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野良狼、拾いました   作者: 桔夜読書
2/38

2話 主人公のターンと思いきやヒロインのカウンターに大ダメージ

野郎のシャワータイムとかはすっ飛ばして呼んで下さい。萌えがたりなくてすみません。



カーテンの隙間から日差しが差し込んでくる。その光から逃れるように、部屋の主は布団を頭から被り避難。

しかし、その行動を非難するように目覚まし時計が鳴り響き始めた。時刻は5時半と一般人が目覚めるには些か早い時刻。だが、そんなことはお構い無しに時計は時だけに止まらずリズミカルに音を刻み続ける。


どうしてこんな時間に…そんな恨み言を吐かずにはいられないが、残念ながら、機械であるこいつはこちらの感情を受信して、気遣いをもって止まってくれたりはしない。

まあ、人間であるはずの妹も恨み言程度で止まった試しはないが…

そんな思考も僅かなことで、布団から手を伸ばし、憎き文明の利器に止めを指す。「君の役目は終わったよ。だから安心して眠って」

余程、眠いのだろうか。はたまたこれが素なのか、時計にわざわざ言葉を残して布団の番人は仕事(ねむり)に戻る。だが、胸に湧いた疑問が業務の速やかな進行を妨げた。

あれ、どうしてこの時間に目覚ましかけたんだっけ…?

沈黙すること10秒…

「そうか…今日は初登校の日だった…だから早く起きて準備しようとしたのか…な」

解は出たが、寝ぼけた頭がそれを認識するにはもう少しの時を要した。

具体的には、自身が仕掛けた伏兵(携帯)が鳴り響いた15分後のことである。

「よかった…よくやった僕」

あまり褒められない自画自賛をしながらベッドからおりる。

ああ…素晴らしいほど静かな朝…

カーテンを開きながら何かに感極まったかのように陽射しを浴びる姿は、えもいわれぬ充足感を感じさせる。

この部屋で朝を迎えるようになってまだ1週間、妹が布団に侵入してたり、最近、著しい成長を迎えた肉体を押し付てきたり、健全な生理現象(テント設営)に悲鳴をあげながら踏まれたりしない…本当に、素晴らしい朝…


そんな風に悲しみと喜びを背中に同居させている少年こそがこの部屋の主である。いや、この家というべきか。

彼の外見は艶のある黒髪で少し右目を隠しており、襟足は背中に届かないぐらいに伸びている。顔は中性的どころか、やや女性的と言わざるを得ない容姿である。更に身長も160にも満たないと言った具合である。どこをどうみても少女という形容詞が何故か違和感なくあてはまってしまう。逆に男性的な要素を探す方が寧ろ困難であるが、一人称が僕であることと、寝間着越しではあるが自己主張する男性のシンボルにより、一応の判別を可能としている。

目もいい加減覚めたのか、すぐに頭を切り替えクローゼットからまだのりのきいた新品の制服を取り出す。それを手にしたまま部屋を出る。彼の部屋は2階にあり、左隣には空き部屋、彼としては妹に乗っ取られる前に物置として埋めようと画策しているが、生憎と置くものがなく閑散としている。向かいの部屋は書斎、しかし、そこに埋まった本の殆どは彼が読み終えたものであり、その部屋が開かれることは当分ないだろう。今はそれらは目的地とは違うため、迷わず右手の階段から階下へと降りる。階段を降りると左手に洗面所兼風呂場、さらに進むと玄関に通じており、正面には洋式トイレ、右手奥には居間と言えるスペースがある。明らかに一人暮しをするには広すぎるが、大は小を兼ねると言うことで本人も納得している。正直、慣れ親しんだ和風建築に比べ、戸惑う部分は多々あるが。しかし、大半のものはここ1週間で慣れてしまった。またこれだけ広い家にも関わらず手入れは行き届いており、彼の細やかさが見てとれる。

彼はそのまま左手の洗面所兼脱衣場へと向かう。着替えを適当なところにかけ、服を脱いでいく。鏡に映るその体つきはしなやかで線も細く、あまり筋肉質ではないが、同時に無駄な贅肉もないようだ。肌は白く、体毛の類は後ろから見る限りは見当たらない。彼としては、その外見から多々、女性と間違われる…というよりは男性と認識されることが少ないため、いくら母親似でも男としてこれはあんまりだと嘆くこともしばしば。

