思った瞬間には、頭上から質量を持った何かが襲い掛かってきていた。傘で視界が閉ざされていたのが仇となったのだ。
すぐに荷物を手放し、直感で前へ飛び出す。上から来た何かはそのまま荷物へと突っ込む。
「くっ」
なんとか体勢を立て直し、すぐさま振り向く。しかし、そこには想像だにしない光景が広がっており、動きを止めざるをえなかった。
「へ?」
「む?」
獣ではなく人が荷物の中の加工肉を食べようとしていたからか
その人が自分の通う学校の制服を着ていたからか
それが女性であり、銀髪の赤い目をした生徒だったからか
彼女に本来はないはずの、明らかに獣の物とおぼしき耳と尻尾が生えていたからか
「れ、恋?」
目があったその異形の主の名に該当する文字を口から紡ぐ。目があった彼女は今まさにかぶりつこうとしていた肉を手から落とし、こっちを見ながら目をぱちくりさせる。そして…
「ののの、の、望!?」
大声で自分の名を叫ぶ。うん、恋だ。
「いや、こ、これには訳があってだな…はっ!しまった耳と尻尾が………み、みみ、見たか?見たよな?見てしまったのだな。くっ、一生の不覚。かくなる上は証拠の隠滅を…きっと頭を叩けば記憶が消えて、明日から新しい自分に出会える。そうだ。それしかないなうん」
かなりテンパっているのか物騒な事をいい始める。
「いや、そんな都合よくは…」
「しからば御免!」
飛びかかってきた恋に押し倒される。
こういうの恋は盲目って言うんだよね…
望も大分パニクってるのか抵抗しながらも頭が全く働かない。
「さあ、望。何も恐れるな。私に全て任せろ。初めは痛いかもしれないが…なに、一瞬で事は終わる」
目が大分トリップしている。恋の手を押さえながら状況の打開案を模索するも、自分もまだ混乱気味な上に…
グニッグニッ
説明しよう。僕は恋に押し倒されています。恋は僕の体に密着するように乗り掛かっています。僕らは揉み合っています。つまり恋が激しく動きます。恋の体型はかなり良いです。下にいる僕に多大なダメージがいきます。主に目の前の谷間とか大変柔らかいです。
しかし、そんなことに気を取られてる訳にもいかない。どうするか考えていたその時。
グルルルル
恋の下腹部辺りから盛大な重低音が響いた。次の瞬間、顔を真っ赤にした恋が、そのまま糸の切れた人形のように望に覆い被さる。
「力が入らない…」
羞恥で死にそうだが、逃げることも出来ない不甲斐なさに屈辱を感じてるといった表情である。頭の耳が垂れている。
「………あのうなり声って空腹の…」
「ううううう…私はもう駄目だ…」
ヤバい若干涙目だ…
どうしたものかと悩む。
「とりあえず、家に帰って何か食べたら?」
「何も、無い」
「え?」
「先ほど、食料を、逃がして、しまった。だから、何も、無いのだ」
「食料?もしかしてさっきの黒猫?」
あり得ないと思いつつ聞いてみたが、コクンと頷く恋。
「………」
絶句する。
「だから、いい臭いを、した物を、持ってる、お前を、つい、襲ってしまって…」
「ちなみに、家はどこ?」
最悪の予想を思い浮かべながら訪ねる。
「すぐ近くに、テントがある。今はしまって、そこの角に、置いてある」
「………」
予想を当ててこれほどまでに頭を抱えたくなったのは初めてである。
グルルルル
「ううう…こちらに来てから、ろくに食べてないのだ」
「で、でもお昼は」
「あんなの!あんなのは、本来の十分の、一に過ぎない…」
「そ、そうなの…」
「それに、今日は、授業で動いたから、限界が…」
燃費がかなり悪いらしい。
「仕方ない…とりあえず家で何か食べていきなよ…詳しい事はそれから」
「何、だと…本当か!?本当なのか!?」
死にかけていた目に光が宿る。耳と尻尾が忙しなく動く。
「うん、今から夕飯だしね。それに濡れちゃったからシャワーも浴びていきなよ」
「お前は命の恩人だ!!」
ガシッ
「ちょっ!?恋!抱き着かないで!苦しいから!それに色々当たってるから!」
「いや、他にこの喜びを何と表現できようものか。ありがとう望。本当にありがとう」
しかし、いつまでもこうしてる訳にいかないことは分かってるのか、覚束ない足取りで立ち上がる恋。
「さあ、行くぞ望。私が倒れないうちに」
言い方は堂々としているのに、内容がかなり情けない。しかし、問題が2つある。
