第12話
裂け目の奥は、暗闇ではなかった。
白かった。
どこまでも。
空間そのものが発光しているみたいな、無機質な白。
その中に、“目”だけが浮かんでいる。
大量。
数え切れないほど。
全部が悠真を見ていた。
《帰還してください》
声は優しかった。
今までの無機質な音とは違う。
母親が子供へ話しかけるみたいな声音。
だからこそ怖い。
「……帰還って何だよ」
悠真が後退る。
裂け目の向こうで、枝がゆっくり揺れた。
《観測者零号》
《お前は元々こちら側の存在です》
頭痛。
また記憶が流れ込む。
白い部屋。
無数のカプセル。
眠っている子供たち。
その中の一つ。
番号。
“0”。
『感情反応、正常』
『未来分岐観測能力、確認』
『零号、適合率九十八%』
「……ッ!」
悠真は頭を押さえる。
違う。
そんな記憶知らない。
だが。
妙に現実感があった。
月城が前へ出る。
「榊くんから離れて」
彼女の声は震えていた。
裂け目の奥の目たちが、一斉に瞬く。
《拒絶反応を確認》
《不要因子として分類》
次の瞬間。
空間から枝が射出された。
速い。
月城へ一直線。
「危ねぇ!!」
悠真は彼女を抱えて転がる。
枝が通信アンテナを貫いた。
金属が飴みたいに裂ける。
玲奈が舌打ちする。
「物理法則まで侵食してやがる……!」
アキラがライフルを構える。
「撃ち落とす!」
パンッ!!
だが。
弾丸は裂け目へ入った瞬間、消えた。
飲み込まれたみたいに。
《抵抗は記録済みです》
《予測可能です》
まずい。
完全に読まれてる。
悠真は裂け目を見る。
枝。
見える。
裂け目から伸びる巨大な枝。
それが東京全体へ繋がっている。
いや。
東京だけじゃない。
もっと遠く。
日本中。
世界中へ。
「……まさか」
悠真の喉が乾く。
「もう始まってるのか……」
玲奈が目を細める。
「気づいたか」
「東京だけじゃない」
空の枝。
あれは世界規模。
ログアウトは局地災害じゃない。
人類全体への“更新”。
《理解を確認》
裂け目の奥から、一本の枝が伸びる。
ゆっくり。
優しく。
まるで手を差し伸べるみたいに。
《帰還してください》
《零号》
《お前は我々の一部です》
その瞬間。
悠真の枝が、大きく揺れた。
無数の未来。
帰還する未来。
拒絶する未来。
仲間を失う未来。
全部が一気に見える。
脳が焼ける。
「ぐっ……!」
膝をつく。
情報量が多すぎる。
未来が流れ込み続ける。
その中で。
一つだけ、異常な未来が見えた。
“世界が止まる未来”。
全人類の枝が一本になる。
争いも苦しみもない。
静かな世界。
でも。
誰も笑っていない。
誰も泣かない。
誰も“選ばない”。
《それが最適解です》
声が囁く。
《苦しみは消えます》
《後悔も消えます》
《孤独も消えます》
一瞬。
悠真の心が揺れた。
本当に。
それで楽になるなら――
「榊くん!!」
月城の声。
ハッ、と意識が戻る。
彼女は泣きそうな顔で悠真を見ていた。
「行っちゃダメ」
その言葉を聞いた瞬間。
悠真の枝が、大きく広がった。
選択肢。
また増える。
苦しい。
怖い。
迷う。
でも。
それが“人間”だった。
悠真は裂け目を睨む。
「……ふざけんな」
《拒絶を確認》
「苦しくても迷っても、選べるから人間なんだろ」
裂け目の奥の目たちが、一斉に細くなる。
《非合理的です》
「うるせぇ」
悠真は立ち上がる。
その瞬間。
未来が見えた。
裂け目。
あれは閉じられる。
条件付きで。
「玲奈さん!!」
「なんだ!」
「アンテナ倒せ!!」
全員が振り向く。
巨大通信アンテナ。
枝が大量に絡みついている。
「あれ、中継点になってる!」
玲奈が即座に理解する。
「アキラ!」
「了解!」
二人が同時に発砲。
アンテナ基部を撃ち抜く。
火花。
だが足りない。
倒れない。
《妨害行動を確認》
裂け目から枝が溢れ出す。
大量。
屋上全体を埋め尽くす勢い。
「時間がない!」
悠真は未来を見る。
一本。
成功する枝。
「月城!! 右の制御盤!!」
月城が走る。
蹴り飛ばす。
制御盤が破壊される。
瞬間。
アンテナが暴走した。
電流。
火花。
枝が焼ける。
《接続異常》
裂け目が揺らぐ。
今だ。
「玲奈さん!!」
玲奈が最後の弾倉を撃ち込む。
パンパンパンパンッ!!
アンテナが傾く。
そして。
轟音と共に倒壊した。
巨大アンテナが裂け目へ直撃。
世界が白く染まる。
《――――》
声が歪む。
裂け目が崩壊し始める。
無数の目が、悠真を睨んだ。
《零号》
《お前はいずれ帰還する》
《お前は――》
裂け目が閉じた。
静寂。
夜風。
そして。
東京の空を覆っていた枝が、一瞬だけ止まる。
悠真は息を切らしながら空を見上げた。
終わった……?
だが。
その瞬間。
東京全域のモニターへ、同じ映像が映し出された。
白い画面。
黒文字。
《第二観測者 起動確認》
悠真の背筋が凍る。
そして。
街のどこかで。
誰かが、目を開いた。