「はあ…」

髭反りを使う時は来るのだろうか。幼い頃に見た、時折鏡の前で髭を剃り、変貌していく父親の姿に、微かな憧れと郷愁を抱きながらため息をつく。

服を脱ぎ終え洗濯機に入れると、洗剤を入れて電源をいれる。他にいれるものが無いかを確認し、設定を入力して回す。

一人だけであるにも関わらずタオルで胸元と下半身を隠しながら、風呂場へと入る。そういうところが女々しいというのに、彼としては自分の外見に対する気恥ずかしさからの行動だろう。むしろ何かを煽る。

シャワーからでた冷たい水はしばらくの時間を経てお湯となり浴室全体を霞ませる。

「♪〜♪〜♪〜」

少し高めの声で鼻歌なんかを奏でながら、シャンプー、リンス、洗顔料、ボディソープを駆使しながら、要所を丁寧に洗う。元々几帳面なことも関係あるだろうが、男性の一人風呂と考えると少し長めである。ただ、彼は自分の外見は男として情けないとは思っていても嫌いな訳ではないのだろう。

「髪も大分伸びてきたかな」

これはこれで母譲りの大事な物だ。特に髪なんかはお気に入りなので殊更丁寧に手入れしている。

そうして、些か長いシャワータイムを終え脱衣場で体を拭く。髪を痛めないよう、タオルの上からドライヤーを当てて渇かす。その後、用意しておいたヘアゴムで後ろ髪を軽く纏める。体の水気を払いかけておいた制服を着る。少し赤みがかった茶色のブレザー、胸元には桜の花びらを象った校章が刺繍されており、赤と黒のストライプのネクタイに緑のチェック柄のズボンという出で立ちである。これが今日から彼が通う魅桜学園の制服である。

「ネクタイはずれてない、よね」

鏡を見ながらみながら着替えを完了させる。一応、生えもしない髭が無いかをチェックする。それで用は済んだのか居間へ向かう。

「えーと、卵と…ベーコンに…あれ?トマト切らしてる…じゃあきゅうりでいいか。帰りにスーパーに行かなきゃ。他にも特売品を…」

冷蔵庫を探りながら、そんな独り言を漏らす。明らかに思考回路が主婦?のそれである。この数日で染み付いたものとは考えがたい。おそらく、以前からこういったことをしているのだろう。

誰かからの贈り物なのか、名前の刺繍が入った紺のエプロンを付け、調理を開始する。その手つきに淀みはなく、料理は数分で完成した。

「いただきます……やっぱり1人の食事は味気ないなぁ」

少しだけ不満を漏らし、ため息をつく。まだ若いのに独り言の多い少年である。


時刻は6時半。食事を終え、庭へと出た彼はベンチで座禅を組んで瞑想をしていた。

今日は時間もあるし、少し長めにやろう…

日課なのだろう。その様は堂に入ったものである。佇む姿は清澄な空気を醸し出している。それは自然と同化していると言っても過言ではなく、目で見ていなければ、そこに彼がいるかどうかは容易く判別できそうにない。ただ座っているのに、見るものが見ればそれが長年の修練の賜物であることは一目瞭然である。