「恋の荷物も持っていこう。それとその…耳と尻尾…人に見られたら不味いよね」
「荷物の中に帽子とコートがある。とりあえずそれで隠す。しかし荷物か…多くはないが、今持っていくのは手間だぞ?」
確かにテントがあるのでは少なくはないだろう。
「でも置きっぱなしには出来ないし……仕方ないか」
腕輪を掲げる。そこから自分の武器を一つ取り出す。
「む?西洋の武器か?」
「ナイフだよナイフ」
取り出したのは両刃のナイフである。表面に術式か何かの紋様が描かれている。かなり使い込んであるようで、どうやら銃と同じくらいには彼にとって大切な役割を持った武器なのだろう。
「それでどうするのだ?」
「こんな形で僕の能力を見せる羽目になるとは思わなかったけど…まあ見てて」
ナイフに魔力を込める。刻まれた紋様が翠に薄く光る。切っ先を荷物に向けて能力を発動する。ナイフに込められていた魔力が消える。
端からみたら何も起こってないように見えるに違いない。しかし能力は発動している。
「む?浮いてる?念動力か?」
「違うよ。少し、荷物に手を近付けてみてよ」
そう言われ、荷物に恐る恐る手を伸ばす。
「……風か!」
「そうだよ。僕の能力は風を操ること。単純でしょ」
荷物の周りには風が結界を張っていた。それごと荷物を浮かばせ自由自在に動かすことが可能なのだ。
「これは便利だな」
「常に集中して操作しないといけないけどね。さっ、行こう」
「うむ、そうだな」
そう言って、帽子とコートを身に付け耳と尻尾を隠す恋。
とりあえず聴きたいことは山ほどあるが、今は彼女に食事を与えることが優先だ。成り行きとは拾ってしまった以上、責を果たさなければいけない。
ただ、拾った動物が人間と言うのが問題だ。しかも尻尾と耳がある。さらにその性格や風格、時折見せる凶暴さは犬や猫とは比べられない。まさしく狼と言った具合である。
もし今日のことを訊かれたら、この濃密な1日の出来事の中からこれを選びこう答えるだろう。
野良狼、拾いました
自分で作り出したキャラに自分で萌えてしまった。自画自賛ではないです。はなからそういう算段だっただけです。クールな振る舞いが似合うキャラに赤面とか涙目させると悶えます。最近ではココロコネクトのいなばんにやられました。どうでもいいですね。すみません。
以下おまけ
校門でみんなと別れてから一人歩く。バスに乗ったら既に到着しているだろうが、訳あって乗らなかった。何故なら…
グルルルル
この、我が腹に封じ込められし獣の叫びが周りに聞こえかねないからだ。これを聞かれるのは流石に恥ずかしい。
そのまま公園までたどり着く。しかし早くも限界が近い。
グルルルル
駄目だ。人通りの多い公園は危険だ。それにそろそろ本当に獣が目覚めかねない…
体が疼く。欲求を満たしたいと本能が訴える。
これぐらい耐えてみせる…あの姿を晒すわけにはいかんのだ。
しかし、その時だった。草むらの陰から音がしたのは…
キュピーン
目が光る。
獲物だ…いややめろ…今日の夕飯…私は……ねこ、うま…
体に眠る獣の本能が僅かばかりの理性を刈り取っていく。
そして容易く限界は訪れた。
ぽんっ
そんな可愛らしい効果音が聞こえそうなほどあっさりと、そして唐突に少女に耳と尻尾が生えてしまった。
し、しまった!
心で叫びを上げるがもう遅い。これが出た以上しばらくは体は言うことを聞いてくれない。ただ、本能のままに欲求を満たす。
そして今の欲求とは…
グルルルル
この腹の音をおさめる以外に他ならない。
そのあとの記憶は朧気である。
僅かばかしの理性を総動員して人目を避けながら、圧倒的な本能の奔流で猫を追いかけていた気がする。
しかし、見られてしまった。
あろうことか今日会ったばかりのクラスメイトに…
そのことが余程危険と判断したのか、一時的に食欲はおさまり理性が復活した。しかし、その理性も使い物にならずせっかく落ち着いた本能の赴くままに彼を襲う体たらく。あそこで力尽きていなかったらどうなっていたことか…
「というのが、君と別れてからの経緯だ」
「今はもう大丈夫なの?」
「相当、きつい。だがゴールくらいまでなら耐えてみせる」
「ちなみに耐えられなくなったら?」
「命の保証はしない」
「もうすぐ着くから頑張ろうお互いのために」
雨の中、いつ変貌するかわからない彼女を警戒しながら早足で帰路につくのであった。