何分か、あるいは何十分か。時を忘れる程にただ座っていた仏の彫像は、目を開けた瞬間に人へと回帰した。

「あれ?何時?」

本人すら時を忘れていたのだろう。慌てて家に戻り居間の時計を確認する。

「ほっ…まだ7時前か…」

流石に登校初日から遅刻してしまうのは痛すぎる。しかも理由が座禅って言うのはさすがにね。

そんな痛いイメージを抱いたが、現実はまだ多いに時間に余裕がある。

「まあ、初日だし、少しくらい早く行くのもいいかな」

そうと決まれば早いもので、すぐに部屋に戻り、忘れ物が無いか確認する。

「ハンカチ、ティッシュ…」

小学生かと突っ込みたくなるが、真面目な性格がありありと見えるぐらいに抑えておこう。

「あとは…」

しかし、彼にとっては忘れてはならないものがまだ存在する。その蒼い目は机の上においてある物体を優しく見つめている。大事なものなのだろう。

それは今日ではあまり目にしないモノクルである。

そっと手に取り髪に隠れがちな右目につける。普通なら違和感が有るのだろうが、彼の場合はもとの外見に加えて理知的な印象を見るものに与える。

それでとりあえずの身支度は終えたのだろう。手提げ鞄を手に取り、部屋を出て階段を降りてそのまま玄関に向かう。

「いってきまーす」

誰も返事の声をあげるものがいないが、気にすることなく家を出る。勿論戸締まりと火の元はチェック済みである。


車の通りは少ないが、通勤や通学中の人々がちらほらと見える住宅街の真っ只中を彼はまったりと歩く。

彼が今住んでいるこの町は座舞(くらまい)という。駅前や、ここ一帯で最大規模である魅桜学園付近はそれなりに発展し人の賑わいを見せるが、少し離れれば閑静な住宅街に早変わりする典型的な地方都市と言えるだろう。

時々すれ違うご近所さんに軽く挨拶をしながら少し大きめの通りを目指す。通りにある小規模な公園前に、学園行きのバスがとまる停留所があるのだ。

目的の通りに辿り着く。二車線ほどのスペースのその通りは、それほど車通りは多くないようだ。

「えーと…確かこっちだったよね。ん、結構並んでる」

割と早く出たつもりだったけど、世の中には毎日この時間に活動している人がいるんだなあ

そんな益体も無い感想を抱きながら、目的地へと向かっていると、バスが彼を過ぎ去り停留所へと到着してしまった。

「あっ」

いくら時間に余裕があっても、目の前で走り去られるのは面白くない。そんなことを思ったのか駆け足になって、列の最後尾の人が乗り込むあたりでなんとか到着した。

「ふう…間に合った、けど」

そこで初めて、バス内がかなりの密集状態であることに気づく。

「この時間でこれか…この後はどうなるやら…」

あまり想像したくない今後の現実問題を振り払い、小さな体躯を行かして少しでも奥へと進む。

よく見ると、同じ制服の人間がちらほら見える。明らかに子供も混じっている。この制服は小中高一貫である魅桜学園内で基本的に統一されたデザインであり、制服で学園の人とわかっても年齢までは判断できない。同年代の姿も見えるが先輩や後輩に当たる人かもわからない。本当は違いがあるのかもしれないが少なくとも彼は知らない。

何度か停留所に止まるも人が減る気配はなく、増えていく一方である。認めたくないが世間の平均身長の数値を下げている身としてはこの密集は些か以上にきつい。

窓の外には同じ制服姿の男女が和気藹々と歩いていく姿や自転車で走り抜けるものも見られ、通学方法の変更を真剣に検討する。

そんな光景に注視していると

サワッ

「ん?」

お尻に何かの違和感。

いや、まさかね。何かの間違い

サワッ…サワッ

ズボン越しに触れてくる明らかに害意を持った手の感触。

…そんな、馬鹿な。これってもしかして

サワッ…サワサワッ

その手は反応がないのをいいことに力を強くしていく。そう、これは明らかに

痴漢、だよね。

あまりに唐突で思いもよらない事態に知らずと体が硬直する。まだ見ぬ痴漢はそれを恐怖による怯えと取ったのか手の動きをよりいっそういやらしくしてくる。

待て待て待て。何かの冗談、いや間違いだよねミスタ。僕は生物学上男だし、着てる制服も男性物だよ。ちょっと好色趣味が過ぎるんじゃないかな。

体が震える。恐怖ではない。怒りによってだ。

とりあえず速やかに血祭りにあげようと振り返ろうとした。


刹那、車内に鋭い声が響いた。


「貴様、何をしている?」

決して声を荒げているわけではないはずなのに、その声は車内に浸透し、声を掛けられた男は魔法にかかったかのように凍てついた。僕の尻を握ったまま。周りも喧騒を潜め、凍りついたように静まり返る。

「どう見てもそこの女子(おなご)は嫌がっているだろう。最初は何が目的かよくわからず声を掛けられなかったが、硬直し怯えているその女子の様子を察するに決して良きことでないのは明白だ」

少し大人びた雰囲気の、女性の声。ドスの効いた鋭い声だが厳めしい口調に怖いくらいに当てはまっている。きっと今、女性の表情は般若のそれに限りなく近いものなのだろう。姿が見えずとも容易に想像がつく。

でも、そんなことよりも女子って誰のことかな。

「こちらには、貴様のような悪漢を処する組織があるのだったな。とりあえずそこへ引き渡さねばな。そこで、その行動に至った理由を心ゆくまで話すといい。ただ、うら若き娘を泣かせるのが許されるような理由があるとは思えんがな」

うら若き、娘?

いい加減、心が軋み始めたその時、停留所に止まったのかバスが停止する。瞬間、痴漢は急に人を突き飛ばして強引に逃げ出す。痴漢にとっては幸運なことに、声をかけた女性は痴漢とは離れていたのか捕えてまではいなかったのだ。

「む?何処へ行く貴様?まさかこの期に及んで逃亡だと?男の名が廃るぞ!」

すぐさま女性が痴漢を追いかける。その際、人混みから出てくる姿がチラリと見えたが、意外なことに彼と同じ制服を来ていた。もっと年上を想像していた彼としては驚きだ。

「…追いかけよう」

自身で解決できたことであったが、善意により助けてくれたことは間違いない。それとどうしても伝えねばならないことがある。

「僕は、男だ!」

周りの被害者のうら若き娘へと送るような視線を振り払って僕はバスを降りた。


よほど女性、いやこの場合は少女と言った方が適当か、は脚が速いのか数十メートルも走らない内に痴漢は敢えなくご用となった。

「観念しろ、この下朗め」

「ぐっ」

少女は痴漢をうつ伏せに倒し、その上に馬乗りになりながら首を締め上げている。痴漢的には役得な体勢であるが、顔は酸素を求めて大変なことになってる。

「さて、これからどうしたものか…このままでは学校は遅刻を覚悟せねばなるまい…まったく、こんな悪漢に予定を狂わされるとはとんだ不覚だ」

どこか沈痛な面持ちで呟く少女。そこに後ろから声がかかる。

「あの!」

そこにいたのは先ほどこの痴漢の被害にあっていた女子であった。少し走ったせいか顔が上気しているが、疲労は感じさせない。身のこなしから体を動かすことに慣れているのは察しがつく。車内では体躯が小さく全貌を見るに至らなかったが、私などよりとても可愛らしくたおやかな、女子である。

「ふむ、先ほどの女子ではないか…どうした、この悪漢に何かとられでもしたか」

「強いて言うなら尊厳を…いや、そんなことより僕は女子ではなく男です」

その言葉を聞いた途端、少女は頭に疑問符を浮かべたような顔で。

「男?そのような可愛らしい見てくれで何を言って…いや確かに着ている装束はこの高校の男子が着るもの。だが、見るからに貴様は女だ…はっ!?まさかそういう趣味か。ならば私もこれ以上はいうまい。今回は、その、災難だったな」

言葉の刃に切り刻まれ少年は崩れ落ちた。少女の動揺の理由は深く少年の胸を抉るものであり、最後の気遣いが特に痛かった。

「うっ…」

きゅうしょにあたったー!こうかはばつぐんだー!そんなナレーションが耳に響いた気がする。瀕死である。涙は流さない。男の子だもん。

少女は何かの地雷を踏んだのを理解したのか、少し気まずそうに謝罪の言葉を口にする。

「も、申し訳ない…こういったときなんて言葉をかけていいか分からなくてな。だが、心配するな。貴様の外見はとても優れたものでありとても愛らしいものだ。私と違いその外見なら引く手あまただ。いいお嫁さんとなれるだろうきっと」

神様…僕、なんかした?

最後の一撃が少年の何かを撃ち抜いた。

「……もう立ち直れない」

純粋な善意のアッパーカットにより少年の意識は真っ暗になりかける。ノックアウト寸前だ。

父さん。あなたとの約束を破りそうです。泣きたい。これは正直、妹の服を無理矢理着させられて、思わず少し見とれてしまった時と同じぐらいのピンチだ。いや、まだ少しましかな。あの時よりは尊厳は生きてる。

立って証明しなければ自身の存在を…!

そう思い立ち上がりかけた時に、目の前の少女が鼻を少しひくひくさせて驚きの顔をする。

「む?…!?まさか貴様…本当に男なのか」

「だからそうだと言ってますよね!」

何を理由に気づいたのかよくわからないが、これ以上このことに言及すると、もう立ち上がれないかもしれないので止めておく。

「ふむ、すまなかった」

少女も、これ以上口を滑らすと少年を殺しかねない。そう判断したのか、簡潔に一言で済ます。少年もまだダメージは残っているようだが、なんとか立ち上がり返事をする。

「ゴホン…それで、改めて貴様は何故ここにいる?」

少女は基本的に冷静なのだろう、痴漢を絞める手を緩めることなく肩越しに油断なく問いかける。痴漢がタップする。

「いやいや、そんな警戒しなくていいですよ。ただ、助けて頂いたのに礼を言わないのもと思いまして。それと警察を呼ぼうと」

「おお!それは願ってもない話だ。警察とはこちらの治安維持組織だろう。正直、途方に暮れていたところだ。きさ…失礼、あなたは私の恩人だ。こちらこそ礼を言わせてもらう」

「そんな急に畏まらなくても…」

「いや、こちらに来て日が浅くてな。山で暮らしていた為、こちらの常識にも未だ疎い。本当に助かった。それとかしこまってなどいない。これは恩人に対する普通の態度だ。そういうそちらこそ敬語をやめたらどうだ。年はそれほど変わらんのだろう。正直、むず痒い」

「えーと、わ、わかったよ。これで大丈夫?」

「ああ、それで頼む。自然がいい」

年齢がわからなかったから、とりあえず敬語を使っていたに過ぎないのでこちらもあまり気にせず口調を和らげる。

「あ、それとそろそろ放してあげたら?泡吹いてるよ」

ふと、気づいたのでいってあげる。僕も彼女の手によって死にかけたが、被害者は増やしたくはない。

「ん?おお!しまった。おい大丈夫か?」

軽く体を揺するが返事はない。しかし、痴漢は恍惚とした顔で口から泡を吹いていた。器用なものである。

「この様子なら大丈夫そうだな」

そういって少年は辺りを見回し、視界に入った公衆電話より電話をかける。少し使い方に不安はあったが無事に繋がり、用件だけ簡潔に伝え少女のもとへと踵を返した。

「やはり電話とは便利な物なのだな。遠くのものとの連絡手段など矢文以外に私は知らぬ」

「や、矢文って…ま、まあそうだね。とりあえず直ぐに警察がくるから事情を説明したら学校に向かおう」

「そうだな。では、改めて礼を言わせてもらいたいのだが、と」

そういって立ち上がる少女。少年は初めてその姿を真っ向から見た。

「………」

正直、言葉を失った。絶世の美女とはこういう人にこそ合う形容詞なのだろう。綺麗な銀髪は陽の光を浴びることで白金のような輝きを放っている。耳は隠れ、前髪は眉にかかるくらいにさっぱりとしている。後ろは腰まで伸びているにも関わらず、枝毛の類は一切見当たらない。

「ん?どうした髪に何かついてるか?」

「い、いや、そんなことは」

思わず目をそらすようそう言って視線を下げた。

スタイルは抜群で、痴漢が悩殺?されたのも頷けるほどの破壊力をブレザーの上からでも判別させる。何故なら少女は竹刀袋を背負っており、その紐が谷間の深さを強調しているからだ。純粋な青少年には毒だ。また、スカートの下から覗く脚もかなり長く、まるでモデルのような美脚である。さらに、少女は少年を明らかに見下ろしている。おそらくだがその身長は180に達しないぐらいだろうか。

「なんだ?もしや制服の着方を間違えていたりするのか?それともこの腰布が短いか?しかし、これ以上は下ろせないしな」

「あ、大丈夫大丈夫、なんの問題もないはず」

いつの間にかガン見していたらしい。それを少し恥じつつもやっと落ち着いて、何かを言おうとしていた少女の顔を直視する。

顔も決して体や髪に見劣りしない。美人ゆえにやや冷たい印象を与える風貌だ。眉は引き締まり、睫毛は長い。高い鼻や、柔らかそうな唇と完璧な造形美があると言わざるを得ない。そしてこれらの外見で最も目をひくのが、その双眸だ。ややつり目で意志の強そうなところが見てとれる。そして、少女の瞳は、紅い。それは真紅といっても過言ではないのだろうか。髪がプラチナなら眼はルビーと言ったところだろうか。ガラス細工という表現をすることも憚られるその宝石には、今まさにこのような感想を思っている少年の顔が映し出されていた。

「そうか、それならいいんだ。ふむ、今日は本当に助かった。改めて礼を言う。それと、あなたは私と同じ学校の者らしいが、差し支えなければ名前を窺いたい。あと所属もだな。生憎とこちらに来て初めての知り合いがあなただけでな。厚かましいようだが、学校においてわからないことがあったら尋ねることを許して欲しい」

こちらの制服をみて分かったのだろう。少し同年代にしては落ち着きのある声で問いかけてくる。でも、初めてってことは同じ一年生かな。

「そこまで固くならなくてもいいよ。僕は望。神無(かんな)望。年は15歳で、多分そっちと同じで高校一年かな。クラスは確か生徒手帳に…えーっと1ーAだね。僕も、こっちに来たのは最近で君と同じようなものだから、あまり頼りにはならないかもしれないけど、ここで会ったのも何かの縁だし、良かったらいつでも来てね」

その言葉に彼女は少し驚くような顔をする。あれか、中学生とかと勘違いしてたに違いない。

「…ふむ。そうか、望か。いい名だな。私は(れん)大守(おおかみ)恋だ。年は同じ15だ。呼び捨てで恋で構わん。それと、前言を撤回するようで悪いが、どうやら尋ねる必要は無いようだ」

「え?」

「フッ、何がいつでも来てね、だ。所属は、1ーAだ。そっちこそ、いつでも来てくれ」

どこか可笑しそうにそういう恋は、右手を差し出してくる。僕はようやくどういうことかを理解して、ちょっと呆けたような顔になってしまう。

「…えっと、つまり、その、これから一年間よろしく……恋」

差し出された右手に、少し躊躇うようにこちらの右手を出して握手をかわす。

女子を名前で呼び捨てにするのは少し気恥ずかしさがあるが、向こうが望むのならそう呼ぼう。それにこの名前の響きは、とても好ましいと思う。

「うむ、こちらこそよろしく頼む、望」


そう言って彼女が初めて見せた表情は、彼が知るなかで最も美しい笑顔だった。

これが、本当に運命的な出会いであったことはこの時の二人はまだ知るよしも無かった。

ここのおまけは本編には殆ど関係なく設定もかなりご都合主義のIFぐらいに思ってお読みください。定期的にやり過ぎます。



おまけ ボーイミーツトイレ


それは望がこの家に引っ越してきた初日のことだった。

「うわ、床が光ってる!」

「台所きれーい」

「2階があるんだー」

「お風呂が、木じゃない」

望は目新しいものに一喜一憂していた。

もともと多くない荷物の整理もすぐに終わったので、新居を探索していたのだ。

「僕の部屋ー……これがベッドか……よし」

望は部屋に入ると誰も見てないことを確認し…

「とりゃっ!」

ベッドへとダイブした。

「これは…!」

感触を堪能する。どうやらご満悦のようだ。ひとしきり楽しんだところで、階下へと降りる。

「あとは…厠か…」

ゴクリと喉をならす。今までずっと和式便所だったため、望は洋式便所を知らないのだ。

「ここか…」

意を決して扉を開く。

「!?」

そこには今まで見たことのないフォルムの便器が存在した。突っ立っていても仕方ないので、とりあえず中に入ってみる。

「蓋?……それになんだろこのボタン?」

とりあえず蓋を開けてみる。そうすると水が入っており、ここに用を足すことは理解できた。

「ん?まだなんかある?なんだろ?装飾品?」

そういって便座も上げる。和式便所には無いものなので理解できないのだろう。

「なんも掴むものが無いな…まさか空気椅子?」

流石にそれは無いと思うものの、それ以外に用を足す方法が思い付かない。

「ちょっとまてよ…この角度…このたち位置…もしや」

実際に試してみようとする。トイレとは不思議なもので、それほど用を足す気が無くても、入ると突然に催したりする。

「とりあえず…よいしょっと」

社会の窓を開き、奥から息子の顔を出す。そのまま狙いを定め、腹筋に力を入れる。

ジョロロロロロ……

聞き慣れた音と共に放たれた熱いパトスが先から放出される。

「はああ〜やっぱり〜」

そういって全てを出し終え、役目を終えた息子を奥へと仕舞い込む。この作業が一番手間だったりする。しっかりと手を洗う。

「さて、流すのは…このレバーかな?小と大って書いてあるし…小で」

そういってレバーを引くと水が流れていく。

「成る程成る程〜」

自分の推理が正しいことを喜び納得する望。

「さて、次は…大か」

これが一番の謎である。流石に空気椅子は無いがどうしたものか…

「もしかして、このまま座るのかな…いやいやそれはばっちぃし……はっ!」

閃いた。先ほどの装飾品、あれは大をするときに下ろし座るのでは?

「そうにちがいない…凄いや…洋式便所」

文明の利器の素晴らしさに感動する15才少年。

「よし、では早速」

便座を下ろし、次はズボンとパンツを下ろし、最後に腰を下ろす。

「おお…これは」

疲れない、トイレが疲れない。

「ちょっと感動した…」

強めに腹筋に力を入れて、大して催していなかったが出すものを出す。実際に使って覚えたいのだろうか。にしてもせっかちである。

「ふぅ…えーと紙は……………………………アレ?」

無い、どこにもない。かみもほとけもない。

「これは、マズイ」

今、家には自分一人しかいない。来客の予定もない。そしてさらに最悪なことに

「何故、ドアを開けっぱなしなんだ……」

トイレに夢中で気付かなかったが、ドアは開け放たれていた。廊下の向かいには窓があり、角度的にお隣さんのベランダと通じる。時刻は昼、干されている洗濯物を回収したお隣さんが引っ越してきたばかりの隣の家を見る可能性はかなり高い。そしてそこにはトイレで項垂れる女男…最悪だ。

「確かティッシュが居間にあったはず」

しかし、今の彼にその距離は途方も無い。尻を汚したまま移動すれば彼の精神は崩壊するに違いない。それこそ人間をやめる覚悟で挑まねばならない。僕は人間をやめるぞー!PAPAー!思考がトリップしている。

「はっ、まてよ…このボタンもしや…」

そう、後で試そうと思っていたこのボタン。この中にこの窮地を切り抜ける何かが有るのでは?

そんな期待を抱きながらボタンを見る。

「温度調節は違うな…音?これが怪しいな」

音はもしかしたらSOSで誰かを呼んでくれるのかもしれない。

「よし、とりあえず押してみよう」

ポチ

♪〜♪〜

ビクゥ!

急になり始めたメロディに身を竦める。

「え?え?どゆこと……あ、BGM?なんでトイレに?」

音の正体を勘違いしてはいるが、少なくとも現状を打破できるものではないと知ると、音を切る。

「あとは…おしり?もしや拭いてくれる機能とか?」

正直、不安はあるがこれしかないと思い、意を決して押してみる。

ポチ

ウイィイン…

「?」

ジャー!!

「ア゛ッーーーーー!!!」

温水が物凄い勢いで望の尻を陵辱した。少し高めの声でお馴染みの悲鳴を上げ思わず立ち上がる。

「あっ」

このあっ、には幾つか意味があった。まず、あまりの驚きに両手を尻に回したこと。次に視線の先にお隣さんが見えたこと。更に思い切り肛門を締めながら背中を反らして立ち上がったため、息子も全力で反らして勃ちあがっていたこと。

「ち、ちがっ」

さらに不幸は終わらなかった。そのままの体勢で弁明しようと慌てて前へ出ようとした。しかし、足はズボンとパンツにからめとられ縺れてしまう。倒れていく体、手は後ろにあるため何も掴めない。お隣さんが驚愕している。全てがスローになる。後ろから降りかかる温水がしつこいとか、爺やに言って別の家にしようとか、そんな現実逃避をするが全てわかっていた。このまま倒れれば、どこをどう打つか。それがかつてないほどの死の苦しみであることも。何せ自分の体重である45キロ×重力やら加速やらがかかった重みの全てを息子に託すのだから。今、この時ほど、大きいことを、男であることを恨む瞬間は無いだろう。

グシャ…

「くぁwせdrftgyふじこlp」

本当なら先に顔をぶつけるなどの手段があったのだろうが、彼には叶わなかった。なぜなら右目にはモノクルがつけられており、それが割れる可能性があったからだ。息子の命よりも父親の形見を優先した英断といえよう。

その後、意識を失った彼が次に目覚めた時には全ては終わっていた。爺やが全て処理したらしい。

「もう少しで後継ぎが望様の後継ぎを拝むことができなくなるところでした」

爺やは泣きながら言っていた。それほどまでに重体だったらしい。


その後、しばらくは洋式トイレに行く度に意識が遠退くほどの激痛が彼を襲い続けた。


なお、窓は外からは中が見えないように加工されているらしく、文明を恨むと同時に複雑な感謝をするのであった

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